四周目 二日目・早朝 二度目のボス準備
強制的に、二度もレベリングに利用された『人間』は不機嫌だった。
『人間』は、憮然とした表情でただひたすらモンスターを狩り続けている。
コントローラーを渡した今、俺に出来ることは何もない。
この空間で意識を取り戻した俺は、ただ黙って『人間』が俺の身体を操作する様子を眺めていた。
「…………」
(…………)
ただ、俺たちの間に会話はなく。
『人間』が動かすコントローラーの音だけが俺たちの溝を埋めている。
俺は、そんな中でも『人間』が動かす俺の身体の動きを見つめ、研究していた。
〈救世と幻想の否定〉そのものであるコイツの動きは、モンスターを狩ることだけに特化していて一切の無駄がない。
自分の身体のはずなのに、コイツが俺の身体を動かすと別人のようになるのだ。
俺が貫手の存在を知ったのも、コイツが俺の身体を動かす際にそうしていたから知ったこと。
最大効率を求めた周回に身を投じると決めた以上、癪に障るがコイツからも学ぶべきところは学ぼうと決めた俺は、前回からこうしてコイツの動きを目に焼き付けている。
(…………)
人間がコントローラーのボタンを激しく叩いて、眼前に迫るオークから横に転がるようにして回避する。
そのままボタンを押して起き上がると、オークの手首に向けて右手の手刀を叩き落とした。
オークはその衝撃で肉斬り包丁を落とし、『人間』へと――俺へと怒りに狂う目を向けた。
だが『人間』は素早くボタンを押して俺を操作すると、左の親指を突き立ててオークの眼球へとその指を突き立てた。
その画面の音はないはずなのに、オークの絶叫が聞こえてくるかのように、画面の中のオークが激しく身を捩る。
人間はそのオークの首を持つと、身体を捻るようにしてその首をぐるりと回した。
首が一回転して、オークの目から光が途絶える。
すかさず『人間』はコントローラーを操作して、次なるモンスターへと俺を飛び掛からせる。
『人間』が操作をするたびに、廃墟の街にモンスターの絶叫と真っ赤な血が迸る。
画面の中の俺はモンスターの返り血を浴びて、真っ赤に染まりながらもなお、モンスターを狩り続けていた。
(……まるで、修羅だな)
と俺は思う。
その意識に、ここに来てようやく『人間』が口を開いた。
「それが君だよ」
『人間』の言葉は少なかった。
だが、それでも俺は『人間』が何を言いたいのかすぐに分かった。
早い話が、コイツは皮肉っているのだ。
どこまでも効率を求め、このクソゲーを終わらせる決意を固めた俺の存在が、俺が修羅と呼ぶこの画面の中の俺なのだと。
俺は、その言葉に対して鼻から大きく息を吐き出すと、話題を変える。
(それで、いつになったらコントローラーを返してくれるんだ?)
「近くに強敵らしい強敵もいないし、唯一強いのがこの街を縄張りにしていたオークだからね。この街のオークを殲滅したら、コントローラーを返そうかな」
そう言いながら、『人間』がボタンを叩く。
ボタンに合わせて動いた俺が、素早く動いて迫るオークの頭を蹴り飛ばした。
ただ、その蹴りもこれまでのように足の甲で蹴り飛ばすものではなく、爪先で穿つような蹴りだ。
頭という急所に対して、足の爪先で穿ち突き刺すその蹴りは【急所突き】が発生して、オークの頭蓋を砕き貫通して、その脳漿を潰す威力へとなっていた。
俺はそれを見て、
(……なるほど)
と思いながら、また新たな技を吸収する。
一周目では記憶の中にある武技を『模倣』していたが、この周回で『模倣』するのはコイツの、俺の動きだ。
今さらながらに、俺の動きは無駄が多い。
コイツは俺の身体を無茶苦茶にしてくれるが、その動きはどこまでも無駄がなく洗練されたモンスター殺しの技術を見せてくれる。
コイツから何かを学ぶこと自体がそもそも反吐が出ることなのだが、それでも背に腹は代えられない。
それからまた、俺たちの間で会話が途切れる。
すると、今度は『人間』の方から口を開いてきた。
「……聞かないのかい?」
(……何をだ)
「前に、言ったでしょ。僕は、君の忘れた全てを覚えているって。僕ならば、君が忘れた出来事を話すことが出来る」
(……聞いたら教えてくれるのか?)
「まさか」
そう言って、『人間』は小さく肩をすくめた。
「僕が君に、君が忘れた出来事を教えるメリットは一つもない。教える義理もない。あまりに君が聞いてこないから、気になって聞いてみただけさ」
コイツと顔を見合わせるのも、俺が覚えている限りで四回目。
そうでなくても、コイツは時々俺の思考に誘惑の言葉を吐いてくる。
これだけの付き合いがあれば、なんとなくでもコイツの性格が掴めてくるというものだ。
良くも悪くも、コイツは――いや、この種族という疑似人格は、与えられた命題に縛られ命題に生きている。
こいつらにとってのメリットは命題が活かせるのかどうかであり、それ以外は自分には関係のないこととして切り捨てる。
俺がどれだけ嫌悪しようが、コイツの存在を疎ましく思おうが、コイツら種族にとっては俺たちプレイヤーの感情はどうでもいいことなのだ。
(ああ、そうだと思って聞かなかったんだよ)
そう思って、俺は小さく息を吐く。
俺の返事を聞いて、『人間』は薄い笑みを浮かべた。
だが、それ以上の言葉はない。
ただひたすらに、自らの身体をボロボロにしながらもモンスターを狩り続けていく画面の中の俺を、俺たちは揃って眺めていた。
「……これでこの街に蔓延るオークは最後だ」
そう言って、『人間』が画面の中のオークに向けて拳を乱打し、その身体を肉塊へと変えた。
「ふぅ……。そろそろレベリングにも飽きたし、コントローラーを返すよ」
呟き、『人間』は俺へとコントローラーを渡してくる。
俺がそのコントローラーを受け取った瞬間、スクリーンの画面が明滅をし始めて、ゆっくりと頭上のスポットライトが暗くなっていく。
「どうせならボスの相手をしたかったけど、僕はボスの存在を消し去れればそれでいい。君がボスを確実に消し去ってくれるのなら、それで構わない」
黄昏時のように。
もはや影だけの姿になった『人間』が俺に向けて言った。
「目を覚ませば、クエストを受け取るはずだ。……君の〝否定〟の力がどれほどなのか、楽しみにしているよ」
その言葉に、俺は言い返すことが出来ないまま。
俺は自らの身体の操作権を取り戻して――。
俺はゆっくりと、瞼を持ち上げた。
「……勝手に楽しんでろ」
もう届くことはない『人間』への呟きを漏らしながらも、俺は自分の身体の状態を確認する。
あちらこちらボロボロなのは、もはや分かり切っていたことなので気にしない。
問題は今後の活動に支障が出るほど壊れていないかだ。
「……大丈夫だな」
言って、空を見上げた。
意識を取り戻す直前で『人間』が言っていたように、東の空が白くなり始めている。
もう間もなく夜が明けるだろう。
だが、それまで若干の時間がある。
俺は夜明けを待つまでの間、スマホを取り出してステータス画面を確認しておくことにした。
ユウマ Lv:41 SP:31
HP:45/196
MP:6/84
STR:133(+13)
DEF:88(+9)
DEX:93(+9)
AGI:128(+13)
INT:77(+8)
VIT:82(+8)
LUK:124(+12)
所持スキル:未知の開拓者 曙光 星辰の英雄 種の創造主 天恵 夜目 地図 気配感知 直観 雷走 集中強化 瞬間筋力増大 視覚強化 聴覚強化 空間識強化 痛覚遮断 刀剣術 / 一閃 格闘術 / 急所突き
特殊:強化周回
種族同化率:40%
最後に見た時よりも、レベルの上昇は一つ。
レベルの上がり幅が苦しくなってきたのは、適正レベル制限に引っかかり始めたからだろう。
新たに獲得したスキルはない。
同化率も40%と依然として高いままだが、こればかりはボスの討伐を果たすまで仕方がない。
獲得したSPをどれに振るべきか悩む。
悩みながらも、ゆっくりと指を動かしSPを振り終える。
ユウマ Lv:41 SP:0
HP:53/204
MP:9/87
STR:145(+15)
DEF:88(+9)
DEX:95(+10)
AGI:140(+14)
INT:79(+8)
VIT:85(+9)
LUK:124(+12)
所持スキル:未知の開拓者 曙光 星辰の英雄 種の創造主 天恵 夜目 地図 気配感知 直観 雷走 集中強化 瞬間筋力増大 視覚強化 聴覚強化 空間識強化 痛覚遮断 刀剣術 / 一閃 格闘術 / 急所突き
特殊:強化周回
種族同化率:40%
DEFとLUK以外の全ての項目にSPを振った。
俺はゆっくりと息を吐いて、その瞬間を待つ。
やがて、空に昇り始めた夜明けの光が廃墟の街を照らし出した。
白い光は壊れたビルや家屋を照らして、長い影をこの世界に落としていく。
廃墟ビルの割れた窓の間から差し込む朝日が、斑な光をヒビ割れたアスファルトに模様として付け加えた。
地面に散らばった煤けたガラスが鈍く光を反射する。
ざわざわと風に吹かれて揺れる道路の雑草が、待ちわびた朝日に向けて大きく背伸びをしているかのようだった。
≫≫ストーリークエストを受信します。
≫≫ストーリークエスト:山岳の修験者 を受諾しました。
≫≫…………ストーリークエスト:山岳の修験者の開始条件を満たしていません。
≫≫ストーリークエストは高尾山に到着することで開始されます。
ポケットのスマホが鳴った。
その内容に、俺は固く拳を握り締める。
ここから、俺がやるべきことは武器の調達。
そして、万全の状態で天狗に挑むことが出来るようMPを回復させること。
二周目とは違う。
あれから、レベルは6つ上昇した。
当初の予定よりも一つ大きいレベルアップだ。
新たなスキルも手に入れている。
(……せめてあの無理ゲーが、クソゲーの領域にまで落ちてると良いが)
そう思いながらも、俺は息を吐いて前を向いた。
「……それじゃあ、行くか」
二度目の討伐に。
二周目で出来た、大きな借りを返すとしよう。




