??日目 マキナという存在
本日二話目です。お昼に前話を投稿しているので、お気をつけください。
今回、マキナ視点。
真っ黒な空間。ほのかに光を発する幾つもの小さな光球と、眼前に浮かぶ青い星。
その青い星からは無数に枝分かれした細い線が広がっていて、青白い光を発しながら私の顔を照らしている。
ここは私の世界。私の場所。過去にも、未来にも、現在ともまた違う全ての空間から断絶された私という概念だけがある世界。
私の役割は、この星を見守ること。星が辿る運命を――この、無数に枝分かれした可能性の世界が記された樹形図を絶やさないこと。
必要であれば星に干渉し、その星に住まう生き物に天啓を与える。それが、ここで生まれた私の存在意義。
……はじめは、その役割が嫌だった。
何せ私の星は非常に脆弱で、何か一つでも事が起きればあっという間に滅びて、星が辿る運命の樹形図はあっという間に途切れるからだ。
何度も、何度も、星を滅ぼしてはやり直す。
そうして繰り返す内に、私はようやく気が付く。
この青い星が滅ぶ条件は、その星に住まう生き物の絶滅なんだって。
だから、私はその星の生き物が絶滅しないよう干渉していくことにした。
とは言っても、私の役割は見守ることだ。過度の干渉は出来ないし、その方法がない。私に出来ることと言えば、星を創り変えることだけ。星のルールをほんの少し変えることだ。
停滞によって生物が死に絶えるのならば、時間と進化という概念を。
宙に浮かぶことで星を抜け出し死に絶えるのならば、重力という法則を。
単一の種族が繁栄することで星の樹形図の幅が狭まるのなら、生き物ごとにその特徴を。
――そうして、私なりに何度も星をやり直していくうちに、星には人間という種族が繁栄した。
彼らは不思議な種族だった。
繁殖力も他の生物に比べて少ない。他の生物のような力もない。個々の力は弱いのに、集まれば他の種族を凌駕する力を発揮する。
加えて、彼らは私が与えた一つの天啓で十の発想を生み出し、百を超える応用で種族を繁栄させる。
それは、幾度となく繰り返した星のやり直しの中でも初めてのことで。彼らを観察していくうちに、私はいつしか人間という種族に興味を持ち始めていた。
そうして、星の成り行きと彼らの種族を観察していると、いつしか彼らは自分たちに干渉する私という概念に対して神様という言葉を付けていた。
それどころか、私の干渉事の一つ一つに別の名前を与えだしたのだ。
それが、人間達の中で溢れかえる神様の名前だということに私はすぐに気が付いたが、特に訂正をする気も無かった。
私には名前が無い。名前すらも必要としていない。
私がいる理由はただ一つ。
この星の、そこに住まう生き物が死に絶えないようにすることだけ。
それが――それだけが私の役割。私の存在意義そのものなのだから。
――――そうだった、はずなのに。
「…………」
言葉もなく、私はジッとそのやり取りを眺めていた。
彼のいる世界軸は、星の運命が記された樹形図の中に出来た、アイオーンによって区切られた箱庭の中にある、星の樹形図とはまた違う樹形図の中のほんの一部。
数ある可能性の中のたった一つである、彼自身が最初に死亡していた世界軸だ。
その世界軸からはまた無数の可能性の世界が枝分かれしているが、そんなものは些末なことだろう。
私にとって重要なのは、この壊れたトワイライト・ワールドの中で、初めてアイオーンに屈せず歯向かった人間――コガユウマという個体が樹形図のどの枝に属しているのかということ。
彼は――、アイオーンに力を奪われ樹形図に干渉する力そのものが無くなり、アイオーンの創り出した箱庭の、幾万にも及ぶループを眺めていた私が見つけた、たった一つの希望。数あるループによる不具合で生まれたとしか思えない可能性の個体。
今や彼の行動一つで箱庭の中の樹形図は絶えず変化して、その先に伸びる無数の枝葉はいくつも生まれて消えている。
まさに、全てを奪われたこの状況を打破するために欠かすことの出来ない存在だ。
――どうして、彼がこの箱庭の中にある樹形図の中心になっているのかは分からない。
星を滅ぼすモンスターという存在が、この星に唐突に出現した時。私は、星の樹形図が絶えることを防ぐため、いつものようにこの星に一つのルールを追加した。
モンスターを倒すことで自己の成長および進化を促すそのルールは、星の生物の中でも人間という種族によく適応された。
その人間が、私の用意した種族――『人間』を選択し、トワイライト・ワールドの力を借りて成長をしたから? だから、彼は箱庭に囚われたとはいえ樹形図の中心になるまで力を付けたの?
……ううん、だとしてもどうして彼だけが未来を切り拓く力を得たのかが分からない。
ただ一つだけ言えることは、ありとあらゆる因果の渦は彼を中心に渦巻いているということだけだ。
……だから、私には分からない。
過去も、未来も、現在も。星に関することならば、その全てを見通すことの出来る私でさえも、彼の行動によって絶えず変化する樹形図の先が――その先の未来が、彼の行動によってどのような結果を辿るのかが見通せない。
……こんな私を、彼はきっと信頼していないのだろう。
彼を助けるために姿を現したのに、彼に出来る手助けはアイオーンの企みを阻止することだけ。ただ、見守るという役割しか持たない私に、彼はきっと幻滅しているに違いない。
それでも。それでも私は、彼にどう思われようとも、たった一つの希望を失うわけにはいかなかった。
たとえ見守ることしか出来なくても――――。
彼だけは、何があっても守り切る。
そう、思っていた。
――――思っていたのに。
「そうですか、本当に残念です」
記憶のフラッシュバックによる痛みで蹲る彼を見下ろしながら、その少年は――彼から野田と呼ばれていたその少年は、にこやかな笑みを浮かべながら呟いた。
その言葉に、彼からの反応はもうなかった。取り戻す記憶の中に、その意識が沈み込んでいるのだ。
野田と呼ばれていた少年は、彼の反応がないことをたっぷりと時間を置いて確かめると、彼の身体をそっと押した。
すると、彼の身体が何の抵抗もなく小舟の中に倒れ込む。その衝撃で小舟が軽く揺れて、小さな水しぶきを周囲に飛ばした。
誰の目から見ても、彼の意識がないことは明らかだった。
少年は倒れ込んだ彼の様子を、たっぷりと時間を掛けて注意深く観察すると、その口元にまた笑みを浮かべた。
「くっ、ふふ、ふふふふふふ!」
少年の口元がさらに大きく歪む。唇が吊り上がり、抑えきれない邪悪がその口から漏れだし始める。
「ああ、良かった。本当に、良かったですよ。山田さん」
口元を歪めながら、少年は意識のない彼に向けて言葉を吐き出した。
「本当はボス戦の後に疲れたところを狙うつもりでしたが…………。まさか、それよりも早くこんな機会に恵まれるなんて。……ああ、やはり。本当に僕はツイている。」
少年は、その言葉を吐き出すとまた笑い声を上げる。
その笑みが、その言葉が――以前に見た少年の様子とは全く違うその顔つきが、私の思考をざわりとささくれ立たせた。
元が概念そのものである私は、人間が持つ心の機微に疎い。
それでも、この繰り返される世界で長い間人間達を見てきたからこそ、人の機微に疎い私でも少年のその様子の変化はハッキリと感じることが出来た。
これは悪意だ。悪意の嗤いだ。
少年は、間違いなく意識のない彼を見て悪意に満ちた笑みを浮かべている。
けれど、どうして? 彼は、少年のことを邪魔したりしていないし、恨みを買った覚えなんてないはずなのに。それなのに、どうして少年は彼に悪意を向けているのか。
その疑問の答えは、すぐに分かった。
少年が、おもむろにスマホを取り出してその画面を操作し始めたのだ。
いくつかのタップとスワイプの後に少年の手元に現れたのは、一つの筒状の物体だった。透明な筒の中には透明な液体が満たされていて、その先端には針が伸びている。
私はその物体を知っていた。かつての人間達の生活を覗き見ていた時に人間達が生み出した〝注射器〟という物だった。
けど、どうしてそんなものを持っているのか。私は、トワイライト・ワールドの報酬にそんな物を入れた覚えはない。だとすれば、あれは間違いなくアイオーンが仕込んだ物――――。
「さあ、これであなたの経験値は僕のものだ……。楽しみですよ、先行プレイヤーというあなたが、いったいどれだけの経験値を持っているのか」
私の思考を、少年の言葉が遮った。
そして、私はその言葉にハッとする。
私の知らないその道具と、少年が言う言葉の意味に私はそこでようやく気が付いてしまう。
彼がこの世界で接触したプレイヤー――彼の呼ぶ〝情報屋〟が口にしていた、この世界で出回っているという強制的にプレイヤーを種族変化させるというその噂話。
「――――待って!!」
と私は叫んだ。
慌てて箱庭の樹形図に干渉をしようと手を伸ばしたが、私の指先は箱庭に触れた瞬間に弾かれてしまった。
……当たり前だ。アイオーンによって星を創り変える力を失った今の私は、箱庭に出来た小さな穴から覗き見る、彼に干渉する以上の力を持たないちっぽけな存在だ。彼自身の行動で箱庭の中の樹形図の枝は無数に伸びていくけれど、今の私の力ではその枝が気に入らないからと切り落とすことが出来ないのだ。
「っ! ねぇ、起きて!!」
だから、私は必死に彼に向けて呼びかける。
この枝が辿る未来を回避するために。
彼という希望を守るために、必死で声を張り上げる。
けれど、この声は少年には届かない。力を持たない私の干渉は、彼以外の人間には決して届かない。
「……これも、僕がこの世界で生きるためなんですよ」
少年は、彼に向けてそう呟く。
それから、ゆっくりと少年は彼に近づくと――――声の限り叫び続ける私の声を無視して、その手に持つ注射器を彼の首筋に突き刺した。
「――――――っ」
言葉が止まる。
見開いた私の眼前が真っ暗になっていく。
身体中から力が抜けて、私は手を伸ばした体勢のままその場に崩れ落ちてしまう。
そんな私の耳に、彼のスマホから聞きたくもない言葉が――私自身が追加した星のルールが、私にその言葉を叩きつけてきた。
≫≫スキル:智の探究者を獲得しました。
それは、その言葉は、悪夢の始まりだった。
「やめて……」
私は呟く。
自分自身が設計したそのルールに向けて。
今や壊れて、私の制御から離れたそのルールに向けて私は縋りつくように言葉を吐き出す。
「お願い、やめて!! 彼は、彼だけはダメ! 本当にダメなの!! 彼だけ……彼だけなの。私の手から希望を奪わないで!!」
必死に、私は懇願する。
けれど、アナウンスは止まらない。
少年が上げる笑い声と共に、次々とスキル獲得のアナウンスを知らせてくる。
≫≫スキル:身体強化を獲得しました。
≫≫スキル:隠形を獲得しました。
≫≫スキル:分割思考を獲得しました。
≫≫スキル:救済者を獲得しました。
「止まりなさい!! 私が作ったルールでしょ!? どうして私の言葉が聞けないの!? お願いッ、止まって!!」
≫≫システム:種族同化率が上昇しています。あなたの同化率は現在49%です。
「やめて、それ以上はダメッ!! 止まってよ!!」
≫≫システム:種族同化率が上昇しています。あなたの同化率は現在57%です。
≫≫システム:種族同化率が上昇しています。あなたの同化率は現在65%です。
≫≫システム:種族同化率が上昇しています。あなたの同化率は現在70%です。
「あ、あぁ……ッ!」
私は手を伸ばす。
箱庭の中で未だ眠る彼に向けて。
箱庭に弾かれ、真っ黒な空間が樹形図の発する青白い光によって何度も染まるのを感じながら。
私は、必死にその希望を守ろうと手を伸ばす。
けれど、私の手はいくら伸ばしても届かない。力のない私には、その枝を切り落とすことが出来ない。
箱庭の樹形図はもう、その先の未来に向けて枝を伸ばし始めている。
……少年が嗤う。
これで、先行プレイヤーの経験値は僕のものだと。変異体になった瞬間に殺してやる、と。
どこまでも自分のことしか考えていない高らかな醜悪な笑い声が私の耳いっぱいに広がる。
――どうして。
どうして、こうなったの?
私はただ、絶望の底でもそれでもなお足掻き続ける彼に手を貸したかっただけなのに。
絶望が支配するこの箱庭で、これまで晒されてきた悪意の中で生まれた、彼という希望を守りたかっただけなのに。
私という概念が、かつて人間達の名付けた神様という存在だとするならば。
私という存在が彼にとってのご都合主義になりますように、と名付けたこの名前のように。
人間達が生み出した架空の神――彼にとってのご都合主義の神様に、私はただなりたかっただけなのに。
「…………どうして」
呟く言葉に、答えてくれる人は誰もいない。
いつもなら反応してくれる彼も、もういない。
私はまた、何も出来ないまま。ただ見守るだけの存在に成ってしまった。




