14日目 クラスメイト
「――――っ!?」
その言葉の意味を、俺はすぐには理解出来なかった。
プレイヤーがモンスターに変わる……?
そんなの、俺の記憶には残っちゃいない。記憶の中にある俺のクソゲーは、プレイヤーはあくまでもプレイヤーで、そのプレイヤーがモンスターに変わるなんて無かったはずだ。いくらこの世界がクソゲーだと言えども俄かには信じられない話だった。
「…………いや、覚えていないだけでもしかすれば前から起きていたのか?」
俺は記憶の一部を失っている。
もし、その言葉が本当だとすれば――。俺が今まで殺していたモンスターは本当にモンスターだったのか? モンスターを殺したつもりで、本当はプレイヤーを殺していたんじゃないのか?
「――――ッ」
ぞくり、と背筋が凍る。
俺が今まで殺してきたモンスターの数は多い。その中に、例え一人でもモンスターじゃなくて、プレイヤーからモンスターへと変わった人がいたのだとすれば――――。
「…………いや、大丈夫だ。俺が殺してきたのは、紛れもないモンスターだ」
学校の敷地内で対面したあのモンスターの姿と、記憶の中にある対面してきた数々のモンスター達を思い比べてみる。
この少年に見せるためにステータスを【隠蔽】で隠してはいるが、今の俺の同化率は40%にほど近い。それは、モンスターに対する〈幻想の否定〉が思考に強く影響を及ぼすパーセンテージでもある。
今思い返すと、アイツと相対した時、俺の思考には〈幻想の否定〉による思考誘導が起きてはいなかった。もし、その時に〈幻想の否定〉による思考誘導が起きていれば、モンスターを見た瞬間に特徴的な嫌悪感が生じていたはずだ。
今の俺が持つ、モンスターは殺すべきだという考えはこのクソゲーを攻略するために必要なことだと割り切った末に至った結論だ。〈幻想の否定〉に思考を誘導されたものとはまた違う。
「…………俺は今まで、プレイヤーを殺してはいない」
「えっ?」
俺の小さな呟きに、その言葉が聞こえなかったのか少年が聞き返してきた。
俺は首を横に振って誤魔化すと、少年へと言葉を投げかける。
「それじゃあ、お前を襲っていたアイツは……。本当に、元はプレイヤーだったということか? そんな馬鹿な――――」
「本当なんです! 本当に、アイツは……。元は、俺たちと同じプレイヤーなんです……」
少年は俺の言葉にいち早く反応すると、悲痛な表情となって叫ぶように言った。
「今はもうモンスターだけど、アイツの名前だって俺は言えます! アイツがこの世界で選択した種族だって、俺は言うことが出来ます!! 本当に、アイツは――元は俺たちと同じプレイヤーなんです!!」
「分かった。分かったから、落ち着け。別にお前の話を疑ったわけじゃない。ただ少し信じられなかっただけだ」
「信じられなかったって……! 本当に、俺は嘘を言ってない――――」
「だから落ち着けって! あー……。そうだな、それじゃあ聞いてもいいか? お前は、その……、モンスターに変わったプレイヤーの名前も、その種族だって分かるって言ったよな? ってことは、アイツはお前の知り合いなのか?」
「っ……、……はい。元は、俺のクラスメイトでした」
少年は、そう答えると視線を落とした。
「クラスメイトって言っても、そんなに話したことは無くて……。でも、こんな世界だから協力しようって、仲良くなって……。昨日までは、一緒にクエストをこなす仲間でした」
「『昨日までは』って、昨日いったい何があったんだ?」
「分かりません。ただ、いつものように俺たちはクエストを終えて……。アイツは、もう少し経験値を稼ぎたいって言って俺と別行動をとりました。この辺りのモンスターは、俺たち一人でも狩ることが出来るし、いつもだったら数時間で帰ってくるし……。でも、昨日はいつまで待ってもアイツは戻ってこなくて!! それで、さっきようやく帰ってきたと思ったら、アイツの様子が変でした」
「……変? どんな様子だったんだ?」
「アイツのスマホが、ひっきりなしに鳴ってたんです。聞いたこともないスキルを取得したっていうアナウンスがずっと鳴っていて、かと思えば同化率が上昇したっていうアナウンスも鳴りやまなくて――――。あ、同化率っていうのは、この世界の種族の―――」
「いや、いい。それは分かる」
俺は少年の言葉を途中で遮った。
少年は俺の偽装したステータス画面を見ている。その画面には同化率を表示させてなかったから、俺が種族同化率を知らないと思って善意で説明を付け加えようとしてくれたのだろう。
だが、このクソゲーのシステムである種族同化率のことだなんて、改めて説明を受けなくても痛いほど理解している。少なくとも、そのあたりのことについてはこの少年よりかは俺の方が詳しく説明できることだろう。
少年は俺の言葉に顔を上げて、俺を見ながら少しだけ不思議そうな顔をしていたが、すぐに俺が先行プレイヤーだという説明を思い出したのか「そうですか」と短く頷くと、途切れていた言葉を続けた。
「すみません、話を戻しますね。…………それで、同化率が100%になった時、アイツの姿が変わりました。――いえ、その瞬間にプレイヤーを辞めたっていう方が正しいんだと思います。それまで人間らしい……とは言っても、それこそファンタジーに出てくる獣人のような姿だったんですけど、その姿が急に変わって――――。気が付けば、あなたもさっき見たような姿になっていました」
少年は、そう言うと一度言葉を区切った。
「…………プレイヤーがモンスターに変わることを、『種族変化』と言うそうです。そしてアイツは、その種族変化によって『ユニークモンスター:オルトロス』に変わったと――――アイツの持っていたスマホから流れるアナウンスは、そう言ってました」
少年は深いため息を吐き出すと、両手を組み合わせた拳を額に押し当てて深く項垂れた。
「あなたがこの世界の先行プレイヤーだって言うなら、改めて言うことじゃないのかもしれませんが……。この世界は、いろいろと狂ってます」
静かに呟かれるその言葉に、俺は無言で頷いた。
俺たちの中に居座る別人格、それによって誘導される思考と言動。モンスターとプレイヤーのレベルバランスは滅茶苦茶で、プレイヤーが受ける恩恵であるスキルに至っては確実に入手できるとは限らない。死の気配はそこらに平気で漂っているし、それを回避する手段は自分よりも強いモンスターと戦うしかいないという矛盾しているかのようなゲーム仕様。挙げていけばキリがないクソゲーの要素を詰み合わせた最悪と絶望の世界が、現状におけるこの世界の姿だ。
「その中でも、最近分かったことが今話していたことです。『種族変化』が起きる原因は種族同化率と変化に必要なスキルが揃った時だと言われています」
「――その、『種族変化』が起きる原因は分かった。けど、そうなってくるとまた一つ疑問が出てくる。比較的上がりやすい種族同化率ならまだしも――いや、それだって50%になれば種族との自我が交代されるんだけど――少なくとも、すぐには100%になることはないだろ。種族同化が適用されれば、そこで自分の種族と強制的に自我が交代されて、その欲望のままに身体が動かされるはずだ。そうなれば、同化率だって50%を超えずに一応は下がるはずだが」
俺の言葉に少年は、
「ああ、それも知ってるんですね」
と小さく笑った。けれどすぐにその笑みを消すとゆっくりと言葉を吐き出す。
「普通なら、あなたが言ったその通りです。種族同化が起これば、確かに同化率は下がります。でも、状況によっては種族の欲望が満たせない時があります。例えば、殺人衝動を持つ種族のプレイヤーが、種族同化を起こした場合。周囲に殺すべき人がいなければ、種族はその欲望を満たすことが出来ず、結果的に同化率は上昇し続ける――――そうです」
少年はそう言って最後に、
「……まあ、この例え話は俺も又聞きしたものなので実際にそうだったのかは分かりませんけど」
と言葉を付け加える。
……なるほど。その話は、あながち間違いじゃないのかもしれない。
種族同化率が上昇する原因は種族命題にあるのは経験とこのクソゲーにおける知識からくる事実だが、それを下げるには種族命題に従う他に方法はなかったはずだ。種族の欲望――つまりはその命題に従うことが出来ない状況であれば、種族人格のフラストレーションは溜まる。結果として同化率が上昇するというのは理解が出来る話だった。
「だったら、スキルはどうなる。『種族変化』が起きるのに必要なスキルが何かは知らないが、このクソゲーはスキルだって簡単には取得できないはずだろ」
「『種族変化』が起きるスキルは、種族ごとに違うらしいです。あなたの言う通り、この世界じゃスキルの入手だって簡単には出来ない。でも、ふと何かしらのきっかけで、この世界が――いや、この世界のゲームシステムがバグったとしたら……。そして、そのバグがプレイヤーに強制的なスキルを与えるバグだとすればどうでしょうか」
「プレイヤーに、強制的なスキルを与えるバグ?」
俺は少年の言葉に眉根を寄せた。
少年は小さく頷き、項垂れていた顔を持ちあげて俺を見る。
「はい。先行プレイヤーであるあなたに改めて言うことじゃないかもしれませんが、もう一度言います。この世界は、狂っています。ゲームの世界を思わせるスマホとステータスがあるのに、そのゲームバランスは壊れてる。それはきっと、この世界がバグっているからなんです」
少年は、はっきりとそう言い放った。
俺は少年の言葉に言い返そうと口を開きかけるが、すぐに何も言わずに口を閉じる。
この世界が狂っているのは認めよう。確かに、ここがゲーム世界だとするならば、この世界そのものがバグによって侵されていると考えても不思議じゃない。
だが、現実は違う。
ここはゲーム世界でも何でもなく紛れもない俺たちの世界であり、今はもう思い出すことも出来ない以前の俺が居た世界が辿る可能性の一つである未来の世界だ。アイオーンによって狂わされた未来の選択肢の中に、モンスターという異物が混じった世界の果てがここなのだ。
俺たちの身体を強化するステータスやスキルは、今は姿を隠している彼女がアイオーンに対抗するために作ったものだとこの少年に言ったとして……。この少年は、その真実を受け入れることが出来るだろうか。
「……無理、だな」
誰にも聞こえないような小さな声で俺は呟いた。
ただでさえ荒唐無稽な話なのだ。この少年に真実を話したとしても、余計に混乱を招くだけだろう。
そんな俺の考えとは裏腹に、少年は言葉を続けていた。
その言葉に、俺は自らの思考を隅に追いやって耳を傾けた。まだ、この話の根幹である〝変異体〟のことを聞いていなかったからだ。
「言うまでもありませんが、この世界のゲームシステムは俺たちプレイヤーに影響します。そのゲームシステムが何かのきっかけでバグったとすれば、俺たちプレイヤーもバグに侵されるはずです」
「……なるほど」
と俺は相槌を打った。
この世界がゲームの世界云々のくだりは真実ではないにしても、ゲームシステムがバグっているという考えは筋が通っているように思える。
何しろ、この世界のゲームシステムはアイオーンというクソ野郎が握っているのだ。あのクソ野郎ならば、俺たちプレイヤーを貶めるためだけにこのトワイライト・ワールドのゲームシステムにバグを仕込んでいてもおかしくはない。
「それじゃあ話を纏めると、そのバグによって唐突にプレイヤーはスキルを取得し始めて、種族同化率が100%まで急上昇する。その結果、『種族変化』によってモンスターへと変わったプレイヤーのことを、お前たちは〝変異体〟だって言ってるんだな?」
「はい。その通りです」
「…………そうか。なるほどな」
俺は、少年の話を聞き終えて長い息を吐き出しながらそう言った。
少年の話は、多少は少年の解釈が混じってはいるだろうが、おそらくはここ九州で活動するプレイヤーの総意に近いものだろう。
この世界がゲーム世界でないことは俺の中では確定的なものになっているが、それでも新たに聞いた言葉がある。
――――種族変化。
種族同化率100%と特定のスキル――おそらくは種族スキルだろう――それを揃えた先にある、俺の見知らぬクソゲー要素。
「相変わらず、クソッたれだな」
俺は唾と共に言葉を吐き捨てた。
つい先日まで一緒に肩を並べていた仲間がモンスターに変わるだなんて冗談じゃない。いかにも、あのクソ野郎が考えそうな反吐が出るシステムだった。
そんなことを考えていると、ふと気が付くことがある。
そう言えばなぜ種族変化が起きる原因が同化率100%と特定のスキルの入手だと、この少年を含めたプレイヤーは知っているのだろうか。
その疑問を少年に投げかけると、少年は疲れたような笑みを浮かべた。
「それは……。この話がではじめたのが、今日や昨日の話じゃないからです。最初に種族変化が起きたのは、今から十日前。熊本に居た一人のプレイヤーが種族変化を起こしたと聞いてます」
「……十日前だと?」
「はい。それから、日付が経つにつれて何人ものプレイヤーが種族変化を起こして、それを傍で見て、なおかつ生き残った人達の話を纏めたのが今、俺が話した内容です」
「モンスターになったプレイヤーは元に戻るのか?」
「それは…………」
俺の言葉に、少年は小さく首を横に振った。
「種族変化が起きれば最後、もうモンスターからプレイヤーへと戻ることは出来ません」
「……そうか」
俺はゆっくりと息を吐く。
その言葉はつまり、この少年のクラスメイトだというアイツはもう、モンスターから元に戻らないということに他ならなかった。
「それじゃあ、どうしてお前はそのクラスメイトのところにさっき居たんだ。アイツはもう、プレイヤーに戻らないんだろ? 聞けば、そのクラスメイトが種族変化したのは昨日だっていうじゃねぇか。元に戻らないクラスメイトを助けようとしていたわけじゃねぇだろ」
「………………」
俺の言葉に、少年はきゅっと唇を噛みしめた。
それから、結構な間が空いて少年は俺の質問に答え始める。
「種族変化は、俺たちプレイヤーにとって死刑判決そのものです。誰かがモンスターになった〝変異体〟を討伐しない限り、そいつは延々と他のプレイヤーを殺し続ける。だから、誰かが〝変異体〟を討伐しなくちゃいけないんです」
「……だったら、他の奴に任せればいいだろ。言っちゃあ何だが、アイツとお前じゃ決定的に力量差が――――」
「分かってます。分かってますよ。〝変異体〟が、そこらのボスよりも強いことは、周知の事実ですからね」
少年はそう言うと、ぎゅっと何かを耐えるように拳を握りしめた。そして、俺を見つめると泣きそうな顔で笑った。
「何度も言いますが、種族変化はプレイヤーがモンスターへと変化したものです。…………この世界は、モンスターを殺せばプレイヤーには経験値が入る。この言葉の意味が、分かりますか?」
「――――まさか」
と俺は言った。
少年は、俺の言葉に小さく頷いた。
「ええ。今のアイツを殺せば、経験値が入ります。それも、大量にです。種族変化でモンスターになったプレイヤーを殺せば、通常のボスモンスターよりも大量の経験値を取得することが出来るんです。ここ九州では、それが広く知られています。…………さっき、どうして俺がアイツのところに居たのか聞きましたよね? それが、答えです」
少年は嗤う。それは、幾度も重ねた葛藤と自虐に塗れた男の笑みだった。
「俺は……。〝変異体〟になったアイツを殺そうとしていました。自分のレベルのために……。この世界で生きる糧にするために、クラスメイトを殺そうとしていたんですよ」




