六周目 一日目・朝 会話検証
「……よし」
気合を入れて、俺はさらに北へと向かう。
昭島市へと足を踏み入れて、【気配感知】を発動させて街を駆け回る。
ほどなくして、俺はコンビニ跡の廃墟でその二人と遭遇した。
ヒビの入った床を割って伸びた草木に文句を言いながら、廃墟となった店内を漁っているその声は間違いない。
俺は、驚かさないようわざと割れたガラス扉の破片を踏みしめて、店内へと足を踏み入れた。
「っ! 誰ッ!?」
俺の足音に真っ先に気が付いた女性が、カウンターの奥から声を上げた。
現れた俺を警戒して手に持った錆び付いた包丁を構えるその女性の頭には、長いウサギの耳が生えている。
どうやら、女性の種族は獣人らしい。
「……モンスターか?」
と、俺の全身をジロリと見ながら女性と同じく包丁を構えるのは、身体的な特徴のない男性だった。
(この人は……。俺と同じ『人間』か)
と、俺はその男性の全身を見て当たりを付ける。
見た目は二人ともに三十代半ばほど。身に付けた服がペアの寝間着姿であるところを見ると、二人は夫婦の関係で、就寝前か寝起きでトワイライト・ワールドをプレイしたのかもしれない。
俺は、その二人を安心させるように両手を肩の位置にまで上げると、口を開いた。
「落ち着いてくれ。俺は、あんた達と同じプレイヤーだ」
「……プレイヤー?」
獣人の女性が眉根に皺を寄せながら俺の言葉を反芻した。
「それって、貴方もこのわけの分からないゲームをプレイしたってこと?」
俺は、その言葉に無言で頷いた。
すると、今度はそれを見た人間の男性が口を開く。
「俺たちだけが、このわけの分からねぇ世界に来ちまったのかと思ったが……。やっぱり、他にも居たんだな」
「ああ、俺の他にもプレイヤーは居る」
俺の言葉に、男性はピクリと眉毛を跳ね上げると、それから少し考え込むような表情をしてから興味が薄そうな返事をした。
「…………ふぅん? それで、何の用だ? 悪いけど、ここは俺たちが先に調べてる。何か目ぼしい物が欲しいなら、他に行きな」
男性は、そう言うと俺を追い払うように手のひらを振り払った。
女性も男性の言葉に概ね納得しているのか、俺からふいと視線を逸らした。
どうやら、この二人はあまり他の人と関わるつもりがないらしい。
(……まあ、いくつか廃墟を探索すれば何もないことが分かるからな。この世界には食料はもちろんだけど、生きるために必要な物がことごとく少ない。それに早い段階で気が付いて、それでもなおこの世界で生き延びることを考えれば、他プレイヤーとの情報交換を行うよりもまずは、探索を優先して生活の基盤を作る……ってところかな)
男の態度から、俺はそう想像した。
だが、邪険にされたからと他にいく当てもない。
そもそもの目的は、こうしてこの二人と接触することなのだ。
(……ふむ。やっぱり、他プレイヤーと会話するだけなら強制終了はしない、か)
だったら次は、どこまで会話を広げることが出来るかだ。
俺は、この世界に来たばかりのことを思い出しながら、初々しさを演じるように口を開く。
「そ、そんなこと言わないでくれッ! 気が付いたら世界がこんなことになってるし、明らかにファンタジーで出てくるような化け物が居るし……。俺、どうしたらいいのか分からなくて」
「分からないのは、私たちも一緒。突然こんな世界にやってきて、食べ物も何もないんだもの」
そう言って、俺の言葉に反応したのは獣人の女性だった。
人間の男性が「おい!」と声を荒げて口を開いた女性を諫めていたが、俺はすぐさまその言葉に反応する。
「えっ、食べ物? チュートリアルクエストを受けてないのか?」
何も知らないフリをして白々しい言葉を吐いた。
探索を優先している姿を見るに、この二人はおそらくチュートリアルクエストを受けていないはず。
それでもあえて、チュートリアルクエストという言葉を出したのは、二人が知らない単語を出して強化周回が発動するのかを知るためだ。
(強化周回の発動アナウンスはない、か……)
沈黙を保つ自らのポケットに意識を向けて、知らず知らずのうちに緊張で止めていた息を小さく吐き出す。
(他プレイヤーが知らない単語を出しても、運命はそうそう簡単に変わらないってことなのか?)
…………いや、それを結論付けるのはまだ早いだろう。
俺はもう少し、この二人との会話で検証することにした。
「チュートリアルクエスト?」
俺が出した単語にいち早く反応を返したのは、意外なことに男性の方だった。
「どういうことだ?」
と、男性は怪訝な顔をして俺を見てくる。
俺は男性へと視線を向けて、引き続き演技を続ける。
「モンスターと出会った時に、スマホからアナウンスが流れなかったか? そのアナウンス通りにモンスターを倒すと、食料が貰えるんだ」
そう言って、俺は背負っていたナップサックからまだ食べていない缶詰を取り出して見せた。
二人の視線がナップサックから俺の取り出した缶詰へと視線が移って、同時に大きく目が見開かれる。
「なッ! 何でッ……。どうしてッ!! 私たちの時は何もなかったわよ!!」
俺が出した缶詰を見て、獣人の女性が真っ先に声を荒げた。
「そ、そうだ! おい、お前ッ!! どうやったらそのチュートリアルクエスト? ってやつを受けることが出来るんだよ!!」
女性と同様に男性も大きな声を出すと、威圧するように俺へと詰め寄ってきた。
俺は胸の前で両手の平を掲げて後ろに数歩下がり、愛想笑いを作り答える。
「き、聞いた話によれば……。このゲームを事前登録していたプレイヤー限定のクエストみたいだ」
「事前登録していたプレイヤー限定のクエストォ? それじゃあ、あれか。事前登録なしでこのゲームを始めた俺たちは、そもそもチュートリアルクエストを受けることが出来ないのかよ!!」
「そういうことに、なる……かな」
「っ! なん、だよ……それ!! 始まった時から優劣が決まってるのかよ……。とんだクソゲーじゃねぇか!」
男性は、歯を剥きだしにして怒りを露わにした。
俺は、顔で愛想笑いを続けながらも冷静に思考を巡らせる。
(やっぱり、強制終了は無し……か。だったら、もう少し踏み込んでみるかな)
そう考えて、俺はわざとらしく会話を切り替えるように男性へと口を開く。
「良ければ……。チュートリアルクエストで学んだ、このゲームについて教えようか?」
「このゲームについて? 何か他にもあるの?」
と、俺の言葉に女性がいち早く反応する。
俺はその言葉に頷きを返す。
「ああ、ステータスのこととか、スキルのこととか。いろいろ」
チュートリアルクエストでそんなことは教えられない。
そもそも、このゲームのチュートリアルクエストは、このゲームについての何の説明もないチュートリアルという名ばかりのものだ。
だが、それをこの二人が知っているはずもない。
二人は、俺の言葉に顔を見合わせると視線だけで会話を行った。
それから、男は女性に向けてゆっくりと頷いてみせると、俺へとその視線を向けて口を開いた。
「……都合のいい話だとは思うが、良ければチュートリアルクエストの内容を教えてくれないか?」
「ああ、もちろん」
と、俺は頷く。
それから、俺は二人へとステータスのこと、スキルのことをざっくりと説明をした。
その際中にもスマホへと意識を向けていたが、やはり強制終了のアナウンスは無かった。
「――と、まあ。こんなところだ」
そう言って、俺は会話を締めくくる。
二人は俺の言葉に眉間に皺を寄せて考え込んでいたが、ゆっくりと頷きを返してきた。
「……なるほどな。教えてくれてありがとう。助かったよ」
そう言いながら、深く頭を下げたのは人間の男性だった。
「正直、目が覚めたらこんな世界だったし……。こんな世界なら確実に資源は限られてるだろうから、他の人間が居たとしても資源の取り合いになるだろうし俺たち以外を信用しないようにしようって話を二人でしていたところなんだ。でも、目が覚めてすぐに君に出会えてよかったよ」
そう言って、小さな笑みを浮かべる男性の顔には、最初のころに浮かべていた警戒の色はなくなっていた。
「ええ、そうね。私たち、本当に運が良いわ」
と、男性の言葉に同意をして女性も頷く。
俺は二人の言葉に、口元を含ませるような笑みを浮かべると、
「…………いえ」
と言いながら、首を小さく横に振った。
これから、この二人が辿るであろう運命が分かっているからこそ、その言葉に心が痛くなる。
この周回で俺が禁じられている、俺の手によってプレイヤーの運命を変える行為。
それ相応のことが起きれば、必ず強化周回が発動するはずなのに。
これだけこのクソゲーの情報をこの二人に渡したにも関わらず、それでも強化周回が発動しないところを見ると、この後に辿る二人の運命は変わっていないということだ。
「……それじゃあ、俺はまた別のところに行きます」
その事実から逃げるように。
俺は、小さく頭を下げて二人の傍から離れる。
「ああ、お互いに絶対生き延びような!」
と、男性が笑みを浮かべた。
「…………ええ、必ず」
と、俺も曖昧な笑みを作って会釈をする。
それから、俺は二人に背を向けて廃墟の街へと足を向ける。
最初はゆっくりとしたその歩幅も、徐々に速くなり始めて。最後には全力で駆け出していた。
「……っ」
走りながら、ぎゅっと胸を抑えつける。
今すぐにでも駆け戻って、この街の探索を止めて街から離れろと言いたくなる。
けれど、それをすればきっと。
俺は二人の運命を捻じ曲げて、またこの世界を繰り返すだろう。
「…………それだけは、出来ない」
無意味な周回を重ねることは出来ない。
周回を重ねるのならば、せめてもう少し情報を集めるべきだ。
「……他の、プレイヤーとも会話してみるか」
この二人のやり取りだけで、プレイヤーとの会話で強化周回が発動しないと結論付けるには些か早急すぎる。
もう少し、多くのプレイヤーと関わるべきだ。
「って言っても、プレイヤーの気配がないな」
【気配感知】を発動するが、この街で感知されるのはモンスターが放つ特有の嫌な気配だけだ。
都市部に行けば、もう少しプレイヤーが居るのだろうか。
そんなことを考えた俺の脳裏に、二周目の記憶がふと蘇る。
「……そう言えば、あの女の子」
二周目で出会った、白い翼を持つ女の子。
立川の街で、瓦礫の前でずっと悲嘆に暮れていた少女の姿が脳裏を過った。
「アイツ、やっぱりあそこに居るのかな」
呟き、俺はため息を吐く。
それは、言わなくても分かることだ。
ここが二周目も行った世界ならば、二周目と同じ時間にあの場所へと向かえば、きっとあの少女は悲嘆に暮れている。
「……次に話すのは、アイツにしようか」
俺は、そう呟いて足を東へと向けた。
彼女を見つけた、二周目の時間まではまだ時間がある。
それまでは、適当に雑魚でも狩ってレベルでも上げていよう。




