六日目・?? 命亡き者
「――――――――」
耳に届いたその言葉の理解を、脳が拒む。
そのアナウンスが、何を言っているのか理解できなかった。
――モンスター?
――誰が?
――クロエはどうなった?
何度も、何度も。その言葉がぐるぐると脳裏を巡る。
それはミコトも同じで。
青よりもさらに血の気を失くした白に近くなったその顔で、床に横たわったクロエを見つめていた。
「ふふっ、ふふふ、ふはははははははははッ!! いいぞ、その顔! その表情ッ!! ああ、たまらない。たまらないよ!! ふはははははははははははははははッッ!!」
ただ一人。
久瀬だけが大きな声で笑い声を上げていた。
俺たちはその声に反応が出来ない。
俺も、ミコトも、目の前で創られた悪夢に反応することが出来なかった。
そんな俺たちに……。
この世界は追い打ちをかけてくる。
≫≫ストーリークエストが到着しました。
――今、一番聞きたくない声が、俺たち二人のスマホから同時に鳴る。
≫≫ストーリークエスト:暗夜の支配者 を受諾しました。
――それは、その声は。
どこまでも冷たく、どこまでも感情のない機械音声で。
俺たちを、絶望の底へと叩き落とす冥府の案内人のように。
ただ淡々と、その事実を伝えてくる。
≫≫ストーリークエスト:暗夜の支配者 の開始条件を確認しました。
久瀬が嗤う。
どこまでも俺たちを馬鹿にして。
どこまでも俺たちの希望を打ち砕きながら。
ただひたすらに高笑いを続ける。
≫≫ストーリークエストの完了条件は、ユニークモンスター:命亡き者の王クロエ・フォン・アルムホルトの討伐です。
――そして、この世界は、その言葉を告げる。
なぜ日付が変わる前にクエストが、とか。
なぜクロエの名前がそこにあるのか、とか。
呆然とした空白の頭が緩やかにそんなことを考えて、やがて絶望で黒く塗りつぶされる。
………………………………………………………………そんなの。
そんなの、原因はとっくに、分かってる。
俺は、その男へと目を向ける。
その男は、俺の顔を見てせせら笑う。
「酷い顔だ。まるで獣じゃないか」
その言葉に、俺の中で何かがぶつりと切れた。
「う、ぁァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!」
俺は咆哮をあげて、手にした野太刀を片手に久瀬へと飛び込む。
数瞬を刹那に変えて。
俺の持ちうる全てを解き放って。
この男を――邪悪で形作られたかのようなこの存在を。
身を焦がす憎悪と憤怒の炎を滾らせて、その首を刎ね飛ばすべく刃を振るう。
――雷のような一閃。
空気を切り裂き、光さえも置き去りにするようなその刃を、久瀬はしっかりと見切り、半歩身体を引いて確実に躱した。
「ははっ、ただの『人間』に、神を討ち倒せると思うのか?」
「うるせぇえええええええええええええええええッッ!!」
無理やりに身体を動かして、刃を切り返す。
無茶苦茶なその動きに、身体がミシリと悲鳴を上げる。
だが、その刃も久瀬は易々と避けて、さらに言葉を続ける。
「それに、忘れてると思うがお前の役目は〈救世と幻想の否定〉だ」
「ぅぅぅぅぅぅうううううううああああああああああああああ!!」
野太刀を瞬時に手放し、俺は体重を移動させて久瀬の顔へと蹴りを放つ。
だが久瀬は、その蹴りも手のひらで受け止めると、まるで子供の相手をしているかのような、にこやかな顔で笑って言い放つ。
「……これが、どういう意味を示すのか。お前ならもう、分かってるだろ?」
言って、久瀬は俺の蹴りを受け止めた手とは別の手で、見せつけるかのように指を鳴らした。
≫≫システム:種族同化率が上昇しています。あなたの同化率は現在49%です。
俺のスマホから、そのアナウンスが鳴った。
その瞬間。
俺の中での意識が久瀬から強制的に逸らされて、床に横たわるその少女へと向けられる。
「対象選択:古賀ユウマ。選択コード:同化率固定」
と久瀬は言って、ニヤリとした笑みを浮かべた。
「――さあ。これで君は、辛うじて踏み止まっている状態だ。これから君は、『人間』に身体の操作を渡すことなく、君自身の手で、君の大切な仲間を斬り捨てるんだ。あとは、そうだな。それに相応しい舞台を用意しなければな」
そう言って、もう一度久瀬が指を鳴らす。
途端に、洋館の壁や床が一気に崩れ出して、瞬時に別の空間へと再構築されていく。
「ッ!」
俺はすかさず野太刀を久瀬へと振るったが、久瀬の姿はもう目の前には存在していなかった。
構築された空間は一気に広がって、俺たち三人はその中心に閉じ込められた。
どこまでも高い天井と、その中央に造られた巨大な天窓。
朝だったはずの時間は夜へと切り替わり、天窓からは燦々と月光が降り注いでいる。
床に敷き詰められた絨毯は取り払われ、硬く磨かれた石材が月光を鈍く反射する。
出口のない、巨大な円形ホール。
そう、形容するしかない空間が、そこにはあった。
「ユウマさんッ」
とミコトがすぐさま傍に寄ってくる。
「久瀬ッ! どこだッ!!」
と俺は声を張り上げる。
すると、どこからともなく久瀬の声がそのホールの中へと響き渡った。
「何度も言わせるな。君の相手は俺じゃない。彼女だ。君が無事に彼女を殺せたら、その時は顔を合わせようじゃないか」
「ふざけんなッ! いいから――」
「――ユウマさん! クロエさんがッ」
ミコトが俺の言葉を遮った。
目を向けると、クロエの瞼がぴくぴくと動いている。
俺たちは、思わず息を止めて彼女を見つめた。
――やがて、彼女は瞼を開く。
人間にはありえない、猫のように瞳孔が縦長に狭められた深紅の瞳がぎょろぎょろと動き、すぐに俺たちの姿をその瞳に映す。
ニヤリと、彼女が嗤った。
牙が月光を反射して鈍く光る。
血の気がない肌が、月光に照らされてさらに血色が悪く見える。
顔立ちは見知った者のはずなのに。その顔は、かつての少女の面影を残しながらも確実に別の存在へと成り代わってしまったと、信じたくもない現実を突き付けてくる。
「スキルは使えるようにしてある。さあ、存分に殺し合え。これが君たち喜劇の終幕だ」
久瀬の声が響く。
その声に、俺は怒りを剥き出しにする。
「テメェ――――」
と口を開いたその時だ。
クロエがニヤリと嗤い、その口を開いた。
「――――――ああ、腹が減った」
かつて、何度も俺たちの名前を呼んだその声で。
彼女は、彼女が絶対に言わない言葉を吐き出す。
「ちょうど良い餌が目の前にあるけど。私への貢ぎ物か? どちらも美味しそう」
そう言って、彼女は溢れる涎を拭うように、口元を指でゆっくりと拭った。
直前にまで俺が注いでいた血液が、彼女の指で伸ばされてその唇を赤く彩る。
彼女が嗤う。
どこまでも妖艶に、どこまでも美しく。
かつての彼女の名残を残したまま、久瀬の手によって人間から吸血鬼へと成り代わった少女は、俺たちを獲物としか見ていない瞳で見据えた。




