六日目・朝 違和感の正体
「久瀬は、俺たちに嘘を吐いている」
その言葉に、二人はハッと表情を改めた。
「……どういうことじゃ」
とクロエが真剣な表情で言った。
「どうして、そう思ったんですか?」
とミコトが首を傾げてくる。
「お主の考えすぎ……というわけではなさそうじゃの」
クロエは、俺の顔を見て小さく息を吐き出した。
俺は、その言葉に頷きを返してから、口を開く。
「ああ、アイツが俺たちに嘘を吐いてたのは確かだろう。いや、もっと言えばだ」
俺は、そこで一度を言葉を区切った。
「俺は、あの男がクゼ本人ではない――。そう、考えてる」
「えっ? えっ!? ちょ、ちょっと待ってください。どういうことですか? あの人は、自分のことをクゼだって言ってたじゃないですか!」
ミコトが目を丸くして、慌てたように言った。
「そこまで言うからには、何かしらの理由があるんじゃろうな?」
対照的に、クロエは冷静に俺の言葉を飲み込んでから、ゆっくりと確認を取ってくる。
俺は、彼女たちの言葉に頷きを返してから口を開く。
「……ああ。まず、分かりやすい証拠で言えば、アイツは俺たちに自らのステータスを見せたが、その名前はバグってた。アイツが自分のクゼだと名乗ったのは、口頭による自己紹介のみだ。その時点で、アイツがクゼ本人だということを示す証拠はどこにもない」
「それはそうじゃが……」
とクロエが顔を曇らせる。
「じゃが、名前が確認できなかったからと言って、あ奴がクゼじゃないと決めつけるのは、いかんせん早急じゃと思うが」
「俺も最初はそう思った。でもな、アイツと話をしてて違和感しかないんだよ」
「違和感、ですか」
ミコトが難しい顔でそう呟く。
「私には、何も感じませんでしたが」
「いいや、よくよく思い出してみれば、おかしなことばかりだ」
そう言って、俺は指を一つ立てる。
「まず、一つ目。アイツは、一番最初の俺の質問『貴方がベータテスターで間違いないのか』という質問に対して、アイツは『そうだ。でも自分から名乗り出したわけじゃない』と言った」
「そうですね。ギルドの人達が勝手に呼び出した、と言ってました」
と、ミコトは頷いた。
俺はその言葉に言い返す。
「そもそも、それがおかしいんだよ。……そしてそれは、クロエが一番知っているはずだ」
俺は、クロエへと視線を向ける。
クロエは首を傾げてしばらく考え込んでいたが、やがて何かに思い当たったのか、ハッとした表情になって小さく呟いた。
「――――ッ、そう、か。そういうことか!」
思い出したかのように表情を改めるクロエに、俺は「そうだ」と言って小さく頷く。
だが、ミコトだけは俺たちの会話について来れず、頭に疑問符を浮かべるような表情でクロエを見ていた。
「な、なんですか? 何が分かったんですか?」
「いや、何。我がベータテスターと初めて出会った時のことを、思い出したのじゃ」
と、クロエはため息を吐き出しながら言った。
それから、クロエはミコトへと、違和感の正体について語り出す。
「まず、我はこの三人の中で、唯一ベータテスターと顔を合わせて、自己紹介を一度受けておる。それは知っておるじゃろ?」
「え、ええ。そうですね。ベータテスターの存在を聞いたのは、クロエさんが最初でしたから」
とミコトは頷く。
「そう、我はお主らにベータテスターのことを話した。それと同時に、おそらくこれはユウマにだけ言ったことじゃと思うが……。我は、同時にこうも言っておったのじゃ。あ奴は、自らをベータテスターと名乗っておった、とな」
「――っ! それは、本当ですか?」
とミコトは確認をするようにクロエへと言った。
ミコトが、この話を知らないのも無理もない。
クロエが、最初にベータテスターのことを俺に漏らしたのはリッチ戦の後。
『人間』に身体が奪われ、再び俺として意識を浮上させた時のこと。
クロエが語ったのは、これまでの自らの情報源は目覚めてから出会った多くのプレイヤー……、その中でもベータテスターという存在から、この世界のゲームシステムを教えられた、という会話だった。
「間違いない。我が出会ったあ奴は、自分のことをベータテスターと名乗っておった」
とクロエは、ミコトの言葉に確かな同意を示した。
「――それじゃあ、確かに。あの人と、クロエさんが出会ったベータテスターとでは、言ってることが矛盾してますね」
と、ミコトは眉間に深い皺を作りながら言う。
「――そうだ。それが、一つ目の違和感。……まあこれは、俺もアイツとの会話で違和感を覚えてから気付いたことだ。さらに言えば、クロエから事前に聞いてたベータテスターの人物像と、アイツの人物像が微妙に食い違ってるのも気になる。クロエ、お前が出会ったベータテスターは、お前のことなんかお構いなしにトワイライト・ワールドのゲームシステムを一方的に喋ってきたんだろ? だが、アイツは……。俺たちの質問に全て答えていたが、相手のことなんか関係なく、捲し立てるような奴には見えなかった」
「そう、じゃの。我が出会ったあ奴は、こちらが質問なんかしなくても勝手に喋っておった」
と、クロエは顔を顰めながら嫌そうに言った。
クロエは、ベータテスターにストーカー紛いのことをされている。
その時のことを思い出したのだろう。
それを知らないミコトは、ただ俺とクロエの言葉に納得をして頷いた。
「……なるほど。さっきまで話していた久瀬さん? は、どちらかというと質疑に淡々と答えていただけですしね」
そう言ってから、ミコトはクロエへと目を向ける。
「クロエさん、出会ったその方の顔は見てないんですか?」
「……いや、何せあ奴は仮面とローブ姿じゃったからな。背丈は変わらなかったと思うが……。じゃが、それもはっきりと思い出せん」
「声はどうですか?」
「声なんて、もっと分からぬ。……あの時は、この世界で目を覚ました直後じゃったしの。とにかく必死じゃったから、よく覚えておらんのじゃ」
とクロエは息を吐く。
ミコトは、
「そうですか……」
と小さく呟くと考え込むように押し黙った。
その様子を見て、俺は声を上げる。
「クロエも言ってるが、はっきりとしていないってことは、もしかすればクロエが聞いた言葉が聞き間違いだった可能性もある。これ一つだけじゃ、アイツがベータテスターじゃないと言い切ることは出来ない。そこで、二つ目の違和感だ」
そう言って、俺は指を二つ立てた。
「ボーナススキルに関することだ。さっきも確認したことだが、ボーナススキルは、ベータ版と正式版を合わせた、その種族を選んだプレイヤーに与えられるボーナスだ。アイツが言うには、ベータ版のプレイヤーがボーナススキルを持っていれば、正式版のプレイヤーはボーナススキルを獲得することは出来ない。言ってしまえば、ボーナススキルってやつはベータ版のプレイヤーにのみ与えられた、強力なスキルを優先取得できる特権のようなものだ。……それじゃあ、改めて聞きたい。どうして、俺とクロエはボーナススキルと呼ばれるものを持っている?」
「……普通に考えれば、ベータ版のプレイヤーが我らの種族『吸血鬼』と『人間』を選択していなかったから、じゃと思うが」
と、クロエは言った。
その言葉に、俺は首を横に振る。
「それは絶対にありえない。俺の種族は『人間』だぞ? 自分で言うのもあれだけど、『人間』なんて種族、絶対に誰かしらが選ぶはずだ。現に、アイツも『人間』という種族を知っていた。その言葉通りなら、ベータ版のプレイヤーでも『人間』を選んだ奴がいるということになる」
「『人間』は初期ステータスがかなり低いみたいですし、誰もボーナススキルを獲得出来なかっただけなのではないでしょうか?」
ミコトがそう言って首を傾げた。
俺はその言葉に一度頷く。
「確かに、その可能性もある。誰もモンスターを倒せずに、ファースト・モンスターキルのボーナスを獲得出来なかった。そして、俺が初めてモンスターを倒した『人間』だった」
「……ふむ? 何もおかしくはなさそうじゃが」
クロエが首を傾げる。
俺は、その言葉に首を振る。
「いいや、おかしい。ベータ版のプレイヤーと、正式版のプレイヤー。二つのプレイヤーを合わせた種族内で初めてに対して与えられる、という条件ならば、なおさらおかしなことになる」
「なぜじゃ?」
「ベータ版のプレイヤーがこの世界に来たのは一カ月前だぞ? 最弱の『人間』に限って言えば、正式版のプレイヤーがこの世界で目が覚めるまでの一時的とは言え、ベータ版のプレイヤーの中では高い確率で、種族内の生き残りが早めに発生する。いくら『人間』が弱くても……。いや、弱いからこそ、ファースト・モンスターキル・ボーナスを持っていない『人間』が正式版が目覚める一ヶ月もの間、生き残れるはずがない。だったら、最初の生き残りボーナスは、ベータ版プレイヤーが持っているはずだ。そして、生き残りボーナスさえ手に入れてしまえば――自分のステータスを上昇させる、というあのスキルさえ手に入れてしまえば、ファースト・モンスターキル・ボーナスをベータ版の『人間』が手に入れることは、時間の問題のはずなんだ」
「んん? ちょっと待て。そうなってくると、全てがおかしくなるぞ。つまり、お主の言い分じゃと、そもそもお主がボーナススキルを持っておることがおかしい……ということじゃろ? 早い話が、クゼを騙るあ奴が言った『人間』を知っておるという言葉は嘘ということか? …………いや、じゃが、久瀬を語るあ奴は『人間』を知っておった。……どういうことじゃ?」
クロエは、さらに難しい顔となって首を傾げた。
「ベータ版のプレイヤーは特定の種族しか選択できなかった、とかでしょうか?」
とミコトが眉間に皺を寄せて呟く。
「それでも、『人間』を知っていることの理由にはならない」
と俺は言う。
アイツがベータ版のプレイヤーで、『人間』を知っているという話ならば、必ずベータ版のプレイヤーの中には『人間』が存在していたはずなのだ。
だから、と俺は言葉を続けた。
「――だから、アイツの言葉の矛盾を正していくと、どうしてもこの答えになってしまう」
「この、答え?」
そう言って、ミコトは俺を見つめた。
俺は一度唇を湿らせてから、ゆっくりと口を開く。
「――ベータ版のプレイヤーは、最初から存在していなかった」
二人は、俺の言葉に表情を失くした。
すぐにクロエが、引きつった笑みを浮かべて口を開く。
「……いや、いやいや。いやいやいや! 何を言っておる? ついさっき、我がベータテスターに出会った、とそう言ったばかりじゃろ? あの髪の長い丸眼鏡が、我らの探すクゼではないかもしれぬと、そう話したばかりじゃ。それなのに、ベータ版のプレイヤーが元から存在していなかった、なんて話になると……。もはや、訳が分からんぞ」
「――ああ、だがお前が出会ったプレイヤーが、自分のことをベータテスターと名乗るプレイヤーじゃない存在だったとしたら、どうだ?」
「プレイヤーじゃない? どういうことじゃ」
俺の言葉に、クロエが難しい顔で唸る。
俺は、指を三つ立てながら言った。
「それは、これから話す三つ目の違和感と、その結論に関係することだ」
「三つ目、ですか」
とミコトが呟いた。
「そうだ。……アイツが話していたシステムの内容。その全ては、俺たちの実体験に基づいた仮説とほぼ同じ内容だった。ということは、すなわちアイツは、このゲームが何たるかを知っているということになる」
二人は、俺の言葉に黙って頷く。
「そして、周囲のプレイヤーに応じてボスへの補正が掛かるという新たなゲームシステムに関する証言。加えてアイツは、俺の言った『ストーリークエストをクリアすることで、この世界から抜け出すことが出来るということで間違いないのか』という質問に対して、『間違いない』と言い切った。断定したんだ。本当に、それが正しいのか分からないはずの、この世界から抜け出すことが出来ていない奴が、だ。それが意味するのはつまり――」
俺は、一度言葉を区切ってゆっくりと吐き出す。
「アイツが、この世界を創った張本人。もしくは、それに関係する人物ということだ」




