19日目 ボス戦へ
呉に滞在して四日目。
俺が乗り込む船が出来たという知らせを受けたのは、造船所で荷物運びの手伝いをしていた昼過ぎのことだった。
すぐさま船があるという海辺に足を向けると、そこには一本の丸太を切り出しただけの簡素な小舟が波に揺られて海に浮かんでいた。
本当に、小さな船だった。一人、いや二人も乗りこめば身動きが取れなくなるだろう。カンナや金槌もなく、ただあり合わせの石や朽ちた金属で掘った船体はお世辞にも綺麗だとは言えず、ボロ船だと言われてもおかしくはない代物だった。
けれど、そんなものでもこの世界では貴重な乗り物だ。
俺は船の傍に居た、この船を作ったというドワーフの男――最初にこの街で出会ったドワーフの男とは別のプレイヤーだ――に断りを入れてからその船に乗り込んだ。
船は俺を乗せると大きく揺れ動いたが、やがてその動きも次第に止まる。何度かその中で身じろぎをして船が沈まないことを確認していると、それを見ていたドワーフの男に声を掛けられた。
「良かった、どうやら沈まなかったみたいだな。これは丸木舟ってやつなんだが、一人ひとりの体型や体重に合わせて木を伐り出して船にするしかないから、実際に乗ってみるまで分からなかったんだ。……だが、その様子を見るとその船は大丈夫みたいだな」
「ああ、悪いな作ってもらって」
俺はドワーフの男にそう答えて、船の中に腰を落ち着ける。ふと視線を向けると、ドワーフの男の足元には木を伐り出し薄く板状にしただけの簡素なオールが二つ置かれていた。どうやら、このオールを使って船を漕いでいくらしい。
ドワーフの男は、俺がそのオールに手を伸ばしたのを見ると、すぐにそのオールを取り上げて声を出した。
「良いってことよ。……それより、試乗が終わったなら一度降りてくれねぇか? 全部の船を作り終えて、全員でクエストに挑むまで別のところに保管しとくからよ」
「いや、俺はこのままボスのところに行く。あんたら、まだ船を作るんだろ? 俺はその船が全部出来るまで待つつもりはない」
「…………は?」
俺の言葉に、ドワーフの男の表情が一瞬にして固まった。
それから男は呆けたような顔を見せて俺の顔をまじまじと見つめていたが、やがて俺の言った言葉の意味を理解したのだろう。男の眉はすぐに吊り上がった。
「っ、馬鹿言うんじゃねぇよ!! 俺たちは、自殺する奴のために時間を掛けて船を作ってるわけじゃねぇ! いいからその船から降りろ! ボスのところに行くのは、全員が揃ってからだ!!」
「その必要がねぇって言ってんだよ。俺が、このままボスを倒しに行く。それでこのクエストは終わりだ」
「ッ!! だから、たった一人で何が出来る――――」
「良いじゃないですか、行かせても。その人なら本当に、たった一人でクリアできると思いますし」
ドワーフの男の声を遮るように、そんな言葉が俺たちの間に割って入った。
声がした方向へと目を向けると、いつからそこに居たのか。野田が翼をはためかせて宙に浮かび、俺たちのやり取りを見下ろしていた。
野田は俺に向けてニコリとした笑みを浮かべると、視線を動かしてドワーフの男を見つめた。
「この人は、あなたが思ってるよりもずっと強いですよ。何しろ、この世界の先行プレイヤーですから」
「せ、先行プレイヤーだと?」
野田の言葉にドワーフの男が胡散臭そうな表情を浮かべて、俺と野田の顔を交互に見つめた。
「そんな話、聞いたこともない」
「ええ、そうでしょうね。僕も、この人に会うまではそんな存在がいるとは露ほども思っちゃいませんでした」
野田は男の言葉にクスリと笑った。
「でも、彼の強さは本物です。レベルも50を超えてますからね」
「れ、レベル50だと!?」
ドワーフの男が目を大きく見開き、俺の顔をまじまじと見つめてきた。
……そういえば、野田には前に【隠蔽】を使用したステータスとはいえ、俺のステータスを見せたことがあったな。
このままここで言い争っていても仕方がない。ここは一つ、野田の言葉に乗っかるとしよう。
「ああ、そうだよ」
と俺はそう言って、野田に見せたものと同じ【隠蔽】を掛けたステータス画面をドワーフの男へと見せた。
男は驚きで言葉を失くしたまま、口をぽかんと開けて俺のステータス画面を見つめていた。
そんな男の様子に、野田はまたクスリと笑うとまた口を開く。
「これで分かったでしょう? 心配するだけ無駄だと。むしろ、ここは行かせてあげるべきですよ。これだけの強さがある彼を、このままココで引き留めておくメリットが一つもない」
「確かに、それだけ強ければもしかすればボスを倒すことも簡単に出来る――いや、でも……。しかしだな……。それでも一人で行かせるのはさすがに…………」
野田の言葉に、ドワーフの男は難しい顔で唸り声を上げた。
どうやら、野田の言葉に一定以上の理解は示しているものの、それでも俺を一人で行かせるということに抵抗があるようだ。
それなら心配がいらない、と俺が口を開こうとしたその瞬間。
野田が妙案を思いついたかのうように、唐突に両手をぱんっと叩いて合わせるとまたニコリと笑って口を開いた。
「でしたら、こうしましょう。山田さんのボス討伐に、僕も同行します。僕はほら、空を飛べるので船なんて必要ないですし。レベルも、今は山田さんほどじゃないですけどそれなりに高いですからね」
「――――は?」
野田のその言葉に耳を疑ったのは、今度は俺の方だった。
「いや、お前……。何を言って――」
「ほら、山田さんもそう言ってますし」
どこをどう切り取ったらそんな言葉になるのか。
野田は、ニコニコと笑いながら俺の言葉を自分の言葉で掻き消すとそんなことを言った。
その言葉に、俺が再び声を上げようと口を開きかけたその時だ。
野田は、俺に向けて意味ありげな視線を向けると、小さく首を縦に振ってきたのだ。
その顔はまるで、この場は自分に任せろとでも言いたそうな顔をしていて。俺は、その顔を見て開きかけていた言葉をぐっと飲み込むと、大きく息を吐いて野田へとジロリと視線を向けた。
(……大丈夫なんだよな?)
(ええ、任せてください)
と、目だけで俺たちは会話を交わす。
野田は、今の俺の身体能力を間近で見た数少ないプレイヤーだ。
俺のステータスの高さも、野田は十分に分かっている。
ここまで言うからには、この少年にこの場を任せてみよう。
俺は言葉なく首を縦に振って、野田に会話の主導権を渡した。
野田は俺の了承が取れたことを確認すると、再び視線をドワーフの男へと目を向ける。
「先行プレイヤーの山田さんと、その先行プレイヤーに近いレベルである僕。この二人ならば、確実にボスを討伐することは出来るかと思いますよ? あなた達はここで、クエスト終了のアナウンスを待つだけでいいんです。それなのに、どうしてそんなに悩む必要があるんですか?」
「それは……。そうだけどよ……」
ドワーフの男は眉間に深い皺を寄せて考え込んでいた。それを見て、野田はもう一押しだと踏んだのだろう。さらに声を上げて男に語り掛ける。
「聞けば、あなた方はクエストの準備――つまりは船づくりのためにずっとクエストをクリアしていないんでしょう? クエストをクリアしなければ報酬は出ない……。僕のように食事を必要としない種族ならばいいですが、あなたのようなドワーフ種族だと食事が必要だ。あなた達がクエスト準備に取り掛かって何日ですか? もうそろそろ、食料も少ないんじゃないですか?」
「………………」
男は唸り声を上げて、俺と野田の顔を交互に見渡した。
それから、大きなため息を吐き出すとその手に持っていたオールを俺に投げ渡してくる。
「……ああもう、分かった。ボスを討伐に行くってんなら勝手に行け。その代わり、俺は止めたからな」
「ええ、ありがとうございます」
野田はニコリと笑うと翼をはためかせて俺の傍にやってきた。
「それじゃあ、行きましょうか山田さん」
「……本当に、お前も来るんだな」
「もちろんですよ。そういう約束ですし」
野田は俺の言葉にクスクスと笑うと、翼をはためかせて沖合へと向けて飛び出した。
俺は野田の後ろ姿を見つめて、それから視線をドワーフの男へと向けて小さく頭を下げる。
「それじゃあ、行ってくる。船、ありがとう」
「……ああ」
ドワーフの男は眉間に皺を入れていたが、俺の言葉に小さく頷いた。
それを見て、俺は両腕に力を込める。
オールが海の波を押し掻き分けて、小舟がぐんっと動き出す。
最初は船の耐久を見るようにゆっくりと、耐久を見極めてからは壊れない程度に力を入れて。何度も、何度もオールをリズムよく動かして波を切って、小舟を沖合へと向けて進めていく。
ほどなく進むと先行していた野田に追いつき、野田は船の横へと移動してくると、並走するように翼をはためかせながら俺に声を掛けてきた。
「それにしても、山田さんって律儀なんですね」
「何がだ?」
「船ですよ。山田さんに合わせた丸太船を作ってるにしても、もう出来上がってる他の船があったわけでしょ? 山田さんは中肉中背だし、別に専用の船を待たなくても出来上がってる船を盗っちゃえばよかったのに」
「……ああ、それはな」
俺は野田の言葉に小さく笑った。
「今、ちょっと体調が悪いんだよ」
「体調、ですか?」
そう言って、野田は俺の顔を見つめた。
「ああ、ちょっと頭痛が酷くてな。それが治るまでの間、船の完成を待つことにしたんだ」
「ふーん……。ちなみに、体調はもう大丈夫なんですか?」
野田は俺の言葉に興味が薄そうな相槌を打つと、またちらりと顔を覗き込んでくる。
その言葉に、俺は小さな頷きを持って答えた。
「まだ頭痛は引きずってるけど、まあ平気だ」
「……そうですか。もし、また体調が悪くなったら言ってくださいね。その時は、僕が前に出ますから」
「ああ、分かった」
記憶のフラッシュバックはまだ続いている。
四日という時間があったにもかかわらず、俺は全ての記憶を取り戻すことがまだ出来ていない。
ボス討伐に野田が付いてくると聞いた時には〝なぜ〟と思ったが、フラッシュバックが唐突に起こることを考えれば、こうして誰かと共にボス討伐に向かう方が比較的安全なのかもしれない。
「その時は頼むよ」
「――ええ、任せてください」
野田はニコリと笑った。
その屈託のない笑顔に、あの街で見た友を失い悲嘆に暮れていた少年の影は、やはりどこにもないように感じた。




