ブルーアワー
短いですが、今回はキリのいいところまで。
途中でミコト視点に変わります。
ふと気が付けば夜が明けようとしていた。
東の空が白く染まり、夜の群青が名残を惜しむようにこの世界へと色濃く影を伸ばす。
辺り一面が濃い青色に染まるこの時間のことを、人の子達はブルーアワーとそう呼ぶらしい。
私は、その青に染まる時間の中で、壊れた窓枠の外に広がる廃都市の様子をぼんやりと眺めていた。
――――彼女たちはもう、この部屋にはいない。
迫る朝の気配を察すると、クロエは眉間に深い皺を刻んだままため息を吐き出し、「もう少しだけ、考えさせてくれ」とそう言って、いとも容易く天井の穴に向けて跳んであっという間にその姿をくらませてしまった。
ミコトも、「また来ます」とそう呟くと、クロエの後を追うようにして姿を消してしまった。
この部屋にただ一人残された私は、消えた二人の後を追うことも出来ず、ただただぼんやりと彼女たちとの会話を思い起こすことしか出来なかった。
「はぁ……」
ため息を吐き出し、私は部屋の隅に置かれたそれらへとちらりと目を向ける。
数日分の水に、数日分の食料。宮森と吉川が渡してくる、あの貧しげな食事の量を越えたそれら全ては、彼女たちが去り際に置いて行った物だ。
「…………」
こうして食料や水を残してくれている以上、少なくとも私の話を頭から否定するつもりはない……のだと、そう信じたい。
…………私から話せることは全て話した。
もう、これ以上隠しているものは何もない。あとは彼女たちの決断次第だ。
「問題は、東京にいる『人間』、か」
東京に居座る、もう一人の【曙光】。その存在に追われる恐怖。
『救済』という『人間』の種族命題に侵され、手あたり次第にプレイヤー・キルを繰り返すその男の手から逃れるには、その男が持つ【曙光】に負けないようレベルを――自己成長を行っていくしかない。
おそらく、二人はパーティを組んでいるのだろうが、経験値増加の恩恵がない今の彼女たちでは、いくらモンスターを倒したとしても【曙光】がもたらす自己成長の加速から逃れられないだろう。
考えるに、彼女たちが抱える現時点での問題はそこだ。
ただでさえ【曙光】を持つプレイヤーに命を狙われているのに、私の頼み事を聞き受ける余裕なんか今の彼女たちは持っていない。
だからこそ彼女たちはあんなにも渋り、悩み、迷っている。
「――――っ」
焦っても仕方がない。
ミコトが『また来る』と言った以上、今の私には待つことしか出来ないのだから。
……そう、思ってるはずなのに。
焦燥に駆られる私の心は、一秒、一秒が過ぎ去る度に幾度も私の思考と感情を乱し、ただただこの身の無力感を強くしていく。
「…………朝、か」
この世界に降り立ち、迎えた四度目の朝。
未だに私は、この始まりの街で足踏みをしている。
◇ ◇ ◇
「……ミコトよ、どう思う?」
朝焼けに染まり始める空から逃げるように獣人の元から離れて、その屋上から廃墟となった高層ビルの中へと足を踏み入れると、唐突に隣に立つクロエがそう言ってきた。
私は、クロエに向けてちらりとした視線を向けると小さな息を吐き出しその言葉に答える。
「どう思うも何も。あの話が本当なら、私たちが取るべき選択肢は一つしかないと思いますが?」
「それは……。あ奴の頼み事を聞いて、その、彼とか言うプレイヤーを助けるということか?」
「ええ、そうです」
「しかしのぅ……。もし、あの話が嘘だったならば、我らは余計な時間を使う羽目になる。【曙光】は、こうしている間にも着実にレベルを上げとるんじゃぞ? そんな暇、我らには無いと思うが」
クロエはそう言うと、その男の顔を思い出したのか機嫌が悪そうに眉間に深い皺を刻んだ。
現状の、私たちを取り巻く大きな問題。
プレイヤー・キルを繰り返す、あの男から逃れるために毎日のように行うレベリング作業。
幸いにも『天使』である私は、飲まず食わず眠らずで動ける身体だ。もともとコツコツとした作業が好きだったこともあってか、朝も昼も夜も、ただひたすらにレベルを上げる作業は全く苦ではなかった。
夜になればクロエもレベリングに参加できるから、レベル上げの効率は上がる。
今晩、わざわざレベリングの時間を捨ててまであの獣人に会いに行ったのは、壊滅したはずの私たち以外の東京のプレイヤーが生きていると、『ギルド』のメンバーに聞いたからだった。
「それもそうですが、あの話は無視できるような内容ではないと思います」
「ゲームのクリアに関わることだから、じゃろ?」
「ええ」
しかし、そのレベリングを捨ててまで会いに行って良かった。
彼――彼女? の話は信じられないことばかりだったが、ゲームクリアに関わるプレイヤーが居るという話は、たとえそれが眉唾ものであったとしても、信じてみるに値するものだろう。
「クロエが気にしているのは、次に【曙光】と出会った時に、私たちとあの男とのレベル差があれば、今度こそ本当に私たちは逃げられず死ぬかもしれない。そういうことでしょう?」
私の言葉に、クロエは無言で頷いた。
私は、そんなクロエに向けて微笑みを作ると、ゆっくりと、けれど確かな口調で言った。
「……大丈夫ですよ。もし、そうなった時は私があなたを守ります。私の目の前で、誰も殺させやしません」
その言葉に、クロエが私の顔を見つめる。
そして、盛大なため息を吐き出すと呟くように言葉を吐き出した。
「…………だから、悩んどるんじゃ馬鹿者」




