東京の現状
ミコトは、「なるほど……」と呟くと深く息を吐いて宙を眺めた。
しばらくの間考え込むようにその視線が宙を泳いで、それから考えがまとまったのか、視線はクロエへと向けられた。
「……クロエ。私は、一度この話を信じてみようと思います」
ミコトの言葉に、クロエもまたミコトへと目を向ける。
「…………なぜじゃ」
「この話を信じた際のメリットと、信じなかった際のメリット。そのどちらも考えた時に、信じた際のメリットの方がより大きいからです。私は、この方の言う言葉が全て真実だとは思ってはいませんが、その彼という存在が気になります。もしも本当に、その彼を失うことでゲームのクリアが出来なくなってしまうのならば、それは私たちにとって大きな痛手です。私たちの目的は、このゲームのクリアです。彼と呼ばれるプレイヤーが、そのクリアに必要不可欠であるならば、助け出さねばなりません」
「……それは。その言葉は、本心か? それとも、種族に影響された言葉か?」
じっと、クロエはミコトを見つめた。
ミコトはクロエの視線を受け止めながら、ゆっくりと口を開く。
「本心、ですよ。非合理的な種族の言葉ではなく、合理的に判断した私の言葉です。この黄昏世界の成り立ちや、その背景に何があったのかなんて微塵も興味がありませんが、私たちが考えなければならないことはこの世界からの脱出です。そのために必要なプレイヤーが居るのならば、助け出すべきです」
その言葉に、クロエはしばらくの間ミコトを見つめていたが、
「なるほどのぅ……」
という言葉を吐き出すと視線を逸らした。
「正直、我は判断に迷う。確かに、ミコトの言う通り、その彼という男が居ることでこの世界のゲームクリアが近づくのならば、是が非でも助け出さねばならぬじゃろ。……じゃが、その言葉が嘘だった場合。我らは無意味な時間を過ごすことになってしまう。ミコトよ、忘れたわけではあるまいな? 我らは東京におるあの男から目を付けられておるのじゃぞ?」
「……それは、そうですが」
ミコトはクロエの言葉に眉を寄せた。
私はそんな二人の様子を見て、そっと問いかける。
「……あの。それは、どういう意味? 東京に居る男から目を付けられてるって――――」
「……なんじゃ、知らぬのか」
私の言葉に、クロエが薄い笑みを浮かべた。
「『プレイヤーズギルド』のことを知っていると聞いていたから、東京に居たのかと思っておったが――――ああ、そう言えば。お主は神様で、人としてこの世界にやって来たと、そう言っておったな。『プレイヤーズギルド』を知っているのは、それが原因か?」
その言葉に、私は軽く頷きを返した。
「であれば、今の東京の現状を、お主は知っておるのか?」
「……簡単に。ある程度は」
と、私は言った。
幾度も繰り返される箱庭の中の世界を見ていた時も、彼が早々に死ぬこの世界は、私の中でもいわゆる〝見るに値しない世界〟に等しかった。
この世界が辿る概要だけは知っているが、その概要も今では何の意味もなさないだろう。
何せ、この世界には今や星の樹形図の中心にもなった、繰り返しを抜け出した彼がいる。
加えて、彼を狙うアイオーンによってシステムが書き換えられる今、私の知っているこの世界の概要はもはや別の世界のものだと思った方がいい。
「モンスターが溢れているということだけは知ってる」
彼と共に居た時に、福岡に居たプレイヤーから聞いた情報を私は口にした。
クロエは、その言葉に一つ頷くと口を開く。
「まあ、おおむねその通りじゃ。…………この世界に足を踏み入れてから、七日目じゃったか。東京の、新宿で発生していたスタンピードが限界に達して、他の地区にまでモンスターが溢れ出した。溢れ出したモンスターにより我らプレイヤーは後退を余儀なくされ、別の地区にまで逃げ込んだのじゃが……。そこでまた、問題が起きての。モンスターを狩るプレイヤーが消えたことで、本来のその地区におったモンスターも徐々に数を増やして、また別の地区にまで雪崩込み始めたのじゃ」
「……それじゃあ、東京はもう、モンスターしかいないってこと?」
「……それだけなら、まだ良かったのかもしれん」
私の言葉に、クロエがため息を吐き出した。
「増え続けるモンスターをどうにか減らそうと、東京に残っていたプレイヤーは一丸となって立ち向かった。そんな時じゃったよ、我らプレイヤーの間に、一人になれば種族変化してしまうなんて奇妙な話が出始めたのは」
「一人になると、種族変化する? どういうこと? そんなの、私は聞いたこともない」
私はクロエの話に眉を顰めた。
プレイヤーが単独で行動していれば種族変化をする、だなんて話は、どの世界軸においても聞いたことがない話だ。
クロエはその当時を思い出したのか、私の言葉に疲れたような笑みを浮かべた。
「……ああ、我もそう思っておった。…………じゃがの、一人、また一人と、昨日まで共に戦っていたプレイヤーが誰とも知れず突如として種族変化していく。昨日の仲間が、今日には種族変化したプレイヤーとなって襲い掛かってくる。かといって見ず知らずの誰かと共に行動していれば、その隣に居たプレイヤーが突然、種族変化剤というクエスト報酬で手に入れた、訳の分からない薬を打ち込んでくる。………………もはや、地獄じゃったよ。大量のモンスターと、種族変化したプレイヤー。その全てが支配するあの東京は、本当の意味でこの世の終わりじゃった」
「……どうして、その、誰かと一緒に居たプレイヤーは、一緒に居たプレイヤーを種族変化させたの? そんな状況で、そんなことをする意味が――――」
「この世界で一人になれば種族変化してしまう。そんな噂が流れると同時に、もう一つの噂が流れたんです。――曰く、自分以外の誰かを種族変化させてしまえば、種族変化をさせたプレイヤーはもう二度と、今後は種族変化しない、なんてね」
私の疑問に答えたのは、クロエの言葉を聞いていたミコトだった。
クロエは、ミコトの言葉に頷くとまた口を開く。
「そんなこと、ありえるはずがない。そう生き残ったプレイヤーの誰もが気が付いた時には、東京は化け物しか存在しない街になり果てていた。我がミコトと出会ったのはそんな時じゃ。我ら二人はそれから共に東京を脱出し、今ではこうして行動を共にしておる」
……なるほど。二人が東京から抜け出した理由は、これでだいたい分かった。
けど、今の説明で分からなかったことがある。
私はクロエとミコト、二人の顔をそれぞれ見渡すと気になったことを聞いてみることにした。
「……あの、それなら、さっき口にしたあの男って誰ですか? 私をここに閉じ込めたあの二人も、あなた達二人が追われているようなことを言っていましたが…………」
「ああ、それは」
と、私の言葉にミコトが口を開いた。
「東京を支配しているのは、我が物顔で闊歩するモンスターと、種族変化を起こした狂ったプレイヤーというのは言いましたよね? ……ですが、その中でも特に狂ったプレイヤーが居るんです。…………その男は、種族変化を起こした末に、他プレイヤーをこの世界から救済するという目的で、無差別に殺害し始めました」
「――――――まさか、それって」
聞き覚えのあるその言葉に、私は息が止まる。
ミコトは、私のそんな様子に小さく頷くと、残りの言葉をそっと吐き出した。
「その男の名前は…………。アカザワケンタ。【曙光】という、獲得する経験値を増加させるチートスキルを持つ『人間』種族です」
「そして、我らはソイツから唯一逃げ出したプレイヤーじゃ。あの男がおる限り、この世界のプレイヤーはいずれ、その男に『救済』などという馬鹿げた理由で全員殺されるじゃろうな」
クロエの口から大きなため息が漏れる。
夜の闇に溶けていくその言葉とため息は、私の耳に深く残った。




