二日目・昼 山岳の修験者
たびたび出会う角鹿やサルの相手をしながら進む。
ルナティックモードが適用され、どちらも強敵に違いないモンスターだったが、数をこなせば次第にそのモンスターへの対処法が出来上がり始めていた。
「ピギィイイイイイイ」
と、鳴きながらその鋭い角を俺に突き刺すべく、斜面を駆け降りながら突進してきたのは角鹿だ。
角鹿はその角を使っての攻撃こそ危険極まりないが、攻撃方法自体は角を掲げた突進か、もしくはその角を振り回しての斬撃。または強靭な後ろ足を使っての後ろ蹴り、その三種類しかない。
スキルを使用することもないから、サルに比べればルナティックモードが適用されたモンスターでも雑魚という他ないだろう。
「ふっ」
と息を吐いて、俺は向かって来る角鹿の足に向けて鞭を振るう。
鞭は角鹿の前足を激しく打ち据えて、その機動力を一時的に奪った。
「ギギィイ」
と角鹿が鳴いて、激しく地面に転がる。
角鹿はすぐに起き上がろうとするが、それよりも早く俺は角鹿へと近づき、反対の手に持っていたサルから奪った石斧で角鹿の頭を砕き割った。
ビクリと角鹿が震える。
だが、色を失っていないことを確認し、もう一度石斧を振り上げたところで背後からその言葉が聞こえた。
「【隠形】、カイジョ」
「――ッ!?」
その言葉が聞こえると同時に、俺は素早くその場から横っ飛びをする。
次の瞬間、俺の頭を狙って振るわれた石斧が激しく空を切る音が聞こえた。
「コザカシイ」
いつの間にか背後へと迫っていたサルが憎々し気に呟く。
それから、すぐにサルは、
「【隠形】」
と、呟くと目の前にいるにも関わらず、その姿が揺らぎ消え始め――いや、俺がその姿を認識出来なくなって――気が付けばそのサルの姿がまた見えなくなっていた。
「ふー……」
息を吐いて、俺は目を閉じる。
サルが使用する【隠形】はかなり強力だ。
どうやらそのスキル効果は、自らの気配を消して相手から認識出来なくなるスキルのようで、そのスキルを使われれば姿が見えなくなってしまう。
だが、そのスキルにも弱点がある。
これまでの戦闘を繰り返して分かったことだが、どうやら【隠形】を発動したままでは、激しく動くことが出来ないようだった。
加えて、気配そのものを消せても自らが発する音は消すことが出来ないというのも大きい。
「【聴覚強化】」
俺はそのスキルを発動させる。
耳に届く音が拡大されて、梢のざわめきが大きくなった。
その中に混じる、サルの呼吸と心臓の鼓音。
加えて、気を付けているつもりだろうが鳴ってしまう――それは本当に些細なもので、普段は決して気が付かないであろう――足音。
閉じた瞳の中で全神経を聴覚に注ぎ、俺はその方向を把握した。
俺から見て、三時の方向だ。
俺は瞳を開き、斧を構えて迎撃の体勢を整える。
――一秒、二秒と時が流れる。
そして、その声は耳に届いた。
「【隠形】、カイジョ」
瞬間、サルの姿が現れる。
サルは完全に不意を突いたと確信していたのか、その口元に勝利の笑みを湛えていた。
だが、口元に笑みを湛えていたのは俺も同じだ。
「っ!」
短く息を吐いて、石斧を反射的に振るう。
石斧は笑みを湛えていたサルの顔にぶつかって、その顔面から骨を砕いた。
「……!」
同時に、手に持つ石斧が砕ける。
サルが叫びを上げて上体をのけ反らせていることを確認した俺は、すぐさま腕を伸ばし、サルの手に握られた石斧を奪い取った。
「悪いな」
言って、石斧を振りかざす。
無言で振るったそれはサルの眉間に当たって、サルにトドメを刺した。
そのまま、俺は石斧を振るって血糊を飛ばすと、未だ息のある角鹿へと向き合い振り下ろして、トドメを刺し終える。
≫≫システム:種族同化率が上昇しています。あなたの同化率は現在36%です。
すると、そのアナウンスが俺のポケットから流れた。
「ふぅ……」
額に浮いた汗と、頬に飛んだ血を拭う。
気を抜くことが出来ない戦闘と、登山による疲労が身体を蝕む。
合わせて、戦闘の度に進む同化率が俺の心の余裕さえも奪い取っていた。
「36にまで上がった、か。レベルはどうだ?」
呟き、俺はステータス画面を開く。
ユウマ Lv:35 SP:0
HP:184/184
MP:70/78
STR:111(+11)
DEF:76(+8)
DEX:82(+8)
AGI:120(+12)
INT:71(+7)
VIT:76(+8)
LUK:112(+11)
所持スキル:未知の開拓者 曙光 星辰の英雄 種の創造主 天恵 夜目 地図 気配感知 直観 雷走 集中強化 瞬間筋力増大 視覚強化 聴覚強化 空間識強化 刀剣術 / 一閃 格闘術
特殊:強化周回
種族同化率:36%
少し前の戦闘で、同化率が35%を超えたアナウンスは聞いていた。
その時にレベルも上昇していたため、SPをDEXとAGIに振っている。
今回の戦闘によって、レベルの上昇がなかったことを確認すると、俺はステータス画面を閉じた。
「はぁ……」
思わず、ため息が漏れる。
同化率を上げないようにするには、モンスターとの戦闘を避けて逃げるか、もしくは跳弾などを使用してモンスターへの意識を向けることなく討伐するしかない。
だが、逃走をしようにも角鹿やサルは逃げきれるような相手でもなく、跳弾を使おうにもふかふかの腐葉土の地面ではそもそも石が跳ねない。
結果として出会えば直接相手をするしかなく、俺は前に進めば進むほど同化率を上昇させていた。
「……強くてニューゲームさえしなければ、ここまで同化率に囚われることもなかったのかな」
心にもなく、そんな言葉が漏れ出た。
だが、すぐにその言葉を否定するように俺は激しく首を横に振って、そしてもう一度ため息を吐き出す。
「とにかく、今は進もう。同化率が上がり切る前にボスを倒せばいいだけだ」
そう、自分に言い聞かせるように。
俺は呟くように言って足を踏み出した。
それから三回。
1%ずつ上昇していく同化率を知らせるアナウンスを聞いた頃。
常時発動していた【気配感知】に、とてつもなく大きな気配が引っかかった。
「――――!!」
それが、ボスの気配だとすぐに分かった。
俺はスマホを取り出してアナウンスを確認する。
だが、スマホは未だ反応しない。
どうやら、もう少しだけ近づかねばならないらしい。
「……よし」
呟き、気合を入れる。
今すぐにでも走り出そうとする身体と、ボス討伐へと向く意識を必死に抑えて、俺は藪に隠れながら先へ進む。
そして、ようやく。
俺は、このクエストにおけるボスの姿を目の当たりにした。
「…………見つけた」
高尾山の頂上。
これまでの道中、散々生えていた木々も雑草も消えて、荒れ地のようなその広場となったその場所に、ただ一つだけ生えた大木。
その太い枝に腰かけ、ブラブラと足を動かしその頂上からの景色を眺望している人影。
山伏の恰好に、一本歯の下駄。赤ら顔に長く伸びた鼻と、手に持つ羽団扇。
特徴と【気配感知】からして、アイツが天狗だ。
ただ、その人相は想像していたよりもずっと若い。
見た目は三十そこらの男性だ。
その特徴と溢れる強大な気配さえなければ、その人物がプレイヤーと勘違いしても仕方ないだろう。
≫≫ストーリークエスト:山岳の修験者 の開始条件を確認しました。
≫≫ストーリークエスト:山岳の修験者 を開始します。
≫≫ストーリークエストの完了条件は、天狗との接敵から24時間生き残ること、または天狗を討伐することです。
そう思っていたその時、俺のスマホが鳴った。
「……なんだって?」
思わず、そのアナウンスに対して声が出る。
「完了条件が、二つ?」
これまでの討伐がメインだった内容とはまた違う。
アナウンスが告げたその内容は、天狗と出会って24時間生存するか、もしくは天狗そのものを討伐すること。その二つだった。
「討伐しなくても良いのか?」
ストーリークエストのアナウンスを鵜呑みにすれば、そう言うことになる。
だとすれば、無理に戦う必要もないんじゃないか。
そう、思った俺の心にアイツが語り掛けてきた。
――アイツを殺さないと、このクエストは新たなプレイヤーに引き継がれていくだけだよ。
「…………」
それは、その通りだろう。
討伐すればこのクエストそのものが消滅するが、24時間の生存を選べば天狗はまだ生きている。
それはすなわち、このクソゲーが攻略出来ていないことを示す。
「……それは、出来ねぇな」
俺が、ここにいる意味。
なんのために俺は『強くてニューゲーム』を選択したのか。
このクソゲーから逃げるためじゃない。
このクソゲーを終わらせるためだ!
「だったら、選択肢は一つだ」
呟き、目を閉じる。
「ふー……」
ゆっくりと息を吐き出し、心を落ち着かせる。
これから行われる激しい戦闘へと向けて、自らの中のスイッチを切り替えていく。
「【集中強化】」
出し惜しみはしない。
戦闘が長引けば、それだけ俺は『人間』へと近づく。
石斧を両手に握り、腰を落とす。
そして、俺は一気に藪から飛び出し、ソイツの元へと向けて駆けた。




