四周目 二日目・夕 リベンジ①
≫≫ストーリークエスト:山岳の修験者 の開始条件を確認しました。
≫≫ストーリークエスト:山岳の修験者 を開始します。
≫≫ストーリークエストの完了条件は、天狗との接敵から24時間生き残ること、または天狗を討伐することです。
スマホから聞こえてきたそのアナウンスを耳にしながら、二度目の高尾山の登山を終えた俺は、頂上に居座るソイツの姿をジッと草葉の陰から見つめていた。
二周目で見たあの時と変わらない姿。
ソイツは、相変わらず足をぶらぶらとさせながら、大木の太い枝に腰かけ景色を眺めている。
無理ゲーを予感させる、あの強大な威圧感はまだない。
あの気配が解放される寸前、アイツは【隠蔽】というスキルを解除していた。
そのスキルの内容は分からないが、アイツのあの様子から推測するに、【隠蔽】のスキル効果は本来のステータスを隠し、偽るスキルなのだろう。
【隠蔽】を解除すれば、隠していたそのステータスによって相手を威圧することが出来るのだろうが、残念ながら俺は二度目だ。
アイツの強さは重々理解している。
俺はゆっくりと息を吐いて、最後の確認を行った。
腰のベルトに括りつけた二本の肉斬り包丁。
あの街のオークを『人間』が殲滅させたがゆえに、隣町へと足を踏み入れ、ようやく見つけたオークから奪った代物だ。元の持ち主であるオークは両足の骨を砕き、腕を斬り落としてから失血死しないよう断面を蔦でしっかりと縛ってから廃墟の中に放置してきた。入口を瓦礫で塞いだので、他プレイヤーがあのオークたちを殺すことはないだろう。
「MPもHPも全回復済み。同化率は43%と上昇してしまったが……。それでも、まだ戦えないほどじゃない」
呟き、ゆっくりと深呼吸をする。
思考を埋め尽くすボスとの戦闘欲求を抑えながら、どう動くかを考える。
「……前回はそのまま飛び出して、返り討ちにあった。あの羽団扇が、天狗専用の武器だ。扇ぐだけで立っていられないほどの突風を引き起こす……。きっと、あの武器は風を引き起こすだけじゃないはず。……だったらまずは、アイツに気が付かれることなく、出来る限り近づいて奇襲を掛けるか」
呟きながら、方向性を決めた。
それから俺はすぐに、音を出すことがないよう慎重に移動を開始する。
息を潜めて草葉の陰から陰へ、樹木の陰から陰に移動し、俺のAGIですぐさま駆け寄れることが出来る位置に着く。
「ふー……」
息を吐いて、止めた。
目を閉じて、ざわつく心を落ち着かせる。
――そして、心が凪のように鎮まったその時。
俺は目を見開き、腰の肉斬り包丁を一本手に取ると一気に天狗の元へ駆け出した。
「【雷走】、三秒!」
叫びながら加速する。
天狗が飛び出してきた俺に気が付き、振り向くよりも速く――。
俺は、天狗の足元に辿り着きその首を目掛けて地面を蹴っていた。
「…………っ!!」
右腕を大きく引いて、俺は勢いよく包丁を振るう。
【雷走】によって上昇したAGIが俺の腕の振りをさらに速くし、超速となったその腕の振りは真っすぐに天狗の首へと吸い込まれた。
「――――ッ!?」
だが、その包丁は空を切った。
奇襲に成功したと思われたその攻撃を、天狗が上体を逸らして避けたのだ。
「くっ」
その事実に歯噛みをしながらも、俺はすぐさま次の行動に移るべく空中で身体を捻った。
「ふっ!」
息を吐き出しながら右足で天狗のこめかみを蹴り穿つ。
しかし、その蹴りも外れた。
最初の一撃で俺の存在を認識した天狗が、素早く枝から飛び降りたからだ。
「――人間か」
俺を見据えながら、天狗が言った。
それからすぐに、天狗がその手に持つ羽団扇を扇ぐ。
その瞬間、やはりと言うべきか豪風が吹き荒れた。
未だ空中に残り重力に引っ張られていた俺は、その豪風に成す術もなく吹き飛ばされて地面を転がる。
「っ!」
地面を転がりながらも体勢を整えて、素早く膝を付いて身体を起こす。
口の中にじんわりと鉄の味が広がった。
どうやら吹き飛ばされた拍子に口の中を切ったようだ。
「ぷっ!」
血を吐いて、姿勢を落としてクラウチングスタートの体勢をとる。
「ふー……」
息を吐いて、全身に力を込める。
ビキビキと筋肉が膨張して、静かにその勢いを全身に押し留める。
腕や足に筋を浮かべて、吹き荒れる豪風を切り裂く用意を整えた俺は、視線を鋭くして前を見据えた。
「ふッ」
一息で力を解き放つ。
地面を蹴り出した身体は弾丸のように豪風を突っ切って、その中で悠々と立つ天狗に向けて素早く近づく。
「おらァ!!」
掛け声と共に、その右腕を振るった。
肉斬り包丁の軌跡は風を切り裂き天狗へと迫る。
だが、天狗はその刃を見切ると上体を逸らして完全に避けた。
「少シは戦えるようダ」
そう言いながら、カウンターを放つように天狗が蹴りを叩きこんでくる。
俺はその蹴りを捻って躱し、すぐに反撃するため左拳を繰り出す。
しかし、その拳は天狗の腕に阻まれた。
ガンッという硬い音が周囲に響き、手ごたえのないその威力に唇を噛む。
「それじゃあ、これならどうだ!」
言って、俺は右手に持つ肉斬り包丁を手放すと素早く親指を折り曲げ、四本貫手の形を取った。
「フッ!」
と息を吐いて、最小限の動きで腕を突き出す。
貫手は真っすぐに天狗の胸に吸い込まれて、【急所突き】が発動してその皮膚を突き破った。
「ぐっ!」
天狗が苦痛の声を漏らす。
山伏の着物が真っ赤な血で染まりダメージを与えたことを知らせていたが、俺はそれに反して唇を固く噛んでいた。
【急所突き】は確かに天狗のDEFを破り、ダメージを与えた。
だが、その貫手は心臓を潰すには至っていなかった。
その原因はきっと、俺のSTR不足だろう。
前回の戦いからSTRがかなり上昇したとはいえ、未だにそのDEFを満足に破ることが出来ていない。
それだけの圧倒的な実力差が、俺たちの間に存在している。
「だから、それがどうしたっていうんだよ!!」
この戦いが死闘になることは、事前に分かっていたことだ。
相手が強大であることも十分知っていたことだ。
俺の攻撃は確かに小さなダメージだろう。
けど、それでも確かなダメージなのだ。
まったく効いていないわけじゃない。
一発で倒れなければ十発。
十発で倒れなければ百発。
百発で倒れなければ千発。
小さなダメージを与え続けて、コイツを打ち砕く。
「ぉおおおッ!!」
叫び、俺は貫手を引いて上体を倒して蹴りを放つ。
爪先を立てるようにして、【急所突き】が発動するようにする。
豪速で振り抜かれた右足は天狗のこめかみを捉えた。
狙い通り【急所突き】が発動して、天狗の顔が大きく歪む。
ミシリと天狗の頭蓋から音が響いて、天狗は地面に転がった。
俺はすかさず地面に落とした肉斬り包丁を拾い、追撃を行おうと天狗へと視線を向けたその時だ。
「【変化:飛天の翼】」
呟かれた天狗の言葉に反応するように、天狗の背中が大きく盛り上がると、真っ黒な翼が出現した。
夜闇を思わせるような漆黒の翼だ。
それが、鴉の翼であることは見てすぐに分かった。
天狗は背中に生えた鴉の翼を大きく羽ばたかせると、空中に飛んで俺の攻撃を躱した。
そして、俺に蹴り穿たれ血の流れたこめかみに触れるように顔を手で覆うと、小さな言葉を吐き出す。
「まさか。……まさか、この儂ガ、人間如キに血を流スとは思わなかっタ。許さぬ……。許さぬぞ、貴様ァ!」
激昂するように叫び声を上げて、天狗が俺を睨む。
手に持つ羽団扇を閉じて、天狗がゆっくりとその口を開いた。
「【隠蔽】、解除」
――瞬間。
天狗のその身体から、あの威圧感が。
生物としての格の違いを示すあの恐怖が、高尾山を覆うように一気に広がった。
「――――――」
心を覆い尽くす絶望が広がる。
魂が、本能が警鐘をガンガンに鳴り響かせる。
粟立つ肌と全身の毛が逆立ち、恐怖に身が竦む。
「ぁ――、くっ!」
俺はその恐怖を押し殺すように、固く、固く唇を噛みしめた。
血が滲み、口の中いっぱいに鉄の味が広がるが、それでもなお噛み続ける。
この恐怖が消えるまで。
心を覆う絶望を噛み砕くまで。
俺は、必死に震える身体を叱咤して天狗に立ち向かう。
「ふー……」
意識して息を吐く。
急速に乾く喉を潤すように、口の中に溜まった血を飲み込む。
「ここからだ」
ここからが、本当のボス戦だ。
二周目よりも上昇したレベルとステータス。
獲得した新たな力。
それらで天狗にダメージを与えることが出来るのは分かった。
二周目よりも、はるかに戦うことが出来るようになっているのは確かだ。
けれど、それなのに。
天狗が二周目よりも強化されているような気がするのは、どうしてだろうか。
「――――俺のレベルが上昇したから、か」
その理由に、俺はすぐに気が付く。
プレイヤーレベルに応じた、ボスのステータス補正。
俺のレベルが上昇すれば、それに応じてボスが強化されるクソ仕様のせいだ。
「ふぅぅうぅうううう……………」
ゆっくりと、ゆっくりと息を吐く。
腰に括った残りの肉斬り包丁を引き抜き、俺は両手に包丁を構えて腰を落とした。
「ここで、アイツとの決着はつける」
俺が強くなればなるほど、ボスも合わせて強化されるのであれば、どのタイミングで挑んでも結局は同じ恐怖と絶望が待ち受けているのだ。
――だったら。
今、ここでアイツを殺す。
それがどんな絶望で、この戦闘が無謀なものだろうが。
二周目で得た経験を糧に、俺はアイツの存在を全身全霊で否定する。
「【集中強化】」
呟き、世界を変える。
時間を引き延ばして、感覚をどこまでも引き延ばす。
「――【視覚強化】、【聴覚強化】、【空間識強化】、【痛覚遮断】、【直観】」
持ちうる戦闘で使えるスキル全てを改めてフルオープンにする。
文字通りの全力。
俺というプレイヤーが持ちうる全ての力。
宙に浮かぶ天狗を見据えて、俺は深く腰を落とした。
俺たちは互いに、目の前の相手を殺すべく睨み合う。
そして、俺たちは同時に口を開いた――。




