六日目・朝 仲間
「……ッ!!」
ギリリ、と噛みしめた奥歯から音が鳴る。
怒りが思考を焼いて、衝動が身体を駆け巡る。
視野が狭まり、目の前の男へと殺意が迸る。
「――クロエを離せ」
俺は、低い声で唸るように言った。
「……ああ、いいね。その顔を見たかった。君は、彼女たちを傷つければいつだって俺へとその顔を向けてくれる。最高に良い表情だよ」
久瀬は俺の顔を見て、唇の端を吊り上げて嗤った。
「いいから、離せっつってんだろ!!」
「そう声を荒げるな。俺と君の仲じゃないか」
久瀬はそう言うと、小馬鹿にするように鼻を鳴らした。
「不思議なものだ。幾度となく繰り返されるこの閉じられた世界で、俺の前に君が現れる時、君の傍にいるのはいつも決まって彼女たちだ。数百、数千、数万……。もはや君と顔を合わせた回数を数えるのすら面倒だが、例外は一度たりとて存在していない。まるで魂が惹かれ合うかのように、君たちはいつだって出会い、行動を共にしている。運命的だな。実に、馬鹿馬鹿しい」
久瀬はそう言うと、ニヤニヤとした笑みを浮かべて俺たちを眺める。
「それにしても、今回の君たちは不出来だな。今までだったら、君たちの中の誰かしらがこの世界に違和感を持っていたはずなのに」
その言葉に、俺はすぐさま反応した。
「……なんだと?」
「一番は君だよ。彼女たちよりも、君が遥かにこの世界の違和感に気が付くことが多かったのに。今回の君にはガッカリだよ」
久瀬はそう言うと、あからさまなため息を吐き出してみせる。
その顔を見て、またもや俺の心がざわつく。
小さな違和感が波紋のように広がって、衝撃となって心を揺らす。
――俺が、この世界の違和感に気が付くことが多かった?
それはつまり、ここに至る過程はそれぞれ違うものの、無限に繰り返すこの世界のターニングポイントで、俺が反応をしていたということ。
(そんなもの、一体どこに――――――)
考えて、ハッと思い出す。
頭に真っ先に思い浮かんだことは、リッチ戦で初めて『人間』と出会った時のこと。
『人間』の声を聞いた俺は、初めてにも関わらず、どうしてだかその声を〝知っている〟ような気がした。既視感を覚えていた。
「――――ッ!!」
思い当たることが一つあれば、それがきっかけとなって次々と思い出す。
リッチを倒して、『人間』が俺へと身体の操作を渡して目覚めた後のことだ。
朝日に包まれる街を見た俺は、時間の経過を示すその光がとてつもなく不安だった。
先の見えない未来を、そこから抜け出す術を見つけていないと、どうしても思ってしまった。
それだけじゃない。
この失楽園と呼ばれる偽物の街を眺めて――萩野の話を聞いた俺は、久瀬が生き物を創り出せるのではないか、と。久瀬がこの世界そのものを創っているんじゃないかと、強く思ったじゃないか!!
……俺は、動揺を隠すことなく久瀬を見つめる。
そしてこの男を初めて見た時。
俺の心は確かに違和感を覚えてざわついた。
それはきっと、おそらく。
――俺の魂が、コイツは敵だと叫ぶ声だったに違いない。
(…………俺が、この世界からいち早く抜け出そうと。ゲームの攻略を急いでいたのは、種族による影響だけじゃなく、この繰り返しが原因か。無限に続くこの牢獄から早く抜け出そうと、俺の魂に刻まれた記憶が、俺を突き動かしていたんだ)
繰り返しの中にある以前の記憶は、今の俺にも、彼女たちにも存在していない。
……だが、久瀬の言い方からすれば、どの繰り返しの中でも俺はミコトとクロエと共にいた。俺たちは、このクソッたれのゴミのような世界で、いつも苦楽を分かち合った仲間だった。
――だから、だろう。
彼女たちが、この世界からいち早く抜け出そうとする俺に黙って付いてきたのは。
生き急ぐように、クエストのクリアに向かう俺に、彼女たちは俺から離れることなく付いてきてくれた。
まるで、そうすることが当然であるかのように。
彼女たちはいつだって俺の傍にいてくれた。
「ははっ、ようやく気が付いたようだ」
久瀬が、俺の顔を見て嗤う。
「ああ、そうだ。君は、君たちは、いつだって俺に楯突いた。いつだって、いつだって、いつだって!! ……ああ、本当に愛おしいよ。君たちだけだ。こんなにも俺を楽しませてくれる存在は」
だから、と久瀬は言う。
「だからこそ、俺は君たちにサービスするのさ。知りたいことはいつも教え、攻略方法さえも提示する。なぜかって? どうせ、教えたところで何もかもが無意味だからさ。君たちは、最後にはどうせ死ぬ。すべてを話すタイミングが早かろうが遅かろうが、関係ない。いやむしろ。早いほうが君たちのその表情を見られるから、俺は非常に楽しい」
にこりと、久瀬は笑った。
その笑みはどこまでも無邪気で、底の見えない感情が渦巻いているかのような、仮面のような笑みだった。
「それで、もう聞きたいことはないのか?」
と久瀬は言う。
だが、未だ衝撃から立ち直れていない俺はその言葉に答えることが出来ない。
クロエは未だ藻掻き苦しみ、ミコトはクロエを助け出すのに必死だった。
すると、久瀬は何を考えたのか。
思案顔になると口を開いた。
「ああ、衝撃で思考が止まったか。……ならば、俺が覚えてる限り、今までのお前たちから聞かれたことを教えてやろう。光栄に思え」
そう言って、久瀬は聞いてもいないことを喋り出す。
この世界のシステムを。
この世界の真実を。
これまでの俺たちが、投げかけたという質問の答えを、久瀬は今の俺たちに押し付けるかのように一方的に語る。
「君たちに一番多く聞かれたのは、俺がギルドを作った理由だったな。無意味な質問だ。そんなもの、俺が、俺のおもちゃを間近で観察するため以外の理由はない。ギルドを作り、固めておけば、プレイヤーは勝手にこの世界に希望を見出し始める。力を合わせれば、生きていけると思い始める。俺は、その希望を打ち砕くのがたまらなく好きなんだ。ギルドの傍に、そいつらが勝てないモンスターを配置すれば完璧だ。モンスターはプレイヤーを殺して、成長をして、さらに大きな絶望となってプレイヤーを嬲り殺しにする。その時の悲鳴と恐怖、絶望に染まった顔を見つめるのが好きでね。俺はよくそんな時に遊びに行くんだよ。すると、どうだ。そいつらは俺を縋って助けを求める。それを跳ね除けて、俺はそいつらの目の前で適当な奴を殺す。すると、またそいつらの絶望が大きくなる。……ああ、何度やってもその時の表情は忘れられない。想像するだけで楽しいよ」
「――外道が」
と俺は衝撃から立ち直り、その言葉を吐き捨てた。
だが、久瀬はその言葉を褒め言葉でもあるかのように笑みを浮かべると、また続きを語り出す。
「あとは、俺がステータスを持っている理由だったか? 簡単なことだ。さっきも言った通り、俺が死なない限りお前たちはこの箱庭から抜け出すことは出来ない。一応は、ゲームという形を取っているからな。俺自身にもステータスがあるわけだ。……ただ、まあ。これはあってもなくても変わらない。どうせ、お前たちが俺に勝つことは不可能だからだ」
俺は、久瀬の言葉から手元の野太刀へと意識を逸らす。
右腕は未だ動きが鈍い。
使えるのは左手だけだ。
ゆっくりと、久瀬に気付かれないよう左腕を動かしながら問いかけた。
「一つ聞きたい。他に、俺たちに教えていないゲームシステムはあるか?」
「……そうだな。どの繰り返しの中でも、君たちは経験値取得のシステムについて知らなかったから、そこだろうな」
と久瀬は言う。
「経験値取得のシステム?」
と俺は言いながら、野太刀へと手をかける。
このまま久瀬を切り倒したい衝動が走るが、アイツのステータスは化け物だった。
今の俺では確実に倒せない。
……だが、苦しむクロエの鎖を断ち切ることは可能なはずだ。
そう思っていた矢先、久瀬が俺の動きを制するように言った。
「それ以上動けば、彼女の首を絞め落とすぞ」
そう言って、久瀬は指をパチリと鳴らした。
すると、じゃらりと音を鳴らしてクロエの首に巻き付いた鎖が、まるで意思を持っているかのようにさらに締まった。
「ッ、ぐ、がッ――!!」
クロエの口から空気が漏れて、青白いその肌の色が鬱血した赤へと変わる。
空気が肺へと入らず、脳への血流が止められてクロエの意識が徐々に落ちていくのが分かった。
「やめて!!」
とミコトがすぐさま叫びの声を上げた。
「久瀬ェエエエエエッ!!」
俺が怒りに叫ぶと、久瀬は俺のその顔を見て小さく嗤い、指を鳴らした。
途端にクロエの首を締め上げる鎖が消えて、クロエが身体をふらつかせる。
その身体を、ミコトが慌てて受け止めた。
「クロエッ!」
と俺は声を荒げて、その傍へと駆け寄る。
クロエの瞳は閉じられ、呼びかけに反応はない。
だが、息はある。
どうやら気を失ったようだ。
最悪の結果を免れたことに安堵をしながらも、俺は奥歯を噛み割らんばかりに噛みしめて、憎悪を込めて久瀬を睨む。
久瀬は俺の視線を受け止め、またニヤニヤとした笑みを浮かべると言葉を吐き出した。
「それで、経験値取得のシステムのことだが。この世界のモンスターの経験値は、その攻撃の方法に関わらず、トドメを刺したプレイヤーが総取りとなっている。だから、お前が大量のモンスターを殺すためにビルを崩し、その下に存在するモンスターすべてを圧殺すれば、大量の経験値が獲得出来るというわけだ」
久瀬は、直前にクロエへと行ったその行為を、心底どうでもいいと思っているかのように、会話の続きを口に出していた。
それから、何かを思い出したかのような表情となって、また口を開く。
「ああ。そう言えば。君たちが言うクゼという人物を、俺は知らない。ベータテスターなんてものは、この世界に存在していない。……まったく、初めてだよ。この箱庭の中で、君たちがそんなことを言い始めたのは」
久瀬は、嗤って俺たちを見つめる。
「幾度となく繰り返され、魂が摩耗して幻想に縋り始めたか? ……まあ、いい。魂が壊れだしたのなら、使い潰すまでだ。使い潰して使い物にならなくなれば、また過去の地球からお前たちのような人間を、この未来へと連れ出せばいい」
それは、その言葉は。
どこまでも、俺たち人間を、ただのゲームの駒としか見ていない者の言葉だった。
設定を小出しにするたびに、今までの伏線を回収していくスタイル!
ユウマとミコトとクロエは、どの繰り返しの中でも出会い、お互いを知って行動を共にします。
だから、ユウマが『人間』と出会った時。
『人間』は『天使』との出会いを運命的だと評しました。
ユウマがこれまでミコトを気にかけ、クロエを気にかけていたのは、種族命題の影響もありますが繰り返しによる影響も含まれてます。
彼にとって彼女たちは、どの繰り返しの中でも大切な仲間で。
彼女たちにとっての彼は、どの繰り返しの中でも苦楽を共にしいざという時に頼りになる仲間でした。




