十九周目 時間の牢獄
十九周目の、目覚めの朝は最悪だった。
「ちくしょう……」
右腕で視界を覆い、降り注ぐ朝日から逃げるように目元を隠す。
「ちくしょう!」
脳裏で渦巻くあの言葉。
俺の努力を、覚悟を、いや存在そのものを否定されたかのような嗤い声。
「何が、喜劇だ。何が強くてニューゲームだ!!」
全ての元凶は手の届く場所にいるのに。
アイツを殺しさえすれば、全てが丸く収まるはずなのに。
「こんなの、こんなの!! もう、どうしようもねぇじゃねぇか!」
唸るように奥歯を噛みしめる。
左手に握られた硬い感触に気が付いて、ふとそこへと目を向ける。
すると、俺の左手にはスマホが握られていて、そのスマホを目にした途端にあの嗤い声が幻聴として蘇った。
「ちくしょぉおおおおおおおおおッ!!」
手にしていたスマホを投げ捨てて、頭を抱えた。
心に燻る憎悪の炎が瞬く間に燃え上がる。
けれど、いくら怒りを、憎しみを燃え上がらせたとしても。眼前に突き付けられたどうしようもない理不尽に、その炎がゆっくりと鎮静化していく。
「こんなの……。こんなの、もう…………。どうしようもねぇじゃねぇか…………」
胸の内に広がる暗闇が、俺の視界を埋め尽くすのを感じた。
実力差があれば、俺が強くなることで覆せる。
眼前に立ちふさがるソイツがどんな格上でも、それが無理ゲーに近い状況でも、足掻き藻掻いて血反吐を吐きながらも諦めなければ、いつかはきっと希望の未来を勝ち取ることが出来る。
けれど、それは……。万が一でも、どんなに低い確率でも、俺に勝ち筋があれば手に掴むことが出来る未来だ。
今の俺は、それさえも奪われてしまった。
アイオーンへ繋がる道は確実に閉ざされ、三日という限られた時間の牢獄に、俺は閉じ込められたことが確定した。
「どうすれば…………。どうすれば、いい…………」
同じ結末、同じ未来を辿るこの世界で、今の俺が出来ることは何がある。
「…………」
必死で思考を巡らせる。
今の俺に出来る、このクソゲーを覆す方法を考える。
――しかし、いくら考えてもその方法が分からない。
この世界で何をしようが何を成そうが、四日目になれば全てがゼロになり元に戻る。
そこから抜け出す術である、アイオーンという全ての元凶に辿り着く方法も閉ざされた今、俺に出来ることは何もない。
「…………やっぱり、俺には出来ないことなのか」
このクソゲーにおいて俺はプレイヤーで、アイオーンはゲームマスターだ。
言ってしまえば、この世界のルールはアイツなのだ。
そんな中で、たかがプレイヤーの一人である俺が、ゲームマスターを殺そうとすることが間違っているのかもしれない。
「……………………」
ゆっくりと瞼を閉じる。
どうせ何をしようが無駄なのだ。
俺は結局……このクソゲーに殺される。
――――その瞬間。
ふと、心に一つの言葉が浮かぶ。
『負けないで』
顔も分からない、誰が言ったかも分からないその言葉が、唐突に鮮明な声となって蘇った。
「――――まだ、だ」
まだ、諦めるわけにはいかない。
きっと何か方法はあるはずだ。必死で思考を巡らせろ。このクソゲーを――強化周回というスキルによって閉じられたこの世界を攻略する方法を考えろ!
「…………浦野が【座標転移】を獲得するには、アイオーンに接触する必要がある。その接触の瞬間に、アイオーンを殺せば――。いや、ダメだ。傍に浦野が居れば強化周回が発動する。――だったら、浦野が離れたタイミングでアイオーンを殺せば……。ダメだ、そんなこと、あのクソ野郎が考えていないはずがない。きっと対策されているはずだ。分かり切った地雷に足を突っ込むな。今の俺が、アイツとの接触は禁じられている前提で考えるんだ」
呟き、ゆっくりと息を吐く。
焦るな、冷静になれ。俺なら出来る。これまでも、何度だって無理だと思った状況を覆してきたじゃないか。
「ふー…………」
息を吐き出し、目を開ける。
「そう言えば、心を落ち着かせることが出来るスキル……、手に入れてたな」
呟き、俺はそのスキルを発動させた。
「【明鏡止水】」
口にした途端、燻る憎悪と怒り、不安や焦りといった感情が全て消えて。まるで冷や水を頭から掛けられたかのように思考がクリアになる。
「……よし」
呟き、俺は頷いた。
状況は非常に悪い。だが、それでも出来ることを一つずつ試していくしかない。そのためにまずは――。
「一度、状況を纏めよう」
そう言って、俺は身体を起こす。
「今の俺が行き詰った原因は――、そもそも強化周回という特殊スキルが原因だ」
このクソゲーを終わらせるため、俺がアイオーンと取引をして手に入れたもの。
このスキルのおかげで、俺はレベルとステータス、スキルを引き継いで必要とあれば任意発動により何度もこのクソゲーに挑むことが出来るようになった。
「……だが、同時に問題も起きた」
アイオーンが仕込んだ罠。
ルナティックモードというボスへの強化要素と、強制発動する数々の条件。
周回を繰り返せば楽になると思われた俺のボス攻略は変わらず高難易度のままで、俺の行動一つで強制発動のトリガーに掛かった強化周回は、これまで幾度となく俺をこの朝へと引き戻してきた。
「そして、時間制限が付いた根本的な原因」
この世界の俺が、四日目に種族内の生き残りボーナスを獲得するという事実によって、今の俺の活動は三日という時間制限が設けられている。
「今のところ判明している強制発動の条件は……」
一つ、この世界の俺と顔を合わせてはならない。
二つ、俺の手によって他プレイヤーの運命を変えてはならない。
三つ、特定のプレイヤーに接触してはならない。
四つ、アイオーンの居場所――いわゆるセーフティゾーンに【座標転移】というスキル無しで近づいてはならない
今のところ、判明しているのはこの四つだ。
「このスキル自体を消すことが出来ればいいけど……」
だが、それは出来ないだろう。
言ってしまえばこれは、この世界で生きる俺に刻み込まれた力そのものだ。この世界での俺は、プレイヤーであると同時にクソゲーのキャラクターでもある。ゲームのキャラクターが、邪魔だからと自分の意思でスキルを消すことが出来るはずがない。
「スキルを消すこと以外に、この状況を破るには……」
唇を噛みしめて思考する。ぐるぐると頭の中で纏めた条件が回っては消えていく。
「何か、あるはずだ。きっと今の俺に出来ることが……」
纏まらない思考に言葉を漏らした。
こんな時に、頭が良くなるスキルでもあればいいのに、なんてそんなことを考えてしまう。
「頭が、良くなる? ――――そうだ」
ふと、妙案を思いついた。
俺は瞼を下ろし、思考の渦の中に身を投じるとそのスキルの名前を呟いた。
「【集中強化】」
途端に、俺は限界を超えた集中力を発揮して自らの意識の中に埋没する。
深く、深く。まるで海の底に潜るように。
思考という材料を片手に、それで組み立てられる可能性を探っていく。
「ぐっ――」
ズキリ、と頭が痛んだ。
高速に回転する脳の負荷に、耐え切れない身体が悲鳴を上げたものだった。
「【痛覚遮断】」
その悲鳴を俺は無理やりに押し留めて、俺は可能性の未来を探っていく。
そして、一つの可能性に辿り着く。
「――――この世界は、結局のところ一周目の俺が生き残りボーナスを獲得するに至った世界だ。だったら、それを獲得しないようにすればいい。俺の手で、俺自身の過去を変えればいい」
この世界を終わらせる条件。
それは、この世界そのものを変えることだ。
「他プレイヤーの運命を変えちゃいけない。でも、俺自身の運命ならばどうだ?」
……可能性は、ある。
どちらにせよ、この世界に居る限りは限られた時間の中で延々と三日間を繰り返すだけなのだ。
まずは、その三日を破る。
時間という鎖で囚われた、この牢獄をぶち破る。
「そうと決まれば……。まずは、俺の一周目の足跡を変えられるかどうかを試そう」
この周回でやるべきこと。
一周目で俺が倒した、最初のストーリークエストのボス。
あの、ホブゴブリンをこの世界の俺よりも先に、討伐するところから始めてみよう。




