14日目 情報屋
博多駅へと続く大きな通りから折れ曲がって、博多駅周囲に広がるビル群の間に出来た迷路のような小道に進む。
周囲に乱立するかつての建造物は全て半壊、もしくは廃墟に変わりその足元が青々とした雑草に覆われている。博多駅から伸びる線路を支えていた高架線は一部が崩落し瓦礫の山へと変わり果て、その瓦礫の上を這うように茶褐色の蔦が幾重にも手を伸ばしていた。
草木と瓦礫、ビル群が作り出した人口と天然の迷路を進む度に、地面に散りばめられたくすんだガラス片が、足を踏み出す度にジャリッという音を周囲に響かせる。
博多駅に面した大きな通りを表とするのなら、まさに裏とも呼ぶべきこの小道。かつては駅前の飲み屋街だったのか、ビルに取り付けられた苔生した看板には掠れた店名が薄っすらと浮かんでいた。
やがて、足を進めているとその迷路も終わりに近づく。
圧迫感さえも感じるような大きなビル群がふいに途切れて、夜空がぱっと広がるように周囲の開かれた場所に出た。博多駅のロータリーだ。
ロータリーの壊れた舗装路にはかつて多くのタクシーやバスなんかが順番待ちをしていたのか、苔と草木に侵されたいくつもの廃車が時間を止めたまま鎮座していた。
ビル群の迷路となった小道とは違って、ロータリーには多くのプレイヤーがたむろしている。多くの人々が、身体を休める場所としてここのロータリーを選んでいるのは、どこから奇襲を受けるか分からない場所よりもその先にある、出来るだけ周囲を見渡せる場所をと考えたからに違いない。もし仮に、このロータリーで何かしらの騒ぎが起きた時には小道に駆けこんで姿を隠せるというのも大きいのだろう。
今や福岡市内を中心に活動するプレイヤーの拠点ともなったこのロータリーは、至る所でプレイヤー同士が輪になって情報の交換、または手に入れた物資の譲渡交渉が行われていた。
その中を、俺は周囲には目もくれず無言で突っ切る。そうしていると、幾人かのプレイヤーが興味と好奇の湧いた目を俺に向けていることに気が付いた。
よくよく彼らの会話に耳を立ててみると、彼らの口からは何度も〝攻略者〟という単語が出ており、その視線が俺の身に付けた武器や防具に注がれていることが分かった。
――――攻略者。
早い話が、俺のように積極的にボス攻略に挑むプレイヤーを指す言葉のことだ。
いつ、どこで誰が言い出したのか分からない単語だが、気が付けばここら一帯のプレイヤーの間では当たり前のようにその言葉は浸透していて、俺のように他のプレイヤーよりもまともな武器や防具を持つプレイヤーのことを彼らは勝手にそう呼んでいる。
彼らを含むほとんどのプレイヤーの中で、この世界はゲームの中だという意識が一般的だ。
だから、その世界から抜け出すためにはこのゲームを――トワイライト・ワールドというゲームをクリアして終わらせるしかないという結論になっているようで、そのゲーム攻略になぞらえて積極的にクエストに挑むプレイヤーのことを彼らは〝攻略者〟だと一括りにして呼んでいた。
俺は彼らの会話から意識を切ってそのまま足をロータリーの端へと向けた。すると、草木に覆われたバスを背中にして、錆の浮いたタラップに腰かけている男性を見つけた。
見た目は俺と変わらない人種族だ。けれどその身長は俺よりも低く、成人男性の半分ほどにも満たない。
パッと見れば子供がバスのタラップに腰かけているように見えるのだが、その顔にはしっかりと歳を重ねた皺が刻み込まれており、口の周りには整えてもいない無精ひげが伸ばされている。
身に付けたシャツやズボンも泥や埃に塗れていてボロボロ。ズボンに至っては膝や太腿などの位置が何かに引っ掛けたのか破けて皮膚が丸見えになっている。
一見すれば浮浪者かと見間違うかのような恰好だが、この世界では特段珍しくもない恰好だ。だから、俺は特段に気にした様子もなくその男性へと近づくと、スマホを操作して一日分の食料と水を倉庫から取り出すと、それを持って男性の隣に腰かけた。
「調子はどうですか」
と俺はその男性に向けて食料や水を差しだしながら尋ねる。
男性は何かに集中しているのか、目を閉じて項垂れていたが俺の声に気が付くとすぐに瞳を開けて、ゆっくりと顔を持ち上げて俺の顔を見つめた。
「……ああ、あんたか。まあ、ぼちぼちだな」
と男性は言葉少なにそう言った。
それから、俺の差し出した食料や水へと視線を移して、その目をついと細くすると俺の差し出した食料や水を受け取った。
「いつも悪いな」
男性が嬉しそうに声を上げて、水の入ったペットボトルの蓋を開ける。
男性は、その中身を一気に半分ほどにまで呷って一息を入れると、今度は差し出した食料である缶詰へと手を付け始めた。よほど腹が減っていたのか、貪るように中身を平らげていく男性から視線を逸らして、俺はぼんやりと周囲を見つめる。
しばらくして、ようやく落ち着いたのか。手渡した食料のほとんどを腹に収めた男性が、最後に水を飲んでゆっくりとした息を吐き出した。
「ふぅ……。助かったぜ。今日は誰も買い取りに来なかったからな、食いっぱぐれるかと思った」
男性が満足するように腹をさするのを見て、俺は男性の食事が終わったことを確認した。視線を男性へと戻して、口を開き会話に応じる。
「それ、前にも同じことを言っていたような気がしますが。いい加減、〝情報屋〟なんて辞めてまっとうにクエストに挑めばいいじゃないですか」
「馬鹿野郎、クエストなんてやってたら命がいくつあっても足りねぇよ! 俺は楽をしてこの世界を生き抜きたいんだ。そういう荒事は、アンタたち戦闘民族に全部任せるぜ。……それに、俺みたいなやつがいるから、あんたみたいな人間が助かる。違うか?」
「……まあ、そうですけど」
と俺は息を吐いて言った。
この人は以前、福岡市内の繁華街で出会ったプレイヤーだ。いつしか誰かが呼び出した〝情報屋〟の通り名でここらでは呼ばれていて、このゲームやこの地域で話題になっている情報を取り扱っている。取り扱う情報の代金は全て物資であり、その情報を欲するなら前金として一日分の食料と水を。情報の質と量に応じて追加の物資を払うことでこの人が持ちうる情報を全て教えてくれる。
聞くところによればこの男性は、この世界でのクソゲーが始まってから二週間、ほとんどクエストというクエストをこなしたことがないらしい。その理由として、男性の選択した種族が『ハーフリング』であることが由来しているようだ。
このクソゲーにおける『ハーフリング』を選択したプレイヤーに出る特徴は、成人男性の半分ほどしかない低い背丈だ。ステータス面においてはDEXとAGIが良く伸びる代わりにSTRにマイナスの補正が掛かっているようで、レベルが二つ上がればようやくSTRが一つ伸びるといった状況らしい。SPの割り振りは通常通り伸びるらしいが、それでもレベルアップによるステータス上昇が半分になっている時点で、戦闘向きではない種族であることは明らかだった。
それを、この男性はクソゲー開始後の早い段階で察したようで、持ち前のAGIとDEXによる器用さで無音移動を習得すると、すぐさま周囲状況の把握に乗り出し始め、モンスターの縄張り状況や周囲状況などを情報として取り扱い始めたらしい。そうしていると、今度は【聴覚強化】や【隠形】といったスキルを運よく習得し、今は日がな一日誰かの話に耳を傾け盗み聞きしたり、姿を隠してそのプレイヤーに近づき、そのプレイヤーだけが抱えている秘密や情報を暴き、それを他のプレイヤーに売りつけるなどといったことをしてこのクソゲーでの生活を送っていた。
そんなことをしているからか、この男性は何かと敵を作りやすい。時々、秘密を暴かれ恨みを持ったプレイヤーに襲われているようだが、【逃走術】という〝逃げる〟という行為に対してだけAGIが50%も上がるスキルを持ってるようで、襲われては逃げてを繰り返しながらも男性は今でも〝情報屋〟を続けている。
「そんなことをして、いい加減に他のプレイヤーから襲われるのも疲れませんか?」
「だとしても、モンスターに襲われるよりかはよっぽどマシだ。種族特性でAGIやDEXだけはべらぼうに高いからな。そんじょそこらのプレイヤーには負けねぇよ」
と〝情報屋〟は笑った。
「まあ、そんなことはどうでもいい。今は商売だ。それで? オレのところに来たってことは、何か欲しい情報があるんだろ? またボス関連か?」
「そうですね……。二日ほど、この辺りを離れていたので、その間にここらで話題になったことを。未討伐のボス情報があれば追加で。………………ああ、それと。種族変化という言葉について話題になっていることがあればそれもお願いします。代金は、コレで」
言って、俺はスマホを操作して倉庫画面を開くと、少し前のボス討伐のクエスト報酬として手に入れたソレをタップする。
取り出されるソレを見て、〝情報屋〟は目を大きくして輝かせた。
「――おぉ! 酒じゃねぇか!! そんな貴重品……、いいのか!?」
「構いません。その代わり、質と量はとっておきでお願いします」
「ああ、当たり前だ!」
〝情報屋〟はウキウキとした様子で酒を受け取ると、さっそくその封を開けていた。
俺が手渡した酒は、四合瓶に入れられた日本酒だった。クエスト報酬ではこういったいわゆる嗜好品も手に入るのだが、その入手確率は低い。俺も、たまたま出てきた報酬の中に並んでいたものを運良く手に入れたに過ぎなかった。
日本酒の瓶に直接口を付けて、〝情報屋〟はその中身を鳴らして美味そうに飲んでいた。それから、アルコールの混じった息を吐き出すと、ニコニコとした笑顔で俺を見る。
「いやあ、久しぶりに飲む酒が美味ぇ! こんな世界で飲む酒だからなおさらだ!!」
〝情報屋〟はまたぐびりとその中身を呷ると、一度その口元を拭ってから口を開いた。
「っと、そうだ。情報だったな。まず、ここ二日間で話題になったことは…………そうだな。長崎にある五島列島に泳いで向かったプレイヤーが居たらしいが、そこもモンスターに占拠されてたってところか。あとは、四国のプレイヤーがこっちにやって来て、四国の状況と九州の状況を交換したぐらいか?」
「四国はどんな状況だったんですか?」
「ココと変わらねぇよ。街は崩れて雑草と苔、蔦に覆われてボロボロ。モンスターも相変わらず居るみたいだ。モンスターの種類は……。確か、ハーピィやグリフォン、ロック鳥とかいうでかい鳥のモンスターが中心だって言ってたか? 四国四県ごとにモンスターの生息は違うらしいが、四国にいるモンスターのほとんどは空を飛ぶモンスターだそうだ。そのおかげで、四国じゃあ剣使いよりも弓や手投げ槍なんかで戦うプレイヤーがほとんどだって言ってたぜ」
「なるほど」
と俺はその話に相槌を打つ。
空を跳ぶモンスターと戦った経験はない。俺の主体は刀剣での攻撃手段だから、仮に戦うとすれば投石やクナイによる投擲が中心になるだろうか。……まあ、もっとも。今の俺ならばある程度の高さで飛ぶモンスターならば、跳躍で届くような気もするが。
「未討伐のボスの情報は……。佐賀の唐津付近に居るケルピーっていう馬型のモンスター、あとは……クラーケンの情報だな」
「クラーケン?」
その言葉に、俺は首を傾げた。
〝情報屋〟は一度頷くと、日本酒を呷りながら言葉の続きを口にする。
「ああ、さっき四国からのプレイヤーが来たって言っただろ? ソイツが言ってたらしい。九州と四国の間に広がる海にいるモンスターを倒すよう、ボス討伐を示すクエストを受けたってな。そのボスの名前がクラーケンのようだ」
「海にいる? どう戦うんですか」
「さあな。何でも広島や山口、四国のプレイヤー総出でその討伐用の船を作っているらしくて、九州には討伐に参加するプレイヤーを集めに来たらしい。あんたも、興味があれば行ってみればどうだ? 広島の、呉で船を作ってるらしいからな」
〝情報屋〟は笑って、またぐびりと酒を呷った。微かに赤らんできたその顔を見る限り、酔いが回り始めたらしい。語り始めとは違って、軽快な口調で話すその様子を見ればただの酔っ払いが噂話を口にしているようにしか見えなかった。
「あとは……。なんだっけ。そうそう、種族変化に関することだったよな。これは……あまり情報がないんだよなぁ」
そう言って、〝情報屋〟が語った内容は俺が野田少年から聞いた話とほとんど変わりがなかった。
俺は〝情報屋〟の話に相槌を打っていたが、それでも目新しい情報が無かったと思っていることが顔に出ていたのだろう。〝情報屋〟は少しだけ顔を顰めて唸るような声を出すと「あとは、そうだな……」と言って考え込んでしまった。
「…………あと、知っていることと言えば真偽の分からない話しかないんだが」
しばらくすると、〝情報屋〟はその情報を口にしていいのか躊躇うように口を開いた。
「真偽不明の話?」
「ああ、どこで聞いたか忘れたんだが……。何でも、クエスト報酬に他人を強制的に種族変化させる道具がある――――らしい」
「他人を種族変化させる? そんなもの――――」
「ああ、分かってる! 分かってるよ!! そんなもの、あっちゃならねぇことだ。けど、確かに聞いたんだ。佐賀のプレイヤーが一人、仲間内で喧嘩をした時に何かを身体に打ち込まれて、その後、急に種族変化したって」
「真偽不明だって言った理由は?」
「その噂話が、又聞きの又聞き……そしてさらに又聞きの又聞き、と出所が不明だからだ。どこから出たかも分からない、おそらくは尾ひれが付きまくってる話だから、情報としての価値は薄いんだよ。多分だけど、この話は誰かが流したホラ話だからな」
そう言って、〝情報屋〟は肩をすくめた。
俺は〝情報屋〟の話に声を出して考え込む。
アイオーンの性格を考えれば、その道具をクエスト報酬として混ぜていたとしてもおかしくはない。けれど、だとしたらその話は、とうの昔に話題になっていたとしてもおかしくはない話だ。
この世界にいま、いったいどれだけのプレイヤーがいるのかは分からないが、それでもまだ多くのプレイヤーが存在している。残ったプレイヤーの多くはこの世界に順応したプレイヤー達ばかりで、自分たちの身の危険にも直接つながる道具が報酬の中に出ていたとすれば、彼らの間ではあっという間に話題になるはずなのだ。
だと言うのに、その物品が出たという話が周囲では漏れず。ただの噂話としてしか存在していないのだとすれば、この世界に――種族変化というクソシステムに恐怖したプレイヤーの誰かが、他の誰かの恐怖を煽るために流したホラ話であると考えるのも無理ないだろう。
「……分かりました。ありがとうございます。情報はそれだけですか?」
「…………ああ、これだけだな。悪いな、酒に見合う情報じゃなくて」
「いえ、十分です」
俺は頭を下げて、〝情報屋〟に背を向ける。
そうして、一歩を踏み出そうとしたところで〝情報屋〟が思い出したかのように「あっ」という声を出した。
「――そういえば、言い忘れた情報があった!」
「何ですか?」
と、俺は足を止めて振り返る。
〝情報屋〟は俺を見つめてまた酒瓶を傾けると、息を吐き出しながら言った。
「これも四国のプレイヤーから聞いた噂話になるんだが……。なんでも、東京がモンスターで溢れてるらしいぞ」
「…………そうですか」
俺は、小さく頷く。
東京が多くのモンスターで溢れていることぐらい、俺は知っている。
かつて東京の街中で多くのモンスターを倒していたのだ。ここ九州で目が覚めて分かったことなのだが、どうやらこのクソゲーは都市ごとによって存在しているモンスターの種類が違うようで、東京に比べて九州に生息するモンスターの種類は数少なかった。おそらくはそこに密集する人口密度によって存在するモンスターの種類が違うのだろうと、俺は仮説を立てていた。
「ありがとうございます」
と言って、俺はその場を後にする。
背後からは、〝情報屋〟の「またよろしくなー」という酒に酔った声がかけられていた。




