14日目 地力固め
どこまでも透き通る空の青にモンスターの絶叫が吸い込まれていく。
振るった腕に合わせて描かれた鉛色の軌跡が眼前の首を飛ばして、その絶叫はピタリと止まった。一瞬だけ遅れて噴き出す血液が、すぐに壊れた舗装路に真っ赤な血の海を広げて、その水たまりに映りこむ空の青を真っ赤に染め上げていた。
俺は、ドサリと倒れ込む首のない死体へと視線だけを放って、その身体が空気に溶けていくのを確認してからようやく戦闘体勢を解いた。
「ふー…………」
息を吐き出し、手に持つ匕首を振るって血を飛ばす。
それから、腰に蔦で固定していた自作の鞘に刃を仕舞っていると、ポケットからおなじみのあのアナウンスが流れた。
≫≫ストーリークエスト:闇に通じる獣 が完了しました。
≫≫ストーリークエスト:闇に通じる獣 の報酬を獲得しました。
≫≫あなたの報酬は選択式となっています。報酬を選択してください。
闇に通じる獣。それはたった今、俺が倒したモンスターのことだ。全身が暗闇を体現したかのような黒色で、羊の頭と狼の身体を持つモンスターだった。動きは素早く、爪や角を用いた攻撃は単純ながらも強力。加えて、周囲に暗闇があればその暗闇へと移動することが出来るスキルを持っているようで、何度このボスを逃がしたのか分からない。
俺がこの世界へと移動をしてきて、今日でちょうど二週間。
あの日、世界軸を移動した俺が目覚めたあの場所は、九州の鹿児島県と宮崎県の県境に位置する霧島連山の中だった――らしい。
らしいというのは、俺はもうすでにあの山を下山しているからだ。
三日がかりで下山した俺は、その後もあてもなく彷徨い歩き、鹿児島県霧島市に出たところで出会った一人のプレイヤーに、自分の居場所と俺が今までどこを彷徨っていたのかを教えられた。
それから、俺はひとまずまた東京を目指そうと、この黄昏の世界を移動している。
このストーリークエストを受けたのは二日前で、福岡県の福岡市内にある繁華街で身体を休めていた時だった。クエストを受けて、俺は幾度となくコイツを仕留めようと挑み続けたが、世界軸を移動したとしても働き続けるボス補正とルナティックモードにより、クソゲー仕様に強化されたボスを相手に思ったよりも苦戦をして、二日を費やしてようやくコイツを仕留めたのだった。
「やっとか……」
息を吐き出し、俺はスマホを取り出して画面へ目を向けた。
「……お疲れ様。これで、この世界でのクエストクリアは十二回目」
報酬を確認しようとスマホの画面に指を伸ばしたところで、その声がかけられる。風に揺れる風鈴の音色を思わせるかのような、透き通るようなその声を出したのはこのクソゲーの――もといトワイライト・ワールドの製作者である女神、マキナだ。
二週間前。こことは違う別の世界軸で、アイオーンによっていわゆる〝詰み〟の状況を迎えていた俺は、全てのことを諦め投げ出し、絶望の底に叩き落とされていた。
そんな中、俺が幾度となく繰り返したあの行為によって出来た歪みにより、本来は閉じられていたアイオーンが創り出した箱庭へと――その中に囚われていた俺へと干渉してきたのが彼女だ。
マキナは、俺がこの星を救うこと――つまりはモンスターを殲滅させることを条件として俺を手引きし、あの牢獄から俺を救い出した。
それから、マキナは俺が約束を果たすことを見守るためなのか、こうして移動した先の世界軸でも俺に付き纏っている。
マキナは、俺の視線に気が付くと不思議そうに首を傾げた。
「どうかした?」
「いや、別に」
と俺はマキナの言葉に首を振った。
マキナと行動するようになってもう随分と日にちが経ち、この世界でのクエストクリアも二桁を超えたが、俺はコイツがモンスターを直接討伐するところを見たことがなかった。
マキナは、アイオーンによって力の大半を奪われている。
こうして俺の傍に立つ彼女の姿は、言ってしまえば彼女が箱庭の外からこの世界へと投じた影のような存在であり、今の彼女にはモンスターを討伐できるほどの力さえも残されていないらしい。
加えて、マキナは俺があの世界を抜け出したことで怒り狂っているであろうアイオーンから見つからないようにするため、その少ない力の大半を振り絞りアイオーンに俺の居場所が認識されないような力を働かせているらしく、モンスターとの戦闘においては神である彼女よりも、今の俺の方がはるかにその力を発揮することが出来ていた。
マキナは俺の顔をじっと見つめて不思議そうにしていたが、やがて思考を切り替えたのか俺の手にあるスマホを指さした。
「……報酬。何が出たの?」
「まだ確認してない。これから確認しようとしていたところだ」
俺はマキナの言葉にそう答えた。
この二週間、俺は本格的にアイオーンを始末するべくその地力を固めるために――また、彼女との取引内容でもあるこの星に巣くう全てのモンスターを殲滅させるという目的のためにも、積極的にモンスターを狩り、または日毎のクエストを終わらせていた。
トワイライト・ワールドは、かつてマキナが作り出したものだが、今や魔改造が施されたクソゲーだ。
クエストの報酬は本来であればプレイヤーの助けになる物が多く出るはずだったらしいが、今ではそれが見る影もない。
報酬の中身も変えられているようで、そのほとんどがクズのような報酬だが、それでも武器や防具、スキルの入手といった本来のトワイライト・ワールドのシステムが残されているようで、クズはクズなりにでも多少の戦力強化を図ることが出来ていた。
現在の俺の武器は、この世界に持ち込んだ匕首。報酬で獲得したクナイが十本と打刀と名前の付いた刀が一本。その他にも、鉄扇というマイナーな武器も出てきたが、これは今のところ使わないので、倉庫画面から取り出さずにそのままにしている。
また、俺の全身に至ってはこれまでシャツ一枚という状況だったのに対して、鎖帷子と鉄のチェストプレート、革手袋と革のブーツを報酬として入手しており――この二つは革細工セットという報酬で出てきた――、多少なりともモンスターと戦うにおいてまともな恰好となっていた。
その他にも、開拓セットや料理セット、釣りセットといった報酬を手にしているが、倉庫画面から取り出したものは二度と倉庫画面へ仕舞うことが出来ないというクソゲーの仕様上、俺は必要最低限の荷物だけを倉庫画面から取り出して、革細工セットで手に入れた革のバッグパックに詰め込んでいた。
「さすがに、もう開拓セットのラインナップは勘弁してくれよ……」
俺は画面を操作しながら呟いた。
開拓セット――いわゆるノコギリとツルハシ、スコップの総称だ。
ここ三回ほど、選択できる報酬は全てクソのような内容ばかりで、そのラインナップの中には必ず開拓セットの名前が入っていた。
この世界で足を付けて生きていくには必要な物資かもしれないが、このクソゲーを終わらせるために行動している俺にとっては必要のない物ばかりだ。仮に武器が無いときであればスコップなどは武器の代わりに出来るかもしれないが、今の俺にはしっかりとした相棒がある。今は、武器や防具よりも報酬で手に入れることが出来るスキルのほうが気になっていた。
「二日がかりの報酬なんだ。頼むぞ……」
呟きながら俺は、表示されるステータス画面から横に指を動かして、倉庫画面を開くとそこに表示された宝箱をタップした。
≫初めての釣りセットを獲得しますか? Y/N
≫新しいスキルを獲得しますか? Y/N
≫園芸セットを獲得しますか? Y/N
「よし!」
思わず、俺は拳を握り締めた。
釣りセットや園芸セットといったクソみたいな報酬が表示されているが、それに挟まれてスキルの取得が報酬として表示されている。
俺は迷いなく『Y』をタップして確認する。
その確認が終わると、画面は宝箱が消失して、ただの空欄へとなってしまった。
「さあ、何が出たかな」
思わず口元が綻びる。
この世界のスキル入手は、スキル取得の条件を満たした上で入手が出来るのかどうかを確率によって判断している。それは言ってしまえば出来の悪いくじ引きそのものであり、くじを引いたとしてもその先に景品があるかどうかも分からない酷いものだった。
しかし、クエスト報酬のスキルは違う。
確定で何かしらのスキルが取得できるという、言ってしまえば確定ガチャだ。
そのスキル取得の内容はステータス画面を見てみるまで分からないが、確実に景品は付いてくる。
俺は、ウキウキとした気分で指をステータス画面へとスワイプしてから、そこに表示された文字をジッと見つめた。
Lv:76 SP:0
HP:276/346
MP:98/159
STR:240(+24)
DEF:180(+18)
DEX:185(+19)
AGI:240(+24)
INT:145(+15)
VIT:150(+14)
LUK:315(+32)
所持スキル:未知の開拓者 曙光 星辰の英雄 種の創造主 天恵 夜目 地図 気配感知 直観 威圧 隠蔽 雷走+紫電 闘争本能 集中強化 瞬間筋力増大 視覚強化 聴覚強化 空間識強化 痛覚遮断 明鏡止水 疲労回復 適温 不眠 不食 不渇 刀剣術 / 一閃 + 二突 + 三斬 格闘術 / 急所突き + 連撃 + 撃発
特殊:蠑キ?溷捉蝗
種族同化率:39%
この世界軸に移動して、多くのモンスターと戦い続けて上昇したレベルは九つ。
このレベル帯になってくると、【曙光】による経験値増加があってもそう易々とレベルが上昇しなくなってくるようで、今の戦闘でも上昇しなかったレベルが真っ先に目に入った。
「…………はぁ」
上昇しないレベルにため息を吐き出して、俺はステータス項目から目を移してスキル欄を見た。
「…………」
以前の世界軸で苦しめられた強化周回。
それは本来、絶対に成し得ることが出来なかった世界軸の移動によってそのスキルが壊れてしまったようで、今や文字化けした表記へと変わっていた。
マキナによれば、どうやらこれは表記が壊れているだけで本来の効果である『強くてニューゲーム』による繰り返しは発動するらしい。しかし、アイオーンによって仕組まれた数々の強制発動の条件は、世界軸の移動に伴い発動条件そのものが壊れており、今のままではもう二度と強制発動しないものになったとのことだった。
「……はぁ」
思わず、重いため息が漏れる。
強化周回によって囚われた、あの時間の牢獄での出来事は思い出したくもない悪夢だ。
強制発動がもう無いとは言われても、ふとした拍子にまた時間軸が巻き戻るかもしれない。
そう考えると、この世界では強制発動の原因の一つでもある〝死の体験〟を、もう二度と繰り返すわけにはいかなかった。
「――――っと、スキルだったな」
落ち込みかけた気持ちを無理やりに浮上させて、俺は気持ちを切り替えるように言った。それから、もう一度スキル欄へと目を向ける。
この世界に来てから随分と時間が経つが、入手したスキルは【撃発】という戦闘スキルのみだ。それは、いわゆる腕や足を振り抜きや振り払いという行為に対して加速と威力上昇をもたらすスキルで、戦闘において非常に有用出来るスキルだった。
「――お!」
そして、それ以外にももう一つ。俺のスキル欄には【隠蔽】というスキルが項目に追加されているのを見つけた。間違いなく、今の報酬で得られたものはこれだろう。
「隠蔽か」
ぼんやりと記憶がよみがえる。
かつて、高尾山で戦った天狗が自らの実力をスキルによって隠していたことがあった。
その時に使用していたスキルが【隠蔽】というスキルだったような気がする。
「何となく、スキルの効果が分かる気がするけど。一応読んでおくか」
期待に膨らんでいた気持ちが次第に萎んでいくのを感じながら、俺はスキルの名前をタップした。
≫【隠蔽】
≫自らの実力を隠して偽るその技術が昇華された。
≫他者に対して、自らのステータスとスキルを偽り隠すことが出来る。
「……思った通りだな」
思わず、俺はその文言を見て呟いた。
天狗が使っていた通り、【隠蔽】は自分のステータスを偽ることが出来るスキルだ。
今の俺は、言ってしまえば本来はこの世界に存在していないプレイヤーだ。レベルやスキルだって、この世界にいるプレイヤーの中でも確実にトップだろう。天狗のように相手を見下して本来の実力を隠したまま戦うならまだしも、ボス補正とルナティックモードが適用されたボスを相手にそれを行うメリットが今の俺にはほとんどない。
天狗の様子を見る限り、【隠蔽】をしていればその偽ったステータスへと身体能力が変化する可能性すらある。わざわざ弱体化して戦うなんて意味がないし、モンスターを殺すのに必要のないスキルだ。
それでも使い道を考えるのだとすれば、もしもこの先俺の正体を勘繰るプレイヤーが居れば、【隠蔽】を使用して実力を偽ることでその場をやり過ごすということぐらいだろうか?
「んー……、今のところあまり使い道はないな」
俺は、新たに取得したスキルに対してそう結論付ける。
期待していた分、ハズレのスキルを掴まされたことに気を落とすが、かといってあの報酬の中ではスキル獲得の報酬が一番まともだった。
「はぁ……。今回はクズ報酬だったか。気にするだけ無駄だな」
ため息と共にそう言って、俺はスマホの画面を閉じると大きく身体を伸ばした。
クエストが終われば今日の仕事は終わったようなものだ。
パキパキと小気味よく骨を鳴らして、心地の良い疲れを感じているとマキナが俺の顔を覗き込んできた。
「これからどうするの?」
マキナの言葉は少ない。それは、共に行動をすることによって気が付いたことだ。
彼女の言葉には時々、裏の言葉が隠されていることがあり、この場合は『まだモンスターを狩るのか』という意味に違いなかった。
俺は、ぐっと身体を伸ばしながらこれからどうするかを考える。
現時刻は15時を過ぎたあたり。もうそろそろ、この世界にも夜がやってくる時間だ。
「そうだな……。一度、福岡市内に戻ろう。この辺りのボスの数ももう少ない。もし、そこで新しいボスの情報が無ければ、もうそろそろ九州を出ても良いのかもしれないな」
この世界軸のトワイライト・ワールドが開始されて二週間となった今、九州北部のプレイヤーのほとんどが福岡市内に集まっている。
何かしらの情報を集めようと思うのならば福岡市内に向かえ、というのが九州北部で生存しているプレイヤー達の共通認識となっていた。
俺は現在地を把握するために周囲を改めて見渡した。
先ほど終えたクエストのボスを追って、この二日間ずっと山中や街中を走り回っていた。近くにあった朽ちた道路標識から察するに、俺たちは今、福岡県と佐賀県の県境に位置する久留米市内にいるようだ。
「久留米市か……。福岡まで約四十キロ? 結構動いたな」
「あなたは気が付いていなかったけど。この二日間、ずっと動いていた。総距離にすれば百キロ弱」
マキナが俺の言葉にそう言った。
「そんなにか」
と俺はマキナに相槌を返して、その顔へとちらりと目を向ける。
「今から走るけど、どうする? 付いてくるか?」
「走るなら、一度干渉をやめる」
マキナは首を小さく横に振った。
力のない今のマキナにとって、俺の動きについていくのは不可能ではないが結構しんどいらしい。こうして俺が走る際などには、マキナは一度姿を消すことが多く、俺が動きを止めた頃にまた唐突に現れることが常だった。
「分かった」
マキナの言葉に、俺は小さく頷いた。
それからすぐに俺は行動を開始して、福岡市内にある博多駅へと足を向ける。
崩壊したアスファルト舗装の道路を軽く走り、または飛び越えて、約四十キロの道のりを僅か数十分ほどで踏破する。
周囲にプレイヤーの気配が多くなり始めた頃に俺は速度を落として、周囲のプレイヤーに怪しまれないほどの速度となって俺は福岡市内へと足を踏み入れた。




