18日目 仲間の記憶
造船所で船が出来るまでの間、記憶のフラッシュバックにより俺という人間を思い出す日々が続いた。
相変わらず記憶を取り戻すときには激しい頭痛に襲われていたが、それでもこの数日で多くのことを思い出すことが出来ていた。
自分の出自、両親、友人、クソゲーに囚われる以前の記憶。それらのほとんどはもう完全に思い出したと言っても過言ではなかった。
けれど、俺が欲しかったのはクソゲーの攻略に役に立つ記憶だ。
未だに思い出せない一周目と二周目の記憶が戻るのを待ちながらも、俺は造船所に足を運んで木の切り出しや運搬を手伝っては今か今かと自分の船が出来上がるのを待ち続けていた。
そして、その日々に変化が起きたのは呉に来てから三日目のことだった。
その日、いつものように造船所に足を運ぶと見知った顔がそこに居たのだ。
「あっ、山田さん!」
そう言って、俺に駆け寄ってくるのは福岡で出会い、別れたはずの堕天使の少年。野田だった。
「……野田か?」
俺は怪訝な顔で彼の顔を見つめる。
俺がそう問いかけたのも無理ないだろう。彼と別れて数日、まさかまた遭遇することになるとは思わなかったが、その彼の姿は数日前から変化していた。
真っ先に眼に付いたのはその背中に生える大きな翼だった。
以前は一対の翼しかなかったその背中には、左右に三つ――合計で六つの翼が生えていた。その大きさも以前よりもさらに大きく、その顔つきは以前と同じであるのにも関わらずその姿はまさに別人と言っても過言ではなかった。
彼は、俺の表情から言いたいことをすぐに察したのだろう。野田は小さく笑うと、口を開く。
「実は、あれからまた変異体を倒しまして。レベルもかなり上がったんです。変異体を倒したからか、翼もこんなに増えちゃって……。今では空も飛べるんですよ、ほら!」
言って、野田は翼をはためかせた。
六つの黒翼は音を立てながら羽ばたくと、彼の身体をふわりと地面から持ち上げる。頭上に輝く黒い天輪といい、その飛ぶ翼といい、その姿はまさに堕天使と言っても過言ではなかった。
「お前の種族……。レベルが上がったら翼も大きくなるのか?」
「というより、変異体を倒したからでしょうね。変異体はホラ、元は僕らと同じですし。堕天使は、天使がプレイヤーを倒した際に変わる種族ですから」
その言葉に、俺は微かな違和感を覚える。
思わず眉根を寄せた俺に野田は何を思ったのか、地面に降り立つとじっと俺を見つめた。
「……まさか。変異体を倒すことを責めようなんて思ってないですよね? 変異体は確かに元プレイヤーですけど、モンスターなんですよ? 変異体に変わったプレイヤーを生かすよりも、彼らが罪を重ねる前に殺す。それが、彼らにとって何よりも僕らが出来ることなんですよ?」
「ああ、それは分かってる……。変異体のプレイヤーも、苦しんでいる。その苦しみを取り除くには、今はただ殺すしかないってことも。俺が気になったのはそうじゃなくて……」
「そうじゃない? あ、僕がココにいる理由ですか? それはおそらく、あなたが思ってる通りですよ。僕もあなたと同じクエストを受けたんです」
野田はそう言って小さな笑みを浮かべた。その顔からは別れ際に見た寂しさは消えており、友人との別れから立ち直っているように見えた。
違和感の正体はコレだろうか。あまりにも、立ち直りが早すぎる。
けれど、それはこの世界の感覚で言えば普通のことなのかもしれない。それぐらいに、この世界ではあまりにも身近に死が溢れている。
だから俺は、野田に向けて小さな息を吐き出すと、
「そうか……。お前も受けたのか」
と、野田に会話を合わせることにした。
「受けたクエストは、海の支配者か?」
「ええ、そうです! ということは、やっぱり山田さんもなんですね。まさか、また山田さんに出会えるなんて思ってもなかったですよ!」
野田は、そう言ってまた笑みを浮かべた。
しかしその笑みを浮かべていたのは束の間のことで、野田はすぐにその眉根を寄せると盛大なため息を吐き出した。
「でも、人数分の船はまだ用意出来ていないみたいですね。……困ったな。一刻も早くクエストを終わらせたいのに」
「……どうしてだ?」
俺と違って、『人間』でもない彼が命題に急かされることもないだろう。
そう思って問いかけたその言葉に、野田はまたクスリとした笑みを浮かべた。
「どうしてって、クエストを終わらせなきゃ報酬も貰えませんし。報酬が無ければ自分自身の身を守ることも出来ないんですよ? 誰よりも早く多くのクエストを終わらせようと思いうのは当たり前のことですよね?」
「それはまあ、そうだが」
「山田さんだって、積極的にクエスト受けてるんでしょ? 僕、ビックリしましたよ。あの後、福岡のプレイヤーに山田さんのことを聞いたら、山田さん有名だったんですね。攻略者だって呼ばれてるのを聞きましたよ」
その言葉に、俺はピクリと眉毛を持ち上げた。
……なんだろう。この感覚は。やはり、何かが変だ。【直観】がガンガンに働き、俺に警鐘を鳴らしているような気がする。
「……なあ、野田」
と俺は言った。
「何ですか?」
と野田は首を傾げる。
俺は野田の顔をジッと見つめて、やがて小さく首を横に振った。
「ごめん、なんでもない」
【直観】による警鐘が唐突に消えた。
そのことに俺は戸惑いながらも、不思議そうな顔をする目の前の少年にもう一度言った。
「お前、本当に野田だよな?」
「ええ、そうですよ?」
俺の言葉に、少年は以前と変わらない表情で確かに頷いてきたのだった。
記憶のフラッシュバック映像は、唐突に始まり唐突に終わる。
野田と別れて、【気配感知】を使いながら経験値になりそうなモンスターを狩りに出かけた後。それが起きたのは、俺が呉で拠点にしている廃墟に戻り、夕食である味のしない缶詰を独りで黙々と腹に詰めていた時のことだった。
「――――ぐっ」
激しい頭痛と共に、瞼の裏に映像が浮かぶ。
廃退した都市と植物群。跋扈するモンスターと、一人の少女。やがて少女は二人に増えて、俺たちは三人で廃都市を進みだす。
――それは、その記憶は。
間違いなく俺というプレイヤーの始まり。そして、その軌跡とも言うべきクソゲー世界の旅路の記憶だった。
その中での俺は、天使と吸血鬼の少女たちとクソゲーに挑んでいた。
今のように多くのスキルを獲得している様子もなく、ステータスも他よりは高いとは言ってもボスに挑むには不十分。毎日のように訪れるクエストとモンスターを相手に、少女たちと共に死闘を繰り広げて、生と死のギリギリを綱渡って辛くも勝利をもぎ取っていた。
それは、俺が記憶しているソロ活動なんかでは全くなくて。
まさに運命共同体とでも言うべき仲間との旅路の記憶だった。
「……そう、か」
唐突に映像が終わり、俺は瞼を持ち上げゆっくりと息を吐き出す。
「……俺にも、仲間が居たんだな」
その言葉は自分でも驚くほど自然と漏れ出た言葉だった。
廃墟の壁に背中を預けて、その場に片膝を立てた状態になって座り込む。大きく息を吸い込むと、この世界の匂いとでも言うべきすえた埃の匂いが肺の中を満たしていく。
「………………そう、だったのか」
言葉と同時に、俺は深く息を吐き出した。
心の底から漏れ出たその言葉は細かく震えていて、吐き出した息で廃墟の分厚い埃が舞い上がった気がした。
だからだろう。気が付けば俺の目尻に涙が浮かんでいたのは。
俺は両拳を額に押し当てて、その場に蹲る。たった独りの現実から目を背けるように、ぎゅっと目を閉じる。
これは、この記憶は。孤独に慣れた今の俺にとって、あまりにも眩しすぎる記憶だった。
たった一人、誰にも頼ることの出来ないクソゲー攻略を挑む俺にとって、この記憶は暗闇の中で唐突に顔を照らされた時のように、すぐには直視することができないものだった。
「ミコトと、クロエ……だったか?」
フラッシュバックし、思い出したその名前を口に出す。
感覚としては初めてなはずなのに、口に出したその名前は何度も口にした単語のようにストンと自分の中に簡単に収まった。
その感覚が、やはり俺はその二人の少女を知っているのだと。今の映像が本当にあったことなのだと俺は理解する。
そして同時に、俺は記憶の中のあの二人に実際に会っていたことを思い出した。
「アイツら……。あの、繰り返しの中で接触を禁じられていたプレイヤーか」
そうして、ようやく俺は納得する。
どうして、アイオーンがあの繰り返しの中で俺が特定のプレイヤーと接触することを禁じていたのか。
それはきっと、彼女たちが俺の仲間だったから。背中を預け、共に生き戦ったプレイヤーだったから、アイオーンは俺と彼女たちとの接触をシステムを通じて禁じてきたのだ。
「アイツら……。今、どこに居るんだろ」
ふとそんな言葉が漏れた。
この世界は、俺が居た元のあの世界ではない。
俺というプレイヤーが最初に死んだこの世界を分かりやすくB世界だとするならば、俺が幾度も繰り返し囚われていたあの世界――つまりはかつての俺が生きたあの世界はA世界であり、同じクソゲーという箱庭の中でも全く違う世界軸になっている。
全てのプレイヤーが死亡することで箱庭は等しくリセットされているだろうが、ココはその箱庭の中で生まれた無数の世界軸の中の一つだ。
だから、彼女たちはこの世界には必ず存在している。けれど、このB世界ではどこに居るのか、そもそも今のこの時点で生きているのか分からない。
A世界軸の、あの繰り返しの中では彼女たちは東京に居た。箱庭に囚われている限り、彼女たちのスタート位置は変わらない。だったら、もし生きていたとすれば、彼女たちはまだ東京に居るのだろうか。
「東京、か」
苦い思い出が蘇る。
俺にとってその場所は、幾度となく繰り返した地獄の日々と絶望の場所だ。
かつて仲間だった彼女たちに会いたいという気持ちと、その苦い記憶が俺の中でせめぎ合う。
「…………どちらにせよ、まずはクエストを終わらせてからだな」
行くべきか、行かざるべきか。
その結論を、俺はすぐには出さず保留にした。
明日にはついに俺の分の船が出来上がるらしい。呉には日を追うごとに同じクエストを受けたというプレイヤーが続々と到着していて、全てのプレイヤーに船を作るつもりである造船に終わりは見えない。
このまま待ち続ければ、かなりの数のプレイヤーでボスに挑むことは出来るだろう。けれど、それがいつになるのか分からない。
そんな不確定なクエスト攻略に、俺は黙って従うつもりが無かった。
「……船さえあれば、泳ぐよりもマシに戦える」
俺ならば、きっと一人で攻略出来る。
造船を待つ他のプレイヤー達には悪いけど、ボスの経験値を渡すわけにはいかない。




