幕間 アイオーン2
「……ん?」
その男が――アイオーンがその異変に気が付いたのは、荻野マキナがトワイライト・ワールドへ足を踏み込んですぐのことだった。
「……………」
星の運命を記す樹形図を守る神から奪い取り、手中に収め、今や自らが統括するトワイライト・ワールド。
至上の喜びを満たすため、世界と時間を切り取り、そして創り出した自分だけの、自分のための世界。
始まりと終わりが繋がった、永遠の不変とも言えるその箱庭の中に、気が付けばプレイヤーの反応が一つ増えていたのだ。
「――――あの、死にぞこないか」
この閉じられた箱庭に干渉出来る存在など限られている。アイオーンは、それが誰なのかすぐに気が付いた。
「――くふ」
小さな笑いがアイオーンの口元から漏れる。
「くふふっ!」
笑いは次第に大きくなり、その空間を満たしていく。
「くふふ、ふはははははは!! まさか人の身に堕ちてまで、自らが乗り込んでくるとはな!!」
大口を開けて、アイオーンは嗤いながら言った。
あの死にぞこないの手助けにより、あの人間の居場所は隠された。どこに居るのか分からない人間をおびき出すため、箱庭の中に居るプレイヤーを次々と種族変化させた。さらにはプレイヤー同士でも種族変化をさせようと、クエスト報酬の中に誰でも使用が出来る種族変化剤という追加システムを創り、紛れ込ませた。
そうして、様子を見ていればあの女が自ら箱庭の中に入りこんでいる。
力もなく、これまで見守ることしか出来なかった女だ。そんなヤツが、わざわざ危険を冒してまで乗り込んできた理由は一つしかないだろう。
――どうやら、あの女のお気に入りに何かが起きたようだな。
そう考えて、アイオーンはまた口元を綻ばせた。
「惜しいのはあの女と、あの人間の絶望に染まる顔が見れないことだが……。だが、それでも十分だ。あの死にぞこないを、こうしてこの場に引きずり出せたのだからな」
本来ならば形のない神の身を完全に殺すことは出来ない。
神とはつまり概念であり、抽象であり、そして存在そのものであるからだ。
しかし、肉の身体を持つ人間に堕ちたのならば話は別。
――今度こそ確実に、あの邪魔者を殺すことが出来る。
その思考に、アイオーンはまた唇の端を歪めて大きな笑みを浮かべる。
「と、なると……。問題は、あの死にぞこないがどこに居るのか、だが…………」
この箱庭に堕ちたのならばきっと、あの女は真っ先にあの人間の元へと向かうはず。
いくらその存在を隠したとしても、その後を追っていけば簡単に見つけることが出来るだろう。
「ふむ……」
アイオーンが暗闇を睨み、薄っすらと目を細める。
トワイライト・ワールドの全てを把握するアイオーンにとって、プレイヤーの居場所を探ることなど造作もないことだった。
アイオーンは一つ一つじっくりとプレイヤーの反応を探って、やがて全てのプレイヤーをチェックし終えたところで盛大な舌打ちを漏らした。
「――――分からんな」
アイオーンにとって、トワイライト・ワールドのプレイヤーは特定の人間を除けば全て塵芥に等しい存在だ。
そのゴミ一つ一つに名前が付いていたとしても、ゴミそのものに興味を持ったことなど一度もない。
自らが管理する箱の中にゴミが増えたことは分かっても、箱の中のどれが新しく増えたゴミなのかが分からない。
そんな状況に、アイオーンは視線を鋭くする。
「…………まあ、いい」
人の身に堕ちた以上、あの女が箱庭から抜け出す術はない。
世界軸を移ろうにも、あの女にその力が残っているとも思えない。
あの女が目を掛けていた人間の居場所は未だに分からないが、あの女がわざわざ神の身を堕としてまでこの箱庭に入ってきたことを考えるに、きっとあの人間は無事ではないのだろう。
「仮に、あの女が何かを企んでいたとしても……。箱庭のプレイヤーを全て殺せば済む話だ」
プレイヤーの殲滅によって起こる箱庭のリセット。
何度も繰り返される、永劫不変の絶望の喜劇。
今回の喜劇の種は全て撒き終えた。撒いた種はもうすでに芽吹き、絶望の華を咲かせようとしている。
「さあ、死にぞこない。今のお前に何が出来る? この黄昏を止めることが出来るなら止めてみろ」
呟き、アイオーンは唇を歪ませる。
どこまでも、どこまでも醜悪なその笑みは、とうてい神という立場のものが見せる表情ではなかった。
お待たせしました。
5/31より連載再開です。よろしくお願いします。




