??日目 彼を守る方法
マキナ視点です。
≫≫システム:種族変化が適応されます。
運命の樹形図が発する青白い光を浴びながら、私はただただ項垂れることしか出来なかった。
何もできなかった。
間に合わなかった。
結局のところ、私は何も出来ずに彼という希望を失ったのだ。
――種族変化。
これまでに見てきた壊れたトワイライト・ワールドの中で、私が知る限りで最も聞きたくはない言葉。
そのアナウンスは、これまでの箱庭の中で例外なく全ての終わりを告げる合図だった。
かつて吸血鬼の少女が吸血鬼へと代ったように。
天使の少女が本物の天使に成ったように。
エルフも、ドワーフも、猫人も兎人も蜥蜴人も妖精も。どんなプレイヤーだって、その言葉を最後に本物のその種族へと変わって。…………そして、最後にはアイオーンが仕組んだクエストの討伐対象に指定されて、殺される。
……もうこれで、この奇跡も希望も全てが途切れた。また、この物語は長い長い箱庭の繰り返しへと戻り、私はまたアイオーンに歯向かうプレイヤーが生まれるまで待ち続けるのだ、と。
――――そう、思ってた。
≫≫――ERROR。同一種族への変化です。種族変化が適用されません。
「――――えっ?」
思わず、私の口から声が出る。
聞き間違いかと思ったが、その言葉を聞いていたのは私だけじゃない。野田という少年も、流れたアナウンスに激しく動揺しながら「どういうことだッ!?」と唾を飛ばしている。
「確かに種族変化剤は打った! 過程のスキルも大量に取得していただろ!? なぜだ!? なぜコイツには種族変化が適用されない! 先行プレイヤーだからか!? 僕たちと違うから適用されないのか!?」
少年は誰にともなく怒鳴りつけるように言って、意識を失った彼へと恐れとも怒りともつかない視線を向けていた。
私は、その光景を眺めていることしか出来なかった。
これまでの繰り返しではありえなかった言葉。ありえなかったアナウンス。
少年の言うように、確かに彼は種族スキルを大量に強制取得させられた。同化率だって、100%になるまで引き上げられた。それなのに、どうして種族変化が適用されていない? それとも、まさか本当に、あの少年が言うように彼があの世界軸のプレイヤーじゃないから?
――思考がぐるぐると回る。様々な憶測が私の視線をあの箱庭の中へと釘付けにする。
けれど、直前に聞こえたアナウンスとは裏腹に。箱庭の中では、これまでに見てきた種族変化を起こしたプレイヤーと同じように、彼の身体には変化が起き始めていた。
真っ黒だった髪の毛が黒から白へと、まるで色そのものが失われていくかのようにその髪の色が根本から失われていく。
……彼に起きた身体変化はそれだけ。牙が生えることも、獣の体毛に覆われることも、皮膚が硬質化することも翼や尻尾が生えてくる様子もない。
私が、これまでに見たどの種族変化よりも小さな変化。
そのことに私が茫然としていると、またトワイライト・ワールドのアナウンスが流れた。
≫≫ユニークモンスター:最弱の獣を確認しました。
そのアナウンスは、これまでに種族変化を起こしたプレイヤーに対して、絶対に流れているアナウンスだった。
……ということは、やはり種族変化は起きている。
そのことに少年も気が付いたのだろう。戸惑いを浮かべていたその表情も、アナウンスが流れると同時に安堵の顔へと変わっていた。
しかし私は、そのアナウンスにまた激しい動揺を浮かべていた。
――最弱の獣? 誰が? あの、彼が?
そんな、それこそありえない。彼は、今やこの箱庭の中で誰よりも強いプレイヤーだ。あのアイオーンにさえも迫る強さなのだ。
そんな彼が、最弱の獣? いくら種族変化したモンスターと言えども、それはありえない話だ。
だったら、どうして彼は最弱の獣だなんて呼ばれた?
「………………ああ、そっか」
そこで、私はようやく私は合点がいく。
種族変化がなぜトワイライト・ワールドのシステムでエラーになったのかを。彼が最弱の獣と呼ばれた理由を。そして今、彼の身に何が起きているのかを。
「…………彼の種族変化に対して、トワイライト・ワールドがエラーを起こした原因はおそらく……」
彼――古賀ユウマは、人間だ。そして、トワイライト・ワールドにおいて選択した種族は奇しくも『人間』だった。
人間が人間に変化したところで、種族は何も変わらない。だから、トワイライト・ワールドはエラーを起こした。
彼の髪が変化したのは、種族スキルの影響で間違いない。アイオーンは、私の用意した種族専用のスキルにシステム効果を追加して、彼らが種族スキルを取得すればするほど、トワイライト・ワールドの種族の身体にその身体がより近づくようにしている。だから、彼の身体の変化は種族:人間に変わったということで間違いないのだ。
それじゃあ、トワイライト・ワールドの種族の身体とは何だろうか。
……考えるまでもない。私が創り生み出した種族ごとの疑似人格。本来ならばトワイライト・ワールドのプレイヤーを導き、サポートするために作ったその人格イメージの身体のことだ。
それを裏付けるように、彼の髪は私が創り出した種族疑似人格:人間の髪の色になっている。まず間違いないだろう。
「……種族変化が起きる原因は二つ。疑似人格の身体に、現実の身体が変異すること。そして、もう一つは…………」
同化率100%になることで疑似人格が現実へと表出し、プレイヤーの思考と心を完全に疑似人格の思考と心そのものに変えてしまうことだ。
ここで問題になるのが、疑似人格の思考や心はアイオーンによって狂わされているということ。種族命題なんて馬鹿げた思考回路を組み込まれて、私の創り出した疑似人格は完全に狂わされている。
狂わされた疑似人格は、種族同化率というアイオーンによって追加されたトワイライト・ワールドのルールによって彼らの思考と心を少しずつ蝕むようになっているのだ。
つまりは、早い話が種族変化とはすなわち狂った疑似人格の完全表出に他ならない。アイオーンによって弄られたアナウンスが種族変化したプレイヤーを勝手にモンスターと呼んでいるが、彼らはモンスター化したわけではない。
「……だから、彼は最弱だなんて呼ばれた。――――アイオーンは、人間を見下しているから」
とても弱い存在の人間が、種族変化したところで最弱だろうと。
アイオーンは、どこまでも人間を馬鹿にして、自ら追加したそのアナウンスに人間のユニークモンスターは〝最弱の獣〟だと、そう名付けた。
――それじゃあ、なぜアイオーンは完全に表出した疑似人格をモンスターと指定したのか。
簡単だ。この壊れたトワイライト・ワールドで生き延びていれば、誰だって物事を最悪な方向へと考える。このトワイライト・ワールドに救いは無いのだと思い込む。
種族変化で見た目を変えて、あれはモンスターだとハッキリとアナウンスで告げれば、本当はモンスターではないのにも関わらずあれはモンスターだと誰だって思い込むだろう。
さらにはトワイライト・ワールドのシステムを弄り、種族同化率100%のプレイヤーを倒した際に多くの経験値が取得するようにしておけば、種族変化したプレイヤーはモンスターだと、あの少年のように勝手に思い込んでくれる。
「…………だとすれば、まだ間に合う。モンスター化したわけじゃないなら、種族変化さえ無くなれば彼はまた元に戻る」
私の胸に、再び希望の灯が宿る。
まだ、諦めるわけにはいかない。私がずっと見てきた彼は、たった一つの絶望では簡単には諦めなかった。
どこかに何かしらの突破口があるはずだと、必死に考えを巡らせていた。
「ふぅー……………」
私は一度ぎゅっと目を閉じて息を吐く。
彼がよくそうしているように。
私は彼の真似をして、この種族変化という悪趣味なシステムプログラムを破る手立てを考えるために、一つずつ現状を把握することにする。
「…………アイオーンの、この企みは間違いなく咄嗟の思いつき。世界軸を移動した彼を捕まえるために、わざわざシステムを弄ってまでプレイヤー同士の争いを巻き起こそうとしている。そうすればきっと……。〈救世〉の彼は隠れてばかりもいられず、事態を治めるために動かざるを得ないから」
これがアイオーンの咄嗟の思いつきだというその証拠に、以前に彼が種族変化をした吸血鬼の少女を倒した時は一切の経験値が入っていない。逆を言えば、追加でシステムを弄らなければならないほど、アイオーンは今のこの状況に焦りを覚えているということだろう。
「……おそらく、きっと。アイオーンはトワイライト・ワールドの自己成長プログラムで過大成長した彼を恐れている。アイオーンは……あの繰り返しの中で彼を飼い殺しにするつもりだったから」
だとすれば、もし彼がこの状況を打破したならば。それはきっと、アイオーンにとっての大きな脅威となるのは間違いない。
「…………繰り返し?」
自らの言葉に違和感を覚えて、私はすぐにハッと気が付く。
「…………そうだ、前に確か」
繰り返される箱庭の中で起こる、様々な可能性を辿る世界軸の中での出来事。
その中には、とあるプレイヤーが種族変化を引き起こしたが結果として疑似人格と元の人格が混ざり合い、結果として種族変化を起こしながらもトワイライト・ワールドの中ですぐには死なず生き延びたという出来事があった。
もしも、その人格の融合が彼の身にも起きれば、確かに種族変化による疑似人格の完全表出は防ぐことが出来る。
けれど――――。
「………………」
その先に待つのは人格破綻だ。
一つの身体に、二つの人格が存在することは出来ない。その生き延びたプレイヤーは、人格破綻の末に狂いながらも生き延びて、生と死の実感すらも分からなくなってモンスターに殺されてしまった。
………………彼に、それを強いると言うの?
これまで、さんざん絶望の底に叩き落とされてきたというのに。それでも何度も歯を食いしばって、ようやく立ち上がった彼に、その人格すらも捨てて『人間』を受け入れろと言うの?
「でも、それ以外にもう、方法が…………」
……いっそのこと、彼が死ぬのを見守る?
彼にはまだ、アイオーンの残した【強化周回】という恩恵がある。それは、この世界軸に移ってきたときに一部が壊れてしまったけれど、それでも彼が死ねば今の状態を保持したまま最初に巻き戻るというその内容は、未だ失われていない。
「…………ううん、ダメ。今のまま彼が死ねば、それこそ取り返しがつかなくなる」
今の状態の保持――それはすなわち、種族変化の状態を引き継ぐということだ。
さらに言えば、この状況で巻き戻しなんかしてしまえば、いくら私が彼の存在を隠しているとはいえ流石にアイオーンに気付かれるだろう。
そうなれば、今度こそ本当に彼はアイオーンに飼い殺しにされる。
一切の抜け穴さえない本当の牢獄に閉じ込められて、その心が壊れるまで玩具にされてしまうッ!!
「どうしよう……。どうすれば…………」
まだ、だ。
まだ諦めちゃダメだ。私が、私が諦めれば本当に彼を守る存在は居なくなる。
きっと、何かあるはずだ。きっと、まだ何かが……。




