一日目・昼 周回特典
「…………」
手元の武器を確認する。
鉄の棒が三つ、朽ちた包丁が一つ。跳弾用の小石が十五個。
正直に言えば、心もとない。
ゆっくりと右手を握り、開く。
この世界で目覚めて。
二周目を始めた時から感じていた筋疲労。
一周目で手に入れたであろうスキル――【天恵】の効果によって、俺の身体中に付いていた傷はもうすでに癒えている。
問題は、この筋疲労だけだが、それも徐々に解消されてきている。
目覚めた当初に感じていた全身のぎこちなさは、ほとんどない。
【天恵】による継続した癒しが、俺の身体を万全の状態へと近づけている。
だがそれでも、まだ万全とは言えない。
……それでも。今、やらねばならない。
現状で言えば、俺しかアイツを殺すことが出来ないだろう。
「よしっ」
包丁を片手に持ち、鉄の棒をベルトに挟んでコンビニを出る。
【気配感知】を発動させながら、すぐに自分のステータス画面が見ることが出来るようにしておく。
「ふー……」
息を吐いて、自分の中のスイッチを切り替える。
両足に力を込めて、ひび割れたアスファルトを蹴って俺は一気に駆け出した。
真っすぐに、その気配の元へと――目の前の廃墟となった家屋へと向かって走る。
アスファルトの隙間から生える草木を踏みしめて、俺は廃墟となった家屋の前で走る勢いをそのままに跳んだ。
「ふっ」
小さく息を吐く。
ステータスに後押しされた身体は家屋の二階にまで届き、俺はその屋根に降り立つ。
すかさず走り、今度は近くにある倒壊寸前の家屋の屋根に向けて跳ぶ。
家屋から家屋へ。
次々と飛び移りながら、俺はその気配に向けて最短距離を突き進む。
やがて、家屋から雑居ビルへと景色が変わり始める。
目を向ければ、昭島駅と書かれた半壊した廃墟と、小さなロータリーが見えた。
……【気配感知】が教えてくれる気配は、この先だ。
俺は、家屋の屋根からところどころ陥没した道路へと降り立って。
すぐにロータリーを抜けて線路を突っ切り、駅の反対側へと渡った。
「……あっちか」
近くなるほどに、大きくなるその気配へと目を向ける。
どうやら、そのモンスターは昭島駅の北口ロータリーを抜けた先にいるようだ。
ひざ丈にまで伸びた草木を踏みしめて進む。
――そして、ようやくその姿が見えてきた。
昭島駅のロータリーを抜けた先。
交差点となったその場所を、そのモンスターは我が物顔で道路の中央を東に向けて歩みを進めていた。
「…………」
這いつくばるようにして、草木に身を隠して様子を伺う。
犬型の顔と、人を思わせる身体に二足歩行。全身が毛に覆われたその姿は、以前にも見た姿だ。
その姿を見て、俺は小さく呟く。
「コボルド、か?」
疑問形となったのは、その身体がこれまでに見たどのコボルドよりも巨大だったからだ。
身長は優に三メートルを超えている。
その姿はまるで、崩壊した街に出現した巨人のようだ。
コボルドやコボルドナイトが灰色と黒色の毛で覆われていたのに対して、その巨大なコボルドは全身が真っ黒の毛で覆われていた。
そして、もう一つ。
特徴的なのが、そのコボルドの頭上にはなぜか王冠が乗っていたのだ。
その王冠はコボルドの身体の一部なのか、コボルドが動いても落ちる様子がない。
巨大な人の身体を持つ、犬が王冠を被るその姿は、傍から見ても奇妙そのものとしか言えない見た目をしていた。
「コボルドの王様か」
俗に言うところのコボルドキングという奴だろう。
「放っておけば、ボスになりうるモンスターってことか」
その姿を見て、俺は確信する。
このクソゲーを攻略するためにも、なおさらこのモンスターを放置することは出来ない。
ジッと、草陰に潜んで攻撃の隙を伺う。
東へと歩みを進めていたコボルドキングが、ふいに立ち止まったのはその時だ。
まるで、何かが気になったように。コボルドキングは、空気中の何かを嗅ぐかのように鼻を鳴らすと、ぐるりとその顔をこちらへと向けた。
「ッ!」
【気配感知】が、増幅したその気配を教えてくれる。
【直観】がすぐさま動き出せと命令する。
これまでの戦闘で培ってきた経験と本能が、今すぐに攻撃を仕掛けろと叫んだ。
「――――ッ、らァッ!!」
匍匐から膝立ちへと体勢を切り替えて、同時に牽制の小石を二つ投げた。
一つは直線に、一つは周囲の瓦礫を利用した跳弾で。
変則的なその二つの弾丸を、コボルドキングはすぐに見切って腕を振るって打ち落とす。
「……マジかよ」
思わず、引きつった笑みが出た。
俺のSTRは補正込みで今や100を目の前にしている。その筋力で投げ出された投石は、もはや銃弾と言っても過言ではない。
それを、このモンスターは反応して打ち落とした。
それはつまり、このコボルドキングは少なくとも、それに対応し得るだけの身体能力を持っているということ。
今日はまだ初日だ。
この世界がクソゲーで、初期位置に応じてモンスターの強さが違うのも分かっている。
だとしても、これはおかしい。
アイツのあの動きは明らかに、俺のステータスに応じて補正をされたボスモンスターの動きと同じだ。
この世界のボスは、プレイヤーに応じて補正がされていると、アイオーンは言っていた。
だとすれば、どうして。
どうして、アイツは今の俺の動きに対応している?
まだ、ストーリークエストさえも発生していない、ただの雑魚モンスターのはずのアイツが!
「……ボスモンスターに、補正が掛かるのはストーリークエストだけじゃなかったのか?」
思わず、俺はそう呟く。
すると、その呟きに反応するかのように。
唐突に、俺のスマホがアナウンスを告げた。
≫≫特殊システム:強化周回の周回特典が発動しました。
≫≫周回特典:ルナティックモードが適用されています。
≫≫ルナティックモードにより、貴方と敵対する強敵モンスターのステータスが上昇しています。
……………………は?
今、このアナウンスは何と言った?
周回特典?
ルナティックモード?
ルナティックモードによって、俺と敵対する強敵モンスターのステータスが上昇する?
――このアナウンスが、何を言っているのか意味が分からない。
いや、分かりたくもない!!
ただ一つだけ分かるのは、その周回特典というクソ要素を追加した人物が、誰なのかが明確だということだけだ。
「――テメェの仕業かッ、アイオーンッッ!!」
叫び、俺は奥歯を噛みしめる。
……これが、ただのニューゲームでないのは薄々分かってた。
俺が突きつけた提案が、どれだけアイツ好みだったとしても。
アイツが、俺に突き付けた条件とやらがあったとしても。
それでも、この周回を繰り返せば、俺はいずれアイツに届く。
何千、何万と強化周回を繰り返せばいずれアイツに刃が届くはずなのだ!
――その周回を、アイツは利用した。
俺がどこまでも苦戦するように、俺が楽してクソゲーを攻略することが出来ないように、〝強化周回〟自体に細工を仕掛けやがったッ!!
「クソ野郎が!」
今にして思えば、強化周回の説明文を見えなくしたのはこれが目的だったに違いない。
どこまでも。
どこまでも、俺が苦しむ姿をアイツは見たいらしい。
正真正銘のクソ野郎だ。
そして、そんなアイツが管理をしているこの世界はもっとクソだ!
「……ああ、だったらやってやるよ! テメェが俺の絶望を見たいなら、俺は何度でも這い上がる!! この程度で、俺が止まると思うなよ!!」
怒りと共に言葉を吐き出す。
俺は、どんな状況でも負けない。
生きることを諦めない。
このクソゲーさえも、完全に攻略しきって見せる。
「ふー……」
ゆっくりと、息を吐く。
手に持つ包丁を構えて、腰を落とす。
コボルドキングが草陰から姿を現した俺を見つけて、口を開いた。
だらりと流れる涎と、岩さえも貫きそうな鋭い牙が目に入る。
そしてコボルドキングは、俺を迎え撃とうとするかのように、拳を握り締めて構えるとゆっくりと腰を落とした。
俺たちは互いの動きをジッと見据える。
例えるならそれは、一騎討ちを行う剣豪同士のように。
一瞬の判断ミスが、そのまま致命的なミスとなることを理解した者同士の、静かな戦いの幕開けだった。




