四周目 二日目・夕 リベンジ②
「【雷走】、五秒!」
「【天狗礫】」
超速で駆け出す俺に向けて、天狗が閉じた羽団扇を振るった。
その瞬間、空から唐突に大小様々な石が雨のように激しく降り出した。
降り出す石礫は、天狗の周囲を除く山頂の広場全てに降り注いで、激しく地面を叩き俺の身体を打ち据える。
俺は石礫の雨に視線を鋭くすると、頭に当たる石礫のみに意識を集中し、駆けながらも両手に持っていた肉斬り包丁を振り回し、身に当たる石礫を全力で弾きに掛かる。
「――っ!」
だが、AGIを強化した超速の身体とは言っても、降り注ぐ石礫は雨のように無数だ。
一つ、二つと徐々に頭に当たる石礫に額の皮膚が切れて、血が流れて目に掛かる。
それでもなお、走る速度を止めずに天狗の元へと辿り着いた俺は、両手に構えた肉斬り包丁を持つ手に力を込めた。
「ぅううおおおおッ! 【瞬間筋力増大】!!」
両肩の筋肉がパンパンに膨らみ、両腕にいくつもの筋と血管が浮かぶ。
人間を超えたSTRと、その限界を超えた筋肉によって振るわれた肉斬り包丁が、空を切り裂く鋭い音が周囲に響いた。
右手で振るった包丁は今度こそ天狗の首筋を捉え、【一閃】の効果が発動してその威力をさらに向上させる。
刃は天狗の硬い皮膚を突き破り、筋肉を断ち裂いて血管を破った。
――だが、その刃先は首を切断するには至らない。
三分の一ほど切り裂いて、激しい出血を与えながらも包丁は完全にその威力を止めた。
「グァアアアッ!!」
天狗の悲鳴が響くが、俺は【瞬間筋力増大】と【一閃】という、俺の持ちうる中でも最高の攻撃方法を用いてもなお、天狗の首を断ち切ることが出来なかったその事実に、激しく動揺していた。
「――くっ!」
すぐさま気を取り直して、俺は左の包丁を振るう。
左手も同じ様に天狗の首を捉えたが、【一閃】の発動しない太刀筋は先程よりも弱い。
皮膚を切り裂いたが首の筋肉を断ち切るには至らず。
血を滲ませただけのその結果に、俺はまた目を剥いた。
「――だったら!」
右手に持つ包丁を手放す。
そして四本貫手の形を取ると、
「しっ!」
と息を吐きながら、その喉元に目掛けて貫手を突き出した。
だが、その貫手は天狗の喉元に突き刺さる直前で止まる。
天狗が突き出した俺の右手を掴んだのだ。
「調子に、乗ルなよ!」
天狗は俺の手を持ち上げると、俺の身体ごと石礫の雨の中に叩きつける。
それから羽団扇を広げると、大きく扇いだ。
豪風が発生し、石礫の雨を巻き込んだ突風が吹きつける。
石礫を含んだ突風は俺の身体を打ちのめし、DEFを破って身体の肉を激しく叩く。
「ぐ、くぅ……」
【瞬間筋力増大】を解除しながら、筋肉の断ち切れた両腕を必死に持ち上げて頭を庇う。
【痛覚遮断】の影響で痛みはない。
だが、それでも。断ち切れた筋肉を動かす身体の鈍さが、HPが減っていることを知らせてくれている。
必死に石礫の豪風から身を守っていると、頭上から影が落ちた。
――ぞわり。
背中に悪寒が走り、本能が今まで以上の警鐘を鳴らした。
【直観】が激しく働いて、その場から逃げ出せと叫び出す。
「――――ッ!!」
脊髄反射で地面を蹴って、転がった。
その瞬間。
地面を叩く轟音が響き、地面を覆っていた石礫が粉々に砕かれ周囲に散らばった。
「ちょこマかと!」
苛立ちの声が響く。
その声と、今の衝撃で。この轟音の正体が天狗の攻撃なのだとすぐに分かった。
「う、ぁあああああッ!」
地面を転がりながらも拾い上げた石を、全力で投げつける。
だがその投石は、断ち切れた筋肉では速度が出ない。
ひょろひょろと飛んできた投石を、天狗は鼻で笑いながら意にも介さず俺に向き直ると、またその羽団扇を広げて構えた。
「【天狗火】」
言いながら、天狗が団扇を振るう。
するとその団扇の軌跡に合わせて炎が唐突に出現し、豪風に吹かれて舞い上がった。
炎は豪風を吸い込むように燃え盛りながら大きくなると、次第に蛇のような形を創り出し、俺に向けて襲い掛かってきた。
「今度は火かよ!!」
言いながら、必死でその場から駆け出す。
炎の蛇は地面を這いながら俺を追いかけてきて、その移動した地面に激しい炎を残していた。
天狗の元へ駆け出そうとすれば、炎の蛇がその身を壁にするように立ちふさがる。
すぐに軌道を変えて駆け出すも、その炎の蛇は俺を逃さない。
ふと気が付けば、いつの間にか俺の周囲は炎に囲まれていた。
だが、それでもなお炎の蛇は俺を追いかけることを止めない。
――時間を掛ければ掛けるほど、逃げ場がなくなるッ!
そう、判断した俺はすぐさま逃げることを止める。
「すぅー…………、ッ!」
大きく息を吸って、覚悟を決めた。
「【雷走】!」
叫びながら、俺は天狗に向けて地面を蹴る。
駆け出した俺に反応した炎の蛇が、俺をすぐさま捉えようと眼前に立ちふさがった。
けれど、俺はそれでも走る速度を緩めない。
炎の蛇が俺を飲み込もうとその口を大きく開いた。
ちろちろと飛び出す舌代わりの炎が俺を挑発する。
近づくほどに高まる熱量に、息が詰まる。
これ以上進めば危険だと、本能が警告してくる。
だが、それでも。
俺の【直観】は、これを越えなければ未来は無いと言っているのだ。
だったら、俺の取るべき行動は一つしかない。
「ぅぅぅうううあああああああああああッ!!」
腹の底から気合いの掛け声を出しながら、俺はその炎の中に飛び込んだ。
「ぁぁぁぁああぁぁぁあぁぁあああああッッ!!」
熱い。
熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い!!
皮膚が焼ける。
喉が焼ける。
肺も、胃も、目も耳も、何もかもが焼ける。
だがそれでも俺は地面を駆けることを止めず。
永遠に続くかと思われた炎の蛇の身体を突き抜けて、身体を炎に焼かれながらも天狗の前に飛び出した。
「なッ!?」
天狗が驚愕に目を見開いた。
俺はその天狗の顔に目掛けて、親指を突き出すように拳を握ると全力で振り抜く。
「ぅぉおおおおおおおッッ!!」
親指は天狗の右眼球に突き刺さった。
【急所突き】が発動して、その威力を高めた攻撃は確実に天狗の目を潰す。
「グァアアアアアアアアアアアアッ!!」
天狗の絶叫が山頂に響き渡った。
その瞬間、降り続いていた石礫の雨も豪風も、燃え盛っていた炎も消える。
≫≫システム:種族同化率が上昇しています。あなたの同化率は現在45%です。
アナウンスが鳴り響いたのが聞こえた。
俺はすぐさま天狗の眼球から右親指を引き抜くと、今度は左の眼球を目掛けて親指を突き出す。
再び発動した【急所突き】が、右目と同様にその眼球を潰した。
天狗の絶叫が再び轟き、俺は左目から親指を引き抜くとすぐさま地面を激しく転がった。
「――――――ッ」
何度も、何度も地面を転がる。
そうしてようやく、身体に残っていた炎を消した俺は、よろよろと立ち上がるとその場から離れて体勢を整えるべく山中の藪の中へと向かった。
「はぁ、はぁ、はぁ…………っ、はぁ、はぁ、はぁ……………」
藪を掻き分けて、身体を落ち着ける場所を探す。
ようやく見つけた大木の洞の中に身体を滑り込ませると、ゆっくりと息を吐いた。
「フー……、っ! ごほっ、ごほっ!!」
深呼吸をすると、焼けた肺が呼吸に耐えきれず、激しく咽込んだ。
皮膚が炭化した腕をゆっくりと動かし、ポケットからスマホを取り出す。
ステータス画面を表示させて、その画面を確認した。
ユウマ Lv:41 SP:0
HP:11/204
MP:51/87
STR:145(+15)
DEF:88(+9)
DEX:95(+10)
AGI:140(+14)
INT:79(+8)
VIT:85(+9)
LUK:124(+12)
所持スキル:未知の開拓者 曙光 星辰の英雄 種の創造主 天恵 夜目 地図 気配感知 直観 雷走 闘争本能 集中強化 瞬間筋力増大 視覚強化 聴覚強化 空間識強化 痛覚遮断 刀剣術 / 一閃 格闘術 / 急所突き
特殊:強化周回
種族同化率:45%
文字通りの死にかけ。
【痛覚遮断】で痛みを取り除いているから動けてはいるが、このスキルがなければもはや動けていなかったのかもしれない。
だがそれでも。
俺は、あの天狗に確実なダメージを与えている。
二周目の時には手も足も出なかったあの存在と、何とか渡り合っている。
その事実に俺は口元を綻ばせる。
「……のご、り……の、どうかりづは……5%、か」
吐き出した言葉は舌が回っていなかった。
発動し続ける【天恵】がゆっくりと身体を癒す。
炭化した皮膚の下から新たな皮膚が組成され始めて、ぽろぽろと炭が落ちていく。
「ぜん、がいふくまで……16、分か」
それまで、ここで身を隠そう。
そう思っていると、背筋を震わせるような怒号が山中に響き渡った。
「どコニ行きやがっタ人間風情がァアアアァアァアアアアアアアアッッ!!」
同時に、大木をなぎ倒すような激しい音が響き渡る。
――天狗だ。
両目を潰された影響で、俺がどこに居るのか分からないらしい。
怒りと憎悪に憑りつかれたような絶叫を迸らせながら、天狗は手あたり次第に周囲を破壊している。
まだ、ここに来るまで時間はあるだろうが、そう長くはもたないだろう。
今のHPで、相手をすることは出来ない。
見つかれば、今の俺では成す術もないまま殺されてしまう。
「ど、う……する。どうす……れば……」
言いながら、考える。
今の俺に出来ることを。
今の俺に出来る最善を。
このクソゲーを否定する方法を。
手持ちの手札を――獲得したスキルを改めて確認する。
そして、俺はその存在に気が付いた。
「――あ、だらしい…………スキル」
慌てて、そのスキルをタップする。
いつの間に取得したのだろうか。
天狗と戦う前は無かったものだから、きっと天狗との戦闘の最中に取得したものだ。
≫【闘争本能】
≫どのような状況下でも戦い抜く狂人のような戦闘意識が昇華され一つの形となった。
≫スキル所有者は戦闘による興奮が高まるのに応じて、身体能力向上の効果を得る。
「こう、ふん……」
呟き、そのスキル効果に対して考える。
戦闘の最中、その戦闘によって気分が高揚すればするほど身体能力が向上していく。
表示されるスキル効果にデメリットは存在していない。
〈幻想の否定〉という、モンスターに対して潜在意識レベルで戦闘の意欲を持つ俺にとって、相性のいいスキルだ。
「……い、や……。だがら、ごそ……。取得、したのか」
スキル取得の条件。
どのような状況下でも戦い抜く狂人、と書かれたその文言。
それは、まさしく俺そのものだ。
「これ、さえ……あれば!」
あの天狗を――かつての無理ゲーを、覆せるかもしれない。
そう、思ったその時だった。
「――――そこに、居たのか」
背筋が凍るほどの冷たい声が、周囲に響いた。




