六日目・深夜 萩野
猫耳の獣人は、萩野と名前を名乗った。
俺たちは車座になって、萩野からクゼに会うことが出来る方法とやらを聞いていた。
「クゼさんが江東区に居ることは聞いていますか?」
と萩野は言った。
その言葉に、俺たちは頷きを返す。
俺たちの表情を確認して、萩野は言葉を続けた。
「でしたら、江東区が水に沈んでいることも知っていますね?」
「ああ、この目で確認した」
俺は萩野に言った。
銀座から先が、水の底に沈んでいることは確認済みだ。
簡単に行けないからこそ、俺たちはクゼの元に案内してもらえるというギルドの力を借りることになっていた。
「江東区は水の底だろ? どうやって行くんだ。浦野さんはスキルがどうとか言ってたけど」
そう問いかける俺に、萩野が小さく頷く。
「はい。クゼさんのところに行くには【座標転移】というスキルが必要です。事前にクゼさんの位置をスキルに登録しておいて、移動する必要があります」
「ファストトラベル……? それって、あれか。ゲームとかでよくある瞬間移動とかワープみたいなやつか」
「ええ、そうです。取得条件は分かりませんが、浦野さんにクゼさんのところへ案内してもらって、クゼさんといくつか会話をしていたら取得していました」
「――会話をしていたら、取得していた?」
その言葉に、俺はすぐに反応する。
【座標転移】というスキルが使えるようになれば、これ以上ない助けになる。
これまで通過した場所――いわゆる座標を登録しておいて、いつでもその場所へと戻ることが出来るようになるのであれば、本格的な拠点としての場所を確保することだって出来るのだ。
出来ればぜひとも取得したいスキルだ。
萩野の様子を聞くに、クゼと会話をした後に取得をしたとのことだが……。
【座標転移】のスキル取得には、何かしらの会話が必要なのだろうか。
「どんな会話だったんだ?」
「えっと、そうですね……。あれ? なんでしたっけ」
萩野が、俺の質問に首を捻った。
「えっと、ちょっと待っててください。ええっと……。あれ?」
それから、萩野は眉間に皺を寄せて視線を空中に彷徨わせる。
必死に思い出そうとしているようだが、中々その会話が出てこないらしい。
その様子に、俺は一抹の不安を覚える。
……もしかして、誰でもそのスキルを取得できないように記憶に鍵を掛けているのか?
馬鹿な、ありえない。
そう言いたいはずなのに、このクソゲーでは〝ありえない〟と断じるその行為自体が〝ありえない〟ことだ。
何せ、このゲームは俺たちの思考を、人格を乗っ取ってくる。
記憶に鍵を掛ける何かしらの手段があっても、おかしくはない。
(仮に記憶を封じられているのだとしたら、目的は【座標転移】が誰でも手軽に取得できないようにするため、だろうな)
俺の【曙光】と同じく、チートにも当たるそのスキルだ。
無用な嫉妬や批判から逃れるために、広めないようにしている可能性は高い。
(だとしたら、【座標転移】という名前も封じた方がより徹底できそうだけど……。それを封じたら、スキルが発動できないから、なのかな)
そんなことを思いながら、俺は萩野へと視線を向ける。
「思い出せないなら、別にいい。それよりも、【座標転移】はすぐに使えるのか? 使用する条件とかありそうなスキルだが」
「すみません、最近忘れっぽくて……。あー、えっと、はい。すぐに使えますよ。【座標転移】の使用条件は〝MPが最大値まで回復していること〟と、〝全てのMPを消費すること〟ですね。今からクゼさんに会いに行きますか?」
その言葉に、俺たちは顔を見合わせた。
「大丈夫か?」
と俺は二人に問いかける。
ミコトは小さく頷いたが、クロエは反対に渋い顔をした。
「そうじゃの……。萩野、と言ったか? 【座標転移】はMPさえあれば時間に関係なくいつでも使えるのか?」
「ええ、使えますよ」
「じゃったら、我は少し休憩をしてから行きたい。何せ、ボスの後で疲労が溜まっておる。すぐに移動をするには、少々しんどい」
そう言って、クロエは俺にちらりとした視線を向けた。
その瞳が、何かしらの意図を伝えてきているのが分かった。
俺はクロエの目を見て、小さく頷くと萩野へと声を掛ける。
「それじゃあ、今から……そうだな、三時間後に出発したい。萩野は一度ギルドに戻ってくれるか? 三時間後に、この森の入り口辺りでまた合流しよう」
「わかりました。みなさんは、それまでどこに?」
「適当な場所で身体を休めるさ。何せ、今のギルドには近づけない」
そう言って、俺は肩をすくめる。
萩野は、「すみません」と申し訳なさそうに頭を下げると、胡坐を解いて立ち上がった。
「では、僕はギルドに戻ります。三時間後、森の入り口で会いましょう。ゆっくり、身体を休めてください。それと、ボスの討伐。遅くなりましたが、本当にありがとうございました」
萩野は俺たちに深々と頭を下げると、出てきたときと同じ様に森の藪を掻き分けて奥に消えていった。
「あ、おいッ! 帰るなら、そんな藪の中じゃなくて、こっちに俺たちが通ってきた道が――」
と声を掛けたが、【気配感知】に引っかかるその気配は、もうすでに俺たちの傍を離れていた。
【座標転移】を現時点で唯一ギルド内で使える立場にあるにも関わらず、死地へ飛び込んでくるところとか。
なぜか元ある道を使わず藪道を使って帰るところだとか。
そう言うのを見ていると、アイツにクゼの元への道案内を任せて大丈夫なのだろうか、と不安になってくる。
――浦野さん、もっと他にしっかりしたプレイヤーはいなかったのか。
そんなことを思いながら小さく息を吐き出すと、クロエが口を開いた。
「すまぬ。助かった」
それが、萩野から時間を貰ったことに対しての言葉だと、すぐに分かった。
「別に、時間を貰うのは構わんが……。何かあったのか?」
「いや、別に。今の状態でクゼの元に行って、何かしらがあった時に対処が出来ぬと思っただけよ。出来るだけ、HPとMPを回復させたい」
と、クロエは言った。
確かに、今の俺たちは自他ともに認める満身創痍の状態だ。
せめて、HPぐらいは回復しておいたほうがいいだろう。
「そうか……。うん、そうだな。ひとまず身体を休めるか。俺が最初に見張りに立つよ。二人とも、身体を休めてくれ」
「いや、最初に見張りに立つのは我がしよう。お主もミコトも、MPがほぼないじゃろ。出来るだけ身体を休めろ。一時間後にミコトが見張りに立って、その交代の時に我らのHPの全回復を。その一時間後にユウマがミコトと交代をして、ミコトはまたMPの回復に努める。これでどうじゃ」
「分かった」
俺はクロエの言葉に頷き、重たい身体を倒すようにして、ゆっくりとその場に横になる。
俺が横になったのを見て、ミコトもふらふらと俺の隣で横になった。
「それじゃあ、よろしく」
「任せておけ」
クロエがくくっと喉を鳴らす。
その笑みを聞いて、俺は瞼を落とす。
眠気はすぐにやってきた。
雨にぬかるんだ泥が、布団のように身体を包む。
不快感など、何もない。
ただ、ただ、心地よい睡魔がそこにはあった。




