14日目 救いの意味
「…………着いたぞ。変異体だ。分かってると思うけど、アイツの攻撃範囲は大きい。俺のことはいいから、まずは自分の身を守れ」
「……分かりました」
少年は、俺の言葉にただ短く頷くだけだった。
「よし」
と俺は言って、目を細めてソイツの姿をジッと観察する。
二つの犬頭と、その頭に生える真っ赤なたてがみ。尾骨から生える蛇と、何度見てもその姿はモンスターに違いない。この少年が言うには、アイツは『ユニークモンスター:オルトロス』に変わったプレイヤーのようだが……。唯一、元が人間だと示すのは人の身体と二足歩行をしているというだけであって、あれがモンスターに変わった人間だと言うのであれば、それは出来の悪い合成獣そのものだろう。
「…………うん。やっぱり〈幻想の否定〉は出てないな」
ソイツの――オルトロスの姿を視界に納めながら、俺は自分の内側へと意識を向けて結論を下した。
見た目はモンスターそのものだが、これだけ見つめていても嫌悪感や激しい討伐意識が起こらない。思っていた通り種族変化したプレイヤーには〈幻想の否定〉が働かないようだ。
けれどそれとは別に、俺はオルトロスの姿を目にすればするほど、〈幻想の否定〉とはまた違う、言葉に出来ない奇妙な感情が心の奥底から湧き上がって、一刻でも早くソイツの元へと駆けつけねばならないと感じていた。
「…………」
〈救世〉による誘導だとすぐに理解する。
けれど元々俺がここに足を運んだのも、このクソゲーによって全てを狂わされ種族変化したプレイヤーをどうにかするためだ。
マキナの言う〝救い〟は未だによく分かっていない。けれどまずはあのオルトロスとなったプレイヤーとの対話が出来るかどうかを試すために、その傍に近づくところから始めるとしよう。
「――――いくぞ」
言って、俺は深く息を吸い込む。
そして、肺の中の空気をゆっくりと吐き出して自分の中の戦闘スイッチを切り替えると、俺は一気に駆け出した。
走り出すと同時に景色が風のように流れて、ぐんぐんとオルトロスの姿が眼前に迫る。
そんな俺に、オルトロスはすぐに気が付いたようだ。二つの犬頭の口を同時に持ち上げ、ニヤリと歪んだ笑みを浮かべると大きく口を開くのが見えた。
二つの口の間の空間に光が灯る。
それは周囲を激しく照らす明滅を繰り返しながら、瞬く間に火球を形成し始めた。
「――――ッ」
あの、爆発を引き起こす攻撃だ。
すぐさま俺は足元の地面を蹴って、横っ飛びにその場から離脱する。
それと入れ替わるようにして飛来した白熱の豪球が地面に着弾し、その火球の内部に込められていた並みのプレイヤーならば瞬時に炭化させるような極度の炎熱が溢れ出す。
轟音、そして爆発。
熱によって膨張した空気が激しい衝撃となって周囲の瓦礫を吹き飛ばし、地面を抉って今度こそこの場所を更地とさせた。
俺はその衝撃の余波を十分な距離を持って躱すと、衝撃が収まると同時に地面を蹴ってオルトロスの元へと飛び出した。
「ッ!?」
地面を滑るように移動してくる俺に、オルトロスの目が驚愕に見開かれる。
すぐさま二撃目を放とうとその二つの口がまた開かれるが、それよりも俺がオルトロスの眼前へと到着する方が速かった。
「――お前、元はプレイヤーなんだって?」
俺は静かに問いかける。
けれど、オルトロスは俺の言葉に反応した様子もなく、その口の間にまた火球を形成し始めた。
小さな光が激しい明滅をして大きくなっていくのを見ながら、俺はまた問いかける。
「いったい、何があった? 本当に、いきなりスキルが与えられたのか? 同化率が急に上がるなんてことが、本当にあるのか?」
激しい光の明滅が周囲を包む。
それでもなお、俺はオルトロスへと向けて質問を重ねる。
「俺はお前を殺しに来たわけじゃない。出来れば、お前を元に戻したいとすら考えている。だから、教えてくれ。お前にいったい、何があったんだ?」
光の明滅は火球を大きくしていく。その大きさが膨れ上がれば膨れ上がるほど、その中に内包された灼熱の温度が俺の肌を焼いていき、ついにはDEFで防ぐことが出来ない温度にまで火球が膨れ上がったところで、俺はようやく質問を投げかけるのをやめた。
「いろいろと聞きたいことがお前にはある……んだけど、話し合いができるような状況じゃねぇな」
今すぐにでも打ち出されそうな火球を見て俺は呟きを漏らした。
話が通じていないわけじゃない。その証拠に、殺意に塗れていたその瞳が俺の言葉に反応するかのように確かに揺れ動いていた。
時間さえかければ、何かしらの言葉を引き出せそうだ。
「――――だったら、まずは話が出来る状況に持っていくだけだ!」
言って、俺は素早くその場にしゃがみ込んだ。
そしてすぐさま両掌を腰だめに構えて、頭上を見上げ狙いを定める。
全力は出さない。今の俺が全力でコイツを殴れば、あっという間に肉塊へと変わる。
狙うべきは顎の先。そこをほんの少し、掠る程度攻撃を加えれば意識を失うだろう。
「ちょっと痛いだろうが……。我慢しろよ?」
言葉を吐き出すのと、腰だめに構えていたその両の手を突き上げるのはほぼ同時。槍のように突き出した両手の掌底は狙い違わずオルトロスの顎先にヒットし、その衝撃と共にオルトロスの顔が天を見上げた。
「――――ガァアッ!」
同時に、オルトロスが作り出していた火球が空に向けて射出される。
火球は真っすぐに空へと打ち出され数百メートルほど進むと、溜め込んでいたエネルギーを破裂させた。
轟音と共に夜空が光る。その直後、凄まじい爆風と熱波が頭上から襲い掛かってきた。
「――――?」
襲い掛かる衝撃の風に髪をかき乱しながら、俺は手応えの違和感に眉を顰めた。
俺の攻撃は確かにオルトロスに当たった。掌底はオルトロスの顎先を掠めて、その衝撃でオルトロスは脳が揺れたようで一瞬だけ身体がふらついた。
けれどコイツは意識を失うこともなく、それどころかすぐさま体勢を取り戻すと唸り声を上げて俺を見下ろしたのだ。
そのあり得ない耐久の高さに、俺はすぐさまその原因に思い当たって息を吐き出した。
「ルナティックモードか」
種族変化したプレイヤーは、ユニークモンスターへと変わっている。
世界軸を移動したことで俺に植え付けられた強化周回は表記もその中身も壊れてしまったらしいが、それは強制発動の条件が壊れただけだ。変わらず『強くてニューゲーム』は存在しているし、その特典だという馬鹿げた難易度変更も適用されている。
ルナティックモードは、俺と敵対する強敵であるモンスターのステータスを上昇させるものだ。
先ほどはコイツがあの少年を狙っていたから適用されていなかったようだが、今の俺は先ほどとは違ってコイツから明確な殺意を向けられている。だから、その適用条件に合致してしまったのだろう。
「ガァアアア!!」
オルトロスが叫び、カウンターを放つようにその手に生える鋭い爪で俺を引き裂こうと腕を振り上げた。
「っ、と」
すぐさま地面を蹴って動き出すと、その繰り出される攻撃を俺は身体を捻って躱す。躱しながらも、この状況をどうするべきかと思考した。
俺の目標は、コイツの無力化だ。
ルナティックモードが適用されたモンスターを相手に、今のような手加減をすることは出来ない。かといって、コイツの耐久が分からない以上全力を出すことも出来ない。
(刃は殺す可能性があるから使えない……。となると、肉弾戦か。とは言っても、相手の体力どれだけあるのかが分からない以上、【急所突き】が乗ったりするような攻撃の手段は限られるし……。出来るかどうかは分からないけど、まずは拘束したほうがいいな)
何度目になるか分からない攻撃を躱して、俺はそう結論付けた。
それからすぐにしゃがみこんで右足を思いっきり振り回して、オルトロスにむけて足払いを仕掛ける。
「――――ガぁッ!?」
短い声を発して、オルトロスの身体がぐらりと崩れた。
その隙を逃さず、俺はしゃがんだ状態のまま右の掌底を腰だめに構えると、まっすぐにその腹に向けて突き出した。
「ッ――」
突き出した掌底はオルトロスの腹に沈み込んで、その身体をくの字に折り曲げる。
俺はオルトロスの無防備になった腕を掴み上げて、くるりとその背後へと回るとその腕を背中に固定し、勢いよくオルトロスを地面に押し倒した。
「ふー……、なんとか捕まえることが出来たか」
息を吐き、言葉を漏らす。
ルナティックモードが適用された相手を組み伏せるのは初めての芸当だ。こうしてルナティックモードの相手を組み伏せることが出来ているところを見ると、俺のSTRも中々に高くなったものだと実感する。
「……まあ、とは言っても。ボス相手になればまた話は変わるだろうけど」
ルナティックモードとは別に加わるボス補正は俺の強さに比例する。ルナティックモードだけならこうして余裕すらあるのだが、ボス次第では今でさえ苦戦することもあるのだ。
そんなことを考えていると、オルトロスに向けて飛び出した俺にようやく追いついたのか、少年が息を荒げて傍に駆け寄ってきた。
「はぁ、はぁ、はぁ……ッ、はぁ、はぁ…………。は、速すぎて何がなんだか……」
そう言って、少年は呼吸を整えるように息を吐き出す。
それから、その視線を俺の顔からその下で拘束から抜け出そうと藻掻き続けるオルトロスへと向けると、確認をするように俺に呟いた。
「捕まえた……んですね。これからどうするんですか? 殺すんですか?」
「いや、そのつもりはない。いろいろと聞きたいことがあるし、まずは話が聞ければって思ってる」
「話が聞ければって……。こんな、話が通じなさそうな相手にどうやって」
俺の言葉に少年が眉根を寄せた。
その言葉に、俺は静かな口調で答えた。
「別に、話が通じないわけじゃない。今は確かに種族に身体と心を乗っ取られているみたいだけど、コイツは元を辿れば確かにプレイヤーなんだ。呼びかければ、きっと伝わるさ」
種族同化とはまた違うだろうけど、もし種族変化をしたプレイヤーの意識が、種族同化をした時のようにその身体の中に残っているのだとしたら――。その意識がもう一度戻るように、何度も呼びかけ続ければ俺たちの声は届くのかもしれない。
「……それに、もし元の意識が戻らなかったとしても、種族には疑似人格があるからな。同化率100%で種族変化をしたってことは、今のコイツの身体を動かしているのは種族の疑似人格だけなんだ。ソイツと話をすることが出来れば、何かが分かるかもしれない」
俺はそう言って、少年の言葉に付け加える。
少年は俺の言葉を黙って聞いていたが、やがてゆっくりと息を吐き出した。
「…………本当に。本当に、呼び掛ければ意識なんて戻るんでしょうか」
「それは、やってみないと分からない。でも――」
と、俺は一度言葉を区切る。
それから、身体の下で藻掻き続けるオルトロスを見て、言葉の続きを発した。
「少なくとも、俺たちの声は届いている……ような気がする。コイツの目を見ていると、そんな気がするんだ」
「…………分かりました」
少年は、俺の言葉にこくりと頷いた。
「だったら、俺が話しかけてみます。少なくとも、初対面のあなたよりも俺のほうがコイツには声が届きそうだし」
と少年は呟く。
それから、罪悪感に塗れた小さな笑みを浮かべると言葉を続けた。
「それに、俺はコイツとちゃんと話さなきゃいけなかったんです。遅くなっちゃったけど、本当に今さらだけど、コイツと話したいですし」
少年はそう言って、暴れるオルトロスの前に腰を落として座り込んだ。
すぐさま、オルトロスが眼前に現れたプレイヤーに牙を剥くが、少年はそれを見て悲しそうな顔をするとぽつぽつと躊躇うように言葉を吐き出した。
「…………なあ、荻」
少年が口にしたその言葉が、オルトロスに変わったプレイヤーの名前だとすぐに分かった。
「聞こえてんのか? 俺だよ、野田だ。…………俺の声が聞こえてんのなら、返事をしてくれ」
「ゥウウウ!!」
少年の言葉に、オルトロスは唸り声で返事をした。その二つの口から涎が垂れて、殺意に籠ったその瞳が爛々と輝き少年を睨む。今すぐにでもその喉笛を噛み切ろうと暴れ出すオルトロスを、俺は全力で押さえに掛かった。
少年は、そんなオルトロスを見て僅かな恐怖を抱いていたようだが、覚悟を決めるように生唾を飲み込むと、またその口を開いた。
「聞こえてんだろ。返事をしてくれ。……お前とは学校でそんなに話す仲じゃなかったけど、俺は知ってるんだぜ。お前が、誰よりも負けず嫌いだって。こんな、狂った世界で誰にも負けねぇって思ってたんだって!」
「ゥウウウウアアアアアアア!!」
「お前とまともに話すようになって、たった二週間だけど。……いや、たった二週間でも、必死にお前と一緒にこの世界を生きたからこそ、俺は知ってんだよ!! ――――萩、お前はこのゲームに負けねぇヤツだ。こんな、こんな狂ったゲームに負けていいのかよ!! こんな理不尽に、お前は負けねぇだろ!! 一緒に元の世界に戻ろうって、約束したじゃねぇか。その約束、もう破るのかよ!!」
「ゥウウウウウウウウウウウウウウウウウ!!」
「萩、聞こえてるなら返事をしろ!! こんな訳の分からねぇゲームに負けてんじゃねぇよ!!」
「ガァァアアアアアアアア!!」
少年の叫びに、オルトロスが激しい唸り声を発した。二つの口の間で小さな光が灯り、周囲が激しい光の明滅に包まれ始める。それが、また火球を発する合図だと気が付き、それを防ごうと手を出そうとしたその時、オルトロスの様子が変わった。
「ゥウウ、ゥウウアア、アァァアアアアア!!」
これまでに発していた唸り声とはまた違う、それはまるで何かに必死に抗っているかのような声だった。
その声に合わせるかのように、激しい光の明滅を発していた火球がゆっくりと消滅をしていく。
「ァァァアアアアアアアアアアアア!!」
オルトロスが叫びをあげる。
その様子の変化に気が付いたのは俺だけではなかったようだ。
少年も、目の前で藻掻くその様子にハッとした表情を見せると、また一段と声を張り上げてその名前を呼んだ。
「――萩!! 聞こえてんのか!? 聞こえてるなら返事をしろ!!」
「ゥウウウウウウウウウウウウウウウウウ!!」
「萩!!」
「ゥウゥゥウウウウウ――――。ァァアア、ぁ、の、だ」
それは、初めて聞くオルトロスの口から発せられた獣の唸り声ではない人の言葉だった。
「萩! 意識が戻ったのかッ!?」
少年が声を張り上げ、オルトロスの――萩と呼ばれたプレイヤーの瞳を覗き込んだ。
萩は、少年の言葉にまた唸り声を上げると、苦しそうな声で言葉を発した。
「…………の、だ。た、のみが……ある」
「何だ!? 俺に出来ることなのか!?」
「……お前、に……しか。…………たの、めない」
「何でもする。何でもするぞ!! 何だよ、教えろよ!!」
少年は萩に言った。その瞳にじんわりと涙が溜まり、溢れた涙が少年の頬を伝って流れていく。
オルトロスは、そんな少年に向けて一度苦しそうな声を漏らすと、ゆっくりとその言葉を吐き出した。
「…………お、れを、ころせ」
「――――――ッ」
オルトロスが吐き出したその言葉に、少年の顔が固まった。
「……殺せって、そんな、どうして! お前、意識が戻ったじゃねぇか。モンスターから、また人間に戻ったんだろ!? なんでそんなことを言うんだよ!!」
「こんな、の……アイツの……オルトロスの、気の迷いだ。俺はもう、元に、もどれない。この、身体は……もう人じゃない。いずれ、また……俺はオルトロスに代わる。変わってしまう。でも、俺はこのまま、ひとを……ころしたく…………ない。だから、おれを……殺せ。楽に、してくれ」
「そん、な――――」
「の、だ――――。おれを…………ころして、その経験値で、この世界で……生きて。お前、は……生きて、元の世界に戻るんだ」
「もう、いい。もうそれ以上喋るんじゃねぇよ!! もうそれ以上聞きたくねぇよ!!」
「俺が、しぬことで…………。お前の、力になれるなら…………さいこう、だ」
「萩!!」
「の、だ…………。たの、む」
萩は、それ以上の言葉を発すことなく死を受け入れるかのように瞳を閉じた。
少年は、そんな萩の様子を見てまた口を開くが、結局は何の言葉も出せないまま、唇を細かく震わせると意を決するように唇を硬く結んだ。
「――――すみません、武器を……。貸してくれませんか」
少年が俺を見つめて、そう呟いた。
俺は少年の瞳をジッと見据えた。
「いいのか?」
と俺は呟く。
「ええ、コイツを…………この苦しみから救えるのは……俺しか、いませんから」
少年は涙を溢しながら頷いた。
その言葉に、俺はハッとして言葉を失う。
――――ああ、そうか。ようやく、マキナの言っていた意味が分かった。
種族変化したプレイヤーは、紛れもないこのクソゲーの被害者だ。
意識を、身体を乗っ取られて――。かつての友人を、仲間を手にかけたくもないのに手にかけてしまう。それは、種族の疑似人格による行動だろうが、元を正せば種族の疑似人格だって命題に縛られて動くしかない、このクソゲーの被害者なのだ。
現状として、種族変化したプレイヤーを元に戻すことは不可能だ。
けれど、その苦しみから救うことは出来る。彼らが無辜の血を重ねてしまう前に、この現状から救い出すことは出来るのだ。
その方法は、結局のところ経験値欲しさに変異体を殺す他のプレイヤーと変わらないのかもしれないけど。
けれど、その方法こそが今は彼らの救いになるのだと、俺はようやく理解した。
「……そうか。分かった」
俺は小さく頷き、腰に差していた匕首を引き抜いてその柄を少年へと手渡した。
「ありがとうございます」
少年が頭を下げて、匕首の柄を受け取った。
少年はジッとその刃を見下ろして、ゆっくりと息を吐き出す。それから、ふと気が付いたように俺の顔を見つめると小さな声で言った。
「……そう言えば、何か聞きたいことがあるって言ってませんでしたか?」
「…………ああ。一つだけ、聞いても良いか?」
俺は少年に確認を取る。すると、少年が小さく頷きを返した。
それを見て、俺は萩を抑えつけていた拘束を緩めるとその傍に膝を付いて、彼の瞳を覗き込んだ。
「……まず、手荒な真似をしてすまなかった。お前の決意と、コイツの決意を邪魔したくないから一つだけ、聞いてもいいか?」
「…………あな、たは?」
「このゲームの、先行プレイヤーだ」
その言葉に、閉じられていたオルトロスの瞳がゆっくりと持ち上がった。
オルトロスは俺の顔を見つめて、ゆっくりと息を吐き出すとまたその瞳を閉じてしまう。
「…………そう、ですか。まさ、か…………。そんな、人が……いただなんて」
「お前が種族変化をするとき、いったい何があったんだ。本当に、いきなりスキルが与えられて同化率が急上昇したのか?」
「…………その、とおり……です。……と、言いたいですが、本当は、少し、違います」
「違う?」
「おれ、は…………スキルを、与えられたんだ。無理やり、スキルを与え、られて……。モンスターに、かえ……られ、た」
「モンスターに変えられた? そんな、そんなの、いったい誰が――――」
萩の言葉に、俺はそう口に出してハッとした。
そんなことが出来る人物を、俺はこのクソゲーの中でたった一人しか知らなかったからだ。
「…………あの、クソ野郎が」
固く、固く拳を握り締める。
噛みしめる奥歯がギリリと音を鳴らして、心の中で憎悪の炎が燃え上がるのを感じた。
――どれだけ。いったい、どれだけアイツは俺たちのことを弄べば気が済むのだろう。アイツさえ……。アイツさえ居なければ、この少年たちはこんな思いをすることも無かったはずだ。
「…………約束する。お前の仇は必ず討つ。だから、今は――今だけは、ゆっくりと休んでくれ」
「…………ありがとう、ござい……ます」
萩は小さく笑った。
俺は萩との会話を終えて、その場を譲る。
すると、俺と入れ違うように萩の傍に近寄った少年が、その手に持つ匕首を強く握りしめた。
「…………ごめん」
と、少年は涙を流しながら呟いた。
「…………あや、まるなよ。馬鹿が」
と、萩が静かに笑う。
「また、な」
「…………ああ、またな」
少年たちは別れを告げる。
それは、まるで学校の帰り道で分かれ道に差し掛かったかのように。
お互いの岐路で交わす挨拶のように。
少年たちは最後の挨拶を交わした。
銀閃が煌めいて、瓦礫の街に真っ赤な花が咲く。
その日、この世界で一人のプレイヤーが死亡した。そのプレイヤーの最期を見届けたのは、たった二人しかいなかった。




