三十一周目 パラドックス
――三十一周目。
「…………」
目覚めは、最悪の一言だった。
見慣れた天井と、見慣れた朝日。
全てが見知った既知の空間――――いや、世界。
俺はギリリと奥歯を噛みしめると、この周回でやるべきことを思い浮かべる。
「今度……こそは」
そう呟いて、俺は拳を固く握りしめた。
「いッ――!?」
瞬間。ビリっとした痛みが走った。
慌てて身体を起き上がらせて、その痛みがあった手を見下ろすと、俺の両手には前回の周回で怒りに任せて暴れた拍子に突き刺さった、細かな瓦礫片が残っていた。
「…………これは」
呟き、瓦礫片を取り除く。
裂けた皮膚を【天恵】が癒し始めるのを眺めながら、この瓦礫片がなぜ両手に残っているのかを考える。
「……どうして、これがここに? 周回すれば、レベルとステータス、スキル……身に付けていた衣服以外の全てが無くなるはず……。それこそ、俺の身体だけが次に持ち越されているようなもの――――」
そこまで口にして、ハッと気が付いた。
「――そうか。この欠片が、身体に入り込んでいたから……。皮膚に食い込んでいたから、身体の一部とみなされたのか」
もし……。もしも、この仮説が正しいのであれば。これまで泣く泣く失ってきた武器の類も、身体に突き刺してさえいれば周回として持ち込めるんじゃないか?
「周回で持ち込むには、自分自身を傷つけろ、か。――はっ、あのクソ野郎が考えそうなことだ」
普通ならば考えつかないような胸糞の悪いやり方だが、いかにもアイツ好みのやり方だ。
俺は言葉を吐き捨てると、ボロアパートを出るべく立ち上がる。
「……俺自身を殺すのは簡単だ。いつでも出来る。でも、どうせ殺すなら武器を使って殺して、失敗した時には武器の周回持ち込みが出来るかどうかを試した方がいい、か」
だったらまずは武器の獲得だ。
俺はこれまでの周回で重ねてきた記憶を元に、どの武器を獲得するが考える。
「棍棒とかの打撃系武器は俺の身体を突き刺せないから、論外として、モンスターから手に入れることが出来るのは、オークの肉斬り包丁、コボルドナイトの錆びた直剣、角鹿の剣角――」
ぶつぶつとこれまでに出会ったモンスターから手に入れた武器を上げていく。
だが、いくつかの武器を候補として挙げた時に、ふと気が付く。
「……待てよ。モンスターの武器は周回で持ち込めるのか?」
何せ、そのモンスターが消滅すれば消える武器だ。同じ世界を繰り返しているとはいえ、周回で持ち込むことは出来るのだろうか?
「…………可能性としては、低そうだよな」
ここは腐った性格のゲームマスターが作り出した狂った世界だ。
モンスター武器の持ち込みは出来ないようにしている可能性が高い。
「――だったら」
試すべきは、クエスト報酬の武器だろうか。
俺はゆっくりと息を吐き出し、ボロアパートを後にする。
そして、未だ外に出てこない階上の部屋を見上げながら、小さく口を開く。
「明日、だな」
まずは一日。武器を調達するためにクエストが始まる夜明けを待とう。
それから、この世界の俺を殺すとしようか。
「ありえナイ、ありエナい、アリエナイ!! どうシて、儂がここマデ追い詰められテいる。どうシて、一方的ニ攻撃されテいる!? オマエは何だ。何者ダ!」
二日目の夜明け。
事前に登っていた高尾山の頂上付近でクエストを受信した俺は、すぐさま登頂を果たしてボスである天狗と相対していた。
「何者だと? ただの人間だよ」
俺はそう答えて、天狗が振るう羽団扇の軌道を見切り避ける。
天狗はすぐさま団扇を広げて扇ぐと、突風で俺を吹き飛ばそうとしてくるが、今やそんな攻撃で動きを止める俺じゃない。
悠然とした足取りで吹き荒れる風の中を歩く俺の姿に、天狗の瞳に恐怖の色が濃く浮かんだ。
「人間? 人間ダと!? 貴様のヨウナ人間が居るハズがない!!」
俺の存在を否定するかのように、天狗が激しく首を振った。
その拍子に、ひしゃげた天狗の鼻からボタボタと血が落ちて地面を赤く染める。
戦闘が始まって数分。
かつて苦戦していたボスは、周回を幾度となく繰り返した俺にとって、もはや相手にもならないボスへとなっていた。
「どうして、儂がこんな目ニ……。イッタイ何が起きている!?」
天狗の背中に生えた翼は、両翼ともに俺にへし折られて飛ぶことも出来ず。走って逃げだそうにも右足は戦闘が始まってすぐに砕かれ動かない。
【天狗礫】という石の雨を降らそうが俺は降り注ぐ石を全て打ち払い、【天狗火】という業火を生み出そうが上昇した俺のDEFはその大火さえも物ともしなくなっている。
ボスモンスターによるステータス補正が働いてもなお、それを上回る俺のステータスとスキルの数々が、着実に天狗を死の淵へと追い詰めていた。
「儂が、人間に負ケル……? ありえない、アりエない、ありえな――ッ!?」
天狗の声は、最後まで続かなかった。
地面を蹴って飛び出した俺が瞬時に天狗の元へと近づいて、天狗の顔面へと向けて右のハイキックを叩き込んだからだ。
――バキ、ボキボキィッ!
と、骨が砕ける確かな感触が伝わる。
天狗は成す術もなく地面に叩きつけられると、地面にヒビを入れながらも大きく跳ね上がった。
「――ふッ!」
跳ね上がった天狗の身体へと向けて、俺はすぐさま体勢を整えてもう一度蹴りを叩き込む。
「ガッ――――」
また骨が砕ける音が周囲に響いて、天狗の瞳がぐるりと回った。
蹴り飛ばした衝撃で地面を転がる天狗を追いかけて、俺は両手に持つ角鹿の剣角を構えると、そのスキルを発動させた。
「【紫電】、三秒」
発動と同時に世界が止まった――――いや、俺の身体がさらに加速をしたことによって、時間の流れが止まったように感じた。
【雷走】の上位互換である【紫電】は、発動により毎秒MPを3消費する。だが、それと引き換えにAGIを30%も向上させるその効果は、【星辰の英雄】の補正込みで俺のAGIを数値にして300超えにまで引き上げていた。
急加速した俺の速度に、天狗の目が大きく見開かれたのが分かった。
そして、すぐに死の危険を悟ったのか天狗の奥の手――自らの身体を変質させるあのスキルの名前を呟こうとする。
「【異化て――」
「させねぇよ!」
叫び、俺は一撃目である左の剣角を天狗の喉元に突き出す。
突き出した剣角は喉元に突き刺さり、【急所突き】が発動して天狗の喉に大きな穴をこじ開けた。
「――――――」
ヒュッ、と声にもならない空気が天狗の口から漏れる。
天狗の瞳孔が身近に迫る死によって、揺れ動いたのが見えた。
そして俺から逃げ出そうとして、天狗がゆっくりとした動きで振り向いたその後頭部に、俺の二撃目が突き刺さった。
「――――――ッ!」
突き出した二撃目――右の剣角に、【急所突き】と共に【二突】の効果が合わさり、天狗の頭はまるで大きな杭に穿たれたかのように吹き飛んだ。
ビクビクと痙攣を繰り返して天狗が地面に倒れる。
その身体が色を失って消え去ると、クエスト終了を知らせるアナウンスが鳴った。
「ふー……。よし」
息を吐き出して、俺は入れていた戦闘のスイッチを切る。
すぐに倉庫を開いて報酬があることを確認すると、選択式の報酬の中に武器があることを確認して、武器を選択しタップした。
「出てきたのは…………匕首か」
呟き、倉庫から取り出してみる。
柄の無い小刀だ。刃渡りは二十センチほどと短く、刃に反りもない。
斬るという行為よりも突き刺すという行為に特化した刀――。そんな印象を、俺は手にした武器から思った。
「斬ろうと思えば斬れなくもない……けど、メインは刺突かな」
言って、俺は抜いていた刃を鞘に戻す。
それから、匕首をそこらで採っていた蔦で腰回りに固定してから、俺はすぐに下山する。
「――さあ、ここからだ」
ここからが、この周回のメインだ。
「今が二日目だから……。〝俺〟は、立川市か」
これまでの周回で培った記憶。
それを元に、俺は足を立川市へと向けた。
全力で駆けると、立川市にはすぐにたどり着いた。
俺は【気配感知】を使用して、〝俺〟が居る場所を探る。
「あっちか」
呟き、崩壊した街を突っ切る。
そして、〝俺〟はすぐに見つかった。
「…………くそっ!」
だが、同時に問題も浮かんだ。
発見した〝俺〟の傍には有翼の少女――周回の中で俺が接触を禁じられている、白い翼を持つあのプレイヤーが傍に居たのだ。
「これじゃあ、迂闊に近づけない」
アスファルト舗装を割って伸びる草木の陰に隠れながら、俺は発見した〝俺〟のその様子を見て唇を噛む。
どうやら、二人はこれから行動を共にするようだ。廃墟ビルから外に出ると、二人は隣に並んで東へと向けて足を進め始めた。
「俺の姿が見つかれば強制終了……。見つかることなく俺を殺すには…………うん。久しぶりに、アレを使うか」
手段は決まった。
俺は周囲へと目を向けて、手ごろな小石を拾い上げるとジッと息を潜めて【空間識強化】を使用しながら視界に映る空間の把握に努める。
「――――ふっ!」
そして、俺は狙った場所へとその小石を投げた。
小石は地面に当たり、跳ねて――跳ねた先で瓦礫に当たってまた跳ねる。
カンカンカンッと甲高い音が周囲に響き、その音に驚いた二人がビクリと身体を震わせた。
「な、何」
と、〝俺〟が呟いた。
だが、その言葉は最後まで続くことはなかった。
「が――――」
――ゴッ!
という音と共に、跳弾した小石が〝俺〟にぶつかり、まるで拳銃に撃ち抜かれたかのようにその額に穴が空く。
周回を繰り返したわけでもなく、大したレベルにもなっていない〝俺〟にとって、その攻撃は十分すぎる致命傷だった。
ふらりと〝俺〟の身体は揺れて、ドサリと地面に倒れた。
「え…………」
と、声を漏らしたのは隣に立つ有翼の少女のものだった。
何が起きたのか分からないのか、茫然とした表情を彼女は浮かべていたが、やがてその視線はゆっくりと地面に倒れた〝俺〟と、頭から流れる血で真っ赤に染まるひび割れたアスファルトへと注がれる。
「ひっ――」
少女の声が引きつり、顔が恐怖で歪んだ。
「いやぁあああああああああああああああああッ!!」
少女の悲鳴が――絶叫が、廃墟の街に木霊した。
同時に、俺のスマホからアナウンスが鳴り響く。
≫≫特殊システム:強化周回の効果を確認しました。
≫≫同一人物への殺害を確認。世界が矛盾しています。
≫≫特殊システム:強化周回を発動します。
「――――――なんで」
そのアナウンスに、俺は言葉が漏れる。
「なんで、なんでだよッ! この世界の〝俺〟はもういない!! 〝俺〟は死んだんだ! この先で【星辰の英雄】を獲得するのは俺じゃないはずだろ!! それなのに、なんで…………。矛盾ってなんだよッ、これ以上どうしろって言うんだよ!!」
叫び、頭を抱えて俺は蹲る。
「もう……。もう、いやだ。あの朝には戻りたくないッ!! いつまで続くんだよ、いつまでこうすれば良いんだよッ!! 同じ世界、同じ景色、同じ行動、同じ結果!! 何もかもが変わらないこの世界で、これ以上俺は何が出来るんだよ!!」
――――もう何も浮かばない。
試すべきことは全部試した。
俺に出来ることは全部やり遂げた。
あとは何だ? 何がある? 考えろ……。この世界を作り出したゲームマスターの、あのクソ野郎が考えそうな攻略方法は何だ?
「――――もしも。俺が……、俺自身を殺すことでこの世界が終わるのだとしたら…………?」
それは突拍子もない妄想。
けれど、それは俺にとっての最悪で――、あのクソ野郎が最も好みそうな攻略方法だった。
「――――だったら、次の周回で俺は……。俺自身を殺す」
だが、俺自身を殺すと言っても容易ではない。
今や俺は、かつて苦戦していた天狗さえも簡単に葬れるほどの化け物だ。
【天恵】という常にHPを回復し続けるスキルもある。
化け物を葬るためには、確実に武器が必要だ。
「次の周回で、これが持ち込めたら……。すぐに、試そう」
何も変わらないこの世界に、もう足を踏み出したくない。
俺は手に入れたばかりの匕首を鞘から引き抜くと、迷うことなく一気に自らの腹へと突き刺した。
「ぐっ……」
痛みで声が漏れる。
けれど、その痛みは長くは続かなかった。
強化周回による意識の消失が、すぐに襲ってきたからだ。
「次で、最後…………だ」
自死でダメならば、もう尽くす手がない。
そう考えた俺の思考は、そして闇に溶けて消えた。
――三十二周目。
……そして、この周回で俺はすぐさま自死を試して、この世界の攻略に失敗した。




