冒険の始まり
お待たせしました。
喪失世界の怪物と崩落の廃都市 後編スタートです。
後編はマキナ視点で進みます。よろしくお願いいたします。
暗闇の中で頬を優しく撫でるその感触に、私はゆっくりと瞼を開いた。
真っ先に目に飛び込んでくるのは、どこまでも透き通る空の青。私を囲むようにようして周囲に乱立した瓦礫と廃墟になった灰色のビル群。
その合間を風が吹き抜ける度に、私の身体を包みこむ緑の草花が私の肌を優しくくすぐっていく。
大きく息を吸い込むと、影として彼の傍に居た時には感じなかった胸いっぱいに広がる青臭い緑の匂いに、私はようやく無事に人の身となって、トワイライト・ワールドの中に入りこんだのだと理解した。
「ここが……。彼が生きている世界」
日常の残骸と、絶望の終末が支配した場所。
延々と繰り返される黄昏の世界。
私はゆっくりと身体を起こして、自らの身体を見下ろす。
大人とも子供とも呼べない中途半端な大きさの手足。衣服は事前に設定をした通り、かつての彼が身に付けていたようなシャツとズボン。頭に手を伸ばすと、そこには人の身ではありえない耳が生えていて、私の指に反応したのか私の意識とは別にぴくぴくと動いたのが分かった。
……どうやら、直前のキャラクター・クリエイトは上手くいったようだ。
そのことにゆっくりと安堵の息を吐き出して、私は周囲へと目を向ける。
すると、私の傍に一つの機械が落ちていることに気が付いた。――――スマホだ。
それは、トワイライト・ワールドという自己成長プログラムにおいて、自らの成長度を自分で確認することが出来る、かつての私が創り出したアクセス機器だった。
私がコレを創り出した時は、地球という星で誰もが手にしていた機械だったからという単純な理由だったが、どうやら神様という立場を手放し人の身へと成り代わった今の私にも、トワイライト・ワールドは他のプレイヤーと同様にアクセス権を渡してくれるらしい。
「…………」
私は無言でその機械を手にして、彼がそうしていたように画面へと指を滑らせた。
暗転した暗闇に光りが灯り、その画面の中に一つのアイコンが浮かぶ。トワイライト・ワールドだ。
そのアイコンに指を落とすとすぐさま画面は切り替わり、この世界のトワイライト・ワールドにおける私自身の自己成長度を表示させた。
荻野 マキナ Lv:1 SP:3
HP:15/15
MP:0
STR:4
DEF:3
DEX:2
AGI:4
INT:0
VIT:2
LUK:1
所持スキル:幻想の獣
表示されたその数値は、私が知っているものではない。おそらく、これらの数値もアイオーンが私の手からシステムを奪った際に書き換えたのだろう。
どうやら人の身に堕ちた私自身も、この世界における人の子達と同じようにシステムの影響を受けているようだ。
神として存在しながらも、以前はモンスターの一匹も倒す力さえも残されていなかった。けれど、人の身に堕ちトワイライト・ワールドの自己成長プログラムが働いている今ならば、私にもモンスターが倒せるかもしれない。
そんなことを考えていた私は、ふとあることに気がついた。
「…………でも、ちゃんと動くの?」
人の身に堕ちたとはいえ、私は仮にも神様だ。
人の子達に向けて創られたトワイライト・ワールドが私には働かない可能性だってある。
少しだけ考えて、私はAGIの表記に触れた。すぐに出てくる『Y/N』の表示に『Y』を押す。するとSPが一つ消費されて、AGIの数字が二つ増えた。
「……問題なく動いてる」
となれば、私自身の中にもこの箱庭に足を踏み入れる際に壊れた疑似人格が埋め込まれたと考えるべきだろう。
……確か、獣人の種族命題は〈欲望の解放〉だったはず。
そんなことを考えていた私は、ふと残ったSPの数字へと目を落とした。
「今の私は、人の子達と同じ。けれど、この箱庭に囚われた他のプレイヤーと違って、私は本来ここに居ない存在……。ここで死ねば、私は本当に消えてしまう…………」
そうなればもう二度と、彼のことを助けることは出来ない。
この数字は私にとっての生命線だ。
だからこそ、どの数値を成長させるのかは慎重に選ばなくてはならない。
残った二つの数字と並ぶ成長度を示す数字を見つめて、私はどれに割り振るのかを決めた。
「うん、これにしよう」
言って、私はAGIに全てのSPを割り当てる。
これまで彼の行動を見てきたからこそ、私はこの数値の重大さを知っている。幸いにも私の選んだ獣人はSTRとAGIが伸びやすい種族だ。初期に割り当てられたSPを全て使い切ると、私のAGIは二桁となった。
「……よし」
呟き、私はスマホを仕舞い込む。
それから立ち上がり、ゆっくりと息を吸い込む。
――――ここからだ。
ここから、私の壊れたトワイライト・ワールド攻略が始まる。
神という立場を捨て、人の子に堕ちた私はもう後戻りが出来ない。あとはただ前を向き、足を進め続けるだけだ。
「大丈夫」
と、私は呟く。
彼を助け出す策はある。ただ無暗にこの世界に身を堕としたわけでは無い。
「……行こう」
呟き、私は黄昏の世界に足を踏み出す。
瞬間、私のスマホがあの言葉を告げる。
≫≫黄昏の世界へと踏み出しました。これより、あなたの冒険が始まります。
――さあ、始めよう。
私の、私だけのクソゲー攻略を。




