19日目 最後の言葉
ユウマ視点に戻ります。
ノイズの混じった映像の中で、一人の少女が胸から血を流して倒れていた。
栗色の髪の毛と、青白い肌。口元から覗く犬歯は鋭く、紅玉のように真っ赤に染まったその瞳は涙で濡れている。
いつもは勝気な表情で口元を吊り上げ笑っていたその顔は、その瞬間だけはとても優しく慈愛に満ちていて、血が溢れる度に近づく死を身近に感じながらも、彼女は小さな笑みを浮かべて俺を見つめていた。
――あの、子からの。最後の、伝言。『負けるな』だそうよ。
彼女は…………吸血鬼のその少女は、そう呟いて死んだ。
そして映像が激しく乱れて切り替わる。
今度の映像では、俺は地面に倒れていた。
俺の目の前には、アイオーンの攻撃から身を挺して俺を守る少女の姿があった。
背中の翼とは対照的な黒髪と、黒い瞳。雪のように真っ白な肌と、背中から生える真っ白な翼。
その翼の先には少女のスキルである光の楯が出現しているが、アイオーンの攻撃を受け止めきれず燐光を散らしている。幾度となく振るわれるアイオーンの攻撃で、少女の身体から真っ赤な血と背中の翼から抜け落ちる真っ白な羽が舞っていた。
少女は、アイオーンの攻撃から俺の身を守りながらも、その口元には俺を安心させるかのような笑みを浮かべて絶やさなかった。
その少女が、俺の目を見つめて呟く。
――私と、あの子からのお願い。『生きることを、諦めないで』。何が何でも生きて、ね?
彼女はそう呟いて、俺に一つのスキルを与えて死んだ。
そこで、またもや映像が激しく乱れて切り替わる。
次の映像では、俺はアイオーンに話しかけていた。
決意と覚悟を胸に刻んで。彼女たちの死を否定するために。このクソッたれな世界を全て否定するために。
このクソ野郎が望みそうな最高の取引材料を掲げて。
そうして俺は歩き出したのだ。俺が望むハッピーエンドを目指して。
たった一人の、俺だけのクソゲー攻略に――――――。
≫≫スキル:智の探究者を獲得しました。
記憶のフラッシュバックは、首筋に走った小さな痛みで終わりを迎えた。
「――――――――」
春先の薄衣に包まれた昼下がりの午睡の終わりのように、意識の覚醒と消失の狭間。
頭の中は半ば眠っているのに、聴覚だけはやたらと研ぎ澄まされているかのような、そんな感覚。
瞼だけは硬く閉ざされた暗闇の中で、俺の耳に届く言葉は聞き間違いのないあのアナウンスだった。
≫≫スキル:身体強化を獲得しました。
≫≫スキル:隠形を獲得しました。
≫≫スキル:分割思考を獲得しました。
≫≫スキル:救済者を獲得しました。
いつかどこかで聞いたことのあるような聞き覚えのあるスキルと、俺の知らない未知のスキル。
次々と並べられていくその言葉と共に身体の奥底からは力が湧き上がり、回り続ける思考が唐突にスライスされたかと思えば次々と別々の思考へ変わり始めて、まるで頭の中にもう一人の俺が生み出されたかのような感覚が湧き起こる。
――これは何だ、と思考の一つが疑問を抱く。
――これはスキルの効果か、と思考の一つが仮説を立てる。
――これは間違いなくスキルの効果だ、と思考の一つが結論を出す。
…………どうしてそんなことが分かる?
――当たり前だ。トワイライト・ワールドのシステムやスキルを理解することが、【智の探究者】に与えられた効果そのものなのだから。
――それじゃあ、今こうして考えているのは誰の思考だ?
――それは全て俺のものだ。間違いなく俺のものだ。
――本当に? 本当にそうなのか? 頭の中で騒ぎ続けるこの思考は、本当に俺の思考そのものなのか!?
「はははははははははッ!! これで、先行プレイヤーの経験値は僕のものだ!! 変異体になった瞬間に殺してやるッ! あはははははははははははははははははははッ!!」
朦朧とした意識の中に、悪意に侵された笑い声が届いた。
それが誰の笑い声かなんてすぐに分かった。野田だ。アイツが、俺を見て嗤っているんだ。
……けど、いったいどうして。いったい、俺の身に何が起きている?
思考が回る。いくつもの分割された思考が、同時に様々なパターンを導き出す。
――記憶のフラッシュバックの間に襲われたのは間違いない。問題は、なぜ野田が俺を襲っているのかだ。襲われているのなら反撃しないと。
――反撃? そんなの無理だ。まだフラッシュバックの余韻が残り続けている。身体がまだ動かない。ならば逃げないと。
――どうやって? 周りは海だ。船で逃げようにも、泳いで逃げようにも、相手は空を飛んでいるんだぞ? 逃げ切れるはずがない。
――だったら、助けを呼ぶのはどうだ。それこそ無理だ。ココは、ひと一人いない海のど真ん中だ。助けなんて来るはずがない。
――ともかく、一つだけ分かることはコイツは俺の敵なんだ!!
「……っ、ァ…………、ぅ――――」
必死に絞り出した声は、言葉にすらなっていない唸り声だった。
そのことに、野田はすぐに気が付いたのだろう。笑い声がピタリと止まると、ゆっくりとした口調で彼は言葉を吐き出した。
「……ああ。気が付いたんですね。でも、もう手遅れです。あなたに打ち込んだのは、強制的に種族変化を引き起こす薬――『変化剤』と呼ばれるものです。いやぁー苦労しましたよ、この薬を引き当てるのに無駄なクエスト攻略をいくつかするハメになってしまいました。感謝してくださいよ? あなたのために、わざわざ僕が、クエストを終わらせることになったんですから」
薄っすらと俺は瞼を持ち上げる。すると、視界に野田の醜悪に歪んだ悪意の笑みが入り込んでくる。
――――コイツは、誰だ。
あの街で出会ったコイツは――――あの時の少年は、こんな笑顔を浮かべるような奴じゃなかったはずだ。
見た目が同じなのに、まるでその中身がそっくりそのまま入れ替わっているかのような、そんな奇妙な感覚が浮かんでくる。
「……ぉ、ま…………え………………。だれ…………だ」
フラッシュバックの影響は未だに残っている。おそらく、『変化剤』を打ち込まれたことで強制的に意識が覚醒したからだろう。身体の奥底からは力が湧き出す感覚があるにも関わらず、まるで頭と身体が別々に分離してしまったかのように動こうと必死に意識をしても俺の身体はピクリとも動くことは無かった。
そのことに激しい苛立ちを抱えていると、野田がまたニヤリとした笑みを浮かべながら口を開いた。
「んー? 僕が誰かなんて知る必要があります? これから、ただのモンスターになり下がるあなたに。…………ほら、カウントダウンが始まったみたいですよ?」
野田のその言葉と同時に、またあのアナウンスが耳に届いた。
≫≫システム:種族同化率が上昇しています。あなたの同化率は現在49%です。
それは、その言葉は、俺にとっての死刑宣告に等しい言葉だった。
「っ―――、ァ――――――ッ!!」
コイツの言っていることが本当ならば、これから起こることは直前に思い出した記憶と同じ。
彼女が――クロエが辿ったあの時のように、俺の身体は強制的な種族変化を迎えてしまう。
「まだ、だ…………ッ!!」
まだ、こんなところでこのクソゲーに負けるわけにはいかない。
ようやく、思い出したんだ。俺が、どうしてこんなにもなるまで、この世界でこのクソゲーに挑み続けているのかを。
あの二人を助けるために俺はココに居る。
このクソゲーを否定するためだけに俺はココに居るッ!
俺が目指すハッピーエンドはまだ迎えちゃいない。
こんなところで、俺が退場するわけにはいかねぇんだよッ!!
「く、ぉおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
奥歯を噛みしめ、全身に無理やり力を入れて立ち上がる。
無理に身体を動かしたからか筋肉が激しく痙攣してガクガクと身体が震える。
万全とはいかない。それでも、俺は立たなくてはいけない。
――だって俺は、あの二人に願いを託されたのだ。
このクソゲーを否定するとあの時に誓ったのだ。
だから――――。
≫≫システム:種族同化率が上昇しています。あなたの同化率は現在57%です。
――――がくり、と。全身から力が抜けた。
アナウンスが流れると同時に、急速に暗転していく視界。
遠くなる意識のなかで、次々とあのアナウンスが止まることなく声を上げている。
≫≫システム:種族同化率が上昇しています。あなたの同化率は現在65%です。
≫≫システム:種族同化率が上昇しています。あなたの同化率は現在70%です。
≫≫システム:種族同化率が上昇しています。あなたの同化率は現在77%です。
≫≫システム:種族同化率が上昇しています。あなたの同化率は現在89%です。
≫≫システム:種族同化率が上昇しています。あなたの同化率は現在96%です。
≫≫システム:種族同化率が上昇しています。あなたの同化率は現在100%です。
≫≫――――プレイヤーの種族同化率が最高値に達しました。
≫≫――――プレイヤーの種族スキルの所持数が最高数であることを確認しました。
≫≫システム:種族変化が適応されます。
それが、俺が――古賀ユウマが、このクソゲーで聞いた最後の言葉だった。
次回、再びマキナ視点から




