六日目・朝 種族変化
「――――――」
言葉が出なかった。
どこまでも俺たちを馬鹿にしたその言葉に。
どこまでも俺たちの命を弄ぶその言葉に。
噛みしめた奥歯が割れて、口の中に鉄の味が広がる。
憎悪と怒りが炎のように燃え上がって、身体の内側から俺を焦がす。
俺たちが一体何をした?
俺たちがコイツに何をした?
俺たちは…………何もしていない。
ただ、普通に。
どこまでもありふれた日常を、誰かと一緒に喜び、泣いて、時には小さな理不尽に怒ることもあったけど、最後にはちゃんと笑って。
またいつものように巡る日常を謳歌していただけなのにッ。
それなのに、俺たちはコイツの気まぐれで。
コイツ自身が〝楽しいから〟というどこまでも自己的な理由でッ!
俺たちは、本当の意味で死ぬことも許されず、永遠に続くこのクソみたいな世界でッ!!
俺たちは――命だけでなく魂までも、コイツを楽しませるためだけのゲームキャラクターとなって、存在している。
「――久瀬。お前を、殺す。絶対に……許さない」
俺は、視線で久瀬を射殺すように睨み付ける。
今にも動き出しそうな身体を必死に押し留めて。
怒りで言葉を震わせながら俺は言う。
久瀬は、俺の視線を正面から受け止めて、唇の端を吊り上げて嗤った。
「ああ、何度も聞いたよ。その言葉は。いい加減聞き飽きた」
「……だったら、何度だって言ってやるよ。テメェが二度と、その言葉を聞けなくなるまでな」
「はっ、これまでに一度だって俺に勝てたことがない男がよく言う」
久瀬はそう言い捨てると、侮蔑の表情を浮かべて俺たちを見る。
「それとも。お前たちの言う〝クゼ〟という妄想にでも助けを求めるか? 確か……。レベルは70を超えているプレイヤー、だったか? 必死に探せば、この箱庭のどこかにいるかもな」
久瀬は、組んでいた足を解くとベッドから立ち上がった。
ゆっくりと室内を歩きながら、まるで演者のような大仰な口ぶりで言葉を吐き出す。
「――だが、まあ。それはもう不可能だ。君たちが俺に会いに来た時点で、君たちの冒険は終わりにすると、俺は随分前から決めている」
そう言って、久瀬は俺たちを眺める。
「そろそろ、この喜劇は終幕だ。あとは、終わり方をどうするか、だが……」
俺たちに向けられた視線が、ピタリとクロエで止まった。
久瀬の口元が歪み、満足そうな笑みを浮かべる。
「ああ、そうだ。今回の主役は彼女にしよう」
ぞくり、とした気配が背筋を走る。
感情の読めないその瞳に、俺たちにとって最悪の未来が映し出されているのを感じる。
「――おい、待て。何をする気だ」
それ以上、コイツに喋らせてはならない。
俺の中で何かが、そう言ったような気がした。
あるはずのない記憶が魂を揺さぶったかのように、胸の内にどす黒い絶望が広がるのを感じる。
「やめろ、やめてくれ!」
俺は声を上げる。
だが久瀬は、そんな俺を見て一度嗤うと、大げさに両手を広げながら口を開いた。
「トワイライト・ワールドというゲームは、俺が創ったゲームシステムだ。その中でも、種族スキルと種族同化率を含めた種族システムは、俺のお気に入りでね。手軽に、君たちを絶望へと叩き落とすことが出来る。種族スキルや種族同化率に関して、俺がお前たちに言ったことを覚えてるか?」
久瀬は、俺の言葉を無視して語る。
それは、これから訪れる終わりを知らせるように。
舞台の終幕を知らせる狂言回しのように。
朗々と言葉を吐き出していく。
「種族スキルを獲得すれば、それだけ身体が種族へと近づく。種族同化率が上がれば、お前たちの中に仕込んだ種族がお前たちの身体を乗っ取る。――――それじゃあ、質問だ。お前たちプレイヤーが、全ての種族スキルを獲得し、同化率を100%まで上げた時、お前たちはどうなる?」
「――――そんな、まさか」
久瀬が何を言いたいのか察したのだろう。
ミコトが大きく目を見開き、言葉を震わせた。
「やめろ。やめろォオオオオオオオッッ!!」
俺は悲鳴にも似た叫びを上げて、咄嗟に野太刀を抜いて久瀬へと振り下ろす。
だが、その刃を久瀬は避けることなく手のひらで受け止めると、ニヤリとした笑みを浮かべた。
「おいおい、お前が狙うのは俺じゃない。彼女だろ?」
そう言って、久瀬がパチリと指を鳴らす。
――その瞬間。
聞きたくもないあのアナウンスが、彼女の――クロエのスマホから鳴り響いた。
≫≫スキル:不死者を獲得しました。
≫≫スキル:真祖を獲得しました。
≫≫スキル:身体強化を獲得しました。
≫≫スキル:闇夜を統べる者を獲得しました。
「ミコトォオオッ!! そのアナウンスを止めろォオオオオオオオ!!」
次々と鳴り響くアナウンスに、俺は声を張り上げる。
ミコトがすぐさま反応し、クロエのポケットからスマホを取り上げて、クロエを素早く床に横たえると、ミコトは自らの武器である直槍を思いっきりクロエのスマホへと突き刺した。
――ガキィン。
と、高い音が周囲に響く。
――だが、クロエのスマホは。
彼女のステータス画面は、直槍の刃を砕いてなお傷つくことなくアナウンスを吐き出し続ける。
≫≫システム:種族同化率が上昇しています。あなたの同化率は現在47%です。
≫≫システム:種族同化率が上昇しています。あなたの同化率は現在49%です。
「――ッ! ダメですッ!! それ以上はダメッ」
砕けた直槍を投げ捨て、ミコトがクロエのスマホへ縋りつくように抱え込む。
――だが、彼女のスマホは。
その悲痛な叫びさえも無視してさらに鳴り響く。
≫≫システム:種族同化率が上昇しています。あなたの同化率は現在52%です。
≫≫あなたの種族同化率が50%を超えました。システム:種族同化が適応されます。あなたの身体を種族:吸血鬼が操作します。
「ぁあああああああああッッ!」
そのアナウンスに、俺は久瀬から視線を切り離してクロエへと駆け寄った。
「ダメだ、ダメだダメだ!! クロエ、種族に身体を乗っ取られるな!! 戻ってくるんだ!!」
俺は、あらん限りの声でクロエに向けて叫ぶ。
……クロエは動かない。
だが、その顔色はいつも以上にさらに青白く、口元から覗く牙はこれまで以上に長く伸びていた。
どうする、どうする、どうするッ!?
同化率は50%を超えたッ!
このままクロエが目を覚ませば、クロエは種族に身体を乗っ取られたまま動き出す!!
……クロエの同化率を下げなければ。
あのクソ野郎は言っていた。
同化率を下げるには、上昇した原因を取り除くしかないと!
アイツは俺たちがこのまま死ぬと分かっているから、俺たちへと真実を話している。
だったら、その言葉も嘘ではないはずだ!!
――考えろ。
クロエの命題はなんだ!?
彼女のこれまでの言動を、彼女の思考を、彼女の性格を!!
「――――ッ!」
ふと、思い当たる。
彼女がこれまで固執していた物に。
飲みたくない、とはっきりと言っていたのにも関わらず、時折見せていた異常なまでの執着はなんだッ!!
「ッ!」
俺はすぐに、野太刀の刃で右腕を切り裂いた。
途端にぼたぼたと溢れ出す血液を、彼女の口元へと降り注がせる。
「――――へぇ、考えたな」
俺の行動を見ていた久瀬が、感心するような声を出した。
「確かに、彼女の種族命題は〈吸血衝動〉だ。一日のうちに決まった血液量を摂らねば、血に飢え同化率が上昇する。同化率が上昇すれば性格も荒くなり、それを治めるには血を飲むしかない。彼女へ血を飲ませれば、同化率は減少するだろう。……通常ならば、な」
そう言って、久瀬がまた指を鳴らす。
すると、それに呼応するかのようにアナウンスが鳴り響いた。
≫≫システム:種族同化率が上昇しています。あなたの同化率は現在60%です。
≫≫システム:種族同化率が上昇しています。あなたの同化率は現在67%です。
≫≫システム:種族同化率が上昇しています。あなたの同化率は現在72%です。
「そんな、どうしてッ!」
焦る俺に、久瀬が嗤った。
「当たり前だ。これは俺のゲームシステムだぞ? 今は俺の手によって、強制的に同化率を上昇させている。お前たちにコレを止める方法は、もう存在していない」
≫≫システム:種族同化率が上昇しています。あなたの同化率は現在78%です。
≫≫システム:種族同化率が上昇しています。あなたの同化率は現在86%です。
クロエのスマホから響くアナウンスは止まらず、彼女の同化率を知らせてくる。
そのアナウンスに満足するような笑みを久瀬は浮かべると、俺へと視線を向けて言った。
「さあ、間もなく答え合わせをしようじゃないか」
≫≫システム:種族同化率が上昇しています。あなたの同化率は現在94%です。
≫≫システム:種族同化率が上昇しています。あなたの同化率は現在99%です。
≫≫システム:種族同化率が上昇しています。あなたの同化率は現在100%です。
久瀬の言葉に答えるように、クロエのアナウンスがその言葉を知らせてくる。
≫≫――――プレイヤーの種族同化率が最高値に達しました。
≫≫――――プレイヤーの種族スキルの所持数が最高数であることを確認しました。
≫≫システム:種族変化が適応されます。
≫≫ユニークモンスター:命亡き者の王を確認しました。
そして、彼女のスマホは。
俺たちにとって聞きたくもない悪夢の始まりを伝えてきた。




