四周目 二日目・夕 リベンジ④
「決着を、付けよう」
俺は小さく呟いた。
怒りに燃える天狗は、俺の言葉に唇を歪めると大口を開けて嗤い出す。
「くく、くハハハハハ!! 決着だト? 今まで散々逃げてイた奴ガ何を!」
「……ああ、もう逃げも隠れもしない。これが、正真正銘のラストアタックだ。この攻防で、テメェは死ぬんだよ」
「…………ほう」
天狗が笑みを引っ込めて、真顔となった。
「儂の目を潰シテ、調子に乗っておるよウだ。いくらか戦エルようだが、それデモなお儂の方が強いト分かってて言ってオルのだろうな?」
「当たり前だろ。ここで、テメェは死ぬんだよ」
「……人間風情ガ。そこまで言ったことヲ、後悔するなよ!」
激昂に駆られるように、天狗が叫んだ。
背中に生える翼を大きくはためかせると、地面スレスレを滑空するように俺に向けて突っ込んでくる。
俺は、眼前に角鹿の剣角を構えると、細く息を吐いた。
「ふっ!」
息を吐いて、天狗に向けて上段から振り下ろす。
だが天狗は身体を大きく捻ってそれを躱すと、カウンターを放つように俺に向けて羽団扇を振るってきた。
「っ!」
下段から上段に振るわれたソレを、俺は横に身体をずらして躱す。
「ォオオオオッ!」
躱してすぐに拳を握り、叫びをあげて俺は拳を天狗へと振るった。
獲得した新たなスキル――【闘争本能】が俺の叫び応じるかのように、STRとAGIを強化する。
拳は天狗の高いDEFを突き破って、深々と天狗の翼に突き刺さった。
「――ガッ!」
黒い羽を散らしながら、天狗が地面に転がる。
俺はすかさずマウントを取るべく天狗の上に覆いかぶさると、剣角を構えて叫ぶ。
「【雷走】、三秒!」
【闘争本能】と【雷走】が合わさり、眼前の天狗の動きが遅く――いや、俺自身がさらに加速するのが分かった。
一瞬にして数合の攻撃。
超速を超えた神速の斬撃が、無数の切り傷を天狗に与える。
「く、がっ!」
赤い筋を身体の至る所に浮かばせながら、天狗が歯を剥きだしに唸る。
「ガァァァアアアアアアアッ!!」
天狗が吼えて、手に持つ羽団扇を大きく振るった。
団扇によって引き起こされた豪風に、俺はマウントの体勢が崩れる。
その隙を狙っていたのか、天狗が俺を押しのけて起き上がると、俺の顔を思いっきり蹴り飛ばした。
「――――ぐっ」
地面を転がり、視界が揺れる。
目を向けると、天狗は飛ぶことを止めて羽団扇を閉じて迎撃の体勢を取っていた。
俺の攻撃が近接主体だと勘づいたのだろう。
天狗は目が見えていない。
だからこそ、気配で居場所を察知し間合いに入った俺を迎撃した方が確実に――それも楽に、攻撃ができると判断したようだ。
俺は、起き上がると剣角を眼前に構えてゆっくりと息を吐く。
「【雷走】、十秒」
呟き、地面を蹴る。
神速となった身体は一瞬で天狗の間合いに入り込む。
「ふっ!」
と息を吐き出し、剣角を振るった。
普通ならば、絶対に避けることさえも叶わない一撃。
だが天狗は、俺の一撃を見切ったかのように身体を逸らして避けると、返す手首で羽団扇を振り払う。
首に目掛けて迫まるそれを、【視覚強化】で捉えた俺はAGIに任せて身体を倒して避ける。
避けてすぐに剣角を突き出したが、天狗は身体を捻って躱す。
斬りつけ、避けられ。
打ち払われて、躱して。
【闘争本能】と【雷走】によって届いた、天狗との――あの無理ゲーとの同じ土俵。
もはや人外でしかない速度の中で、俺たちは互いに有効打を与えられないまま数秒で数十にも及ぶ攻防を繰り返す。
「ぅうぉおおおおおおおおおお!!」
「ガァアアアアアアアアアアアッ!」
咆哮が重なり、俺たちが互いに片手で相手の肩を逃げられないように掴み、反対の手でそれぞれの武器を握り締めた。
「――――っ!」
「――――ッ!」
互いに打ち出した武器が、互いの腹部に突き刺さる。
ダメージを与えたのは互いに同じ。だが、まだ互いに相手を殺せてはいない。
それが分かっているからこそ、俺たちは相手の腹に突き刺した武器を手放すと、拳を握って全力で振り抜く。
――ドッ。
という音が、互いの顔から響いた。
クロスカウンターのように互いの顔を撃ち抜いた俺たちは、その衝撃で激しく地面を転がる。
「――ぁ、くぅっ」
視界が急速に狭まり、明滅する。
それが意識を失う直前だということにすぐに気が付いた。
【痛覚遮断】で痛みはないながらも、確実にダメージは蓄積していく。
俺は、素早くスマホで残りのHPを確認した。
(……残りHP、30。次に致命的なダメージを受ければ、死ぬ)
次の攻撃でこの戦いに決着をつける。
俺は、ゆっくりと息を吐き出して、腰を落として天狗を睨み付ける。
天狗は、地面に這いつくばった体勢からゆっくりと起き上がるところだった。
俺の度重なる攻撃によって、ダメージが蓄積していることは一目瞭然だ。
天狗は起き上がると、肩で息をしながら怒りで身体を震わせた。
「認めよう。貴様ハ強い。儂の全力を出スに値するほどに」
天狗がゆっくりと息を吐く。
それから、腹に突き刺さっていた剣角を引き抜くと血を溢れさせた。
「――人間よ、儂ニこの技を使わセタことを、後悔スルがいい。貴様が泣こうが喚こウガ、これで最後ダ」
そして天狗は、ゆっくりと呼吸を整えるとその言葉を吐き出す。
「【異化転生:天逆毎】」
その言葉が呟かれると同時に、天狗の身体が激しく歪んだ。
肉が潰れ、骨が軋み、その姿が粘土細工のように作り変えられていく。
人の身体を取りながらも顔は獣のように作り変えられ、天狗の特徴である長い鼻はそのままに長い牙と長い耳が生え揃う。山伏の着物は羽衣に変わり、若い男性の姿は女性を模した姿となった。
「――――――」
言葉を失う。
そこに居たのは、紛れもない化け物――いや、次元そのものが違う生き物だった。
ソイツは、俺の姿を見るとただ歪な笑みを浮かべる。
「■■■■■■■■■」
ソイツが、何かを口にする。
だが、その言葉はこの世の言葉とは思えないノイズが混じったような言葉だった。
理解が出来ない。
いや、理解してはいけない。
俺の目の前にいる生物は、そういう類の物だ。
「く、ぅ……」
恐怖で身体が竦む。
息が出来ずに、脈打つ鼓動が大きくなる。
本能が、魂が膝を折り屈しそうになる。
頭の中を埋め尽くす死の恐怖。
【直観】がここから逃げ出せと大きく警鐘を鳴らした。
「ああ。分かってる。あれは、まともに相手をしちゃダメな奴だ」
――でも、だからといって。
この場から逃げ出すのはもう、ごめんだ。
「アイツは、この現実に存在してはいけない奴だ。いや、この世界に存在することさえ許されないやつだ」
――否定しろ。
この恐怖を、この死を。
この、無理ゲーを。
「――――――」
集中力を研ぎ澄ます。
どこまでも深く、深く潜っていく。
≫≫システム:種族同化率が上昇しています。あなたの同化率は現在50%です。
(――――天逆毎か。旧世界の……かつて君たちの世界に存在していた女神だね。天狗の祖先ともいわれる奴だ)
頭の中で、はっきりと声が聞こえた。
(――――今の君の身体なら……。僕なら、勝つことが出来る。そこを代わるんだ)
黙ってろ。これは、俺の戦いだ。テメェはすっこんでろ。
(――――君じゃあの存在を否定することは出来ない)
だからといって、今さらテメェに操作を渡すわけにはいかない。
このクソゲー攻略は俺が成すべきことだ。成さねばならないことだ。
(――――君が戦えば、良くて相打ちだよ)
「……それでも、これは俺の戦いだ。テメェの出番はここじゃねぇんだよ!!」
声を張り上げ、頭の中の声を打ち消す。
俺の身体の操作権を――そのコントローラーを奪おうとする『人間』を退けて、俺は天逆毎と呼ばれた女神を見やる。
「ふー…………」
息を吐き出して、腰を落とす。
両手の五指をピンと張り伸ばして、五本貫手の形を取る。
「…………」
頭の中で、『人間』の動きを思い出す。
アイツは言った。
今の俺の身体ならば、『人間』が操作すればあの女神に勝てると。
それはつまり、基礎は十分にあるということ。
だったら、アイツに出来て俺に出来ない道理はない。
(……思い出せ。『人間』の動きを。〝否定〟の命題を背負うのはアイツだけじゃない。アイツの動きを完全に再現出来れば――。あの女神に、勝つことが出来る。大丈夫だ、確実にダメージを与えている。確実な一撃を与えれば、俺は勝てる!)
「【雷走】、【瞬間筋力増大】」
呟き、眼前の化け物を睨んだ。
「――――っ!!」
一気に、俺は地面を蹴って駆ける。
俺の動きに反応したソイツは、大きく腕を振りかぶった。
【視覚強化】がその動きを捉え、【集中強化】がすぐさま処理する。
滾った心が【闘争本能】の効果を引き上げて、【雷走】と【瞬間筋力増大】が俺の速度を後押しした。
神速となって地面を駆けて、俺はソイツの懐に飛び込む。
【直観】の予知が、このままでは攻撃を受けることを知らせてくる。
――だが、それでも。
この一撃を与えることが出来なければ、俺の明日はやってこない。
永遠に、このルナティックモードが適用されるボス戦に捉えられる。
明日を掴むのならば、手を伸ばせ。
この一撃に全てを乗せて――全身全霊で貫き穿て!!
「ぉおおおおおおおおおおおおおおおおおッッ!!」
目にも止まらぬ神速の一撃。
貫手はソイツの額に吸い込まれて、その頭蓋を破壊する。
頭蓋を破壊した貫手はそれでも止まらず、ソイツの脳漿を完全に潰した。
「――――っ」
だが、それだけではソイツは止まらない。
振りかぶった手は俺の腹に突き刺さり、右脇腹を大きく抉り飛ばした。
鮮血が飛び散り、内臓が飛び出る。
視界が真っ暗になる寸前で俺は歯を食いしばり、気合で薄れる意識を踏み止ませると、今度は左手の貫手を全力で突き出す。
「ぁああああああああああああ!!」
左の貫手は、ソイツの心臓に直撃した。
皮膚を破り、筋肉を破壊し、胸骨を砕きながらも到達した貫手は心臓を貫通して、ソイツの背中から俺の左腕を生やす。
天逆毎は、ニヤリとした笑みを浮かべて俺の頭蓋を掴み砕こうとするかのように、その腕を持ち上げた。
――だが、その腕を持ち上げる体力は残されていなかった。
天逆毎の身体がビクリ、と大きく痙攣する。
俺を見つめるその瞳の光が次第に薄くなって、ぐったりと力が抜けた腕がだらりと垂れ下がった。
同時に、その身体がゆっくりと色を失っていく。
空気に溶けるように、崩れ始めるその身体から俺は両腕を引き抜くと、その場に崩れ落ちるように倒れた。
「……ぁ、ぐ、のこ、り……HPは」
震える手でスマホを取り出し、確認する。
「のこ、り……HP、2……」
瀕死もいいところだ。
【闘争本能】による身体能力向上がなければ、先程の一撃で確実に死んでいただろう。
「……でも、俺は……生きてる」
生きて、まだこの世界に存在している。
その事実に、実感に、俺は小さな笑みを浮かべた。
「……く、ぁ」
呻き、ゆっくりと起き上がる。
このまま地面に横たわっていたかったけれど、そう言っていられない。
天狗によって火がつけられた山は、轟々と燃え盛りながらその炎の威力を増している。
このまま悠長にしていれば、この場所も炎に焼かれることになるだろう。
「はやく、下山……しないと」
言いながら、俺は地面を這いながらケーブルカーの降車場へと――その残された線路跡へと向かう。
抉り取られた右の脇腹から、引きちぎられた内臓が顔を出してぼたぼたと大量の血が流れ出た。
【天恵】が癒し続けているが、もはや焼け石に水だ。
流れ出る血は俺の体温を奪い始め、指先から少しずつ冷たくなっていく。
「はぁ、はぁ、はぁ、くっ――――かはっ!」
血を吐き出しながら、俺はゆっくり、ゆっくりと下山していく。
炎はもうすぐそこまで迫っている。
舞い散る火の粉が視界に入って、じりじりとした熱気で肌が焼かれ始めた。
「死ねない。まだ、死ねない!」
言いながら、身体に鞭を打つ。
ここで死ねば、このクエストを終えた事実もなくなる。
強化周回を使うのは死の間際でいい。
生き残る可能性が少しでもあるのならば、今はただ前に進むんだ!
「はぁ、はぁ、はぁ…………。っ!」
その、瞬間。
ぐらり、と足元が大きく崩れた。
【天恵】が働いているとはいえ、死に体の身体だ。
大きく足がふらついた拍子に、山の斜面から大きく足を踏み外したのだ。
「ぁ――――」
必死で、手を伸ばす。
この世界に縋りつこうと、無我夢中で手を伸ばす。
――だが俺の手は何も掴むことが出来ず。ただ虚しく空を切って。
俺は重力に引き摺られらようにしてゴロゴロと転がり落ちた。
「く、そ……」
小さな呟きが漏らした。
それ以上の言葉を吐き出すことは出来なかった。
その言葉を最後に。
山から滑落した俺は、そのまま意識を失った。




