八周目 オーガ①
それからしばらく、トロルを狩りながら街を駆け回る。
「――――見つけた」
ほどなくすると、【気配感知】に強大な気配が引っ掛かった。
立ち止まり、【地図】を起動して場所を探る。
「……あっちは、アキバの電気街か?」
クエストを受ける前、レベリングをしている時に通った場所だ。
その時はボスらしきモンスターなんて居なかったと思うが、どういうことだろうか。
「……まさか、新たに誕生したボスモンスターってことか?」
クエスト名も『人を食らうモノ』とある。
この世界のモンスターが、プレイヤーとの戦闘を行いプレイヤーを殺すことで成長することは分かっていることだ。
おそらくだがきっと、今回のクエストボスは俺の探索後にプレイヤーを襲ってボス級へと成り代わったモンスターなのだろう。
「トロルがプレイヤーを殺してボスに成った……わけじゃないよな。オーガなんてモンスター、この辺りに居たか?」
デスグリズリーという前例があるように、ボスに成り代わったモンスターは総じて強敵だ。
俺はゆっくりと息を吐いて覚悟を決めると、そのボスへと向けて足を向けた。
崩れ落ちた首都高速の高架橋を飛び越えて、秋葉原駅前南通りへと足を進める。
しばらく真っすぐ進むと、首都高速の高架橋と同じ様に崩落し瓦礫に変わった高架線が目の前にそびえ立っていて、俺はその高架線を同じ様に飛び越えた。
「……こっちか」
都道437号線とぶつかる交差点の中心で、俺は気配を探る。
感知したその気配へと目を向けて、俺はすぐに地面を蹴って駆け出す。
「――――」
ボスへと近づくたびに、空気が淀み重くなる。
鼻を付く血の生臭さと、真っ赤な水をぽたぽたと滴らせた草木の数々。
モンスターが暴れた跡なのか、駅前に並ぶ廃墟化していた雑居ビルの多くが瓦礫へと変わっていて、その瓦礫の隙間から赤い水がぶしゃりと地面に広がっているのが見えた。
「っ!」
いったい、このボスが誕生するまでにどれだけのプレイヤーが犠牲となったのだろうか。
あまりの凄惨さに息を飲んでいると、ピクリと【直観】が反応した。
「――ッ」
反射的に地面を蹴って避ける。
その直後、俺が居たその場所に向けて何かが飛んできた。
勢いよく飛んできたその物体は、ぐちゃりと地面に当たって砕けて飛び散って、真っ赤な花を地面に描き出した。
「な――――」
その物体が何かなんて、一目ですぐに分かった。
それは、生き物の臓物。
それが何の――いや、誰の物かだなんて、考えたくもなかった。
「――――――」
身体がぶるりと震えて、全身に鳥肌が立つ。
この世界で生きるうちに、いつの間にか麻痺していたはずの心がその光景に反応する。
「っ、ぅ、ッ!」
胃がぎゅぅと収縮して、喉元にまで酸っぱいモノがせり上がった。
必死でそれを飲み込んでいると、また俺に向けてソレが飛んできた。
「ッ!!」
慌てて、その場から全力で駆け出す。
飛んでくるソレは、次々と地面に真っ赤な花を描きながら俺を追いかけてきていたが、やがて飛ばすものが無くなったのか。しばらくすると、その攻撃は落ち着いた。
「くっそ!」
言葉を吐き捨てて、俺はその攻撃の元へと全力で駆ける。
近づくほどに大きくなる気配。
そして、周囲に立ち込める血生臭さ。
周囲のビルはそのほとんどが崩壊し、瓦礫へと変わって。その瓦礫と血だまりの中心に、ソイツは居た。
額に伸びた角とでも言うべき小さな突起と、浅黒く汚れた茶褐色の肌。その身体を覆う皮鎧は、なめされた様子もなければ乾燥もしていない生皮で、周囲の血だまりだけでは説明の付かない臭いを周囲に放っていた。
人型の体格で、身長はトロルと同じぐらいのようだが、トロルと比べれば痩せ型で細長い。ボサボサの白髪は顔を覆っていて、その毛先を血で真っ赤に染め上げていた。
ソイツは、瓦礫に腰かけて手と口元を血で真っ赤に染めながらも、くちゃくちゃとプレイヤーの肉を咀嚼し、嚥下しては一心不乱に食事をしていた。
「――――――――」
もはや、考えるまでもなかった。
コイツだ。コイツがオーガだ。コイツが、俺へと向けて自分にとって必要のない臓物を投げつけていたのだ。
「ふー……」
あまりの凄惨的なその光景から逃げるように目を閉じて、ゆっくりと心を落ち着かせる。
背筋を震わせるような格の違いはない。
だが、コイツはこれまでの、どのボスモンスターとは違う。
勝てなければ死ぬだけでなく、確実に身体を食われるであろうその恐怖が、俺の身体を固くする。
もし身体の一部を喰われでもしたら……。
その時に〝強化周回〟してしまえば、次の周回での俺も身体を喰われた状態で始まるかもしれない。
「考えるな。落ち着け。アイツを、殺しさえすればいいだけだ」
乱れる心を必死に落ち着かせて、無理やりに戦闘のスイッチを入れた。
「ふー…………ッ!」
吐き出していた息を止めて、肉斬り包丁を構えると一気に駆け出す。
「【雷走】、十秒」
スキルを発動させて、俺はさらに自らの身体を加速させた。
線のように流れていく視界の中で、俺は瞬時に眼前へと迫るその首に向けて、手に持つ包丁を一息で斬り払う。
「【瞬間筋力増大】!」
斬り払いながら、俺は限界突破を掛けた。
「ぉおおおおおおっ!」
叫びを上げて腕を全力で振り抜く。
唸りを上げるように空気を切り裂いた肉斬り包丁の刃が、目にも止まらない速さでオーガの首元に迫る。
――だが、その刃が首にぶつかる寸前。
オーガが素早く回避行動を取ったのが見えた。
「ッ!」
オーガが身体を後ろに引いたことで、必中かと思われた俺の刃がオーガの首元を掠める。
俺は【瞬間筋力増大】の反動による激痛で顔を顰めると、すぐさま次の言葉を口にする。
「【瞬間筋力増大】解除。――【痛覚遮断】」
言葉を吐き出すと同時に、身体を襲った激痛が瞬時に消え去った。
「【集中強化】」
さらに意識の限界突破を掛けて、時間感覚の遅くなった意識の中で俺は次の行動を選択する。
「っ、ぁあああああッ!!」
半歩、オーガへと踏み込み背中から全体重を掛けて体当たりをぶちかます。
さすがのオーガもこの攻撃は避けることが出来なかったようで、まともにその衝撃を受け止めていた。
「がッ、ァア!」
もんどりうつ様にオーガが吹き飛び、手にしていたプレイヤーの成れの果てを手放して地面を転がった。
オーガがすぐに立ち上がらないことを確認した俺は、素早くその場から後退して断裂した筋肉を癒す時間を稼ぐ。
「ふー…………」
最初の攻撃を避けられはしたが、ひとまずファーストアタックは俺に分が上がったといったところだろうか。
俺は起き上がるオーガを見つめながら、右手に肉斬り包丁を構えながらそんなことを思った。
「が、あ、ァア……。人間ゴトキが」
オーガが身体を起こしながら、怒りに燃える赤黒いその瞳で俺を見据えた。
「ヨクモやってくレたナ。タダデハ殺さン。生きタまま四肢の先カラジックリト食ってヤル」
口元を拭いながらオーガは言い捨てた。
俺はその言葉にピクリと反応すると、注意深く相手を見据えて言葉を吐き出す。
「……おい、死ぬ前に一つ教えろよ。お前、今まで何人食ってきた」
「そんなモノ、数エてオラヌ。お前は、コレマデの食事の回数ヲいちいち数えテいるのか?」
ニヤリと嗤いながらオーガは答えた。
その言葉に、俺はゆっくりと息を吐く。
「……まあ、そりゃそうだよな」
コイツにとって、俺たちはただの食料だ。
生きるために俺たちを食っているコイツに取って、これまで何人食べたのかなんて関係ないことなんだろう。
「……質問を変えるぞ。お前、どこから来たんだ。少なくとも数時間前、俺がこの辺りを探索している時には居なかっただろ」
「一つダケと、言わナカッタか?」
ゲラゲラと、俺の言葉を聞いたオーガが嗤った。
俺はその嘲笑を無視して、さらに言葉を重ねる。
「いいから答えろ」
「…………ナンダ、その態度ハ。オ前、俺ガ怖くナイのか?」
俺の態度にイラついたのだろうか。
すっと笑みを失くしたオーガが、俺の顔をジッと見つめてくる。
「ドコカラ、だと? フンっ、お前に言うツモリもないわ。ただ、ココヨリ北の食糧はスベテ食らい尽くシタと言っておこう」
(……言うつもりがない、とか言っておきながら言っちゃうあたりコイツの知能はそこまで高くないのか?)
オーガの言葉に、俺は思わずそんなことを思った。
初撃を躱したあたり、コイツのAGIはそれなりに高いようだが、あの天狗ほどではない。こうして無駄な会話に応じる辺りも、天狗のような知能の高さは無いのだろう。
(……コイツは、本能に任せてステータスでごり押すタイプだな)
と、俺は結論を下した。
「……北か」
と俺はオーガの言葉に返事をしてから、ゆっくりと息を吐く。
ここから北……というと、台東区や文京区のあたりだろうか。
コイツの発生を、この周回の中で防ぐことは容易い。
事前にココより北へと向かって、暴れまわるオーガをボスへと成り代わる前にぶちのめせばいいだけだ。
だが、コイツがこの時点でココに居るということは、コイツに食われて死んだプレイヤーは、この世界ではもはや死ぬ運命だと定められている。
事前にコイツを殺すことはすなわち、そのプレイヤーの運命を変えることに等しい。
死んでいったプレイヤーを救いたい気持ちは山々だが…………。
今の俺には、手出しすることさえも許されていない。
「そうか。お前はそこで、多くのプレイヤーを殺してきたんだな」
言って、俺は再度肉斬り包丁を構えた。
会話で時間を稼いだおかげで、【天恵】により断裂した筋肉は戻りつつある。包丁を振るう分にも、もう問題ないはずだ。
「ふー……」
息を吐いて、オーガを見据える。
アイツは、俺の【雷走】にも対応できるAGIを持っている。STRやDEFが俺よりも高いのかは分からないが、本能的な警鐘が無いあたりルナティックモードが適用されてもなお、今の俺とさほど差がないということだろう。
周囲にプレイヤーの気配は未だないが、いつプレイヤーが来るのか分からない。
ここは、出し惜しみなく全力で挑ませてもらう。




