二十八周目~ 世界の因果
「…………よし」
この周回でやるべきことは決まった。
俺は、自分自身を奮い立たせるように自らの頬を両手で叩いて、一度じっと俯いてから顔を上げる。
「俺が【曙光】を獲得するのは、この日にモンスターを殺したからだ。それなら、まずはそこを変える」
俺は、自らに言い聞かせるように言った。
ゆっくりと息を吐き出して、摩耗した心に気合を入れて重たい身体を引きずるように持ち上げる。
「…………」
そして、じっと気配を探る。
すぐに見つけたその気配の元へと足を運んで、俺は瓦礫の陰で欠伸をしてうつらうつらと船を漕いでいたそのモンスターの前に姿を現した。
「ごぎゃっ!?」
現れた俺に、そのモンスター――ゴブリンが驚きで目を見開いた。
だがその表情は俺の【威圧】によってすぐに恐怖へと変わって、ゴブリンは腰を抜かすと地面を這いつくばってすぐに俺から逃げようとしはじめた。
「…………」
俺は、そのゴブリンの背後に向かって無言で拳を振り下ろす。
「ぎ――――」
と、ゴブリンの断末魔が短く響いて、頭を潰されたゴブリンはあっけなく絶命した。
拳からぽたぽたと垂れ落ちるゴブリンの血を振り払って、俺はまた次の獲物の気配へと目を向ける。
「この世界の俺がゴブリンを殺す前に……。俺が、この街のゴブリンを皆殺しにしてやる。この日この街で、この世界の俺がモンスターを殺したという事実そのものを、無かったことにしてやる」
そうすればきっと、この世界の俺は【曙光】を獲得することがないはずだ。
「次は、あっちか」
呟き、俺はその気配の元へと足を向ける。
「ぎっ――――!?」
「ごぎゃ――――」
「ぎゃぎゃ――――ッ!?」
それからしばらく、この街にゴブリンの断末魔が絶え間なく響いた。
気配を探りゴブリンの元に赴いては拳を振るい、頭を潰して……。あるいは蹴りを放って、頭を飛ばした。
ひたすら無感情に、ただ黙々と、この街のゴブリンを殲滅していく。
【気配感知】にあったゴブリンの数は瞬く間に減って、一時間もすれば最後の一匹だけとなっていた。
「ご、ごぎゃ、ぐぎゃぎゃあ!!」
恐怖に駆られて狂ったように何かを喚きながら、目の前に現れた俺に向けて、そのゴブリンは錆び付いた包丁の刃を向けていた。
俺は、その様子を見ながらゆっくりと近づいていく。
(コイツが……。コイツを殺したことで、俺は【曙光】を獲得した。コイツさえ殺せば、俺は――――)
ちらり、と俺は背後を振り返る。
そこには、出会ったゴブリンに恐怖し駅前の方向へと逃げていくこの世界の〝俺〟の姿が見えた。
「ふー……」
息を吐いて、視線を戻す。
ゴブリンは俺の視線にビクリと身体を震わせると、腰が砕けてペタリと地面に座り込んだ。
「お前で、最後だ」
呟き、拳を振り上げる。
恐怖に駆られるゴブリンが懇願をするように、縋りつくような視線を俺に向けたのが分かった。
けれど俺は、その視線を黙殺する。
「お前を殺したから……。あの日、お前が俺の前に出てきたから、俺は……!!」
それが、場違いな八つ当たりであることは分かっていた。
けれど、それでも! この牢獄に囚われた原因が、コイツにあるかもしれないと考えると、俺はどうしても我慢することが出来なかった。
「お前を殺せば、この街のゴブリンは全て消える。この世界の〝俺〟が、モンスターを殺すことは無くなるッ!」
吐き捨てるように言って、俺は握りしめた拳をゴブリンに向けて振るった。
「ぐ、ご――――」
振るわれた拳はゴブリンの顔に命中して、肉と骨を潰す感覚と共にゴブリンの首が衝撃で勢いよく捻じ曲がる。
確認するまでもない即死のその様子に俺はふらふらと後ずさると、苔と蔦で覆われた、へし折れて朽ち果てた電柱にドカリと腰を下ろした。
「これで、もう……。俺は、ゴブリンを殺すことが出来ない」
【曙光】の獲得がこの街で出来ないことはもう確定的だ。
「アナウンスは……ない、か」
スマホを取り出し、その声がないことを確認した。
しばらく、その場でアナウンスが鳴るんじゃないかと待ってみるが、結果は変わらない。
その事実に、心の中に広がる漠然とした不安が大きくなるのを感じた。
「まさか……。まだ、結果は変わらないのか?」
俺の吐き出した言葉は震えていた。
けれど、その言葉を否定するように、俺は一度首を横に振ると心に喝を入れて立ち上がる。
「まだ、だ。まだ……分からない。〝俺〟が【曙光】を獲得しないのかどうかを、ちゃんと確かめないと」
――だから、アナウンスが流れないのだ。
と、そう自らに言い聞かせる。
「〝俺〟に、見つからないように見守ろう」
この試行の結末を。
その結果は、全てこの世界の〝俺〟が握っている。
この世界の〝俺〟に見つからないよう、俺は陰からじっとその行動を見守る。
視線の先で〝俺〟は、駅前で決意を固めた後、武器を求めて廃墟マンションの中へと入って行くところだった。
(…………そういえば、そうだったな。俺は、ここで武器を調達したんだ)
ぼんやりと、そのことを思い出す。
もはや、今の俺には一周目の記憶が断片的にしか残っていない。
まるで遠い昔に学んだことを思い出すかのような感覚で、俺はこの世界での俺の行動を見守り続ける。
そして、この世界の〝俺〟はゴブリンを探すために廃墟の街を彷徨い始めた。
だが、いくら探してもゴブリンを見つけることは出来ない。
数時間ほど街を探索して、やがて諦めたのか。
この世界の〝俺〟は、今度は東へと向けて足を進め始めた。
その後ろを、俺は絶対に見つからないよう息を潜めて、気配を消すように追いかける。
街を抜けて、しばらく崩壊した街道を進んでいると、一匹のゴブリンが〝俺〟の前に瓦礫の陰から飛び出してきた。
「っ!」
思わず、息が止まる。
だが、ゆっくりと俺は息を吐き出す。
(…………今の時間は、午後十二時を過ぎたところだ。この世界が始まってから、六時間が経っている。流石にもう、〝俺〟以外の『人間』プレイヤーがモンスターを殺しているはずだ)
だとすれば、視線の先で戦う〝俺〟が例えゴブリンを殺したとしても、【曙光】を手に入れることは絶対にありえない。
「これで、結果が分かる」
小さな声で呟いて、俺はその結末を見守ることにした。
たった一匹のゴブリンを相手に、視線の先で〝俺〟は死闘ともいえる戦闘を繰り広げた。ゴブリンの振るう棍棒を辛うじて避けて、手に持つ鉄の棒を振るう。その攻撃は簡単にゴブリンに避けられて、反撃で棍棒を振るわれる。
〝俺〟の攻撃は当たらず、ゴブリンの攻撃だけが〝俺〟の身体を掠めていく。
今はまだ辛うじて攻撃を避けているようだが、それも長くは続かない。傍目から見ても、この世界の〝俺〟の敗北は確実なもののように思えた。
「…………っ!?」
だが、その結果は大きく変わる。
見つめる先で、攻撃を振るおうとしたゴブリンが、ひび割れたアスファルトに躓き体勢を崩したのだ。
「――ッ! うぉおおおおおおッ!!」
それを好機と見たのか。
〝俺〟は、鉄の棒を握り締めると真っすぐにゴブリンに向けて突き出した。
鉄の棒はゴブリンの腹に当たって、ゴブリンの身体がくの字に折れた。
「ご、ぎゃ――」
ゴブリンの息が痛みで止まり、動きが完全に止まる。
〝俺〟は、その動きを止めたゴブリンに向けて鉄の棒を振り上げると、気合の掛け声と共に勢いよく頭蓋を叩き割るように振り下ろした。
――バキッ。
と、骨が砕ける音が響いた。
(……勝負が決まった)
と、俺はその様子を見て息を吐く。
それからは言ってしまえば消化試合のようなもので、ゴブリンは血を流しながらも必死で反撃を繰り返していたが、負った致命傷によって動きが悪くなり、何度も〝俺〟の攻撃を受け止めていた。
やがて、ゴブリンは完全に動きを止めて、その色を失って空気へと溶けた。
「…………っ」
その様子を見ながら、俺は生唾を飲み込む。
ここだ。ここからだ。
この先の結果で、俺の未来は決まる。
≫≫チュートリアルクエストが完了しました。
≫≫チュートリアルクエストの報酬を支払います。
≫≫サバイバルセットを獲得しました。
〝俺〟のスマホからアナウンスが流れた。
そのアナウンスに驚いて、〝俺〟がビクリと身体を震わせている。
≫≫種族:人間の中で初めてモンスターの討伐を確認しました。種族内における初討伐ボーナスが与えられます。
≫≫スキル:曙光を獲得しました。
そして、その言葉は〝俺〟のスマホから続いて流れた。
「――――――ッ」
そのアナウンスに、俺の喉がヒクついた。
息が止まり、言葉を吐き出すことさえも出来なかった。
(――なんで、どうしてッ!? この世界が始まって……もう、六時間が経っているのに!!)
心の中で大きな叫びを上げる。
目の前の結果をありえないと否定する。
だけど、何度否定を繰り返したところで、その結果は変わらない。
この世界での〝俺〟は【曙光】を獲得した。それはつまり……。やがて【星辰の英雄】という生き残りボーナスを獲得する未来が確定したということだ。
「六時間……。六時間じゃ、他の『人間』プレイヤーはモンスターを殺すことが出来ない、のか?」
――――だったら。
だったら、その倍の時間。俺は、〝俺〟が出会う全てのモンスターを殺し続ける。それでも駄目なら夜明けまで。殺して、殺して、殺し尽くす。絶対に、この世界の〝俺〟に【曙光】を獲得させることを許さない。
「…………もう、この周回での結果は分かった。もう、この世界で生きている意味はない」
息を吐き出し、背後の樹木に身体を預ける。
そして、俺は瞼を下ろすとその言葉を呟いた。
「もう一度……。もう一度、強くてニューゲームだ」
――ブツリ、と。意識が落ちる。
次は……。次こそはきっと。上手くやって見せる。
この世界を絶対に抜け出してやる。
――二十九周目。
――三十周目。
俺は、〝俺〟が【曙光】を獲得することを防ぐためにひたすらモンスターを殺し続けた。
だが、いくら時間を掛けようがその結果は変わらなくて。
『人間』プレイヤーを生き永らえさせようとしても、どうしても出来なかったように。どれだけ時間を掛けようが、この世界の因果が全て収束しているかのように、〝俺〟は絶対に【曙光】を手に入れていた。
「――――クソォオオオオッ!!」
二日目の夜明け。ストーリークエストの受信と、モンスターを殺したことで【曙光】を獲得したことを教えてくる〝俺〟のスマホから流れるアナウンスを聞きながら、俺は叫び声を上げていた。
怒りに任せて俺は瓦礫を殴りつける。
それでも、この胸を燻る怒りは収まらず。俺は、まるで子供が癇癪を起したかのように廃墟となった家屋やビル、マンション、樹木や苔生した廃車などを何度も殴り蹴りつけた。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ…………っ、あああぁぁああああああああああッ!!」
どうしようもないこの現実に俺は叫ぶ。
その声で〝俺〟に存在を知られようが、モンスターに見つかろうが、もうどうでも良かった。
心の底に沈む不安と絶望を、この世界に対する怒りを。全ての感情を今すぐにでも吐き出さなければ、俺の中で膨れ上がった感情で身体が内側から破裂しそうだった。
「どうすれば……。どうすれば、いいんだよ……」
目につく全てを破壊して、暴れている間にいつの間にか両手に突き刺さっていた瓦礫片と、ぽたぽたと流れ出す真っ赤な血を見つめながら、俺は言葉を吐き出した。
「全部、全部……。〝俺〟が【星辰の英雄】を獲得するように世界が動いている。その前提でもある【曙光】を獲得するように、世界の因果が働いている……」
もう、俺の心は限界だ。
何度も繰り返されるこの世界に、俺の心は潰される寸前だった。
「…………何が、あるんだよ。他の方法は、どうすればいいんだよ」
俺の呟く言葉に、誰からの答えもない。
俺は顔を俯かせてその場で蹲る。
もう、この世界の光景を――全て見知ったこの世界の姿を目に入れたくなかった。
「――――」
そんな時、ふと【気配感知】に反応があった。
俺の元に近づく、一人のプレイヤーの気配。
それが、誰かなんてすぐに分かった。
「様子を、見に来たのか」
俺に近づいてくる気配。それは、この世界の〝俺〟だった。
おそらくだが、暴れる俺の音を聞きつけて、一度は恐怖しながらも様子を探りに来たのだろう。
「逃げ、ないと」
顔を見合わせれば強制終了だ。
「――――――」
だが、逃げたところでどうなる?
この世界の結末は、もう決まっている。逃げたところで決まりきった終わりに向けて、意味のない時間を過ごすだけだ。
「〝俺〟が、【曙光】を獲得しない方法……」
近づく気配を感じながら、俺は顔を俯かせてそれだけを考える。
――そして、その気配が俺の目の前へとやってきた時。
俺は、その方法に辿り着いた。
「…………そうだ。〝俺〟がモンスターを殺せないようにするための方法は、俺が〝俺〟の代わりに全てのモンスターを殺すだけじゃない。俺が、〝俺〟そのものを殺せばいいんだ」
「――――えっ」
俺の吐き出した言葉に、目の前にやってきた〝俺〟が反応した。
俺は顔を持ち上げて、〝俺〟の顔を見つめる。
「俺が、お前を殺せば……。そうすれば、全て解決するじゃねぇか」
≫≫特殊システム:強化周回の効果を確認しました。
≫≫同一人物との接触を確認。強化周回を発動します。
俺のスマホからアナウンスが鳴った。
その声を聞きながら、俺はブツリと意識が途絶える。
次だ。次こそは必ず……。
この世界を抜け出して見せる。




