六周目 一日目・朝 生きる活力
「…………」
六周目の目覚めの朝、俺はジッと前回のことを考えていた。
「禁止事項……」
強制終了の直前の、あのアナウンス。
俺の手によってプレイヤーの運命を変更することは出来ないと、あのアナウンスは言っていた。
つまりは、俺があの場であのプレイヤーの代わりにゴブリンの相手をしたことで、あのプレイヤーの運命が変更された……。そういうことだろう。
そして、この世界が一周目の世界で固定されている以上、その行為は禁止されていた。
「……あのプレイヤーは、この世界ではゴブリンに殺される運命だってことか」
運命の行き着く先が固定された、無限ループの世界。
本来ならばたった一つの行動の有無で、俺たちの未来は無数に広がっているはずなのに。それすらも許されず、かつて辿った行動を延々と繰り返すだけの未来の閉じられた運命の袋小路。
「……まるで、この世界がゲームそのものになったかのようだ」
俺は、思わず呟く。
決められたプログラミングに沿った行動と会話を行うゲームのキャラクター。
決められた未来に向かって、かつての行動と会話を繰り返し続けるプレイヤー。
いったい、何が違うというのだろう。
もはや、俺以外のプレイヤーがゲームのNPCに思えて仕方がない。
この世界が、本当のゲームそのものになっているのだとしたら。
あのアナウンスの言う通りプレイヤーの手でNPCの運命を変えることは出来ないだろう。
「…………」
――強くてニューゲームという、この世界を終わらせるための周回を選んだはずなのに。
じっくりと、真綿で首を絞められ続けているかのような息苦しさを感じる。
「すぅー……、はぁー……」
思わず、ゆっくりと深呼吸をした。
首に巻かれていないはずの真綿を取り除くように。
胸の内に広がる不安を、呼気とともにゆっくりと吐き出す。
「よし、とりあえず。気持ちを切り替えよう」
呟き、俺は五周目で得た情報を纏めに掛かる。
「プレイヤーの運命を変える……。早い話が、この世界において死ぬ運命にあるプレイヤーを救ってはならないってことだよな」
――『人間』の命題になっている〈救世〉との相性は悪いな。
俺は、そんなことを思った。
このクソゲーにおいて、プレイヤーが死ぬ原因は多くあると思うが、死因の一番はモンスターから殺されることだろう。
「モンスターに襲われて、この世界で生きるか死ぬかはそのプレイヤーの力量に掛かってる……。今の俺が、他プレイヤーの戦闘を肩代わりすれば、その運命は確かに変わるな」
だったら、他プレイヤーの戦闘を肩代わりしないようにしなければいい。
そういう話になるだろうが、それも簡単な話じゃない。
俺の種族命題は〈救世と幻想の否定〉だ。
〈幻想の否定〉は、モンスターへの嫌悪やその存在を消し去るためへの戦闘意欲が高まる。
以前はその感情に振り回されていたが、今はもうある程度割り切ってコントロール出来ている部分だ。
だが、ここで問題になるのはもう一つの命題である〈救世〉だ。
〈救世〉は、俺自身の損得を差し置いてでも見返りを求めることなくプレイヤーを助け、この理不尽溢れる世界からその存在を救うことへと意識が傾く。
それゆえに、他プレイヤーから助けを求められれば思考や言動が激しく揺れ動いてしまう。
目の前で戦闘を行い、死にそうなプレイヤーがいれば、同化率次第では条件反射的に身体が動いてしまうだろう。
「……そう言えば、他プレイヤーとの会話は出来ていたな」
もし他プレイヤーとの会話禁止ならば、出会った瞬間に強制終了していたはずだ。
会話を行い、他プレイヤーへ情報を流したとしても。モンスターに打ち勝つ力量がなければ生き残ることは出来ない――つまりは、そのプレイヤーの運命が変わるわけではないから……だろうか?
「はぁ……。まあ、そこは検証する部分でもあるか。――っ、と。そろそろ動こう」
俺はため息を吐き出してから、階上から聞こえ始める音を聞いてすぐに行動を開始する。
結局、五周目では食料を手に入れていない。
空腹を訴える腹の虫の機嫌は収まらず、喉の渇きも大きい。
まだ思考は十分にクリアだが、このままではいずれ脱水症状で思考すらも奪われてしまう。
「……時間が惜しいけど、まずは自分の身が大事だな。少しどこかで時間を潰してから、あの廃墟に向かうか」
周回で持ち越すのはスキルやステータス、服などだけでなく体の状態も持ち越している。
例えば今ココで、俺が餓死する寸前で強化周回を発動させたとしても。
次の周回での俺は、前回の周回の時と同様に餓死する寸前でのスタートとなる。
【天恵】は、傷を癒せても腹を満たすことは出来ない。
時間制限がある周回だが、ここはまず体調を整えるべきだ。
「ふー……」
息を吐き出して、俺は五周目と同じ様に北へと向かう。
途中、適当な廃墟に忍び込んで時間を潰したあと、俺はあの廃墟へと足を向けた。
「…………」
廃墟に積もった分厚い埃に残された足跡。
間違いなく〝誰か〟が探索を目的に訪れた証拠だ。
それを見て、俺はスマホで時間を確認する。
「……午前九時三十七分」
呟き、中へ入る。
居間へと進むと、そこには二周目で見た光景と寸分の狂いのない光景が広がっていた。
「……まだ、温かい」
倒れた『妖精』のプレイヤーに触れる。
それは、この死体が作られて間もないことを示している。
床に広がる真っ赤な湖は乾き始めておらず、その仮説が正しいことを証明してくれていた。
「この世界で、安定した食料の入手が出来るのは今の時間の前後、か」
呟いて、俺はそのプレイヤーへと手を合わせる。
それから周囲を見渡して、プレイヤーが落としていたナップサックを拾い上げて、その中身を確認した。
「良かった……。二周目と同じだ」
この世界が繰り返していると分かってはいても、やはり中を確認するまでは緊張するものだ。
俺は、中に入れられていた水のペットボトルを手に取ると、その中身を一息で飲んだ。
「――――あぁ、生き返る」
数日ぶりの水分が身体に沁み渡る。
夢中で水を飲んでいると、あっという間にその中身は半分ほどとなってしまった。
「……まだまだ、飲めそうだけど」
と、俺は手にした空のペットボトルを見て呟く。
身体の渇きはまだ収まらない。
しかし、ようやく手に入れた貴重な水分だ。身体が飢えていたとしても、もう少し計画的に飲むべきだったか?
「――いや」
と、俺はすぐにその考えに首を横に振る。
俺がこの周回を繰り返す限り、ここに来れば水は何度でも飲むことが出来るのだ。
先の見えない今、こうしてこの世界での周回を繰り返す可能性は十分に高い。
今は当初の予定通り、体調を整えるべきだろう。
そう考え直すと、再び腹の虫がその存在を主張した。
俺は、次に缶詰を平らげようとナップサックの中に手を伸ばしたところで、その手が止まる。
「……一度、場所を変えるか」
後先も考えずに水を飲んでしまったが、床に横たわる死者の傍で飲食をするべきではないだろう。
俺は、ナップサックに水のペットボトルを戻してから、もう一度そのプレイヤーの亡骸に手を合わせてから廃墟を出る。
それから少しだけ歩いて廃墟から離れると、フロントガラスから樹木が突き出し全体が苔に塗れた廃車を見つけて、そのボンネットに腰を落ち着かせた。
「……いただきます」
手を合わせて、深く深く頭を下げる。
ナップサックから取り出した乾パンの缶詰を開けて、その一粒を口に運んだ。
「…………」
続けて、もう一つ。
それを飲み込む前に、また一つ。
一つ一つを口に運ぶことも煩わしくなって、缶詰の中身を直接口に流し入れる。
「…………ッ、……! …………ッ!」
もはや味わうことすらも忘れて。
口に流し込んだ乾パンを夢中で咀嚼をしては、水で胃の中へと流し込んでいく。
「――――――っ」
半ば忘れていた空腹と、乾いた身体に満たされていく水分に触発されて。
気が付けば俺は、はらはらと涙を流していた。
「っ……、ッ! …………!!」
生きるために必死で腹を満たす。
他プレイヤーの犠牲の上でしか、この世界で生きることは出来ない今の現状を半ば恨みながら。
俺は、この世界で生き残る活力を蓄える。
「…………ごちそう、様でした」
やがて。
水と食料の大半を平らげた俺は、跡を引く涙を拭ってからゆっくりと頭を下げた。
空のペットボトルをナップサックの中に入れて、軽くなったナップサックを背負いながら、俺はようやく本格的にこの周回でやるべきことを考える。
「他、プレイヤーとの接触をもう少ししてみるか」
俺が、他プレイヤーの運命を変えることは許されていない。
だが会話を行うことは許されている。
その会話が、どこまで許されているのかを知れれば、今後の周回で役立つはずだ。
「そう言えば、この先で二人のプレイヤーが居たな」
二周目で、コボルドキングに追いかけられていたプレイヤーを思い出す。
会話による強制終了の条件を探るのならば、ちょうどいい相手だろう。
「あの二人が死んだのは……昼過ぎだったよな」
今は午前十時前だ。
まだ、あの二人は生存している。
二周目のことを思い返してみると、あの二人が死んだ原因はコボルドキングと遭遇したからだろう。
であれば、その遭遇の前に会話を行うしかない。




