六日目・朝 ボーナススキル
「……レベルが、さらに高くなっとる」
クゼのスマホを隣から覗き込んできたクロエが、小さく呟いた。
クロエが出会った時にはクゼのレベルが70だと言っていた。
その時から比べると、確かにクゼのレベルは大幅に上昇している。
もしかすれば、クゼも俺と同じ経験値増量のスキルを持っているのかもしれない。
「ユウマ、少し気になることがある。ちょっと、あ奴に質問をしてもよいか?」
クロエが確認を取るように、俺に言った。
俺はその言葉に頷きを返す。
すると、クロエはクゼへと視線を向けると口を開いた。
「お主のレベルが、前に我と出会った時とかなり違うようじゃが。その原因は、お主が先程言っていたボーナススキルとやらと関係があるのか?」
クゼは、俺たちへとスマホを渡すとすぐに目の前の朝食へと手を伸ばそうとしていた。
クロエの質問に、クゼはその手を止めると少しだけ考え込むような顔をしてから口を開く。
「そう、だね。君たちは、種族スキルという言葉を知っているか?」
その言葉に、クロエとミコトが様子を見るように俺の顔を見つめた。
種族スキルの内容ではなく、持っているのか持っていないのか、という質問であれば隠す必要がない。
俺はクゼに答える。
「ああ、いくつか持ってる」
クゼの手が迷うように動いてから、卓上のスプーンを手に掴む。
クゼはスプーンをスープの中へと沈み込ませながら言う。
「だったら、君たちの中で〝種族内における最初のモンスターを倒した〟プレイヤーは?」
その言葉に、俺とクロエは押し黙った。
答えるべきか逡巡していると、クゼが小さく笑う。
「別に、答えなくてもいい。ボーナススキルっていうのは、種族スキルの中でも特別なスキルのことだ。具体的に言えば〝種族内におけるファースト・モンスターキル・ボーナス〟、〝その種族における特定行為ボーナス〟、〝種族内における生き残りボーナス〟、そして――」
言葉を吐き出すごとに、クゼはスープの中身をぐちゃぐちゃにしていく。
ゴロゴロの野菜はぐずぐずに解れて、黄金色のコンソメの中に溶けていく。
野菜を形が無くなるまで解したクゼは、ピクリとスプーンを止めてその言葉を口に出した。
「〝種族内ファースト・プレイヤーキル・ボーナス〟」
その言葉に、俺は息を飲んで目を大きくする。
クゼは俺たちの反応を楽しむように、また笑うと言葉を続けた。
「この四つが、ボーナススキルと呼ばれているものだ。もちろん、俺もいくつかボーナススキルを持っている。……どのスキルを持っているのかは、言わないけどね」
その言葉に、俺たちは言葉が出なかった。
彼の言葉がどこまで真実なのかは分からない。
けれど、ファースト・モンスターキルや生き残り、特定行為によって得られるボーナススキルというものに、俺たちは身に覚えがある。
それはすなわち――。
種族内で初めて、人殺しをしたプレイヤーに与えられるスキルがある。
――という、俺たちプレイヤーからすれば、どこまでも真実に近くて知りたくもない情報だった。
クロエは、クゼの言葉にゆっくりと息を吐くと深く椅子に座り直す。
「……知って良かった、と思う気持ちと、知りたくもなかった、と思う気持ちが半々じゃな」
と俺にしか聞こえないような小さな呟きを溢した。
その言葉には、俺も同感だった。
俺はゆっくりと息を吐いて、気持ちを切り替える。
クゼに聞くべきことは、まだまだある。
「スキルの話題の次いでに、聞きたいことがあります」
「スキルのこと? なんだ?」
クゼはスプーンでスープを飲みながら言った。
「スキルの獲得条件と確率について。俺たちは今、スキルの獲得条件を満たした上で、LUKの数値に応じた確率でスキルが獲得出来ると仮定しています。この仮説に、間違いはありますか?」
「ないよ。その通り。ただ、スキルの獲得条件は俺にも分からないことが多い。というか、そのあたりは把握していない」
「では、限界突破スキルについて知っていることは?」
「人の限界を超えた、まさに人外の力を強制的に引き出すスキルとだけ。スキルの使用には必ず反動がある。その反動は、最初は小さなものだけど、いずれ大きなものになる。俺の知っているプレイヤーは、脳に過負荷が掛かるスキルを使用し続けて、廃人になった」
その言葉に、ミコトが俺へと視線を向けてくるのが分かった。
俺はその視線に気が付きながらも、あえて無視をしてクゼへの質問を重ねる。
「種族スキルについて知っていることは?」
「さっきも言ったけど、ボーナススキルに分類されるスキルが含まれていることと、種族スキルを取得していけば身体がその種族に近づいていくということだけ。どの程度種族スキルを獲得すれば、その種族に成り代わるのかは、種族によって異なるから何とも言えない」
「……『人間』は、種族スキルを獲得していけばどうなる?」
「『人間』? あんな最弱種族が、いくつも種族スキルを獲得出来るとは思わないけど」
とクゼは馬鹿にするように笑った。
……やはり、ベータプレイヤーの間でも『人間』は外れ種族だったようだ。
クゼはひとしきり笑うと、考えるような仕草をしてから口を開く。
「だが、あえて言うなら『人間』のプレイヤーは、種族スキルを取得しても何も変わらないだろうね。種族スキルはあくまでも、身体をその種族へと近づけるためのスキルだ」
それはつまり、俺には種族スキルのデメリットとでも言うべき、身体の変化がないということだった。
その言葉に、俺はゆっくりと息を吐いてから新たな質問をクゼにぶつける。
「種族スキルのついでに、種族同化現象について知っていることを聞きたい」
「……そのことまで知ってる、ということは君たちの中で誰か50%を超えたんだな」
とクゼは言った。
それから、考え込むようにクゼは手元のスープを見つめる。
彼のスープは、もう半分以上を食べ終えていた。
「種族同化現象は、この世界で生きるプレイヤーなら誰しもが陥る現象だ。生き残れば生き残るだけ、俺たちプレイヤーを取り巻く環境は変化し、種族への同化は進みやすくなる。同化率の上昇は、種族の命題に沿った行動、思考、言動、意識、そのどれかが一つでも当てはまれば同化率は上昇する。反対に減少させるためには、同化率が進んだ原因を取り除くしかない。その最低値は、その時に置かれた状況によって変化する」
「種族スキルとの関係はない、ということですか? 例えば、種族スキルの数だけ同化率が進むなんてことは……」
「関係があるが、全部じゃない。このゲームを始めた時に、まず最初の種族スキルが与えられるだろ。その時点で、同化率は10%。次に、三つ種族スキルを獲得すれば同化率は15~20%、五つ獲得すれば同化率は25~30%だ」
と、クゼは左手の指を折りながら答える。
その言葉に、俺はゲーム開始時に聞いたアナウンスのことを思い出す。
――そう言えば、種族を選んだ時に種族スキルが与えられます、なんてアナウンスが流れてたな。
つまるところ、俺たちの種族同化率は、どの種族を選んだとしても最初から必ず10%は存在しているということだ。
新宿やデスグリズリーとの戦闘後、俺の種族同化率が20%、18%と数値が違っていたのは、俺の種族スキルが三つだったからだろう。
クゼの言い方からすれば、状況によってはさらに低い最低値である15%だった可能性もある。
俺は、種族同化率についての質問を重ねる。
「同化率が50%を超えて、種族によって身体を乗っ取られるのを防ぐには、どうすればいいですか?」
「そんなもの、方法はない」
とクゼははっきりと言い切った。
けれどすぐに、言葉を続ける。
「――と、言いたいところだが、稀に種族と迎合するプレイヤーがいる」
「迎合、ですか?」
「そう。その種族を受け入れ、命題を受け入れ、種族の人格すらも受け入れて、自分の中に共存させるプレイヤーだ」
「そんな……。そんな、ことが出来るのでしょうか」
クゼの言葉に、ミコトが震える声で言った。
「言ってしまえば、自分の中に知らない人がいるのに、それを受け入れるってことですよね? そんなの、絶対に出来るはずがない」
「だが、それをやってのけたプレイヤーを俺は知っている」
とクゼはミコトに言い返した。
「そのプレイヤーは、どうなったんですか?」
「種族との思考、言動、人格、何もかもがぐちゃぐちゃに混ざり合って、それでも普通に生きていたよ。最後にはモンスターにやられて死んじゃったけど」
クゼは小さく笑った。
「だから、それが嫌なら50%を超えないように――超えても、種族に逆らうしか方法はない」
話を締めくくるようにクゼはそう言うと、器の中に残ったスープを飲み終えた。
「ゲームシステムについて知っているのは、これが全部だ。他に聞きたいことは?」
俺はクゼのその言葉に、一度ちらりとクゼのステータス画面へと目を落としてから、口を開く。
「貴方のステータス画面で、名前とスキルがバグってるのは貴方がベータ版のプレイヤーだからですか?」
「その通り。正式版のプレイヤーである君たちには、この文字が読めないんだろ? だが、俺には分かる。……いや、正確に言えば、ベータ版は本人にしか分からないようになってるんだ」
「【創造】というスキルを持ってると聞きましたが」
「ああ、コレのこと?」
とクゼは言って、それを見せつけるかのように手元に小さなブロックを創り出した。
クゼはそのブロックを握り壊して空気に換えると、言葉を続ける。
「君たちにはあるSPというものが俺にはない。だが、違いがあるのはこれだけだ。トワイライト・ワールドのゲームシステム自体は、俺も君たちも変わらない」
俺はその言葉を聞いて、思考を巡らせる。
クゼの言葉をそのまま受け取るのであれば、正式版のプレイヤーとベータ版のプレイヤーは、ゲームシステムが同じであるにも関わらず、ステータスという部分で差異があるということになる。
SPが俺たちプレイヤーのステータスに大きく関わっていることは、言うまでもない。
ゲームシステム自体は変わりがない、とクゼは言っていたが、SPそのものが存在していないだけで、このゲームの攻略は難易度の桁が違ってくるだろう。
(……だが、それでも。この男は一カ月もの間、この世界で生き残った)
このゲームの初期ステータスは、種族によって大きく異なる。
『人間』がもっとも弱い種族だと設定されているように。
反対に、最も強い種族だと設定されているものもあるはずだ。
であれば、この男の種族は――。
「一つ、聞いてもいいですか」
「ん? 何かな」
と、クゼは焼けたもも肉を口にしながら首を傾げる。
俺は、一つ深呼吸をして、その言葉を言う。
「貴方の種族を……。教えて欲しい」
「………………」
その言葉に、クゼは口元に深い笑みを浮かべた。
どこまでも感情の消えた笑みだ。
いや、もしくは慈愛を湛えた笑みだろうか。
思考の読み取れないその笑みをクゼは浮かべて、萩野へと目を向ける。
「――萩野。少し席を外してくれ」
「えっ、どうしてですか」
「ここから話すことは、君には聞かせられないことだ」
クゼは、その言葉に圧を掛けて言った。
萩野は、その言葉にたじろぐ。
何かを言おうと口を動かしていたが、やがては小さく息を吐いて席を立つ。
「……それじゃあ、そのあたりをブラブラしてます」
そう言って、萩野は肩を落としながら食堂から出ていった。
萩野の後ろ姿へと目を送っていると、クゼが口を開く。
「すまない。ギルドの彼らには、俺の種族は話すつもりがないんだ。もし、話をしてから俺を頼られると困るからね」
「どういう、ことですか。頼られると困るって」
俺がそう呟くと、クゼは俺たちの顔を見渡して、ゆっくりと口を開いた。
「……そうだな。改めて自己紹介をしよう。俺の名前は久瀬トキオミ。この世界での種族は、『神』ということになってる」
クゼは――久瀬は、そう言って笑う。
どこまでも深く感情のない笑みを。
その笑みと、瞳からは、彼が何を考えているのか知る術がなかった。




