八周目 オーガ②
「…………」
刃を研ぎ澄ませるように、オーガへの意識を高める。
何もかもが引き絞られた集中した世界の中で、時間の流れが殊更に遅くなる。
≫≫システム:種族同化率が上昇しています。あなたの同化率は現在36%です。
スマホのアナウンスが同化率の上昇を知らせた。
同化率の上昇に伴って、目の前にいる存在への嫌悪感がさらに強くなる。
「お前は、確実にここで殺す」
呟き、俺は今まで発動を切っていたそのスキルの名前を呟いた。
「――――【闘争本能】」
そのスキルの効果によって、全身に熱い何かが染み渡る感覚が広がる。身体が軽くなり、僅かな全能感が溢れ出す。
――けれど、まだだ。
まだ、足りない。今はまだ身体が――心が温まっていない。
言ってみればこれは始動の状態。ようやくエンジンを起動させただけなのだ。
これからの俺は、戦闘が激化すればするほど――俺はその戦闘の激しさに応じて身体能力が向上する。
俺の心の滾りに合わせて、この身体は次々とギアを上げていく。
「――オ前、何ヲした?」
オーガは俺の纏う空気が変わったのを察したのか、目を細めるとその鋭利な爪先を見せつけるように手を開いた。
「……何も。お前を殺す準備を終えたところだ」
と、俺はその言葉に返事をする。
「…………ナルホド。ドウイウ訳かは知らナイが、そこらの人間トハ違うようだ」
オーガは俺の言葉に何かを察したのか。腰を落として戦闘の体勢を整えると、ジッと俺を見据えた。
対する俺も、手に持つ肉斬り包丁を右手に構えて、左手を貫手の状態にすると腰を落として戦闘の体勢を整える。
「――【雷走】っ、十秒!」
「――ガァッ!」
動き出しは、同時だった。
俺たちは互いに前へと踏み出すと、俺は包丁でオーガを袈裟斬りにするべく腕を振るい、オーガはその爪で俺を逆袈裟に斬り裂くように腕を振るった。
「くっ」
「グッ」
オーガの口から苦痛の言葉が漏れて、俺たちの肩口から脇に掛けて赤い線が浮かぶ。
数瞬遅れて血が溢れ出てきたが、それよりも速く俺たちは次の行動に移っていた。
「ォオオオオオオオ!」
オーガが叫び、拳を握って俺の顔を貫くように打ち出してくる。
俺はその拳を完全に見切って身体を捻って避けると、カウンターを放つように回し蹴りを放った。
「ッ」
俺の蹴りをオーガが身体を引いて躱し、お返しとばかりに俺の頭を抉るような蹴りを仕掛けてくる。
「――っ!」
だが、その動きが目に見えていた俺は、眼前に迫るその蹴りを素早く左の手のひらで弾いて逸らすと、右手の包丁を横薙ぎに斬り払った。
「くそ!」
しかし、その攻撃は当たらなかった。オーガが包丁の刃に向けて、その鋭利な爪をぶつけたからだ。
カキィン、という金属音と共に火花が飛び散って、右腕を襲った衝撃で甘く痺れる。
俺は素早く右腕を引くと、左足を振り上げてオーガの顔めがけて蹴りを放った。
「ッ!? コイツ……!?」
【闘争本能】の効果で徐々に上昇していく俺の身体の変化に、オーガはすぐさま気が付いたようだ。
驚きと同時に忌々しさを込めた視線を俺にぶつけてくるが、俺はその視線を無言で受け流した。
【闘争本能】はもう発動している。こいつがどう思おうが、もはやコイツに止められる術はない。
「おぉおおおおおおおおおお!!」
「人間ゴトキガァアアアアア!!」
俺たちの叫びが血で濡れた秋葉原の街に響き、戦闘がさらに激化する。
拳を互いに打ち出し、蹴り合い、刃と爪で身体を切り裂いて。
一瞬の判断ミスがそのまま致命傷にもなりうる激しい攻撃を、俺たちは肉薄した至近距離で何度も打ち合うと、どちらともなくその場から離れた。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」
激しい戦闘の動きで呼吸が荒くなる。
俺はゆっくりと息を吐き出し呼吸を無理やりに落ち着かせると、数メートル先で俺の様子を探るように見つめてくるオーガを見つめた。
「もっとだ。もっと、意識を集中させろ」
自らに言い聞かせるように俺は呟く。
その言葉に反応するように、視界がさらにぎゅっと狭まって集中力が極限にまで高まったのが自分でも分かった。
≫≫システム:種族同化率が上昇しています。あなたの同化率は現在39%です。
スマホからアナウンスが聞こえる。
激しい戦闘で熱くなった血潮が、ドクドクと耳元で音を立てながら身体中に流れているのが分かる。
滾る心に合わせるように速くなった心臓が次々と全身に血を巡らせて、【闘争本能】による力を身体の奥底から引き出している。
――ああ、悪くない。最高の状態だ。これならば、目の前のコイツの存在を今すぐ否定することが出来る。
「お前の実力は分かった。お前よりも、はるかに天狗の方が強い。お前じゃ俺を殺せない」
俺は、肉斬り包丁を構え直すとそう言い放つ。
その言葉に、オーガの瞳が細められる。
「――――ドウヤラ、本当に死にタイようダ」
「死ぬのはテメェだ」
俺はオーガの言葉に言い返すと、腰をゆっくりと落とした。
「もう、これ以上テメェと顔を合わせるつもりはねぇ。これで終わらせる」
言い捨てて、俺はゆっくりと息を吐き出した。
「――――【雷走】、十秒」
そして、再びそのスキルを発動させる。
同時に地面を蹴って前に飛び出すと、俺のその速度にオーガが大きく目を見開いた。
「なッ……、サッキヨリモさらに速――」
慌ててオーガが回避の体勢を取ろうとする。
だが、それよりも俺が攻撃の体勢を整える方が速かった。
「ぅうぉおおおおおッ!!」
駆けた勢いを殺すことなく左足を大きく踏み込むと腰を回した。
振り上げた右足が超速の勢いで振り抜かれて、激しい衝撃と共にオーガの顔面に叩きつけられる。
「が――――」
ミシリと骨が軋む音が響き、オーガの瞳が一瞬だけぐるりと上向く。
その隙を見逃すことなく、俺はすかさず足を引いて体勢を作ると包丁を上段から全力で振り下ろした。
「ガァアアアアッ!!」
皮膚を切り裂き、肉を断つ確かな感触。
まだ致命傷とまではいかないだろうが、それでも通った確実なダメージが、オーガの口から苦痛の叫びを漏らした。
俺はそのまま追撃を掛けようと、左拳を振り上げたところでピクリと【直観】が反応し、その手をピタリと止めた。
「ッ!?」
――このまま接近していれば、何か良くないことが起きる。
そう感じ取った俺は、すぐにその場から全力で離脱を行う。
その直後、オーガは苦痛に歪む顔で俺を見据えると、その言葉を吐き出して腕を振るった。
「ぐ、ガァアアアアッ!! 【風爪】!!」
それは、かつて見た攻撃だった。
目には見えない風の爪撃が地面を割りながら俺へと迫り、その刃で身体を引き裂こうとしてくる。
「その攻撃は、初見じゃねぇんだよ!!」
――だが、寸前の【直観】で距離を取っていた俺は、すぐさま横へと跳び退ってその攻撃を完全に避けることに成功する。
「ナ……ニ!?」
まさか、すぐに避けられるとは思ってもいなかったのだろう。
オーガが驚愕の表情で目を剥いたのが分かった。
俺は、地面を蹴ってオーガの元へと最接近すると、今度は左の貫手で真っすぐにオーガの首元へと狙いを付けて貫手を突き出す。
「ガッ、は――――」
【急所突き】が発動した貫手は、オーガの首元に深く沈み込んで一瞬の呼吸を止めた。
DEFがそこそこ高いのか、この一撃ではその喉元を貫通することはなかったが、それでも深いダメージを与えたことに代わりがない。
身体を硬直させたオーガの顎先に向けて、俺は肉斬り包丁の柄を叩きつけて脳を揺らすと、左拳を握り締めてぐるりとその場で回転をする。
「おらァアアアアッ!!」
気合の掛け声と共に、俺は十分に遠心力が乗った左の裏拳を打ち払った。
――ミシミシ、バキッ!
裏拳は狙い違わずにオーガのこめかみにヒットする。
オーガの頭蓋が軋み、衝撃に耐え切れなかったのか骨が砕ける音が周囲に響き渡る。
「…………ッ、ッ!!」
喉を潰され、声を発することも出来ないのか。
オーガは口をパクパクと動かすと、俺に向けて憎悪の籠った視線を向けた。
「ユる……さ、ん!」
「ああ、そうかよ」
言い捨て、俺はトドメを刺すべく肉斬り包丁を振り上げた。
「【瞬間筋力増大】」
呟きと同時に俺の腕がパンパンに膨れ上がって、いくつもの筋と血管が浮かび上がった。
「じゃあな」
そして、俺はその刃を振り下ろす。
刃は真っすぐにオーガの首へと吸い込まれて、皮膚を裂いて肉を斬ると、僅かな抵抗の後にブツリと骨を断ち切った。
「ぅ――――」
断末魔にもならない声が、オーガの口から漏れたのが聞こえた。
刃で斬られた首はぐるぐると回転しながら宙に飛ぶと、やがてドサリと地面へと落ちて、それを見届けたかのように次いでオーガの身体がゆっくりと倒れる。
「…………スキル、解除」
俺は色を失って消えていくオーガを見つめながら、包丁を振るって刃に付いた血糊を払った。
≫≫オーガの討伐を確認しました。
ポケットに仕舞い込んでいたスマホから、そのアナウンスが鳴った。
≫≫ストーリークエスト:人を食らうモノ が完了しました。
≫≫ストーリークエスト:人を食らうモノ の報酬を獲得しました。
≫≫あなたの報酬は選択式となっています。報酬を選択してください。
「……終わったか」
呟き、俺は空を見上げる。
二日目の始まりを示す薄明の空が、いつの間にか終わろうとしている。
ビルの合間から帯のような筋を引いて朝日が降り注ぎ、真っ赤な血に塗れた凄惨な街を照らし始めていた。
かつては名だたる電気街として有名になり、オタク街としても名を馳せた街だ。その顔は今でも変わらないが、まだ薄っすらと記憶に残っている以前の秋葉原は、オフィス街としての顔も持ち合わせていた。
普段ならば、この秋葉原だって通勤するサラリーマンがちらほらと姿を見せ始める時間だ。
けれど、もう。そんな人間はこの世界に存在していない。
この世界に存在しているのは、人を襲う化け物と、その化け物を襲うことでしか生き永らえることが出来ない人間しか存在して居ない。
「……午前、六時三十七分か」
スマホで時間を確認する。
おそらくは、この世界におけるこの二日目で、俺が最速のボス攻略だろう。
「…………ゆっくりと出来る場所で報酬を確認するか」
【気配感知】に引っかかったプレイヤーの気配を感じて、俺はそう呟いた。




