六日目・深夜 -エピローグ-
ふらり、と身体が揺れる。
激痛が身体を苛み、意識が途切れそうになる。
両足に慌てて力を入れようとするが、間に合わない。
俺は、重力に引っ張られるようにして後ろへと身体が倒れ――そうになったところで、両肩を後ろから支えられた。
「よくやったの」
俺を支えたのはクロエだった。
クロエは俺をゆっくりと横たえると、柔らかな笑みを浮かべた。
「気分はどうじゃ?」
「……最悪だ」
と俺はぎこちない笑みを浮かべる。
四肢が千切れたかのように痛い。
気を抜けば激痛で気を失いそうだ。
だが、耳元で聞こえる自分の心臓の鼓動が、俺がまだ生きていることを教えてくれている。
気分は最悪だが、悪くない。
じんわりと全身に広がるそれは、勝利というものを掴み取った余韻に他ならなかった。
「【集中強化】【瞬間筋力増大】解除」
俺は二つの限界突破を解除して、目を閉じる。
やがて、遠くからミコトが駆け寄ってくる足音が聞こえてくる。
「ユウマさん――ッ!」
「落ち着け、生きとるよ。それよりも、はやく【回復】を」
「そうですねッ、【回復】!」
閉じた瞼越しでも分かる光が、俺の全身を包む。
激痛がゆっくりと消えて、身体が楽になる。
「……ありがとう」
瞼を上げて、俺はミコトの顔を見つめながら言った。
「いいですよ、もう。それより、連続して限界突破を使って大丈夫ですか? 何か異常は?」
ミコトは、二回目の【回復】を俺に使いながら言った。
俺はゆっくりと腕を持ち上げ、手を握ったり開いたりして言う。
「……身体が怠い、かな。しばらくは続きそうだ」
まるで、全身に重りを付けたかのような怠さだ。
【回復】による光が収まったが、俺の身体を苛む鈍い痛みが続いている。
新宿の時のことを考えても、この怠さと痛みはしばらく続くのだろう。
俺はため息を吐き出して、身体を起こした。
「っ、ミコト、スマホありがとう」
言って、俺が手を差し出すと、ミコトはその手に握り締めていたスマホを差し出してきた。
「エルダートレントを討伐したってアナウンスが聞こえた。その後に、クリア報酬のことを言っていたな。確か、回数がどうのって」
「クリア回数が規定回数に達したからクリア報酬がアップグレードしたとか言っていたの」
とクロエが教えてくれる。
「アップグレードか……。もう、報酬の中身は見たか?」
俺の言葉に、二人は揃って首を横に振った。
どうやら、二人はまだクリア報酬を確認してないらしい。
「確認してみようか」
俺はそう言って、自分のステータス画面を開いた。
古賀 ユウマ Lv:24→26 SP:0→20
HP:138/138→142/142
MP:0/60→3/63
STR:71(+7)→73(+7)
DEF:55(+6)→57(+6)
DEX:53(+5)→55(+6)
AGI:71(+7)→73(+7)
INT:55(+6)→57(+6)
VIT:55(+6)→57(+6)
LUK:90(+9)→95(+10)
所持スキル:未知の開拓者 曙光 星辰の英雄 夜目 地図 雷走 集中強化 瞬間筋力増大 視覚強化 空間識強化 刀剣術 / 一閃
種族同化率:49%→26%
エルダートレントの討伐で、上昇したレベルは二つ。
新しいスキルを取得した様子もない。
種族同化率は減少していたが、現状の最低値と仮定していた20%ではなく、26%という数値になっていた。
(……同化率が減少しているけど、ボス討伐で最低値にまで落ちていない。今回は割とHP的にも余裕がある戦いだったからか?)
種族同化の減少が、強敵を倒すことで意識の留飲を下げることなのだとすれば、今回の減少値があまり落ちなかったことも納得が出来る。
どちらにせよ、一度では結果の出ないことだ。
俺は意識を切り替えて、ステータス画面をフリックして倉庫画面を表示させる。
倉庫画面に並んだマス目。まだ取り出していない食料や水が並ぶマス目の最後尾に、その報酬はあった。
宝箱の絵柄だ。
俺はその絵柄をタップする。すると、すぐに説明文が出てくる。
≫中身を選択してください。
「中身?」
思わず口に出して首を傾げると、表示された文章が切り替わった。
≫開拓セットを獲得しますか? Y/N
≫新しいスキルを獲得しますか? Y/N
≫新しい武器を獲得しますか? Y/N
……なるほど。
どうやら、表示された三つの中から『Y』を選んだ中身に、報酬が切り替わるらしい。
「二人とも、報酬を見たか?」
と俺はクロエとミコトに声を掛ける。
すると、ミコトが答えた。
「はい。三つ、表示されてますね」
「何が表示されてる?」
「えっと……。〝開拓セット〟と、〝新しいスキル〟と、〝新しい武器〟の三つですね」
「俺と中身が変わらないな。クロエはどうだ?」
「同じじゃ。これは、欲しい奴に『Y』を押せばいいのか?」
「ああ、それで良いんだと思うんだけど……。お前、何を選ぶつもりだ」
「武器は今持っておるグローブで事足りておるし、我はスキルじゃ。開拓セットってあれじゃろ? サバイバルセットのようなやつじゃろ? 名前からして、それを選ぶのはありえんじゃろ」
……まあ、確かにそうだ。
セットというからにはいくつかの道具が入っているんだろうが、現状では選ぶメリットがない。
必然的に、俺たちが選ぶ報酬はスキルか武器の二択になる。
「私もスキルですね。武器はまだありますし」
とミコトは言った。
「俺は……。武器だな。今の戦いで壊れちまった」
愛用していた小太刀はもう手元にない。
素手でもモンスターと戦えるが、やはり武器の存在は大きいだろう。
俺たちはそれぞれ、自分が希望する報酬へ『Y』を押す。
すると、マス目の絵柄が変化して刀の形になる。絵柄をタップすると、『野太刀』と表示された。
「良かった、刀だ」
と俺は安堵の息を吐きながら、さっそく新しい武器を取り出す。
倉庫から出てきたのは、全長が一メートルを超える刀だった。
早速、その使い心地を試してみる。
「……うん、悪くない」
小太刀と比べて長さが伸びたからか、これまでのように簡単に刃を返すことは出来ない。
だが、それを補って余りあるリーチと厚みのあるその造りは、簡単には折れない実践向きの刀であることを教えてくれていた。
そんなことを考えて、自分の武器に満足そうにしていると、自らのステータス画面を見つめて難しい顔をしているクロエとミコトに気が付いた。
「どうしたんだ? スキルは出たんじゃないのか?」
「出るには出たんじゃが……。四つ目の種族スキルじゃった」
とクロエが言った。
「クロエさんもですか? 私も種族スキルです」
とミコトも眉間に皺を寄せたまま言う。
「種族スキルか。報酬で貰うことが条件なのか?」
「……じゃろうな。与えられたと書いてあるし」
「スキルはどんなスキルなんだ?」
「【生命吸血】……。簡単に言えば、血を飲めば我のHPを回復するスキルじゃな。回復量は我の最大HPの30%らしい」
「良いスキルじゃないか」
と俺は言った。
「そうじゃの。……じゃが、我はまた吸血鬼に近づいた」
とクロエは言った。
なるほど。それがクロエの浮かない理由か。
ただでさえ種族のデメリットが大きい吸血鬼だ。種族スキルを取得した数だけ身体が吸血鬼に近づくとなれば、ため息も増えるというものだろう。
「ミコトは何が出たんだ?」
「私のは――」
とミコトが口を開いたその瞬間だった。
――ぞわり、と全身の肌が粟立つ。
頭の毛先から足の先まで、全身の毛が逆立つ。
これまで何度も味わってきたその威圧感に、身体が震えはじめる。
「――は? えっ?」
間抜けな声が出た。
そして、それはクロエもミコトも同じだった。
二人とも、ハッとした表情で固まったまま、身体が震えはじめている。
「ゆ、ユウマさん……。これって」
とミコトが竦みあがりながら言葉を絞り出す。
「ど、どういうことじゃ……。我らは確かにボスを倒したはずじゃろ!? 一体、何が起きているッ!」
ありえないこの状況に、クロエが慌てふためきながら言った。
背中に冷たい汗が浮かぶ。
俺は生唾を飲み込んで、周囲を見渡す。
そして、ようやく見つけた。
この場所から、森へと抜ける帰り道。
その奥から、一人の男が走ってくる姿が見えた。
痩せ型の、中年男性だ。
少し前にエルダートレントの威圧感に耐え切れず、ギルドのメンバーと共にこの場から去って行ったその顔は、忘れるはずがなかった。
「浦野、さん?」
と俺は呟く。
浦野さんは真っすぐに、俺たちへと向けて駆けてくる。
頭の先から足の先まで全身に真っ赤な血を浴びて、俺たちへと向けて駆けてくる。
その顔には壊れたような笑顔が張り付き、俺たちに向けて走ってくる割には視点があっていない。
何度も、何度も足元のひび割れたアスファルトに躓きながら、近寄ってくると彼は絞り出すように言った。
「皆さんッ! 早くッ、早く逃げてくださいッッ! 私たちの作戦は、失敗しましたッ!!」
「ど、どういうことだ!? このプレッシャーはなんだ!? 作戦が失敗したって、どういうことなんだよ!」
俺は浦野さんへ向けて叫ぶ。
だが、俺の言葉は浦野さんには届いていないようで、浦野さんは恐怖で視点の合わないまま、錯乱したように唾を飛ばしながら言った。
「アイツは……。アイツはッ! この世界のモンスターも、私たちと同じだったんだ! 私たちを殺せば殺した分だけ、アイツらは強くなる!! ギルドのメンバーは私を除いてみんな死んだ!! もう無理だ!!」
その言葉に、俺たちは動きを止める。
その言葉の意味が、分かってしまう。
浦野さん達が今までどこに行っていたのか、ギルドのメンバーが何をしていたのか、俺たちはそれを知っている。
だからこそ俺たちは、浦野さんがこれほど錯乱をしている理由と、このありえない威圧感の理由に気が付いてしまう。
「まさか――。デスグリズリーが――」
と俺が口を開いた時だ。
心臓を鷲掴みにされるかのような、冷たい殺気が俺たちを襲った。
「ひっ!」
とミコトが短い悲鳴を上げる。
「こ、これは……」
とクロエが言葉を失くす。
「ああああああ、来た、来た来たッ! もう、無理だ! 無理なんだッ!」
と浦野さんがさらに取り乱す。
「――――――」
そして俺は気が付く。
浦野さんが走ってきたその森の奥。
そこに佇む一匹のモンスターの姿に。
全身が血に濡れたように真っ赤で、狂気に染まったような深紅の瞳。腕に伸びた爪からは血が滴り落ち、その身体は以前に見た姿よりも一回り、二回りほども大きい。
全身から放つ威圧感と殺気に、俺は呼吸を忘れてしまう。
――あれは、死神だ。
俺たちの命を刈り取るために現れた死神だ。
プレイヤーを相手に戦いの経験値を溜めて、人を殺す手段を覚えて、モンスターから化け物へと成り変わってしまった。
本能が、魂が、心が、今すぐこの場から逃げろと叫び続けている。
あれは危険だと、本能が警鐘を鳴らし続けている。
「なんだよ……これ。なんなんだよ、これはッ!」
思わず言葉が漏れた。
漏れた言葉は感情を刺激し、怒りとなって俺の身体の内側を焼き尽くす。
「ふざッッけんなッ!! どうして、どうして!! どうしてボスモンスターがもう一匹いるんだよッ!!」
俺はあらん限りの怒りを叫びに変えて言った。
ありえない。何だこれは。なんだこのクソみたいな現実は!!
どうして、俺たちはボスモンスターを倒したのにボスモンスターと遭遇している?
どうして、俺たちはこんなことになっている!?
――いや、分かっている。どうしてなのかは、さっき浦野さんが言ったじゃないか!!
コイツは、さっきまでタダの普通のモンスターだった。
だがプレイヤーとの戦闘を経験して、三十人を超えるプレイヤーを虐殺して、俺たちがモンスターを倒して経験値を得るように、コイツは俺たちプレイヤーを殺して経験値を得た。
そして、コイツはボスへと生まれ変わった。
いや、ボスモンスターが出来上がってしまった!!
思えば、エルダートレントの意識が俺たちから逸れていたのはコイツが居たからだ。
この森に誕生したもう一匹の強大なモンスターに、エルダートレントは意識を奪われた。
この森はエルダートレントの縄張りだった。その縄張りの中に現れた新たな強者に、エルダートレントは反応していたのだ。
「このッ、クソゲーがァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」
俺はこの現実にありったけの怒りをぶつける。
怒りをぶつけて、恐怖を押しのける。
俺たちは間違っていた。
選択を誤った。
エルダートレントと出会った時点で、俺はすぐにでも全てのスキルを使用して、いち早くエルダートレントを倒すべきだった。
この作戦が始まった時点で、タイムリミットは決まっていたのだ。
深く考えれば、この可能性も分かったことだった。
俺は、知っていたじゃないか。
この世界のモンスターは、戦闘による経験値を溜める奴が存在していると。
新宿の食屍鬼、広場で出会ったデスグリズリー。
知能を持ったモンスターが、経験値を溜めればどうなるのかぐらい分かっていたはずだ!
――時間はもう巻き戻らない。
間違えた選択を取り消すことは出来ない。
俺たちにはこの日、二度目のボス戦を行うしか道は残されていない。
新しい武器である野太刀を俺は構える。
【瞬間筋力増大】の反動で力が入りにくい。
身体は怠く、動きも鈍い。MPも万全の状態じゃない。
ミコトもMPを消費し、クロエに至っては血液がもうない。
唯一マシなのは、俺の同化率が減少したことだけだ。
……だが、それでも。
俺の同化率は25%を超えている。
俺は――古賀悠真という男は、四分の一が消えてしまっている。
目の前に現れたボスに、悠真が消えた隙間に入り込んだ『人間』が反応する。
ソイツを早く殺せと耳元で囁いてくる。
――状況は、最悪だ。
それでも、俺たちは挑まねばならない。
このクソみたいな現実を否定するために。
俺たちの生きる道は、この絶望に抗うしかないのだから。
ここまでお付き合いいただき、誠にありがとうございました。
これにて「種族:人間ではじまるクソゲー攻略! ~レベルとスキルで終末世界をクリアする~」の第三章が終了となります。
合わせて、ここまで読んでいただいた皆様にお願いです。
本作の第三章読了時点での評価を、星1つでも良いので評価していただけると嬉しいです。
また、これまでに評価して頂いた方も、第三章読了時点での再評価をしていただけると、この上ない執筆の励みとなります。よろしくお願いいたします。
第四章はこの絶望に抗うところから始まります。
では、また。絶望の先で会いましょう。




