14日目 先行者
降り立った場所は、どこかの学校の敷地内だった。
半壊した校舎に、瓦礫に押しつぶされた駐車場の自動車。それを飲み込もうと生い茂る草木や苔群は校舎の一階をほとんど覆っていて、校舎の二階部分にまでその手を伸ばそうとしていた。
「ガアアァアァアアアアアアアアアアア!!」
空気を震わせる鳴き声がまた轟いた。それが、廃墟の街に響いていたその声だと俺はすぐに気が付いた。
「ッ!?」
次いで、その空間を照らすような光の明滅。数瞬遅れて響く轟音と爆発。未だその声を発する姿さえも見えないというのに、爆発によるものであろう凄まじい熱気が俺の居場所にまで伝わってきた。
「……これは」
思わず言葉が漏れる。
これまで多くのボスと戦ってきたが、空間を震わせるほどの爆発を引き起こす攻撃を仕掛けてくるモンスターを俺は知らない。明らかに、初対面のモンスターだ。
ゾクリとした感覚が背筋に走る。身体のうぶ毛が逆立って、ドクドクと心臓が全身に血を回していくのが分かる。
「…………久しぶりに、まともな経験値が期待できそうだな」
乾いた唇を舐めて、俺は言葉を漏らした。
コイツを殺せばまた一歩、このクソゲーを終わらせる力を身に付けることが出来る。
その考えが頭を過ぎって、俺は唇を思わず小さく吊り上げる。
――まずは、コイツの姿を拝んでやろう。
そう思って、音の鳴る方向へ足を向けようと全身に力を入れたその時だ。
ピクリ、と【気配感知】に一つの気配が掛かった。それが、モンスターの強大な気配に隠れていたちっぽけな一人のプレイヤーの気配だとすぐに気が付いた。
「――はぁ、はぁ、はぁ…………ッ!!」
その気配から少し遅れて、息を切らせた一人のプレイヤーが半壊した校舎の奥からこちらに向けて走ってくるのが見えた。
眼鏡をかけた黒髪の少年だ。年齢は俺よりも少し下ぐらいだろうか。黒色の学生服を身に付けているのを見るからに、学生であるのは間違いなかった。
中肉中背、これといって特徴のない顔をしている彼は、このような場でなければ記憶にも残らないような平凡な人物だっただろう。しかし、そんな彼の頭上には淡い光を放つ漆黒の天輪が浮かんでおり、その背中には夜闇に塗りつぶされたかのような真っ黒な翼が生えていた。
「アイツは……」
その少年の特徴をさらに見ようと目を細めたその瞬間、少年の背後を追いかけるようにまたあの光の明滅が激しく周囲を照らした。
「くッ!」
少年がその光に気が付き、すぐさま背後へと振り返る。そして、空手である両手をその身体の正面へと突き出すと叫ぶようにその言葉を言い放った。
「【断絶の障壁】!!」
その言葉が吐き出された瞬間、少年が突き出した両手を中心に周囲の闇が蠢いて、闇は瞬く間に少年を覆う薄い膜を形成した。
それと同時に、校舎の陰から一つの白い豪球が飛び出してくる。温度差で周囲の空間が歪むほどの熱気を放つその豪球は、迷うことなくその少年へと目掛けて飛んでいくと、少年が展開した薄いその膜へと衝突した。
――――轟音。そして一瞬にして皮膚を焼くほどの熱気を孕んだ爆発。
膜にぶつかり破裂した爆発の熱気と衝撃は、一瞬にして地面を焦がし凹ませ、周囲にあった瓦礫や廃車さえも吹き飛ばして、DEFが200にもなろうかという俺の皮膚にさえも火傷を負わせた。
「――ッ、くっ!」
その衝撃で吹き飛ばされた俺は、ゴロゴロと地面を転がりながら体勢を立て直すとすぐさま立ち上がる。【天恵】が発動し減ったHPが回復していくのを感じながら、俺は素早く目を向けた。
「アイツは――――」
周囲に立ち込める土煙の中、俺はその爆発の直撃を受けたであろう少年の姿を探した。
ゆっくりと土煙が収まり、その影が土煙の中に現れ始める。
その姿を見て、俺は少年がまだ生存していることに安堵してゆっくりと息を吐き出した。
「生きていたか」
おそらく、直前に発動していた何かしらのスキルのおかげだろう。
少年を覆う半円状の薄い膜は、その全体に細かなヒビが入れながらもその中に居る主を守り抜き、やがて土煙が晴れると同時に役目を終えたとばかりにガラスが割れるような軽い音を響かせて粉々に砕け散った。
「ッ、はぁ、はぁ、はぁ…………」
膜が破れると同時に、少年は荒い息を吐き出しながら両手と両膝を地面についた。恐怖によるものか、それともまた別の理由か。震える身体に叱咤するように、歯噛みするようなうめき声を漏らすと、少年は片膝となってゆっくりと立ち上がる。
そして、ふらつく身体を反転させてもう一度また走り出そうとしたその時。その少年に追い打ちをかけるように、その背後で再びあの光が瞬いた。
「――――――」
少年がまた振り返ろうとする。
もう一度そのスキルを発動させるためか、両手を伸ばそうとしたところでその身体が大きく傾いだ。それが、その少年の限界だということはすぐに見て分かった。
「――――ッ! 【紫電】ッ!!」
その光景を見て、反射的に俺の身体は動いていた。
この世界で、俺の力を他のプレイヤーに知られるわけにはいかない。
知られれば、それだけ俺の存在が怪しまれる結果になる。
けれど、だとしても。この行動がアイツによる〈救世〉の思考誘導による行動だと分かってはいたとしても、目の前で死ぬことが確定したプレイヤーを見殺しにすることが俺には出来なかった。
(誰かを見殺しにしてまでも、俺はこのクソゲーを終わらせようとは思っちゃいねぇんだよ)
――この世界に居る誰かを救う。
――この世界を終わらせる。
魂に刻まれたその二つの決意だけが、今や俺を動かす原動力だ。
その〝誰か〟がもう分からないけど。それでも、目の前で死にゆくプレイヤーを見殺しにしていれば、いつかはきっとその〝誰か〟さえも見殺しにしてしまう。
そうなってしまうんじゃないかと、何もかもを失った今だからこそ俺はそう考えている。
AGI上昇のスキルを発動させて、ドンッという激しい音を発しながら雷のように音を置き去りにした俺は、全速力で少年の元へと駆けつける。
「――ぇ」
瞬時に傍に現れた俺の姿に、少年が声ともつかない息を漏らした。
けれどその言葉を最後まで聞いている暇はない。
俺は無言で少年の身体を担ぐと、地面を蹴るようにしてその場から離脱を図る。
それと入れ替わるように、俺たちの元へと飛来した白熱の豪球は獲物を見失って、成す術もなく地面に激突したかと思えばまた轟音と爆発を引き起こした。
「――――――ッ」
一息で三十メートルの距離を跳んだにも関わらず、それでも襲い掛かる爆発の衝撃は俺ともども少年を吹き飛ばし、俺たちは揃って地面を転がった。
「っ、てぇな!」
転がりながらも衝撃をいなし、文句を言って俺は立ち上がった。
吹き飛ぶ寸前で手放してしまった少年へと目を向けるが、どうやら軽い掠り傷ですんだようだ。
何が起きたのか理解が追いつかないのか、地面を転がった拍子に傷ついた頬から血を流しながら、少年は目を白黒させながら茫然とした表情で周囲を眺めていた。
「なにが、起きて……。え? 俺、生きて……。あなたは…………」
少年が直前まで自分が立っていた、今や二度目の爆発で数メートルほど陥没した焦げた地面と、傍に立つ俺の顔を交互に見比べる。
俺は【紫電】を解除しながら自らの身体へと目を移して、怪我がないことを確認するとまた少年へと目を向けた。
「お前、トワイライト・ワールドのプレイヤーだよな? 今の攻撃はモンスターの攻撃で間違いないか? モンスターだったら、あれはボスか?」
俺の問いかけに、少年が茫然としながらも答えた。
「い、いや……。あれはモンスターじゃなくて――――」
「モンスターじゃない?」
ピクリと、俺は少年の言葉に反応した。
「モンスターじゃなければ、今の攻撃は誰のものだ?」
俺は少年に問いかける。
けれど、俺の言葉は動揺する少年には届かなかった。
少年はハッとした表情となると、俺の言葉に答えることなく声を荒げた。
「い、いやそれよりも! あなたは――――」
「――ッ! おい、無駄話をしている暇はないみたいだぞ」
少年の言葉を、俺は途中で遮った。
俺は再度、周囲を照らす光の明滅から逃れるように少年を担いで、また地面を蹴ってその場を離れた。
十分な距離を取って離脱したその数瞬後に、直前まで俺たちが居た場所にまた白熱の豪球が着弾する。校門やそれに連なるフェンスを吹き飛ばし、その奥に並ぶ住宅地の廃墟や瓦礫を衝撃が吹き飛ばすのを見ながら、俺はその爆破の衝撃範囲が五十メートルほどかと当たりを付けた。
俺は担ぎ上げた少年に向けて口を開く。
「お前、さっきモンスターじゃないって言ったよな? だったら今、攻撃してきてるやつはなんだ?」
「なっ!? 今、明らかに百メートル近くは跳んで……え? えっ!?」
少年は俺の言葉を聞いていなかったのか、慌てふためくように言った。
それから、恐る恐る俺を見つめてゆっくりと口を開く。
「あなたは、いったい……?」
「俺が誰かなんて、どうでもいい。それよりも教えてくれ。モンスターじゃなければ、何がこの世界でこんな攻撃が出来るっていうんだよ」
「さ、先に答えるのはお前だッ!! こんな、レベルが上がりにくい世界で今の動き……。明らかにおかしいだろ!! ――――もしかして、お前も〝変異体〟なのか!?」
担ぎ上げた俺の腕の中で、少年が激しく藻掻き始めた。
だが、いくら藻掻いたところで少年と俺のステータス差は歴然だ。がっちりと掴まれた俺から逃れる術もなく、少年は地力で抜け出すことは不可能だと諦めたのか俺の顔に向けて手のひらを突き出すとその言葉を吐き出した。
「【闇弾】!」
瞬間、少年の手のひらに闇が集まり十センチほどの大きさの真っ黒な球状へとなると、その塊を俺へと向けて放ってきた。
「……ッ!」
眼前に迫るその塊を反射的に寸前で避けて、俺はその少年を睨みつける。
「なにすんだテメェ!?」
「なッ、なんで避けることが――。いや、お前が〝変異体〟ならそれも可能――」
「おい、お前! 何をさっきから意味分かんねぇことをごちゃごちゃと! 〝変異体〟だか何だか知らねぇが、いい加減に…………。――――いや、なるほど。そういうことか」
トワイライト・ワールドが開始されて二週間。
レベルの上がりにくいこの世界で、俺のような動きをしているプレイヤーが居ることは、二週間と言えど通常ならばありえないことだ。
しかし、今の少年の言葉を聞く限り、どうやらそれでも同じようなことが出来る存在がこの世界にはいるらしい。
――変異体。
そう、この少年はその存在のことを呼んでいた。
どうやら、俺はその〝変異体〟とやらと間違われているようだ。
変異体だなんて言葉、このクソゲーの中で聞いたことがない。もしかすれば世界軸が移動した影響により出てきた言葉なのかもしれないが、少なくとも三カ月もの間この世界で過ごしていて一度も聞いたことがない言葉だった。
(……だったら、この場所で呼ばれている造語か。もしくは、二週間という時間の中で新たに生まれた言葉か)
体感で三カ月と言っても、俺が過ごしたクソゲーの日付は一週間にも満たない。
幾度も三日間を繰り返し、積み重ねてきたその時間は合計で三カ月にもなるというだけで、クソゲーの中の時間で言えば三日で打ち止めされてきたのだ。
仮にその変異体という言葉が、クソゲーが開始されて二週間が経過しているこの世界で生まれたものならば、今の俺が知らないのも無理はないのかもしれない。
「……俺は、その〝変異体〟じゃない」
俺はため息混じりにそう言った。
すると、すぐさま少年が噛み付くように言い返してくる。
「だったら、何だって言うんだよ!」
「それは……」
俺は言葉に言い淀んだ。
俺の存在を、この力を説明するのは容易い。けれど、それは同時にこの世界に混ざった異物の存在を説明することになる。
「…………」
そこで、俺は初めて少年の身体が細かく震えていることに気が付いた。
威勢よく俺に言い返してきているが、この少年からすれば今の状況は、訳も分からず自分の力の及ばない強者に捉えられているにすぎない。
あの豪球を飛ばす存在がこの少年を追いかけてきていることは明白だ。このままではそう遠くない未来に、この少年はいずれ殺されるだろう。
かと言って、簡単にその攻撃を避けている俺に頼ろうと思っても、そもそものその存在が不審で怪しすぎる。
今の少年からすれば、どちらに転ぼうが濃厚な死が待っているだけ。
その恐怖を悟られないよう、この少年は無駄に威勢よく俺に噛み付いているのだ。
(俺が敵じゃないと信じてもらうには、俺がプレイヤーだと明かせば早い話だろうけど……)
けど、それをするにしたって問題がある。
俺はアイオーンに目を付けられた人間だ。俺だけに与えられた専用のボス補正すらある。
そんな存在がこの世界にいるとわざわざ口に出して、今でも恐怖に震えるこの少年に、さらに恐怖を与える必要があるだろうか?
「俺は…………」
ゆっくりと言葉を選ぶ。
少年の信用を得ることが出来る方法を。
思考を巡らせながら、必死にその言葉を探り出す。
――――そして。俺はハッとその言葉を閃いた。
「――俺は、このゲームの先行プレイヤーだ」
「先行、プレイヤー?」
少年の瞳が驚きで大きくなった。
その瞳に語り掛けるように、この嘘を信じてくれと願いを込めながら俺は大きく頷く。
「……そうだ。変異体でもなんでもない。このゲームの先行プレイヤー。言ってしまえば、ベータ版のプレイヤー。それが、俺だ」




