19日目 蒼海の支配者
≫≫ストーリークエスト:蒼海の支配者 の開始条件を確認しました。
そのアナウンスが俺と野田のスマホから聞こえてきたのは、船に乗って海原に乗り出してからしばらく経ってのことだった。
空に浮かぶ太陽は西に傾き、最後の力を振り絞るようにその緋色を空に残している。少し前は一面が青色だった海面も、緋色の空に合わせるように橙色に染まりながらその光を穏やかに反射していた。
≫≫ストーリークエスト:蒼海の支配者 を開始します。
アナウンスは、淡々と言葉を続ける。
もはや聞き慣れた言葉、その口調。かつてはその言葉に驚き、恐怖していた感情はもはやどこにもない。俺の日常ともなってしまった、〝否定〟が本格的に開始される合図だ。
≫≫ストーリークエストの完了条件は、クラーケンの討伐です。
クラーケン。それがボスの名前だろう。
事前に〝情報屋〟から聞いていたクエストボスなだけに、驚くような内容でもなかった。
ただそれよりも気になったのはマキナのことだ。
こちらから話しかけることが無い限りは無言を貫くことが多い彼女だが、ここ最近は特に口数が少ない。
もとより彼女は俺以外のプレイヤーの前では姿を現さず、さらに言えば言葉を発することも無いのだが、それを考慮してもあまりにも喋らなさすぎる。
いつもであれば、こういったクエストが開始されれば一言ないし二言は言葉を発する。口下手な彼女なりに、俺の身を案じて言葉を投げかけてくる。
だが、今日はそれさえもない。
まるで、ジッと事の成り行きを見守っているかのように。
この先の展開を注視しているかのように、彼女は息を潜めていた。
「マキナ?」
と、俺は野田に聞こえないぐらいの声量で彼女の名前を呼んだ。
けれど、やはりと言うべきか。彼女の言葉が返ってくることは無かった。
「はぁ…………」
思わず息を吐き出す。
彼女の考えていることは未だによく分からない。
あの繰り返しの世界の時のように、俺が攻略に詰まったり困っていることがあれば手助けをしてくれるが、基本的な攻略方針は全て俺任せ。何をするべきか、何をしたらいいのかなどを聞いても、彼女はジッと俺を見つめたまま明確な答えを返してくれないことが多かった。
……彼女は、あのクソ野郎と同じ神様だ。それでいて、このトワイライト・ワールドの設計者でもある。
彼女の言葉が本当ならば、彼女はこれまでに繰り返される箱庭のループを、アイオーンと同じように全て見てきている。
その箱庭のループの中にはもちろん、今の俺がいるこの世界――俺自身が初めから死んでいた世界だって含まれているはずだ。
彼女の言う『星を救う』という行為を俺にやらせたいのであれば、まずはこのクソゲーを攻略することが必要なことは彼女だって分かっているはず。
彼女の口調と態度を見れば、彼女とアイオーンが対立しているのは間違いない。だから、俺に少なからず協力してくれているのだろう。
ならば、だったらもう少し、見守るという行為を取るよりもクソゲーの攻略に協力してくれもいいはずなのに……。
その、中途半端な姿勢が全面的に彼女を信頼できない要因になっていることを、彼女自身は気が付いていないのだろう。
「……まあ、いい。お前が俺を利用するのならば、俺もお前を利用するだけだ」
いつしか誓ったその言葉を、俺はもう一度口に出す。
そうして、彼女に向けていた思考をため息と共に切り替えて。俺は、船に並走するように翼をはためかせて飛んでいた野田へと視線を向けた。
「――――始まったな。準備はいいか?」
「…………ええ、いつでも」
と、野田は俺の言葉に笑った。
俺は野田の言葉に小さく頷いた。
「よし、それじゃあ――――っ!」
前に進もう。
そう口にしかけた言葉はふいに襲ってきた激しい頭痛によって途切れた。
「――くっ」
小舟の上で身を捩り、目を閉じる。
思わず発動した【痛覚遮断】のスキルを持ってしても、この痛みが治まることは無い。それはきっと、この痛みが外傷によるものではなく、アイオーンによって奪われていたものを無理やりに取り戻すために起こる反動によってもたらされるものだからだろう。
「ぐ、ァ……」
閉じていてもなお、ぐるぐると視界が回る。いつものように俺の視界にはノイズ混じりの見知らぬ映像が浮かび出す。
「――――さん、――だ……ん!?」
ドクドクと脈打つ鼓動が耳元で聞こえる中で、俺に声を掛けてくる野田の言葉が辛うじて耳に届いた。
「大丈夫、だ…………」
俺は痛みの中で野田に向けて言葉を発した。
「言った、だろ……。体調が悪い、って…………。発作、みたいな…………もんだ」
痛みで言葉を途切れさせながら、俺はそう言った。
その言葉に、野田が小さく息を吐き出す気配が感じられた。
「――に、大丈夫――――すね?」
「ああ……。しばらくすれば、治まる…………」
その言葉を最後に、俺は繋ぎとめていた意識を手放す。
フラッシュバックする記憶の中へと、俺の意識は沈み込んでいく。
「――――、――――です」
だから、最後に呟かれた野田の言葉は耳に聞こえなかった。
彼が何を言ったのかは分からない。
その言葉を知っているのはおそらく。
今でも俺のことを見ているであろう彼女だけのはずだ。
夜にまた、続きを更新します。
次回はマキナ視点から。




