六日目・深夜 絶望に抗う2
癒しの光が俺を覆って、千切れかけていた腕の肉が盛り上がり、骨が癒合する。
【瞬間筋力増大】による反動で断裂した右腕の筋肉が繋がる。
「今、俺のHPはいくつだ?」
と俺は聞いた。
「今の【回復】で、83になりました」
とミコトから言葉が返ってくる。
「……83、か」
両手を握り、開く。
左手は問題なく動いている。千切れる寸前で【回復】を使えたことで、問題なく繋がったようだ。それでもまだ骨にはヒビが入っているし、傷が塞がったわけではない。
だが、それでも動かす分には支障がなさそうだ。
「…………」
問題は右手だ。
力がほとんど入らない。
筋肉が断裂した影響で神経を傷つけたのか、僅かに指先が痺れている。
この反動が抜けきるまで、もう右手で野太刀を握ることは出来ない。
おそらく、腕が落ちたタイミングでミコトは【遅延】を解除していたのだろう。
デスグリズリーは、落ちた右腕を庇いながら俺たちを見据えていた。
狂気と殺意に濡れていた赤い瞳に、さらに殺意が籠る。
どこか慢心し余裕を浮かべていたその表情が明らかに変わる。
「殺ス。殺す殺スころス殺す!! 八ツ裂キにし、四肢ヲもイデ、臓物をバラマキ、その脳髄ヲ食ラッてやル!!」
デスグリズリーが低く轟くような声で言った。
腕を振り上げて、その肩の筋肉が盛り上がった。
――【風爪】を放つつもりだ。
俺は、その姿勢からすぐに奴の狙いを察した。
――どうする。また、ミコトを抱えて回避するか?
いや、ミコトを抱えて動こうにもこの腕では無理だ。
――それじゃあ、どうする? 諦めるか?
それは出来ない。俺は、何が何でもミコトを守らねばならない。
腕はもう動かない。
だが、俺にはステータスによって強化された身体がある。
この身を盾にすれば、まだ彼女を守ることが出来る。
未だに光の見えないこの絶望から――眼前になおも立つ死神から、この小さな少女を守るために。
己の持つ全てを出し切り、この少女を守るためだけに意識を向けて俺は動く。
≫≫システム:種族同化率が上昇しています。あなたの同化率は現在39%です。
ミコトの持つ俺のスマホからアナウンスが流れた。
俺は軋む身体に力を入れて、ミコトの前に飛び出た。
「【風爪】」
まるで、俺が出てくるのを待っていたかのように、デスグリズリーが腕を振り下ろす。
空気が割けて、地面が切り裂かれる。
風の爪撃はまっすぐに俺へと向かい、右の肩口から左の脇腹へと掛けて深く切り裂いた。
「ぐっ、ぁ――。がはっ!」
焼け付くように痛む身体。
咳き込むと、傷ついた内臓から溢れた血が口から漏れ出た。
失血で意識が飛びかける。
だが、飛びかけた意識は直後に襲ってくる激痛で引き戻される。
「ぅぅ、ぐぅぅうううう…………」
「ユウマさんッ!!」
ミコトがすぐさま【回復】を使うのが分かった。
傷が塞がり、血が止まる。
激痛が鈍痛へと変わったその瞬間。
また、あの言葉が耳に届いた。
「【風爪】!」
「――ッ!」
再度、俺の身体が切り裂かれる。
痛みで顔を歪めながらソイツへと目を向けると、デスグリズリーはニヤニヤとした笑みを浮かべていた。
「なンど治療をしヨウが無駄ダ。治せバ、治すダケ、何度モ痛ミヲ味わうこ、トニなる」
言って、デスグリズリーが腕を振り上げる。
≫≫システム:種族同化率が上昇しています。あなたの同化率は現在41%です。
「くっ」
ミコトのスマホからそのアナウンスが流れて、ミコトはデスグリズリーの攻撃から俺を守るように、俺の腕を引いて走り出した。
だが、デスグリズリーは嗤い声を上げるともう一度その腕を振り下ろす。
「【風爪】」
空気を切り裂いた爪撃は、真っすぐにミコトへと向かう。
俺は反射的に身体ごとミコトへとぶつかると、【風爪】からミコトを守った。
「ぐ、ぅ、あぁ――」
痛みで足がもつれて、俺はミコトを覆うように倒れ込む。
「ユウマさんッ、【回復】ッ!」
すぐさま、ミコトは俺を回復した。
だが、それでも痛みが引かず、血が止まらない。
俺は荒い呼吸を繰り返しながら、下敷きになったミコトに問いかける。
「みこ、と。俺の残りHPと、お前のMPは?」
「ユウマさんのHPが今の【回復】で54。私のMPは34、です」
「分かっ、た……。もう一度、【回復】を」
「ッ、はい。【回復】」
癒しの光に包まれ、今度こそようやく痛みが引いた。
傷がほどほどに癒えたの確認して、俺は必死に頭を巡らせて【風爪】の威力を計算する。
(一度受ければ、俺のHPが30前後減っている。今の俺のHPは84で、【回復】が使えるのは……あと五回、か。ということは、アイツの攻撃を受けられるのが、今のHPと合わせて残り七回)
それはつまり、俺が身体を張ってミコトを守れる回数だ。
七回目までは耐えきれる。
だが、八回目はない。
それはもう、俺のHPが尽きることになる。
「ミコト、俺のHPが尽きないよう【回復】をしてくれ」
「っ、それは――」
とミコトが口を開いた時だ。
「何度、回復シテモ無駄ダ。【風爪】」
その言葉が聞こえて、俺の背中が切り裂かれる。
「あ、ぐぅ!」
俺は必死にミコトを抱き寄せながらその痛みに耐えた。
激痛が身体を襲い、苦痛の声が漏れる。
だがすかさずミコトによる【回復】が発動して、傷を癒す。
「ぐ、ごほっ!」
それでも、今の攻撃で内臓が傷ついたのか。
咳き込むのと同時に口から血が溢れて、溢れた血がミコトの顔を汚した。
ミコトの瞳孔がきゅっと縮まり、ひゅっと息を小さく飲むのが分かる。
≫≫システム:種族同化率が上昇しています。あなたの同化率は現在43%です。
ミコトのスマホからアナウンスが鳴った。
ミコトが激しく身を捩り、俺の下から抜け出そうとする。
「だ、ダメです! これ以上は無理です!! いくら【回復】で傷が癒えると言っても、溢れた血が戻るわけじゃないッ!! これ以上、ユウマさんが血を流せば、ユウマさんが死にます!」
「馬、鹿が。落ち着け!! 同化率が上がってる!! これ以上はダメだ! 種族に――『天使』に身体が乗っ取られるぞ!」
「【風爪】」
ミコトにそう言った瞬間、何度目になるか分からない爪撃が俺を切り裂いた。
「ぐっ」
「ユウマさん!! いいから、そこをどいて!」
「大丈夫、だ。大丈夫だから」
俺は、ミコトを安心させるように口元に笑みを浮かべた。
すると、口から溢れた血が、俺の唇を伝ってミコトの唇へと落ちた。
その事実に、ミコトの瞳孔が激しく揺れる。
「嫌だ。私を守るために、ユウマさんが死ぬのはダメだって。死ぬのはダメだって言ったじゃないですか。お互いを守ろうって。これじゃあ、私は守られてるだけ。貴方が傷つくのを見てるだけ!!」
悲鳴のようにミコトが甲高い声を出した。
「それは、それは嫌、嫌なの! 私の目の前で、誰かが傷つくを黙って見ていることなんて出来ないの!!」
≫≫システム:種族同化率が上昇しています。あなたの同化率は現在45%です。
「ミコト、落ち着け! 俺は大丈夫だから。大丈夫だから!! 同化率が上がりすぎてる!! それ以上はダメだッ!」
「何がダメなの!? 私たちは、お互いを守るんでしょ!? これじゃあ、一方的に私は守られてるだけ。貴方は傷ついているだけ!! こんなの、こんなの!! 私は望んじゃいない!!」
「ミコト!!」
「――だったら、私は全てを捧げる。貴方が傷つくだけなら、私は全てを差し出す。この身体も、この心も。私は私よりも、貴方の命を優先させる」
その言葉と同時に、ミコトの目からデスグリズリーによって与えられ続けていた恐怖の色が消える。
≫≫システム:種族同化率が上昇しています。あなたの同化率は現在48%です。
「――――」
そのアナウンスに、言葉を失う。
もう後が残されていない。
互いが互いを守ることで、その生存率を高める。
その狙いは確かに良かった。
あの絶望的な状況でも、互いの命を優先して守ったおかげでここまで生き延びた。
だが、その作戦に〝互いだけを思い、自分の命を勘定に入れない〟という俺たちの種族特性が含まれていなかった。
結果、危機に陥ればどちらかの種族が暴走する。
押さえていた理性を忘れて、相手の命だけを優先しようとする。
どちらかが狂った生存戦略は、容易に破綻をする。
ミコトが、俺を見つめる。
かつては月のない冬の夜空のように、どこまでも澄んだ綺麗な黒色だった彼女の瞳は、一見して何も変わらないはずなのに。……今は、どこまでも深く続く深淵のように思えた。
「【回復】」
と言って、ミコトは俺の身体を癒す。
そして、ミコトは俺の胸を両手でそっと押すと、上昇したミコトの種族同化率に呆然とする俺の下から抜け出して、立ち上がった。
「守る。私は、ユウマさんを守るんです」
ふらふらと、ミコトはデスグリズリーへと向けて歩き出す。
「ミコト!」
慌ててその後ろを追いかけようと立ち上がるが、痛みと反動で力が入らない。
立ち上がろうとした身体はそのまま地面へと倒れて、俺は奥歯を噛みしめる。
ダメだ。
このままだと、ミコトが死ぬ。
彼女を助けることが出来ない!!
≫≫システム:種族同化率が上昇しています。あなたの同化率は現在42%です。
ミコトの持つ俺のスマホから、アナウンスが鳴った。
ミコトはそのアナウンスに反応したのか、ピタリと足を止めてデスグリズリーへと目を向ける。
「来なさい、今度は私が相手」
とミコトは言った。
「何ダ? オ前は」
と、デスグリズリーが突然雰囲気の変わったミコトへと警戒心を露わにして問いかけた。
「聞こえなかった? 来なさい、と私は言ったの」
ミコトは、デスグリズリーの言葉に小さく笑う。
「さンザん、守らレていた奴ガ何ヲ――」
「よく口が回る熊ね。喋らないと攻撃が出来ない脳無しなの?」
「ッ、コイツ――」
デスグリズリーの目に、怒りが浮かんだ。
俺に向けられていた殺意が、ミコトへと向けられるのが分かる。
ミコトは、その殺意に正面から立ち向かいながら、小さな声で俺に向けて言った。
「もう、大丈夫。ここからは私が」
そう言って、ミコトはゆっくりと息を吐いた。
そして、深く集中するようにデスグリズリーを見据える。
これから自分が何をするべきなのか、分かっているかのように。
まるで、心の声に従うように。
ミコトは自然な仕草で、片手を突き出してデスグリズリーへと向けた。
「調子に乗るなよ、【風爪】!」
ミコトの挑発に、デスグリズリーが吼えて腕を振るった。
その攻撃と同時に、ミコトは素早く口を開く。
「――【神の光楯】」
瞬間。ミコトの手のひらに光が集まり、ミコトの姿を完全に覆うほどの大きな、半透明状の光り輝く楯が出現する。
それは、神話における女神が用いた楯の名前。
ミコトによって発動したその光の楯は、まるで絶望の闇を晴らすように、暗闇に覆われた夜の闇を照らした。
同時に、ミコトの背中が急速に膨らむ。
ローブの下で、その背中の翼が急速に成長していくのを、俺は目の当りにする。
「――ッ」
息を飲んで、その光景を見守ることしか出来なかった。
【神の光楯】とミコトが言ったそのスキルを、俺はこれまでミコトが使っているのを見たことがない。
おそらくだが、そのスキルはたった今しがた手に入れたものだ。
【神の光楯】は、俺たちよりも遥かに格上のデスグリズリーの【風爪】を受け止めると、燐光のような光を散らしながら割れることなく全ての衝撃を受け止め、跳ね除けた。
そのあり得ない光景に、俺は言葉を失い目を見張る。
俺は、戦闘中でありながらも茫然として、【風爪】を受け止めて役目を終えたとばかりにゆっくりと消えゆく【神の光楯】を見つめることしか出来なかった。
ミコトは、片手を突き出したまま感情のない平坦な口調で言った。
「もう、ユウマさんを攻撃なんてさせない。私がユウマさんを守るんです。ユウマさんの痛みも、傷も、何もかも。私が全て受け止める」
言って、ミコトは薄く笑う。
どこまでも感情の消えた瞳を向けて、言葉を吐き出す。
「今度は私がユウマさんの命を守る番。さあ、おいで。相手をしてあげる」
「――タッタ一度、防いダぐライで調子に乗るナ! 【風爪】!!」
デスグリズリーが牙を剥いて唸り、腕を縦横に振るった。
瞬間、空気が震えて地面が割ける。
「【神の光楯】」
ミコトがすぐにそのスキルを発動させた。
幾重にも重なった風の爪撃がミコトへと迫るが、その光楯が全てを受け止め燐光に変える。
「クッ!」
デスグリズリーが悔しさに声を漏らして、その場から駆け出した。
【風爪】が効かないと分かり、直接攻撃する腹積もりなのだろう。
「ッ、くっそ!」
息を吐いて、慌てて身体に力を入れる。
いくらミコトが新たなスキルを手に入れたからと言って、ステータス自体が向上したわけじゃない。
俺がギリギリで反応できるぐらいなのだ。
デスグリズリーとミコトが直接相対して叶うはずがない!
「ッ、ぁあああああああッッ!」
身体を苛む激痛を無視して俺は立ち上がる。
そうして、ミコトを助けるべく駆け出したところで、俺たちの間にその声が割り入った。
「――すまぬ、遅くなった」
闇の中からその言葉が響くと同時に、夜闇の中からクロエが飛び出てきた。
クロエはすぐにデスグリズリーへと接近すると、デスグリズリーがクロエに気が付いて体勢を整えるよりも早く、デスグリズリーの横っ面に蹴りを放った。
「――ッ!?」
思わぬ奇襲に、デスグリズリーはその蹴りをまともに受けた。
クロエはさらに身体を翻すと、デスグリズリーの顎に目掛けて掌打を打ち抜く。
顎を打ち抜かれて、デスグリズリーの身体が揺れた。
クロエはその隙を逃すことなく全力で足を踏み込むと、両手を腰だめに構えて懐へと飛び込んだ。
「ぅぉおおッ!」
気合の言葉と共に、クロエは両手の掌底をデスグリズリーの腹へと打ち込んだ。
「ぐ、ァ!」
デスグリズリーの身体がくの字に折れ曲がる。
衝撃はデスグリズリーの身体を抜けて、デスグリズリーは地面を転がった。
「ふー……」
クロエがゆっくりと息を吐いて、デスグリズリーを見据えながら俺たちの元へとバックステップで近づいてくる。
「すまぬ、大丈夫だったか?」
「……なんとか、な」
と俺は笑った。
「状況は?」
「俺の同化率は42%、ミコトは……。48%だ」
「――最悪じゃの」
クロエが眉をしかめて言った。
「ミコトのMPは残っておるのか?」
「いや……」
と俺は小さく首を横に振る。
【神の光楯】と呼んでいたあのスキルが、MPを消費するのかどうか分からないが、それでもミコトのMPがかなり少ないのは間違いない。
今の俺たちは、同化率の余裕も、MPの余裕もなかった。
「そうか……」
と、クロエはゆっくりと息を吐く。
「あ奴、片腕がないようじゃが、お主が落としたのか?」
「ああ。ついさっき、な。おかげで、俺はしばらく刀が持てそうにない」
「……その刀はどこにある」
「ここだ」
クロエは、俺の刀に目を向けると、その刃に付いたままの血脂を指で掬い取った。
そして、その指を口に入れながらニヤリと笑う。
「マズい。じゃが、これであ奴のステータスは取り込んだ。レベルアップによるステータスも、もうすでに割り振っておる」
クロエはデスグリズリーを見据えたままのミコトへと声を掛ける。
「ミコト、ユウマを頼む。今度は我が前に出よう」
「――分かりました」
ミコトは、クロエの言葉に小さく頷いた。
クロエは、デスグリズリーを見据えて口を開く。
「さあ、第二ラウンドじゃ。人間と天使に代わり、今度は吸血鬼が相手をしよう」
ミコト視点を活動報告に載せてます。
気になる方は読んでください。
また、読まなくても本編に支障はございませんが、ミコトに何が起きていたのかがより分かりやすくなるかと思います。
https://syosetu.com/userblogmanage/view/blogkey/2654820/




