??周目 暗闇を照らす光
――あれから、いったいどれだけの時間が経過しただろうか。
自死での周回攻略に失敗し、打つ手が無くなった俺は、あの日をもって周回攻略を止めた。
擦り減った心では感情さえも動かず、目を覚ましては変わらないボロアパートの天井を横たわったままぼんやりと見上げて、決まった時間に起こるアパートの崩壊を迎えいれる。
瓦礫に押しつぶされても肉は潰れず、骨すらも折れず、小さな掠り傷を皮膚に残しては【天恵】によってすぐさま修復されて。――――決して死ぬことはない、もはや人間と呼ぶことも出来ない化け物じみたこの身体で俺は、腹も空かさず、喉も乾かさず、ただ一度たりとて眠ることもないまま。繰り返されるこの世界の周回を、ゆっくりと終える。
俺の胸にはあの日に突き刺した匕首が沈みこんだままで。
その小刀を引き抜くことすら俺は行わずに、時間が来れば次の周回へとただ意味もなく匕首を持ち込んでは、あの日からずっと…………。破けた心臓から、真っ赤な血を流し続けていた。
「――――――」
痛みは感じない。
はじめは【痛覚遮断】というスキルを発動したままなのかと思ったが、そのスキルを解除しても痛みはなかった。
――おそらく、きっと。
俺の痛覚さえも、摩耗した心に押しつぶされて消えたのだろう。
【天恵】が変わらず俺を生かそうとしてくるが、心臓に突き刺さった匕首が抜けない限りは、俺のHPは回復しない。
けれど、それでもいい。
この匕首を引き抜いたところで、何も変わらないのだ。
擦り減った心はいつしか魂さえも侵すだろう。
その結果、俺がどんな結末を迎えようが…………もう、どうでもいいことだった。
「…………」
瓦礫に覆われた暗闇の中で、ぼんやりと過去を思い出す。
このクソゲーを始める以前の記憶はとうに無い。一周目の記憶さえも完全に消えて、二周目の記憶さえも消えてしまった。
今や俺の中に残るのは魂に刻まれているかのような、決して消えず――けれど、もはや残骸となり果てたクソゲー攻略への絶対的な意欲と、誰かを救わねばならないという使命感。そして、もはや鎮火してしまったアイオーンという存在への憎悪と怒りだけとなってしまった。
俺自身の名前も、存在も、どうして自分がココに居るのかすらもはっきりとしない。
ただ、無意味に周回を重ねた、人間とも呼べない化け物がここに存在していた。
「……そろそろ、か」
幾日かぶりに声を出す。
ガラガラに掠れたその声は、もはや自分の声なのかすらも疑わしい。
何度も繰り返され染み付いた感覚で分かる世界の終わりに、俺はジッと声を潜めてその瞬間を待った。
――そして。その瞬間が訪れると同時に、俺はまた口を開いた。
「対象コードを確認。検索します」
≫≫対象コードを確認。検索します。
もはや耳に馴染んだその言葉。
スマホから流れるアナウンスと共に、俺は一言一句違わずその言葉を同時に呟いた。
「……ERROR。貴方の存在が、見つかりません。貴方は、この先の黄昏世界での存在が許されていません。特殊システム:強化周回を確認しました。特殊システム:強化周回が発動します」
アナウンスと共に、続く言葉も口にしていく。
それから、その言葉を言い終えてきっちり一分後。
俺は、再び強制的な眠りにつかされる。
そして、また目覚めた既知の世界で、俺はぼんやりと無意味な時間を過ごして終わりを迎える。
「――――――」
そんな日々が、どれほど続いただろうか。
その日も、俺はボロアパートの瓦礫の下で世界の終わりを待ち続けていた。
「………………?」
ぼうっと瓦礫の下で暗闇を見続けていると、ふと小さな物音が耳に聞こえてきた。
(……なんだろう。ゴブリンか?)
今日は二日目の昼間だ。
この世界の〝俺〟はとうにこの街を出ているはずだし、〝俺〟を除けばこの街にプレイヤーはいない。
これまでの周回を思い浮かべても、他プレイヤーがこの街に足を踏み入れた様子もない。
二日目の昼間、この街で唯一動いているのはゴブリンだけだ。
(……そうだとしても、どうして物音がしている?)
この世界は、何もかもが決まった結末に向かう既知の世界だ。
俺が余計な手出しをしない限りは、この世界の決められたプログラムに沿って動くモンスターやプレイヤー達が、二日目の昼間にこの街に訪れることはありえない。
それは、この世界がアイオーンによって作られた箱庭である限りは、覆すことが出来ない絶対不変のルールだった。
(…………何だろう)
擦り減り、感情が消えた心に久しぶりに小さな興味が浮かんだ。
何もかもが既知の世界であるからこそ、これまでになかったその変化が止まってしまった俺の心を動かしたのは確かだった。
「【聴覚強化】」
掠れた小さな声で呟き、久方ぶりのスキルを発動させる。
すると、スキル発動前には聞こえなかった音が大きくなって、俺の耳に確かに届いた。
――二足歩行の足音と、小さな息遣い。踏みしめる瓦礫の音と、正確なリズムを刻み続ける心臓の鼓動。
「――――っ」
思わず、息が止まる。
耳に届いたのは、間違いなく人の音だ。
俺はすぐに、
「【気配感知】」
と声に出して、長い間発動を止めていたそのスキルを再び発動させると、耳に届くその音が人であるか間違いないのかを確かめた。
「――――人、だ」
視界に浮かぶ光球。
その光球からは、モンスターが放つ独特の嫌な気配が一つもない。
それはつまり、俺の傍に居るのは間違いなく人――この世界においては、プレイヤーそのものだということだった。
「――なんで、どうして」
いったい、何が起きている?
これまで幾度となく繰り返してきた世界において、初めてのことだ。
「……この世界は、いつもと違うのか?」
――だとすれば、この牢獄から抜け出すことが出来るかもしれない。
「…………いや、だとしても。どうせ、この世界にいる限りは、何も出来やしない」
そう言って、俺は心に浮かんだ希望の灯を自らの手で消した。
この世界の始まりは、これまでとなんら変わりがなかった。
それはつまり、この世界は俺が四日以上を生きることが出来ない世界だ。
仮に今、この世界がいつもと違う様子だとしても。
どうせ四日目ともなれば強化周回が強制発動する。
それならば、期待をするだけ無駄というものだ。
「ふぅ…………」
ゆっくりと、息を吐き出す。
そして、俺は全てのスキルの発動を止めて、再び瞼を下ろして暗闇の中に引きこもる。
期待で心を持ち上げるだけ無駄だ。
高く上がれば上がるほど、叩き落とされる絶望の底は深い。
だったらいっそ、このまま期待せずに――――。
「………………いつまで、そうしているの?」
鈴の音が聞こえた。
――いや、それは鈴の音と聞き間違うかのように、とても澄んだ透明な声だった。
「――――ぇ」
ありえないその声に驚き、俺は瞼を持ち上げる。
すると、俺の耳には確かにガラリと瓦礫を持ち上げる音が聞こえてきて、その音はしばらく続いたかと思うと、少しずつ大きくなり始めた。
「………………いつまで、そうしているの?」
俺の上に覆いかぶさった瓦礫をどかしながら、その声の主はもう一度俺に問いかけてきた。
「…………あなたには、まだやるべきことがある、はず。いつまで休んでいるつもり?」
ガラリと大きな音がした。
俺に覆いかぶさる瓦礫が少なくなったことで、その透明な声はさきほどよりもはっきりと耳に聞こえた。
「…………まだ、終わってない」
もう一度、瓦礫がどかされる音がする。
その音はまさに俺を覆い隠す瓦礫のすぐ上で――あと一枚でも瓦礫がどかされれば、俺の顔が露わになることがすぐに分かった。
「――――やめろ」
思わず、俺は呟く。
「――――やめてくれ。それをどかすのは、やめてくれ!!」
「……どうして?」
「もう、嫌なんだ……。この世界を、もう見たくないんだ。何もかもが決まっていて、何もかもが見知ったこの世界を、もう目にしたくないんだよッ!!」
「…………ダメ」
俺の叫びを、その声の主は短く拒否した。
俺を覆う瓦礫に手が掛けられ、僅かに持ち上げられる。
その隙間から光が暗闇に差し込んで、俺の視界を白く染め上げる。
「やめろ!! なんでだよ! もう、たくさんだ! 俺はもう、この世界から抜け出すことが出来ないんだよッ!! …………頼むよ。…………もう、やめてくれ。俺に、希望を――俺の知らない世界の過程を見せないでくれ。もう、期待……させないでくれ…………」
俺の吐き出す言葉はだんだんと勢いを失くして、最後には懇願に近い言葉となっていた。
その言葉が届いたのだろうか。
瓦礫を持ち上げていた動きがピタリと止まったのが分かった。
「…………本当に。本当に、そう思ってるの?」
その声の主は、静かに問いかけてきた。
「…………こんなところで、諦めていいの? まだ、可能性は残されているのに。…………私の知っている、あなたは……。どんな絶望でも、乗り越えてきた。あなたは……こんなところで諦めていい人間じゃない」
「――――お前に。お前に、俺の何が分かる! 何を知ってるっていうんだよ!!」
「……分かるよ」
小さな呟きが聞こえた。
それと同時に、俺を覆っていた最後の瓦礫がどかされて、視界いっぱいに光が差し込んでくる。
「――ッ」
視界を覆うその光に、思わず目を細めた。
光は次第に収まって、俺を見下ろすその顔がぼんやりと形作られていく。
太陽の光を吸い込み、反射しているかのようにきらきらと輝き流れる白銀の髪。どこまでも精巧に作られた人形かと見間違うかのようにどこまでも整った顔立ち。
「…………だって、私はずっと……。あなたを――あなた達を、見てきた、から」
そう言って、光あふれる世界から瓦礫の下の暗闇に横たわる俺を見つめてくるのは、琥珀色の太陽のような瞳を持つあの女性だった。
銀刀月華様から素敵なレビューを頂きました。
本当にありがとうございます!!
レビューの赤文字にテンションが上がり、レビューの内容に執筆モチベーションが急上昇です。
また、感想でもいつも応援のコメントをいただき本当にありがとうございます。
執筆のモチベーションが下がった時など、頂いたレビューや感想を見返して何度もやる気を出しています。
引き続き、皆様と一緒にこのクソゲーを攻略していければと思います。
よろしくお願いいたしますm(__)m




