??周目 始まりの終わり
「ゴブリンに、俺を殺させる? ……出来るのか、そんなことが」
「出来る。あの時のあなたは、幸運にもゴブリンにも勝てた。この世界は、その幸運が必然となって再現されているだけ。……だったら、その幸運をなかったことにすればいい」
彼女は、そう言うとその具体的な方法を俺に語った。
俺は、その方法を全て聞き終えて、彼女に向けて鋭い視線を向けた。
「…………そんな、単純なことで上手くいくのか?」
「大丈夫。私を信じる。なんて言ったって、私は神様」
「さっき、今はもどきだって言ったばかりだろうが」
俺は彼女の言葉に言い返した。
それから胸の内を燻る感情を消化させるように、がしがしと頭を掻きむしって、
「あーーーーーー!! くっっっそ!!」
と、大声を吐き出してから息を大きく吐いた。
「…………分かった。信じるよ。その方法とやらを。どっちにしろ、もう打つ手がなかったんだ。ここで、あーだこーだ言ってても仕方ねぇ」
彼女の話には、信じられないことが多い。信じたくないものはもっと多い。
それでも彼女は、この既知が溢れる世界に絶望して全てを投げ出していた俺に対して、未知の可能性を示したのは事実だ。
これまで幾度となく試行錯誤を繰り返してきた。
今さら、失敗が一つ増えようが二つ増えようがどうってことはない。
「……それじゃあ、その方法を試すために俺は初日に戻るぞ」
「分かった。それじゃあ、あなたとの干渉はここまで。私は一度消える」
「…………消えてどこに行く」
「どこにも。干渉に力を割くのを止めて、あなたが世界軸の移動を無事に行えるよう、外側から手助けする。力を奪われたとはいえ、元は私が作ったシステム。あなたがその行動でこの世界に穴を穿てば、別の世界軸へとあなたを連れだすことはきっと出来るはずだから。もし、連れ出すことが出来れば、そこでまたあなたに会いに来る」
「――――そうか。それじゃあ、ここでお別れだな」
「……うん。あとは、あなた次第。大丈夫、あなたは出来る」
「お前、そればっかだな」
俺は彼女の言葉に息を吐いた。
そして、手に持っていた匕首をクルリと持ち替えて、自らの腹に向けて突き刺す。
「――――ッ、じゃあ、な」
「うん、また」
彼女が小さく手を挙げた。
俺は彼女に向けて唇の端を歪ませるように笑うと、その言葉を呟く。
「強くて、ニューゲームだ」
その言葉を皮切りに、俺の意識はブツリと途切れた。
何もかもが一度、暗闇に落ちて――。
そしてまた、この世界はリセットされる。
▽ ▽ ▽
「――――――」
瞼に差し込む朝日で目を覚ます。
何度目になるか分からないニューゲーム。そのすべての始まりを、本当に久しぶりに改めて目にする。
「……っ」
この光景を見て、俺は喉がひくついた。心に刻まれた潜在的な恐怖が、またこの世界に戻ってきた俺の身体を震わせた。
けれど、俺はその心を黙らせるように、一度大きな息を吐き出してから目を閉じると、
「…………よし」
と気合の言葉を口にして目を見開き、腹に突き刺さった匕首を引き抜き立ち上がった。
この世界の〝俺〟は、まだ行動に移していない。このアパートが崩れるまで、まだ三分と二十一秒は時間がある。
いつもはここから、この世界でやるべきことを考えていたけれど、今回はもうそれは決まっている。
俺はすぐにアパートを飛び出して、街を徘徊してこの世界を抜けるために必要なものを手に入れた。
「………………あとは、時間を待つだけだ」
彼女が言っていたそのタイミングは一度きり。二度目はないと、はっきりと彼女はそう口にしていた。
廃墟の陰に隠れて、俺はじっとその時を待つ。
一分一秒がこの上なく長く感じて、何度もスマホの時間を確認する。
――――そして、俺にとっては気が遠くなるほどの長い時間が経って。ようやくその時はやってきた。
「こっちだぞ化け物!!」
廃墟の陰に隠れていた俺の耳に、その叫びが入ってきた。
「――ッ!」
俺はすぐさま立ち上がって行動を開始する。
陰から飛び出て、その現場が確実に見える場所で――なおかつ、絶対にその場にいる彼らからは見つからない距離の草葉の陰に身体を潜めて、この世界を終わらせるために必要なもの――手のひらに収まるほどの小さな小石を手に持った。
「――――――」
「おおおおおおッ!」
俺が息を止めて狙いを定めるのと、この世界の〝俺〟が真っすぐにゴブリンへと向けて駆け出していくのはほぼ同時。
〝俺〟の視線の先では、油断していたゴブリンが慌てるように振り返って、〝俺〟が事前に掘っていた穴に足を取られて大きく身体が傾いだところだった。
「――ッ!」
俺は息を吐き出して、手に持つ小石を全力で投げつける。
化け物も同然となったステータスで投げられた小石は、ゴォッという空気を切り裂く音を発しながらゴブリンの元へと飛んでいく。
――――そして、その小石は狙い通り。ゴブリンの後ろに突き刺さっていた、〝俺〟が仕掛けた鉄の棒を大きく弾き飛ばした。
「なッ!?」
「ぎッ!?」
「よしッ!」
この場に居た、全員の声が重なった。
ゴブリンの元へと飛び出していた俺は急には止まれず、突然に弾き飛ばされた鉄の棒に目を大きくしながらもゴブリンに向けてぶつかり、その小さな身体を吹き飛ばす。
ゴブリンは成す術もないまま〝俺〟に吹き飛ばされるが、背後にあったはずの鉄の棒に突き刺さることがないまま激しく身体を地面に叩きつけて、それでも素早く立ち上がり〝俺〟へと怒りに向ける目を向けた。
「ごぎゃぎゃッ!!」
ゴブリンが大きく腕を振るう。
その手には錆び付いた包丁が握られていて、ゴブリンにぶつかり体勢を崩していた〝俺〟は、そのままどうすることも出来ないまま、その光景を茫然と眺めていた。
「あ――――」
と、〝俺〟の声が漏れる。
それが、その言葉が。この世界に存在する〝俺〟の最後の声だった。
――ぶちゅり、と。
ゴブリンの包丁が〝俺〟の喉元を突き刺して、〝俺〟の口から血が溢れた。
俺は必死に何かを言おうとしていたが言葉は声にならず、ただパクパクと口を動かしているだけだった。
「げぎゃぎゃぎゃぎゃ!!」
ゴブリンは何度も、何度も、何度も〝俺〟を錆びた包丁で突き刺す。
その度に俺の身体が大きく跳ねて痙攣して、真っ赤な血が地面を染めていく。
そして〝俺〟の瞳から光が消えたその時。
――そのアナウンスは唐突に流れた。
≫≫主要人物が死亡しました。
≫≫特殊システム:強化周回を確認しました。
≫≫……ERROR。特殊システム:強化周回の発動条件に合致しません。
≫≫世界の矛盾を確認しました。――ERROR。矛盾修正に合致しません。
≫≫世界分岐点を確認。世界軸が切り替わります。
――瞬間、ぐるりと。
俺が見ている光景がぐにゃぐにゃに溶けて渦を巻き始める。色という色が一緒くたに合わさり混ざり合い、世界がどろりと溶けるように黒へと変わっていく。
「――――ッ」
声を出そうにも声が出ない。動こうとするが動くことも出来ない。
まるで、この世界に関わる権利を剥奪されたかのように、俺はピタリと停止して眼前に溶けあう光景を見つめることしか出来なかった。
≫≫世界軸の移動を、いどうが、いどどどどどど――――。
それからスマホから流れるアナウンスが、まるでゲームのバグを再現したかのように唐突に壊れ始めた。
≫≫いどどどどどどどどど――――ななななにが。
そして、その言葉が切り替わり始める。
女性の機械音声から、男性の声へと。記憶を失ってもなお忘れることが出来ない憎たらしいその声へと。
俺のスマホは、この世界を牛耳るその男の言葉を垂れ流し始める。
≫≫何が起きた。一体何が起きている! 貴様、いったい何をした!?
それは、激しい動揺を含んだあのクソ野郎の声だった。
アイツにとっても信じられないことが起きているのか、スマホ越しに発せられるその声はこれまでで聞いたことがないような焦りが含まれていた。
――ざまあみろ、と。
俺はその声に内心ほくそ笑みながらも、その感情を声に出すことが出来ずに、スマホのアナウンスを停止した感覚の中で聞き続ける。
≫≫どうして、この世界を抜けられる! どうして、この抜け穴に気が付ける!! つい先ほどまで心が折れていた奴が、どうして急にこの選択を取ることが出来た!! どうして、て、ててててててて――――。
そして、またアナウンスは壊れ始める。
スマホからはノイズの音が混じりはじめて、アイオーンの声が次第にかき消されていく。
≫≫そそそそ、そうか――――。あの、死ににににぞこないががが、貴様に手をかか貸したのかかかか――――。
ノイズはだんだんと激しさを増していく。
やがて激しいノイズはアイオーンの声が掻き消して、しばらく無音が続いたかと思うと――ブツリ、と何かが繋がる音聞こえた。
≫≫世界軸の移動を開始します。
再び聞こえたその声は、いつもの女性の機械音声だった。
≫≫対象コードを確認。運命の樹形図との接続テストを実施。――――接続。
≫≫対象:古賀ユウマの居ない世界軸への移動が完了しました。
そして、再び音声が切り替わる。
今度は女性の機械音声から女性の声へ。どこまでも透き通るあの声へと、スマホの音声は切り替わる。
≫≫………………お疲れ様。世界軸の移動は無事に成功。
その言葉を皮切りに。
俺は再びブツリと意識を落として――。
俺は、この世界との最後の別れを済ませた。




