一日目・昼 悲嘆の少女
植物に侵された街で、少しでも経験値の足しにしようと、見つけたモンスターを片っ端から跳弾で倒しながら東に抜ける。
つつじが丘通りを真っすぐに抜けると、左手に学校のグラウンドが見えてきた。
それを眺めながら進んでいると、右手に苔に覆われた新幹線によく似た緑の物体が目に入った。
「なん、だ。あれ」
訝しみながら近づく。
すると、地面に倒れていた朽ちて折れた看板に気が付いた。
表面の汚れと苔を払うと、掠れた文字が現れた。
『――市――図書館』
「……図書館」
思わず、その文字を読み上げた。
それから、その緑の物体へと目を向ける。
「新幹線の、図書館ってことか? ……コレ、本物か?」
背部へと回ると朽ちた階段が付いていて、階段の先には錆の浮いた鉄扉があった。どうやら、その扉の中は車体内へと続いているようだ。
朽ちた階段を足掛かりに、扉の前へと跳ぶ。
扉を蹴り破って中へと進むと、無人のカウンターが目に入った。
車体内に残された埃の積もった座席と、本の積まれていない棚。
どうやら、この図書館は閉館した後のようだ。
探索は数分ほどで終わり、何の成果も得られないままその車体から外に出る。
「残された車体、か」
そんなことを考えていると、ふと忘れていた事実を思い出す。
それは、この世界の成り立ち。
アイオーンが言っていたことが正しいのならば、この世界は数千年後の地球ということになる。
それはつまり、俺たちが生きていた時代の遥かな未来がこの崩壊した世界の姿ということだ。
「……ん? あれ? ここが未来の地球なら、どうしてこの車体は残されているんだ?」
ふとした疑問が湧く。
ここがかつての図書館であったならば、蔵書が朽ちたとしても残っているはず。
だが、蔵書が残されていないことを考えれば、ここは確実に閉館した後だ。
閉館したのがごく最近なら、この車体が残されていても疑問はない。
けれど、ここは遥か未来の世界なのだ。
なのに、どうしてこの車体は残されているのだろうか。
「いや、そもそもだ」
記憶を遡っても、この世界の建造物や街並みは以前の世界とほとんど変わりがない。
ここが遥か未来の地球の姿ならば、建造物や道なりは多少違っているはずなのに。
この世界の建造物は、あの時代の、あの当時のままで何一つ変わらないその姿が残っている。
それは、一周目の記憶を遡っても変わらない。
だとすれば、この世界のこの姿が示す事実は――。
俺たちが生きた、あの元の世界からほどなくして全ての人類が何らかの原因で滅びたということ。
時代の変化さえも残すことなく、それこそ一夜にして滅びなければ、この世界のこの光景は、ありえないはずの光景なのだ。
「……神に見捨てられた、か」
アイオーンが言っていたことを思い出す。
アイオーンは、地球を見守っていた神がこの星を捨てたと言っていた。
だとすれば、以前のあの世界が滅びた原因は、そこにあるのかも知れない。
「…………クリアしたとして、元の世界に戻ったとしても。そこに待っているのは滅びの運命なのか?」
呟く言葉に、答えはない。
永遠に命を、魂を玩具として弄ばれ続けるこの現実か。
いつか来るであろう滅びを待つクリア後か。
そのどちらも、俺たちに救いはないということを、この世界は突き付けてくるかのようだった。
「――ッ」
俺は、唇を噛みしめて強く思う。
――だとしても。
もし、クリア後にもいつか来るはずの滅びが待っているのだとしても。
永遠とサバイバルをさせられるこの世界よりかは遥かにマシだ。
ここは全てが閉じられた不変の箱庭だけど、あの世界は違う。
あの世界は、この滅びを待つ世界よりも多くの可能性が流動し、常に無数の未来を生み続けている。
未来はいくつもの可能性に分岐し、不確定であるはずだ。
だとすれば、きっと。
この未来に辿り着かない世界が、きっとあの世界には残されている。
ここが未来の一つの終着点だとしても、必ずこの結末に至らない可能性の未来が、あの世界には残っている。
アイオーンのようなクソ野郎と違って。
地球という星を見守っていた神という存在が、唐突に俺たちを見捨てるはずがない。
きっと、何かしらの原因があるはずだ。
その原因を取り除くことが、クリア後のプレイヤーに課せられたもう一つのクソゲー攻略だろう。
「……まあ、まずは。この世界のクソゲーを終わらせないとな」
先のことを考えても仕方がない。
俺がなすべきことは、この世界のクソゲーを完全に攻略することだ。
そう思い直して、俺は再び【気配感知】を発動して歩き出す。
コボルドやコボルドナイト、ゴブリンなどを倒しながら進むこと三時間。
気が付くと、いつの間にか立川市内へと足を踏み入れていた。
廃墟と倒壊した家屋が並ぶ住宅街の中から、俺は空を見上げる。
すると、彼方の空から夕闇が迫っていることに気が付く。
もう間もなくこの世界の一日目が終了することを、その薄茜色に染まり始めた空が告げていた。
(結局、あれからレベルを上げることは出来なかったな)
コボルドキングと戦闘して以来、出会うモンスターは雑魚ばかりだ。
いくら倒したところでレベルは上がらない。
新たな武器も手に入らず、時間だけが過ぎていく焦燥に歯噛みする。
追い立てられるような焦りに、足早で住宅街の中を進んでいると、ふと【気配感知】に一つの気配が引っかかった。
「……?」
その気配の元を探る。
その場でジッとしているのか、動くことがない気配だ。
これがモンスターだとすれば、アイツらは獲物を求めて動いているはず。
だとすれば、この気配はプレイヤーのもので間違いないだろう。
「……プレイヤー、か」
時間的余裕もない中、構うだけ時間の無駄だ。
ルナティックモードのことを考えても、俺が他プレイヤーと関わり合いになれば、それだけそのプレイヤーを危険に晒すことになる。
今は、そのプレイヤーを無視して進むべきだろう。
……そう、思っているはずなのに。
俺は、どうしてか分からないが、そのプレイヤーのことがなぜか気になってしまった。
まるで、自分の中にある何かに引っ張られるように。
俺は、そのプレイヤーの元へと足を向けてしまった。
「……話しかけるわけじゃない。ただ、そのプレイヤーの姿を遠目から確認するだけだ」
自分自身の、その行動に言い訳をする。
半壊したブロック塀を曲がると、すぐにその光景が目に入った。
周囲の家屋と同じように、その半分が瓦解し植物に覆われたかつて〝家〟と呼ばれていたその瓦礫。
その瓦礫の前に、一人の少女が地面にペタンと座り込んでいた。
その少女の特徴を表すかのような、小さな背中に広がる淡い光を発する白い翼。
翼と対照的な色をした黒髪が地面へと流れて、俯いたその顔を隠している。
少女は、ただただ茫然と、言葉を忘れたかのようにその場に蹲り続けていた。
「――――っ」
心臓が大きく跳ねて、呼吸が一瞬止まり、視界はぎゅっと縮まった。
それから少女のその姿に、なぜだか分からない涙が流れ出す。
――心が。
――魂が。
その見ず知らずの少女のその姿に、安堵の涙を流しているようだった。
(……なん、だ? 誰なんだ、アイツは)
自分自身に問いかけるが、答えは出ない。
ただ、意味もなくバクバクと跳ね続ける心臓に俺は困惑する。
彼女が誰なのかは知らない。覚えていない。
でも、胸の内から湧き上がるこの感情は――言葉にすることも出来ないほどの、この深い後悔と懺悔は何なんだ!?
「くっ――」
頭を抱えて、よろける。
その拍子に半壊したブロック塀へと身体が当たって、ガラガラと崩してしまう。
――だが、その少女は俺へと目もくれない。
唐突に世界と家族、かけがえのない日常を失った絶望が、彼女を失意のどん底に叩き落としている。
それこそ、周囲の音がその耳に届かないほどに。
「…………守ら、ないと」
俺は、自分でも分からない内にその言葉が漏れ出た。
「彼女を、守らないと」
時間的な余裕も、俺自身に余裕がないのも分かってる。
でも、今の彼女は隙だらけだ。
周囲の気配も、音さえも耳に入らないほど、彼女は自分の世界に引きこもっている。
このまま放っておけば、彼女はモンスターに殺されるだろう。
そんな、彼女を。
俺は、どうしてか分からないが無視することが出来なかった。
この感情が、〈救世〉の影響か、はたまた別のものなのか。
それさえも、俺自身には分からない。
――せめて。
せめて彼女が、この現実を受け止めるまで。
自らの足で立ち上がることが出来るまで。
俺が傍に居て、彼女を守らねばならない。
理由もなく、俺は強くそう思った。
「【気配感知】」
呟き、俺は周囲の気配を探る。
そして、先程はいなかったモンスターの気配が、俺の感知範囲に足を踏み入れたことに気が付く。
「――――アイツは、殺させない」
いずれきっと。
彼女は自分の足で立って歩き出す。
それまで俺は、彼女を守る。
いや、守らねばならない。
そう、俺の魂が叫んでいるような。
……そんな、気がした。




