六周目~ 失ったもの
――それから。
オークから包丁を奪ったり、ボロきれ同然の服の代わりにコボルドナイトの皮鎧を剥いで身に付けたり――今さらながらに思ったが、あの二人が俺を警戒していたのは俺の恰好があまりにもみすぼらしかったからだろう――しながらモンスターを無心で狩り続けて、レベルをようやく一つ上げた頃。
春空に薄っすらと群青が混ざり始めていることに気が付いた。
時間を見れば、午後四時を過ぎている。
そろそろ、あの少女の元へと向かっても良い頃だろう。
「ひとまず、あの二人と同じ会話から様子見だな」
そんなことを言いながら、俺は全力で地面を蹴って立川市へと向かった。
ほどなくして、立川市へと辿り着いた俺は、記憶を頼りに住宅街を抜けて少女の元へと足を運ぶ。
「…………」
そして、俺はその少女を見つけた。
二周目と同じ体勢で。
まるで、あの時から少女の時間は止まっているかのように。
変わらない悲嘆で、その少女は存在していた。
「…………っ」
やはり、というべきか。
あの少女を見ていると、理由もなく胸が苦しくなる。
原因不明のその心苦しさは、じくじくと俺の心を締め付けて痛みを発する。
「ふー……」
息を吐いて、俺は気合を入れるように拳を握り締めた。
ここに来たのは、この少女の悲嘆に心を痛めるためではない。
プレイヤーとの会話で、本当に強化周回が発動しないのかどうかを確かめるためだ。
「すぅー……。はぁー……」
深呼吸を繰り返す。
じくじくと痛む心を無理やりに落ち着かせて。
俺は、ゆっくりとその少女の元へと足を踏み出す。
「…………あの」
そして、俺はその少女に声を掛けた。
俺の声に、少女の肩がビクリと震えるのが分かった。
それから、ジッと俯いていた顔が持ち上がって、ゆっくりと振り返る。
「――――あ」
冬の夜空を思わせるような真っ黒なその瞳が俺の視線とぶつかり、少女が小さな声を上げた。
大きな目にいっぱいに溜められた涙が、驚きでさらに大きく見開かれて。その拍子に、溜め込んだ涙が溢れ落ちる。
――俺のスマホが鳴ったのは、その時だった。
≫≫特殊システム:強化周回の効果を確認しました。
≫≫特定プレイヤーとの接触を確認。強化周回を発動します。
「えっ」
という言葉は、涙を流す少女がアナウンスに驚き発した言葉で。
俺は、そのアナウンスを聞いて言葉を発することもないまま、ただ悔しさに奥歯を噛みしめていた。
「会話が発動条件じゃなくて、特定プレイヤーとの接触が発動条件かよッ!!」
言い捨てる言葉と同時に。
俺は意識を落として、六周目が終了した。
▽
――七周目。
目覚めと同時に、頭の中で強化周回が強制発動する条件を書き換える。
プレイヤーとの接触は大丈夫。会話を行うことも問題ない。
だが、どういう条件で選ばれているのかは分からないが、特定のプレイヤーとの接触は禁止されている。
問題は、接触禁止である特定のプレイヤーの選択基準が何なのかが分からないという点だが……。
「特定のプレイヤーが誰なのかが分からない以上、あまり他プレイヤーと接触しない方がいいのかもな」
俺は六周目で得た情報を元に、そう判断を下した。
それから、俺は六周目でやり残していたステータスの割り振りを行うことを決める。
強制終了と共に剥がされた皮鎧。その下に身に付けていた、もはや目に馴染み始めたボロ布のような服。
天狗の炎に焼かれて、ところどころ大きな穴の空いたズボンのポケットから、俺はスマホを取り出して画面を開く。
Lv:46 SP:20
HP:214/214
MP:90/90
STR:156(+16)
DEF:96(+10)
DEX:100(+10)
AGI:156(+16)
INT:84(+8)
VIT:90(+9)
LUK:154(+15)
所持スキル:未知の開拓者 曙光 星辰の英雄 種の創造主 天恵 夜目 地図 気配感知 直観 雷走 闘争本能 集中強化 瞬間筋力増大 視覚強化 聴覚強化 空間識強化 痛覚遮断 刀剣術 / 一閃 格闘術 / 急所突き
特殊:強化周回
種族同化率:23%
「……ん?」
ふと、違和感。
見慣れたはずのステータス画面なはずなのに、何かが違っているような気がする。
「…………」
俺は自分のステータス画面をジッと眺めて、ようやくその違和感に気が付いた。
「……俺の、名前が消えてる」
以前では、Lv表記の上にあった俺の名前。
それが、いつの間にか消えているのだ。
「いつから、消えてるんだ……?」
少なくとも、五周目まではそこに名前があったはずだ。
「…………いや、ちょっと待て」
そんなことを考えていると、またもや違和感に苛まれる。
もともと、そのステータス画面に表示されていたのは本当に名前だけだったか?
俺の記憶が確かならば。
そこに表示されていたのは、名前ではなく苗字も含めたフルネームじゃなかったか?
「どうして、俺の名前が消えてるんだ?」
思わず、そんなことを呟いたがすぐにその原因に思い当たった。
「…………なるほど。これが、強化周回のデメリットか」
あのクソ野郎が言っていた、俺としての存在を失くすということ。
その手始めとして、周回によって名前の表記が消されたということだろう。
「まあ、消されたとしても自分の名前を覚えてればいいわけだ」
と、そんなことを努めて明るく言った俺だったが、その後すぐに眉間に皺を寄せた。
「……思い、出せない」
周回を繰り返す中で、真っ先に消えた俺の苗字。
それどころか、ユウマと表記されていた俺の元々の名前――その漢字表記が分からないのだ。
「――――――」
絶句して、言葉を失う。
いったい、いつからこの状態になっていた?
他に失くしたものはあるのか?
思い出すことが出来ない俺のフルネームは、このゲームをクリアすれば思い出すことが出来るようになるのか?
そんな言葉が、ぐるぐると脳裏を回る。
「ほ、他に……。奪われたものは、なんだ?」
言って、俺は必死で過去を思い出す。
六周目……。まだ分かる。
五周目……。覚えている。
四周目、三周目、二周目……。大丈夫だ。
一周目……。問題ない。
――それじゃあ、このゲームを始める前は?
「………………」
思考を遮るかのような、薄っすらと広がる靄。
両親の顔と名前が分からない。
俺の年齢が分からない。
俺の実家の場所が分からない。
かつてのあの世界で、よく一緒に夜遊びをしていた友人の顔も名前も思い出せない。
ところどころ辛うじて覚えてはいるが、やはり寝起きで思い返す夢の内容のように、トワイライト・ワールドを始める以前の記憶があやふやだ。
まるで、最初から俺という存在がこの世界に居たかのような錯覚。
かつてのあの世界の記憶が夢だったのではないか。
そう思えてくるようなその記憶の祖語に、俺は全身のうぶ毛が逆立つのを感じた。
「……本格的に、無駄な周回は出来ないな」
あのクソ野郎を殺すために、まずは強化周回の条件を探ろうとしていたが、もはや悠長なことはしていられない。
今はまだ、過去の記憶が消されている段階だけど。
きっとその内、俺の存在そのものが消えて無くなるんじゃないかと、そんな気がしてくる。
「……この周回で、あのクソ野郎を殺せばこれ以上を失わずに済むのか?」
一周目で見たあのステータスを思い出す。
あのステータスにはまだほど遠いが、あの時とは違って【闘争本能】というスキルを入手している。
――このスキルがあれば、あの時よりも多少は戦うことが出来るんじゃないか?
そう考えた自らの思考を、俺は首を振って否定する。
十分とは言えないステータスとスキルであのクソ野郎に挑んだとして。
そこで、もしも仮に殺されたとしたらどうなる?
瀕死の状態ならば【天恵】が身体を癒すだろう。
だが、確実に心臓が止まったとしたら?
それで仮に強化周回が発動したとしても。
強化周回は直前の俺の状態を引き継ぐのだ。
もし、心臓が止まった状態で強化周回が出来たのだとしても、その次の始まりでの俺は、心臓を止めた状態なのではないか?
「……ダメだ。今のままで、アイツに挑むことは出来ないな」
けれど、だからと言ってこのまま悠長に強化周回の発動条件を探り続けることも出来ない。
「――――そう言えば。アイツの居場所も、まだはっきりと分かっていなかったんだった。まずは、あのクソ野郎の居場所を探るか」
四日という時間制限がある以上、非常に悔しいがこれからも周回は幾度となく繰り返すことになるだろう。
だったら、ただ強化周回を行うのではなく、その条件を探りながらもあのクソ野郎の居場所を探る。
可能であれば、アイツの弱点などが分かれば最高だ。
「アイツ……。確か、江東区のどこかに居るって一周目で聞いたな」
プレイヤーズギルド。
自分たちをそう呼んでいた、互助集団に属するプレイヤーから聞いた情報だ。
あのクソ野郎の元に案内してもらったのも、そのギルドに属するプレイヤーが居なければ出来ないことだった。
「名前は……確か、浦野とか言ったか? あとは萩野と言っていたプレイヤーもあのクソ野郎の元に案内が出来たんだっけ」
記憶を遡りながら呟く。
けれど、名前出したプレイヤーのうち、萩野というプレイヤーは五日目に浦野からアイオーンの元へ連れられて、ようやく案内することが出来るようになったプレイヤーだった。
……だったらこの三日の内に接触することが出来る、あのクソ野郎の居場所を知るプレイヤーは、五日目以前からアイオーンの元へ案内することが出来た、浦野というプレイヤーただ一人だろう。
「これからの周回は、そのプレイヤーを探すか……。問題は――」
呟き、眉根を寄せる。
問題は、六周目で発覚した強化周回の強制発動の条件。〝特定プレイヤーとの接触禁止〟にその浦野が入っているのかどうかだ。
「……まあ、こればかりは接触してみるしかない、か」
発動しなければそれでよし。
発動すれば、自分の足で江東区の隅々を調べ尽くすだけだ。
「……もし自分で探すとなると、水に沈んでいる場所だから、骨が折れるだろうな」
その苦労を想像して、俺は大きなため息を吐き出す。
けれど、それを行う前にもまずは、そこに向けて足を進めなければならない。
これからの周回で、俺が向かうべき場所はここから東。
かつての俺が辿った足跡を、これからは改めて辿っていく必要がある。
「そうと決まれば、向かう前にまずはしっかりとステータスを割り振っておくか」
そう言って、スマホの画面にタップするその寸前。
バタバタとした、時間切れを知らせるかのようなこの世界での俺が暴れるその音に、俺はゆっくりとため息を吐き出した。
「……このスタート地点も、そろそろ変えたいんだけどな」
そう呟いてみるが、きっとそれは叶わないことだろう。
俺はステータスを割り振ることをやめて、すぐさまアパートを抜け出すと東に向けて地面を蹴って駆け出した。
「――とりあえず、人の多そうな場所に行こうかな」
言って、俺は頭の中でいくつかの候補を思い浮かべる。
「新宿は……。一周目で行ったよな。そこに居なかったから……。渋谷にでも行ってみるか?」
俺は新たな目的地を呟く。
一周目では訪れなかった未知の場所。
そこに、何かしらの手がかりがあれば嬉しいのだが。




