唯一無二の
「……いったい、何が聞きたいの?」
静かに問いかけたその言葉に、クロエは小さく頷くと口を開いた。
「まず、確認したいことじゃが…………。あの時の話は、全て噓偽りのない本当のことじゃと、そう思っていいのじゃな?」
「……ええ、間違いなく。私は嘘を言ってない」
こくり、と。私は首を縦に振る。
それを見たクロエは、じっと何かを考えて今度はまた別の質問を口にした。
「分かった。それじゃあ、次じゃ。お主が助けようとしとるそのプレイヤーが助かれば、この世界のゲームクリアに近づくのは間違いないな?」
「そうね。それは、間違いないと思う。今の彼は……。この世界で誰よりも強いから」
「我やミコトよりもか?」
「あなた達のレベルがいくつか知らないけど……。まず、間違いない」
はっきりと言い切る私の言葉に、クロエの目がすっと細められた。
「……ほう? なぜじゃ」
「言ったでしょう? ……彼は、この繰り返しから抜け出した唯一のプレイヤーだって。あなた達にとっては、たった数週間でしかないこの世界も、彼にとっては数カ月にも及ぶ世界に等しい。レベルやステータス、スキルを持ち越し何度も同じ世界を繰り返して、その結果、この世界に足を踏み入れた彼はこの世界の誰よりも強く、誰よりもこのトワイライト・ワールドのことを知っているプレイヤーであることは間違いない」
その言葉に、クロエは思考を纏めるようにゆっくりと呟く。
「…………なぜ、そ奴は……その、繰り返しから抜け出せたのじゃ。聞けば、この世界はその、アイオーン? とかいう男に支配されとるんじゃろ? その男がこの世界の繰り返しを支配しとるなら、どうして繰り返しをそのプレイヤーだけが逃れることが出来たのじゃ」
クロエの言葉に、私は一度口を噤んだ。
彼が繰り返しを逃れた理由を――彼がアイオーンと交わしたその取引の内容を、私は知っている。あの世界で起きたその全ては、私もしかとこの目で見てきた。
だからこそ、私はソレを彼女に伝えていいものかどうか悩んだ。
彼は、その取引の内容を彼女たちにだけは知られたくないはずだ。
彼が永遠の繰り返しを抜け出す覚悟を決めたのは、彼女たちを救うためだったから。
……きっと。この内容だけは、彼女たちにだけは知られちゃいけないはずだ。
「…………さあ。私には、分からない」
長い間を空けて、私は彼女に向けて嘘を吐く。
クロエは、そんな私の言葉にじっと探るような目つきで私の顔を見つめていたが、やがて大きな息を吐き出すと会話の矛先を変えた。
「まあ、よい。それじゃあ質問を変えよう。お主が助けようとしとるそのプレイヤーは、我らの味方か?」
「……ええ、あなた達の味方よ。間違いなく、ね」
私は小さく頷いた。
アイオーンによって記憶を封じられている時ならいざ知らず、今の彼はこれまでの軌跡の全てを取り戻していたはずだ。
種族変化というこの現状さえ抜け出せれば、きっと彼は彼女たちの力になるに違いない。
けれど、クロエはそんな私の言葉に疑いの目を向けると、問いかけるように口を開いた。
「その保証がどこにある? 助けた後に裏切られる可能性がないと、どうしてそう言える? もし、助けた後にそのプレイヤーが我らを裏切った時には、お主はどう落とし前を付けるつもりじゃ」
私はその言葉に首を振ると、クロエの目を見つめながらはっきりと言った。
「そんなこと、絶対にありえない」
クロエは、私の言葉に小さく鼻を鳴らした。
「絶対なんて言葉、こんな世界でどれほどの意味があるんじゃ。お主はそのプレイヤーとも違う。そのプレイヤーの心の内まで分かるはずがなかろう」
その言葉に、私は小さな笑みを浮かべる。
「分かるよ」
と、私は呟く。
それから、一呼吸ほど言葉を止めて、彼女の目を見つめながら私は残りの言葉を吐き出す。
「――――彼は、あなた達二人を助けるために、ココにいるんだから」
「………………」
クロエは、私の言葉に対して何も答えなかった。
ただ私の言葉の意味を探るように私の顔を見つめて、それから呆れるように小さく息を吐き出すと、
「意味が分からぬ」
と、そう言葉を吐き捨てた。
未だ出会ってもいないそのプレイヤーが、なぜ自分たちを助けるのか理解できない。
そう、言いたそうな表情を彼女はしていた。
けれど、私からすればその質問こそがなんの意味のないものだった。
彼が乗り越えてきた絶望と苦痛の全てが、あの最期を否定するものだと知っているから。
もし彼が彼女たちを裏切るようなことがあれば、それこそ彼自身がココにいる理由を自ら否定することになる。
それだけは、絶対にありえないことだ。
私は、クロエの顔をじっと見つけると、静かに言葉を吐き出した。
「クロエ。あなたが、私の言葉を疑う気持ちも分かる。だけど、これだけは信じて欲しいの。私は――私たちは、あなた達二人を決して裏切らない。絶対に、ね」
「………………」
クロエは、じっと私の顔を見つめ続けた。
私も、じっとクロエの顔を見つめ続けた。
それから長い間沈黙が続いて、クロエはゆっくりと小さな息を吐き出すと、私の瞳から視線を外した。
それから私の傍へと近寄って、ほんの少し前まで私がそうしていたように、壊れた窓枠から闇に沈む廃都市を見つめると、ふいにその口を開いた。
「…………口だけの約束に、何の意味がある」
吐き出されたその言葉は細かく震えていた。
「何もかもが壊れたこの世界で、信じられるものは自分だけじゃと、我はずっとそう思っておった。…………じゃがの、そんな我にもようやく仲間が出来た。手放しで背中を預けることが出来る友人が出来た。打算抜きで何もかもを打ち明けられる人じゃ。相談できる相手じゃ」
独白のように呟かれたその言葉が、クロエの本心だと私はすぐに気が付いた。
「……だから、悩んでるのね。私の言葉を、信じて良いのかどうか」
そっと、私は問いかける。
するとすぐに、クロエの言葉が返ってくる。
「あぁ、そうじゃ。その通りじゃ! ようやく手に入れた仲間じゃ。この世界で唯一無二の友人じゃ!! あ奴は、ミコトは――笑ってしまうぐらい人が好い。それが種族の影響じゃということも分かっておる! だから、だからッ! 我がしっかりせねばならぬ。判断を間違えるわけにはいかんのじゃ!!」
クロエは、固く拳を握り締めてそう言った。
それから、私に向けて鋭い視線を向けると、唸るように低い声で呟く。
「――もしも。もしも仮に、お主の話が全て嘘っぱちで、お主が我らを陥れようとしているのならば…………。我は、お主を地の果てまで追いかけ、殺してくれよう」
「そんなこと、絶対にありえない。約束する」
はっきりと、私はクロエに向けてそう言った。
「誓えるか?」
そう言って、クロエが私に向き直る。
真剣に私を見つめるその瞳に向けて、私は深い頷きを返す。
「ええ。もう人の身体に堕ちた身だけど、神として、その言葉に誓うわ」
その言葉に、クロエは何も言わなかった。
私から視線を外して、ゆっくりとため息を吐き出すとその身を翻すようにしてまた穴の空いた天井から出ていく。
「…………明日、ミコトと共に来る。時間は分からぬが、いつでも出られるよう準備をしておけ」
小さい声で言葉を吐き出して、彼女は闇に溶けるようにして消えてしまった。
――それから。
私を閉じ込めていた部屋の入り口の瓦礫が取り除かれたのはすぐのことで。
夜明けの光が差し込む六日目の朝になってからだった。
次回更新、少し遅れます。




