十九周目~ 牢獄の鍵
「ぐぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃッ!!」
吉祥寺駅のロータリーで、そのモンスターは俺を見て身体を震わせていた。
一歩、一歩と俺が足を踏み出す度に目の前のソイツは腰を引いてゆっくりと後ずさっていく。
「…………はっ」
思わず、その様子を見て笑みが漏れた。
俺が今、相対しているコイツは、かつてこの世界で瀕死になりながらも勝利を掴み取ったクエストボスだった。
あの時はその姿を見ただけで身体が震えていたはずなのに。
この世界での十九回目のクソゲー攻略へと挑んでいる今、相対して身体を震わせているのはコイツのほうだ。
(……まあ、それも仕方ないか)
と俺は思い直す。
ポケットからスマホを取り出して――ボロアパートを出る時に拾った、怒りに身を任せて一度は投げ捨てた俺のものだ――そのステータス画面へと目を落とす。
Lv:67 SP:4
HP:302/302
MP:141/141
STR:215(+22)
DEF:150(+15)
DEX:150(+15)
AGI:215(+22)
INT:130(+13)
VIT:130(+13)
LUK:281(+28)
所持スキル:未知の開拓者 曙光 星辰の英雄 種の創造主 天恵 夜目 地図 気配感知 直観 威圧 雷走+紫電 闘争本能 集中強化 瞬間筋力増大 視覚強化 聴覚強化 空間識強化 痛覚遮断 明鏡止水 疲労回復 適温 不眠 不食 不渇 刀剣術 / 一閃 + 二突 + 三斬 格闘術 / 急所突き + 連撃
特殊:強化周回
種族同化率:31%
江東区探索に費やした周回の数は9回。
その内、二日目と三日目のストーリークエストのボスを討伐し続けること18回。
俺のレベルは周回を繰り返す間に18も上昇をしているし、それによって獲得したSPは180だ。そのほとんどを割り振った俺のステータスは、全てが三桁越えとなっている。
また、繰り返し行ったボス戦によって、【不食】や【不渇】といったスキルだけでなく、戦闘系のスキルもいくつか入手している。
【雷走】の上位互換とも言えるAGIの値を30%向上させるスキルである【紫電】や、刀剣武器による刺突を連続して行うことによって威力が向上する【二突】、刀剣武器で三度、斬撃による攻撃を行えば回数に応じて威力が変化していく【三斬】などだ。
それら新しく獲得したスキル名の前には、以前は無かった『+』の表記がされているが、どうやらその表記はスキルの派生取得や既に取得しているスキルの上位互換であるということを示すもののようだった。
「このレベルだもんな」
おそらく、俺には敵わないことをこのホブゴブリンは本能的に察しているのだろう。
けれど、それでもコイツらはモンスターだ。俺たちプレイヤーを殺すためだけに存在しているこいつらが、本来ならばそのプレイヤーに敵わないと知りながらもここまで怯えることはない。
このホブゴブリンが、ここまで怯えているのは俺がこの周回の中で取得したとあるスキルの影響を受けているからだ。
――【威圧】スキル。
発動によるMP消費もなく、自分よりも格下相手のモンスターを怯ませる効果があるこのスキルは、発動さえしていれば今の俺にとって経験値の足しにもならない雑魚モンスターとの戦闘を回避するのに非常に役立っていた。
「ご、ごぎゃっ」
けれど、そんな【威圧】の効果が働いていても、極稀に逃げ出すことなく俺に立ち向かってくるモンスターもいる。
「ぐ、ごぎゃぎゃ!」
このホブゴブリンも、その極稀の中に入る一匹だった。
歯をガタガタと鳴らして震えていたホブゴブリンだったが、生唾を飲み込むと意を決したように俺へと飛び掛かってきたのだ。
俺は、そのホブゴブリンへと目を向けると、振るわれる棍棒の軌道を見極めて身体を捻りするりと避けた。
「ごぎゃっ!?」
攻撃を躱されたホブゴブリンが驚きで目を見開く。
すぐにもう一度攻撃を仕掛けようと棍棒を振り上げようとしていたが、それよりも速く俺は右手に持っていたそこらで拾った木の枝を構え、攻撃の体勢を整え終えていた。
「じゃあな」
言葉を吐き捨て、俺はホブゴブリンの喉元へと向けて全力で木の枝を突き出す。
木の枝は狙い逸れることなくその喉元へと吸い込まれて――その木の枝に対して【急所突き】が発動し、俺のSTRと合わさったその攻撃は、ホブゴブリンの喉を抉るように吹き飛ばし、大きな風穴をこじ開けた。
「――――――」
声を上げることなく、ホブゴブリンが即死する。
その様子を見ながら、俺は息を吐く。
「【急所突き】が貫手以外に発動するのを発見できたのは、周回していて良かったことなのかもな」
これまで、貫手といった徒手での突き攻撃でしか発動しないと思われていた【急所突き】。
それが、こうして相手の急所部分を突くという行為に対して発動することが分かったのは、報酬として貰った手槍を武器に江東区探索の周回の中でクエストボスの相手をしていた時のことだった。
今では、【急所突き】と【二突】のスキル効果を合わせた攻撃が、今の俺にとって一番威力の高い攻撃となっている。
地面に倒れたゴブリンがゆっくりと色を失い、やがて空気へと溶けて消えていく。
それを見ながら、俺は息を潜めてその結果を待つ。
そして、ホブゴブリンが完全に消えたその時。その、アナウンスは流れた。
≫≫この世界での矛盾が確認されました。
≫≫世界修正が働きます。
≫≫特殊システム:強化周回を確認しました。
≫≫特殊システム:強化周回が発動します。
「……そうか」
と、息を吐き出す。
――この世界での矛盾。
それが示すことはつまり、この世界が成り立つ根底にあるものが、俺の一周目という確定した過去の結末だということだ。
「――だったら、やっぱり」
それさえ覆すことが出来れば、この世界を破ることが出来る。
そう考えた俺は、意識を落として次の周回へと向かった。
――二十周目。
目が覚めてすぐに、俺は行動を開始する。
一周目の俺が受けるストーリークエストのボスを事前に殺すことは出来ない。
だったら、今度試すことはそのストーリークエストの元へと辿り着かせないようにすることだ。
俺は、一周目の俺が辿る道筋を潰すために事前に先回りをして、上昇したステータスをフルに活かしながら崩壊した地面をさらに崩し、瓦礫や樹木をへし折って道を塞ぎ邪魔をする。
けれど、一周目の俺はその崩れた道に四苦八苦しながらも何度も乗り越えて、記憶にある一周目では二日目の時点でとうに辿り着いていたはずの立川市に、この世界の一周目の俺は三日目の夜にしてようやくたどり着いていた。
そこで、この世界での一周目の俺は、血を流しボロボロになりながらもコボルドを倒す有翼の少女と出会って――――。
俺は、その様子を見ながら四日目の日付を迎えて、何も変えられることがないまま、あのアナウンスを聞いてこの周回を終えた。
――二十一周目。
この周回で、目覚めてすぐに覚えたのは違和感だった。
「……一周目の記憶が、消え始めている」
このゲームを始める以前の俺が、今の俺の中から完全に消えたように。
この周回の目覚めの日、一周目を思い返そうとしてもすぐに思い出すことが出来なくなっていた。
「一周目の記憶を失えば、完全に周回攻略の方向性が分からなくなってしまう!」
この世界で初めて目が覚めた俺が、何を考えどう行動していたのか。
それが今の攻略指針なだけに、現状に対する焦りがさらに大きくなってしまう。
「クエストを奪ってもダメ、この世界の、俺の行動を邪魔しても意味がない……」
他だ。もっと他に、この世界の俺に対して何が試せる? 何をすれば、この周回を攻略する糸口が掴める?
「…………いや、ここはいっそ視点を変えて――。もっと、根本的なところ……。俺が取得する生き残りボーナスの取得を防ぐために……」
俺以外の、人間の生き残り。
その人間を、どうにかして作り出せばいいのだ。
「問題は、それをどうするか……」
手っ取り早いのは、俺が種族:人間のプレイヤーを終始護衛することだが……。それは、きっと出来ない。
俺は、この世界に存在するプレイヤーの運命を変えることを許されていない。
「いや、そう言えば……。二周目で、立川の街で出会ったあの翼を持つ女の子が絶望している間、女の子が襲われないよう周囲のモンスターを殺したこともあったな……。本来、あの少女はこの世界でモンスターに襲われることが確定していたとしたら、俺があの女の子を守るためにモンスターを殺したあの行動は、あの少女の運命を変えたことになるんじゃないのか?」
しかしあの時、プレイヤーの運命を変えたという警告アナウンスは無かった。
……だったら、もしかすればだけど。他プレイヤーに気付かれることなく周囲のモンスターを殺しさえすれば、どうにか出来るのか?
「……試してみるか」
考えていても仕方がない。
可能性がある限り、それに縋りついていくだけだ。
――二十二周目。
結果から言えば、俺の仮説は間違っちゃいなかった。
他プレイヤーに見つかることなく護衛することは出来る。
俺が周囲のモンスターを殺していることで、その護衛しているプレイヤーはレベルが上がらないという弊害はあったが、俺が知っているはずの、この世界で死ぬはずだったその時間を越えて護衛していたプレイヤーは生き永らえていた。
けれど、モンスターに殺されることがなくても、この黄昏世界は至る所に危険が溢れている。
俺が護衛をしていたプレイヤーは、三日目の昼に物資を求めて廃墟を探索していた時に、朽ちた廃墟の崩落に巻き込まれて死んだ。
そして、その日の夜。
守るべき人間のプレイヤーを失った俺は、また四日目の存在を否定されてこの初日へと戻ってきた。
「まだ、だ」
俺が守ることで生き永らえることが出来るのならば。
そのプレイヤーが死なないよう、もう一度挑戦をするだけだ。
――二十三周目。
だが、その結果。
こうして俺はまた初日へと戻ってきた。
事前に崩れそうな廃墟を崩しておいて、そのプレイヤーが探索で立ち入らないようにしていたが、それでもそのプレイヤーは死んでしまった。
死因は、三日目の夜に起きた他プレイヤーとの諍いだった。
俺が周囲のモンスターを殺したことで、そのプレイヤーはチュートリアルクエストを終えることが出来ず、食料も手に入らなかったために、チュートリアルクエストを終えていた他プレイヤーに嫉妬と逆恨みをして襲い掛かった挙句、返り討ちにされたのだ。
だから、俺はこの周回でチュートリアルクエストを受けていない種族:人間プレイヤーを守ることに決めた。
頭の中で、昭島市で出会ったあの二人のプレイヤーを思い出す。
あの二人はチュートリアルクエストを受けていない。
それに、あの男性は人間だったはずだ。
今度はあの二人を守ることにしよう。
――二十四周目。
――二十五周目。
――二十六周目。
――二十七周目。
何度も、何度も。この世界での俺が生き残りボーナスを獲得しないよう、他プレイヤーを生き永らえさせるべく、誰にも知られず周囲のモンスターを殺して特定のプレイヤーの護衛を行う。
だが、どの周回でも結果は変わらない。
まるで、この世界そのものが俺以外の『人間』プレイヤーを殺そうとしているかのように、いくら対策を講じても確実に『人間』のプレイヤーは死んだ。
探索中の傷が高じた破傷風。
食料と水不足による体調不良と、春先の冷たい外気に肌着一枚で晒され続けた結果、心臓などに負担が生じた突然死。
直前の周回には無かった、新たな崩落と崩壊に巻き込まれた圧死。
他プレイヤーに裏切られ、追い詰められた結果としての自殺。
全ての死因は異なりながらも、いずれも四日目を前に起きた出来事だ。
――二十八周目。
そして俺は、他プレイヤーを生き永らえさせることを、この周回でやめた。
「…………他、プレイヤーを四日目以降まで助けることは出来ない、のか」
俺という人間が生き残りボーナスを獲得するよう、全ての因果の結果が収束しているかのように感じる。
「この世界で、目覚めたあの日から何日が経ったんだ……?」
体感時間で一ヶ月……、いや、もうすぐで二カ月か。
繰り返される同じ日、同じ時間。
出口の見えない周回と消えていく記憶の焦りから心はますます擦り減り、もはやなぜ自分がこんなことをしているのかも分からなくなってくる。
「このまま、俺は……ここで過ごすのかな」
俺だけが知る、周回の記憶を抱えて。
誰とも共有が出来ない孤独を抱えたまま、アイオーンが支配するこの箱庭の中で、クソゲーのキャラクターとして生きていく。
そんな未来が……。これまで、想像することもなかったそんな未来が、俺の頭の中を過った。
「……動かないと」
もはや半ば義務感ともいえる心で、俺はボロアパートを後にする。
誰にも見られることがない廃墟の陰に座り込んで、これからどうするべきかを考える。
「どうする……」
どうすればいい。
おぼろげになった一周目の記憶を必死に遡るが、答えを見つけることは出来ない。
「何か、何かないのか…………」
助けを求めるように、俺は自分のステータス画面を開いて、生き残りボーナスである【星辰の英雄】のスキル表示へと目を通した。
≫【星辰の英雄】
≫未知を求め、既知を知り、未来を切り拓き続ける其の最後の人間は、いつしか星を救う英雄と呼ばれた。
≫このスキルの所持者は、常時すべてのステータスが10%向上する。
「………………」
だが、いくら眺めてもそのスキル条件からこの状況を打破する方法は分からない。
ただ一つだけ言えることは、スキルの獲得条件に書かれた前半部分の表記が、恐ろしいぐらいに今の俺のこの現状と合致しているということだけだ。
「ああ……。もう、既知はたくさんだ。この朝も、この世界も、もうたくさんだ」
まだ見ぬ世界へ。
まだ知らないこの周回の四日目に。
いくら手を伸ばしても届かないその時間の先に。
誰でもいいから、早く俺を連れだしてくれ。
「…………」
廃墟の壁に頭を押し付けて、瞼を閉じる。
それからぼんやりと、このスキルを獲得した時のことを思い出す。
――『まあ、お主のように生き残っておる『人間』がおること自体が不思議なのじゃ』
その瞬間、頭の中にその声が蘇った。
「――――ッ!」
ズキリ、と頭が痛む。
「あ、っ、あぁッ!」
唐突に蘇ったその言葉を邪魔するように、その頭痛は痛みを増していく。
だが、それとは逆に。唐突に蘇ったその言葉は鮮明になって、続くその言葉を記憶の扉から引きずり出した。
――『お主の強さを目の当りにしとると忘れそうになるが、人間種族はこの世界で最弱じゃ』
誰かが言った、その言葉。
閉じられていた記憶の扉を、必死で何かが押さえつけているのか頭の痛みは増していく。
「ッ、あ、たまが……われ、るッ!!」
必死で頭を抑えつけて、痛みから逃れるように蹲る。
「【痛覚遮断】!!」
痛みを失くすそのスキルの名前を叫んだ。
だが、それでも。
頭の中で響くその言葉とその痛みは、スキルを使用してもなお治まることがなかった。
――『お主が生き続けていれば、このスキルがお主の物になるのも、時間の問題じゃっただろうな』
「おれ、が……。生きて、いれば?」
なぜ、俺が生きていれば生き残りボーナスの獲得が俺のものになった? どうして、ソイツは時間の問題だって言ってるんだ?
「何か……。何かを忘れている」
必死に、その記憶を思い出す。
だが、開かれていたはずの記憶の扉は再び閉じられたようで、苛んでいた頭痛も少しずつ治まり出していた。
「なん、だ。なんの記憶だ。どうして、俺はそんなことを言われたんだ?」
必死に頭を動かして、思い出したその言葉に思考を巡らせる。
――まあ、お主のように生き残っておる『人間』がおること自体が不思議なのじゃ。
どうしてだ? どうして、『人間』が残っていることが不思議なんだ?
――お主の強さを目の当りにしとると忘れそうになるが、人間種族はこの世界で最弱じゃ。
そんなこと、言われなくても知っている。それは、俺がこの身で体験してきた。ゴブリンにも劣る初期ステータス。大器晩成型ともいえる、LUKだけしか伸びないステータスの成長。モンスターを殺すのにも初期ステータスは低すぎて常に命懸けで、スキルを取得しやすい種族だなんて言っても、最初の頃は手に入れることすらそもそも苦労する。最弱と言われても仕方のない種族だ。
――お主が生き続けていれば、このスキルがお主の物になるのも、時間の問題じゃっただろうな。
そこから、どうして生き残りボーナスが俺のものになるのも時間の問題だってなるんだ?
そんなの、ただの運で――。
「――――いや、違う」
ハッとする。
「……そうか、そうだった。思い出した。俺が、他の『人間』プレイヤーとは違うものがあるじゃねぇか」
俺は、ステータス画面へと目を落とした。
そして、そこに書かれたスキルに目を向ける。
「――【曙光】。これがあるから、俺は他の『人間』プレイヤーよりも有利だった。最弱のはずが、いち早く最弱で死にやすい状況から抜け出すことが出来た」
種族内で初めてモンスターを倒した『人間』に与えられるスキル。
これがあったから、【星辰の英雄】は俺が獲得するのも時間の問題になったのだ。
「――だったら」
だったら、このスキルを獲得出来ないようにすればいい。
この世界の牢獄を作り出した全ての原因は――この初日、チュートリアルクエストを受けたあの時から始まっていたのだ。




