??周目 すべての始まり
「――ちょ、ちょっと待ってくれ! お前がこの世界を作った? 神様? どういうことだよ!!」
「落ち着いて。それは、これから説明する」
彼女は、俺に言い聞かせるよう冷静な口調でそう言った。
けれど、その言葉は……。その言葉だけは、今の俺にとって聞きたくもない言葉だった。
「…………落ち着いて? 落ち着いて、だと!? ……ふざ……っけんな!! 俺が、これまでどれだけ苦労してきたとッ!! 神を名乗るあのクソ野郎のおかげで、俺がどんな目に合ってきたか――――!!」
小さな呟き声はだんだんと大きくなっていく。
感情の火口に火が点いて、ボロボロに打ちのめされた今の俺にとって、導火線はとても短く、取り繕う余裕もないままありのままの感情を爆発させた。
「テメェも神だと? この世界を直接作った? ――――だったら、テメェを殺せばこの世界を抜け出せるってことでいいんだよな!! テメェを殺しさえすれば、このクソみたいなループから抜け出せるって、そう捉えて良いんだよなッ!?」
感情を叩きつけるかのように俺は叫び声を上げた。
だが、彼女は…………。そんな俺の様子に顔色一つ変えないまま、じっと琥珀色の瞳をぶつけてきていた。
「なんとか………言えよッ!」
その様子が、さらに俺を不快にさせる。
「――――ッ!」
自分自身でも止められまま、気が付けば俺は【紫電】を発動させて素早く飛び掛かり、彼女を地面に押し倒すと抜き身の匕首を彼女の首筋に押し当てていた。
「お前が、この世界の元凶か?」
目と鼻の先がぶつかるほどの距離で、俺は彼女に唸るように言った。
刃が薄く彼女の首筋を切り裂いて、ぷっくりと赤い玉が皮膚に浮かぶ。
だが、彼女はそれでも顔色を一つ変えることがないまま、ゆっくりと口を開き俺に語り掛けてくる。
「あなたが、繰り返しの中で心が折れたことも、どうしようもないこの世界に屈したことも知っている。――だけど、それは私の仕業じゃない。私は神様だけど、あの愚神と一緒にしないで」
微かな嫌悪を滲ませたその言葉は、彼女が初めて見せた感情の色だった。
「……あのクソ野郎とお前は、違うって言いたいのか?」
「違う」
はっきりと、彼女はそう口に出す。
俺は、その言葉に眉毛を微かに動かすと、小さく呟いた。
「…………だったら、何がどう違うのか、言ってみろ」
「それを、これから説明するつもりだった」
「戯言はいい。早くしろ。その話の中で、少しでもお前が元凶だと分かれば……。俺は、お前の首を斬り落とす」
「……はぁ。分かった」
小さなため息を彼女は吐き出した。
それから、少しだけ考える素振りをしてまた口を開く。
「…………さっきの話に戻るけど、あなたは、このゲームを始めた時の記憶を失ってると言った。間違いない?」
「……ああ」
「それじゃあ、この周回を始める前のことは?」
「記憶がない」
「アイオーンとの会話は?」
「……必要なことか、それは」
要領の得ない質問が続き、俺は目を細めた。
俺の鋭い視線を受け止めながら、彼女は小さく頷く。
それを見て、俺は一度舌打ちをすると彼女の質問に答えた。
「……覚えてるよ。あのクソ野郎のことは忘れるはずがない。この世界のゲームシステム、成り立ち……。アイツに聞いた全てだけは、はっきりと」
「…………そう、やっぱり。…………うん。おそらく、この世界に関わることだから、あえて記憶を消さなかったんだと思う」
俺の言葉に、彼女は考えを纏めるようにゆっくりとした口調でそう答えた。
「――なんだと? どうして、そんなことを――――」
「この世界の記憶を消してしまえば、あなたの絶望が軽くなるから」
俺の言葉に被せるように、彼女ははっきりとそう言った。
「――――っ」
思わず、言葉に詰まる。
彼女の言ったその言葉を、すんなりと理解できてしまう。
俺は、止まっていた息をゆっくりと吐き出すと、彼女へとまた視線を向けた。
「……それで? それと、テメェが神様だということと、どう関係があるんだよ」
「…………あなたが思っている以上に、私たちを取り巻くこの状況は複雑。この世界のゲームシステムとか成り立ちを覚えているなら、説明が楽になるから、その確認」
「複雑? どういうことだ」
「まず、さっきも言った通り、私は元々この世界を作った管理者。あなた達の言うところの、神様という存在」
「…………ああ」
俺は、間をおいて頷いた。
匕首を持つ手に力が籠り、彼女の紡がれる言葉に全神経が集中する。
「私の仕事は、あなた達が住まう星――地球が滅びないようにすること。運命の樹形図に示された無限の未来の中から、常に星にとっての最良を選んで、星の繁栄を導くことが私の仕事だった」
「テメェの仕事なんざどうでもいいんだよ! 俺は、テメェがこの世界の元凶なのかって聞いてるんだ!!」
「話は最後まで聞く」
はっきりと、彼女はそう言った。
俺はその言葉に唇を噛みしめると、小さく舌打ちをして視線だけで話の先を促した。
「――けれど、ある日。その樹形図に変化が起きた。無限に広がっていた可能性の芽が一つずつ消え始めて、やがて全て途絶えた。運命の樹形図は、星の未来。先の広がらない樹形図が示すことはすなわち、星の滅亡と同義」
「星の滅亡……?」
「……そう。だから、私はすぐに原因を探った。そして、すぐに見つけた。…………無限に広がる未来の中に、ありえない生き物が存在していた。そいつが、星に住まう人間を襲い生物を襲い、星を食らい尽くしていることが分かった」
「――――まさか、それって」
彼女の言葉に、俺は呟く。
彼女は、小さな頷きを返してきた。
「……そう。それこそが、あなた達が倒しているモンスター」
「――――ッ!」
思わず、息が止まった。
彼女は、そんな俺の様子を見ながらも、さらに言葉を続けてくる。
「この星が誕生してから46億年。生物の誕生と死が繰り返されてきた、この星の生物に起きた遺伝子エラー。突然変異体とでも言うべき地球の生き物が、モンスターの正体。樹形図が示す、モンスターが誕生する時代はバラバラ。でも、どの樹形図でも確実にモンスターは誕生していて、全ての可能性を潰して、この星を滅亡させていた」
そこまで言ってから、彼女は呼吸を挟むように言葉を区切った。
「…………だから、私はそのモンスターを殺すことに決めた。モンスターを殺しさえすれば、この星の滅亡は免れるから。けれど、私は神様。直接手を下すことは、許されていない。星の繁栄を導くことは出来るけど、最後に手を下すのはその星に住まう生き物。だから、私は作り出した。モンスターに滅ぼされることが決まった世界で、モンスターを殺すことが出来る手段と方法を。それが――――」
「――――トワイライト・ワールド、か」
俺は、彼女の言葉を引き継ぐ。
彼女は、俺の言葉を肯定するように頷いた。
「そう。トワイライト・ワールド。モンスターによって滅びを待つだけの世界で、私がこの星に残された人間に与えた、自己成長プログラムシステム。人間がモンスターを殺すことで、モンスターを殺した人間は身体能力が向上し、私からの――神からの恩恵を受けることが出来る。これによって、運命の樹形図は再び活性化して、また可能性の未来を示すようになった。でも――――」
そこまで語っていた彼女の表情が、初めて曇りを見せた。
「トワイライト・ワールドに目を付けた、私以外の神がいた。モンスターによって滅びを迎えるこの星に興味を示して、このシステムを乗っ取りに来た。それが――」
「……アイオーン、か」
小さく、彼女は首を縦に振った。
「…………もちろん、私は抵抗した。私の子供たちを――あなた達を、みすみすとその神に渡すわけにはいかなかった。でも、その結果……。私は、負けた。バラバラに引き裂かれて、私の力を奪われて、時空の狭間に閉じ込められた。長い年月を掛けて、ようやく閉じ込められた時空の狭間から抜け出して戻ってきた時にはもう……。トワイライト・ワールドは、かつての自己成長プログラムシステムを失い、出来の悪いゲームシステムのようになっていた。私の子供たちはみんな以前の記憶を書き換えられていて、この世界がモンスターによって滅びを迎える世界だということを忘れ去っていた」
彼女は一度言葉を区切って、続きを話す。
「……私が、こうしてあなたへと干渉する力を取り戻せたのも、本当に最近。あなたが、あの男から『周回』という力を分け与えられたから、この閉じられた星に歪みが生じて、干渉することが出来るようになった。干渉することが出来ても、まだ力が不十分だったからこれまでは長い間、あなたと話すことが出来なかったけど……。でも、あなたが何度もこの世界を繰り返してくれたおかげで、歪みがさらに大きくなって――。ようやく、こうしてあなたへと長い時間、干渉することが出来ている」
「……………………」
ゆっくりと、俺は息を吐き出す。
つまり、彼女はこの地球の本当の神様で、滅びゆく星を、俺たち人間をモンスターから守るためにこのクソゲーの――いや、以前はどうだったか知らないが、このゲームシステムを与えたということだ。
そして、そのシステムはあのクソ野郎が乗っ取って、このクソッたれな現実へと成り代わった。
「――――お前の話が、真実だと言えるものはなんだ? お前は、本当に神なのか? 神を名乗り、俺を騙そうとしてるんじゃないのか?」
俺は、彼女の首筋に当てる刃に力を込めながら言った。
その影響で、彼女の首筋から赤い雫が垂れて流れていく。
このまま、ほんの少しでも力を入れれば首は落とせる。
だというのに、彼女はそれでも恐怖する様子もないまま、俺をじっと見据えたまま言葉を続けた。
「…………アイオーンに負けて、力を奪われた今、あなたに私が神様だって示せる証拠はない。でも、アイオーンが言ったことの中に嘘があればそれを訂正することは出来る。あなたが聞いたことを、教えて?」
「…………その話の中で、嘘があれば俺はお前の首を落とすぞ」
静かに、俺は言った。
それから俺は、アイオーンに言われたことを一つずつ彼女に話していく。
やがて、全てを語り終えたあと、彼女からいくつかの質問が行われて、それに全て答えると彼女は呆れるようなため息を吐き出した。
「……アイオーンから聞いたその話。半分が嘘、半分が本当ってところ。ここが数千年後? ありえない。だったら、どうして建物がそのままの形で残ってるの? 数千年もすれば、どんな建物でも現存しない。形が残ってるということは、どんなに時間が経ってもせいぜい百年ぐらい。ここは、運命の樹形図の中にある可能性の一つの中にある星の世界だけど、そんな遥か未来でモンスターが発生してはいなかった。分かりやすく言えば、ここは西暦2100年前後の地球。それと、種族による疑似人格は、本来はあなた達をサポートする役目だった。同化率なんてものは私が作ったものの中には無かったし、意識を乗っ取るなんて悪趣味なシステムはアイオーンが改悪したもの。その他にも、ところどころ私が作ったものは残っているみたいだけど、ほとんど弄られてる。私が知らないスキル――恩恵も増えてるし……。でも、あなたのスキル説明文――『人間』に与えられたスキルの説明文は、ほとんど私のものだった」
彼女は、溜まっていた鬱憤を晴らすように一気にそう呟いた。
それから、俺の顔を見つめて困ったように眉根を寄せる。
「……そもそも、あの男の性格が悪いことは分かっているはず。それなのに、どうしてその話が真実だと信じられるのかが理解できない」
「それは…………」
俺は、彼女の言葉に何も言うことが出来なかった。
確かにそうだ。冷静になって考えてみればそうなのだ。
あの性根が腐ったクソ野郎が――俺たちの絶望を見ることがこの上の無い愉悦を感じるあの野郎が、どうしてまともに真実を話したのだと思った?
――その理由は、簡単だ。
アイツは、俺にこの世界を――そのシステムを語る時に、半分だけ真実を混ぜていたからだ。
その真実がこれまでに培った経験と合致していたから、俺はアイツの話を信じてしまった。
「………………」
言葉が出せないまま、俺は匕首の刃を彼女の首筋からおろした。
これまでに彼女が語ったことは、全部辻褄があっている。この世界の建物の現状や、あのクソ野郎が書いたとは思えないこのクソゲーのスキル説明文も、元は彼女が作ったのだと言われれば確かにそうだと納得が出来る。
俺は、彼女の上に覆いかぶさったままゆっくりと言葉を口にした。
「……一つ、確認していいか? アイオーンは――あのクソ野郎は、この世界を自分で作り出した箱庭だと言っていた。それは、どういうことだ? アイツの言っていることは嘘だったということか?」
「……嘘じゃない。少なくとも、半分は本当。アイオーンは、この星の未来と過去を切り取って閉じ込めた。閉じ込めたこの世界を、自ら作り出したと言っているなら……真実じゃないけど、間違ってもいない」
「過去と未来を切り取った?」
「簡単に言ってしまえば、ここは終わりと始まりが繋がった〝輪っか〟だということ。ある一定の時期になればこの星は強制的に巻き戻されて、また決まった始まりを迎えてる。それを、永遠と繰り返している。それを壊すには、大本のアイオーンを倒すしかない」
「……つまり、全ては決まった出来事に収束しているということか」
俺は、深いため息を吐き出す。
始まりと終わりが繋がった世界。それこそまさに、俺が今閉じ込められている牢獄そのものだ。
ここから抜け出すには、アイオーンを倒すしかない。
でも、そのアイオーンを倒すこと以前に近づくことさえ許されていない。
「……結局のところ、抜け出すことは出来ないのか」
「違う。あなたは勘違いしてる。今、私が言っていたのは星の話。この世界軸の話じゃない」
「……どういうことだ?」
「この星は、確かに未来も過去も切り取られて繰り返されてる。でも、この世界の話はまた別。トワイライト・ワールドのシステムが出来たことで、運命の樹形図は再活性化してる。未来と過去を切り取られたとはいえ、トワイライト・ワールドがある以上、この星の中にはいくつもの〝可能性〟――言ってしまえば、〝もしも〟の世界軸が存在している。今のあなたは、その世界軸を移動する権利をアイオーンに与えられながらも、この世界軸に強制的に固定されてるだけ。この世界は、かつてのあなたが歩んだ世界。だから、その軌跡には無かった行動を取れば、この世界に矛盾が生じて修正力が働いている。あなたの中に入っている『強化周回』という力は、言ってしまえばリセットボタン。世界の修正力と、アイオーンが禁止した行為に反応するもの」
そこまで口にして、彼女は「だから――」と言葉を続けた。
「その修正力と、禁止行為に触れなければ、この世界軸から抜け出すことは可能」
「――――ッ!! ほ、本当か!?」
「本当」
こくり、と彼女は頷く。
その様子を見て、俺はゆっくりと息を吐き出す。
彼女の上から身体をどかして、よろよろと地面に座り込むと、両手の平を額に押し当て顔を俯かせて呟いた。
「…………そう、か。方法はあるのか」
俺の口から漏れたその言葉は、自分でも驚くほど安堵に満ちていた。
これまでの苦労が取り除かれたかのような、全身の脱力感。
胸につっかえていた感情が揮発して、穏やかな息が口から漏れ出る。
「そう、か…………」
そんな俺に向けて、彼女は言い聞かせるように言った。
「……アイオーンによって、運命の樹形図が分岐するポイントがかなり絞られてるけど、それでもまだ樹形図は途絶えてない。この世界から分岐する世界軸は、存在している」
「――どうすればいい。どうすれば、この世界から抜け出せるんだ!?」
俺は、彼女に詰め寄った。
彼女は、俺をじっと見つめるとゆっくりと口を開く。
「…………そこから先は、取引」
「取引?」
俺は彼女の言葉に眉根を寄せた。
「そう、取引。方法を教えるのは簡単。でも、その先でまた、今回のようにどうしようも出来ない世界が待っているかもしれない。それでもあなたは、前に進める? この星を、救ってくれる?」
「――――俺に、この星を救えと?」
突拍子のないその言葉に、俺はすぐに反応することが出来なかった。
だが、そんな俺に向けて、彼女は言葉を重ねるようにして言った。
「そう。あなたなら、それが出来る」
……まただ。また、コイツは俺に押し付けている。
俺のことを何も知らないはずなのに。一方的に、俺は出来ると言ってくる。
……星を救う? 救うってなんだ。俺は、自分自身のことさえもままならないのに。
自分のことで精一杯なのに、誰かのことを気にする余裕なんて今はないのに!!
それなのに、誰かでもなく星だと……?
そんな、そんなこと――――。
「…………まるで、俺の全てを知っているかのような口ぶりだな。お前は、出会った時から俺を過大評価している。お前に、何が分かる。俺の何が分かるって言うんだ! 星を救う? 馬鹿を言うなよ!! 俺は、この世界を抜け出すことすらできなかった奴だぞ!? 例えお前の話が本当だとしても……。どうして、そう言いきれるんだ!!」
「……言ったはず。私は、長い間あなた達を見てきた。今まで、こうして干渉することは出来なかったけど。見守ることは出来たから…………。アイオーンが箱庭と呼ぶ、この閉じられた輪の中で、あなた達三人だけがアイオーンに迫ることが出来た」
「…………三人、だと?」
「そう。『吸血鬼』の少女と、『天使』の少女。そして……、あなた」
彼女は、そう言って俺を見つめた。
俺は、じっと彼女を見つめ返した。
彼女の言う三人が、どういう意味なのか分からない。
けれど、それはきっと俺が忘れているだけで、彼女が言っていることは真実なのだと、そう……俺の中で誰かがそう言っているような気がした。
「取引の、内容は……。アイオーンをぶち殺すってことでいいのか?」
俺は、彼女に確認するように問いかけた。
その言葉に、彼女は首を横に振る。
「違う。星を救うこと。でも……まずは、それでいい」
「――――そうか」
彼女の言っていることが、真実だという確証はない。
けれど、俺はいったん彼女の言葉を信じてみることにした。
そうでもしなければ、この世界から抜け出す術が見つからないという打算もあったけど。それ以上に、アイオーンというクソ野郎の話を信じるよりかはよほど信用に足ると思ったからだ。
「分かった」
「……取引、成立」
彼女がそう言って手を差し伸べてくる。
それが、握手を求めているのだとすぐに気が付いた。
俺は、彼女の手を取って小さく笑う。
「人間に握手を求める神様だなんて、変な神様だ」
「力を奪われた今、神様だけど神様じゃない。今の私は、人間とは違う……言ってしまえば神様もどき。それに、私は元より人間が好き。あなた達の内に秘めた可能性が好き。人間とこうして手を取り合うのも、悪くない」
彼女は、俺の言葉にそう答えると、小さな笑みを浮かべた。




