六日目・深夜 二つ目の限界突破
「…………」
頭を振って、思考の沼を追い出す。
視線を向けると、樹木の巨人は未だにそこに立ち尽くしていた。
直前にまで俺たちへと向けて怒りに震えていたが、今は別の何かに気を取られているかのように静かだ。
俺は巨人から視線を切ると、クロエ達へと向き直る。
「何があったのかは分からないが、アイツの気が俺たちから逸れている。今がチャンスなのは間違いない」
「それはそうじゃろうが……。じゃが、どうするつもりじゃ。我らとあ奴では、そもそも大きさが違いすぎる。どうすることも出来んじゃろ」
「そうでもない」
と俺はクロエの言葉に首を横に振った。
「俺にはまだ、使っていない限界突破がある。それさえ使えば、多分一撃で、俺はアイツの身体を砕くことが出来るはずだ」
「使っていない限界突破? ――まさか【瞬間筋力増大】のことか!?」
ハッとして、クロエは言った。
「お主、自分が何を言っておるのか分かってて、そう言っておるのじゃろうな!? あれはお主が使う【集中強化】とはまた違う。肉体の限界突破じゃぞ!? それを使えばお主はまた――リッチ戦の時のように身体がボロボロになるじゃろうがッ!!」
「っ!? それはダメです! ユウマさん、今度こそ本当に死にますよ!?」
クロエが言った言葉に、ミコトはすぐさま反応した。
「いくら【回復】でHPの数値上は大丈夫でも、あの状態が身体に何の影響もないなんてありえません! それは【集中強化】を使っているユウマさんならすぐに分かるでしょう!?」
分かってる。そんなこと、百も承知だ。
何度も限界を超えて、いくら【回復】による回復があるからと言って。それが何度も通用するはずがない。
リッチ戦の後、最大にまでHPが回復したにも関わらず、スキルの反動による痛みが残存していた結果からとうに分かっていた。
考えるに、【回復】スキルは万能じゃない。
【回復】スキルが行っているのは、HPという目に見える数値をあくまでも回復させているだけ。その結果として、俺たちの現実では肉体の損傷が癒されているが、その本質はまるで違う。
【回復】スキルはあくまでも、トワイライト・ワールドのゲーム内におけるキャラクターのHPを回復させるスキルだ。
ゲームが現実に影響しているこの世界だからこそ、その数値の回復が副次的に俺たちの肉体の損傷を癒しているが、スキルの反動という数値にも影響しないものは対象外である可能性が高い。
もちろん、スキルの反動によってHPが減れば、その反動によるダメージを癒すことは出来るだろう。
だが、もしスキルの反動によって肉体に何かしらの影響が出たとしたら。
例えば、【集中強化】による度重なる使用で脳の一部がダメージを負って使い物にならなくなったとしたら。
肉体は怪我をしていないからHPは減らない。減らないHPを【回復】スキルは癒せない。結果として、その反動を癒す手段はない。
――これが限界突破の怖いところだ。
反動によって引き起こされる肉体への障害。
その可能性があるからこそ、積極的には使えないスキルだ。
だが、それでも。
現状を打破するにはそのスキルに頼るしかない。いや、頼らざるを得ない。
レベルを上げて、ステータスを上げて、補正が掛かるスキルを得て。
そして俺は、クソゲーのボスと同格になった。
ようやく同格になっただけなのだ。
同格では勝つことが出来ない。
それに、俺の同化率はもう38%だ。
俺にはもう、時間が残されていなかった。
「分かってる。分かってるよ! でも、使うしかない状況なんだよ。俺の同化率はもう38%だ。俺が俺でいられる時間はもうないんだよ!! 早く、少しでも早くアイツを殺さないと俺はまた……。新宿の時と同じ結果になる」
その言葉に、ミコトも、クロエも押し黙っていた。
俺は二人の顔を見ながら言葉を続ける。
「俺はもう……。『人間』に代わられたくないんだ。そのためには、少しでも早くアイツを倒さないといけない。そのためには【瞬間筋力増大】のスキルを使うしかないんだよ」
「…………はぁ」
と俺の言葉にため息を返したのはクロエだった。
「お主の言葉が『人間』によるものなのか、お主自身の言葉なのか、もはや分からぬ。……じゃが、あのボスを早く倒さねばならぬのも間違いない。お主は、【瞬間筋力増大】を使えばお主の身体がボロボロになるのも分かってて、それでもなおそのスキルを使うというのじゃな?」
「ああ、そうだ」
「そう、か」
クロエはゆっくりと、大きなため息を吐き出した。
それからじっと考え込むように、動くことがない巨大な木人へ目を向けると、また息を吐き出して口を開く。
「分かった。ならば我も、全て摂取した血液を【暗闇同化】に回そう。全力で、お主が確実に一撃を叩きこめるよう隙を作る」
「すまん。助かる」
「よい。ミコトよ、ユウマが【瞬間筋力増大】を使った後に【回復】を使ってユウマを癒すのじゃ。スキルの反動で、こ奴はまた動けなくなるじゃろ」
クロエの言葉に、ミコトは何も言わなかった。
ただじっと俺の顔を見つめて、小さく問いかけてくる。
「……本当に、それしか方法がないんですね?」
「……ああ。短期決着をつけるなら、これしかない」
俺の覚悟を感じ取ったのだろうか。
ミコトも、クロエと同じように息を吐くと、同意を示す頷きを返してきた。
「分かりました。ただ、あの大きさです。いくら限界突破をかけたユウマさんでも、一撃は難しいと思います。まずは足を崩して、エルダートレントを転ばせた方が良いでしょうね」
「ってことは、【瞬間筋力増大】は二回使う必要があるな。一撃目で足を、二撃目でトドメって流れが理想か」
「そうですね。一撃目の後、私はすぐにユウマさんを回復します。回復の後に、トドメを刺したほうが良いでしょう」
「そうじゃの、それが良い」
とクロエは頷いた。
そんな時だ。
――ズキリ、と頭に痛みが走る。
思わず手で頭を抱えると、二人に心配そうな顔で見つめられた。
「お主……。まさかもう【集中強化】を使っておったのか? どうしてスキルを発動させたままなのじゃ」
「……いつ、アイツが動き出すのか分からないのに、スキルを切れるわけねぇだろ。そろそろ行くぞ。アイツも、いつまでも呆けてるわけじゃないはずだ」
俺の言葉に、クロエは何かを言いたそうにしていたが、やがて呆れた息を吐いて会話を打ち切った。
俺たちは、武器を構えて巨大な木人へと向き合う。
「ふぅぅ…………」
ゆっくりと、俺は息を吐く。
手に持つ棍棒に力を込めて、背負ったバックパックに突き刺したままの小太刀の位置を確認する。
おそらく、これが俺たちのラストアタック。
アイツが何かに気を取られている今こそが、俺たちにとっての最大の好機。
ステータスに差がないとは言っても、その体格には大きな差がある。
巨象が身じろぎをするだけで、蟻にとっては致命傷になるのだ。
この攻撃で確実に、俺たちはアイツを殺さねばならない。
「――行くぞ」
二人へと向けて言って、俺は両足に力を込め――巨人へと向けて駆けた。
滑るように地面を駆けながら、俺は両手に棍棒を構える。
すると、俺のポケットから再びアナウンスが鳴った。
≫≫システム:種族同化率が上昇しています。あなたの同化率は現在42%です。
瞬間、意識がさらにボスへの討伐へと向かう。
いち早くあの存在を殺せと心が叫ぶ。
その思考を、俺は歯を固く食いしばって噛み殺す。
そうして辿り着いた巨人の足元で、俺は構えた棍棒を袈裟斬りをするように振りかぶった。
「【瞬間筋力増大】!!」
それと同時に、俺はスキルを発動した。
棍棒を持つ手に万力の如く力が加わる。
肩が、腕が、足が、全身の筋肉のすべてが、自分に発揮できる以上の限界を超えて、人という生き物が持つ筋力を解き放つ。
「ォオオオオオオオオオオッッ!!」
――ブチッ。ブチブチブチッッ!
と、どこかの筋肉が断裂する音と痛みが俺を襲う。
だがそれでも、俺は力を加えることを止めるわけにはいかない。
それどころか、さらに全身に力を込めて、手に持つ棍棒を粉砕する勢いでまっすぐに、エルダートレントの足元へとぶつけた。
――――轟音。衝撃。振動。激痛。
そのすべてが、一瞬の間に全て重なる。
俺の手に持つ棍棒は砕け、エルダートレントの足はまるで爆薬で吹き飛ばされたかのようにへし折れた。
俺は、棍棒を叩きつけた自らの衝撃で吹き飛ばされて、【瞬間筋力増大】の反動によって腕、肩、背中、腰、足、その全ての筋肉が断裂した痛みが俺を襲い、激痛に息が詰まった。
「~~~~~~~~~~~~~~~~~~ッッ!!」
エルダートレントが悲鳴のような音を出す。
俺は地面をゴロゴロと数メートルほど転がって、ようやくその勢いが止まった。
【瞬間筋力増大】を解除しながら、痛みで滲む視界で目を向けるとエルダートレントがゆっくりと倒れるところだった。
二度目の轟音とともに、地面が激しく揺れる。
立ち上る土煙に顔を顰めていると、傍へと近寄ってきた誰かに腕を掴まれ、無理やりに立たせられた。
「生きておるか!?」
どうやら、俺の腕を掴んだのはクロエだったらしい。
「なん、とかな」
と俺は痛みで歯を食いしばりながら答える。
「ひとまず、ここから離れるぞ!」
クロエは、俺に肩を貸すとすぐにその場から離れた。
少し歩くと、土煙の中で駆け寄ってくるミコトと俺たちは合流した。
「HPはどうなってますか!?」
ミコトは俺の姿を見ると、短くそう言った。
俺は震える手でポケットからスマホを取り出す。
だが、その手には上手く力が伝わらず、スマホが地面へと落ちてしまう。
ミコトはそのスマホを拾い上げると俺に差し出してきたが、俺は首を横に振って答えた。
「すまん、スキルの反動で手に上手く力が入らないんだ。ミコトが俺のステータス画面を見てくれないか?」
そう言って、俺はミコトにスマホのロック番号を伝える。
ミコトはすぐに俺のスマホのロック画面を解除すると、ステータス画面で俺の状態を確認した。
「残りHP83……です」
とミコトは言った。
俺の最大HPは138だったから、一度のスキルによる反動で俺のHPは四割ほど削れている計算になる。
ミコトはすぐにスマホ画面から視線を切って、俺の胸に手を翳す。
「【回復】を二回使えば大丈夫そうですね。【回復】」
ミコトはスキルを発動させて、俺の身体を癒した。
断裂した筋肉が再び繋がり、激痛が引いていく。
癒しの光が収まると、すかさずミコトはスキルを発動させた。
二度目の癒しによって、俺は完全回復する。身体には筋肉痛のような痛みが残存しているが、動けないほどじゃない。
「すまん、助かった」
「調子はどうじゃ?」
「痛みが残ってるけど、問題ない。動ける」
言って、俺はミコトへと目を向ける。
「俺のスマホ、ミコトに預ける。俺のHPを確認しててくれ」
「……分かりました」
ミコトは俺のスマホをぎゅっと握り締めながら頷いた。
俺は手元に残った棍棒の欠片を地面に落とすと、背中のバックパックから小太刀を引き抜いた。
バックパックをミコトへと押し付けるように渡して、俺は腰を落として両足に力を入れる。
「クロエ、先行してくれ。少しでいい。アイツの気を引いてほしい」
「任せておけ」
とクロエは言って、
「【暗闇同化】」
そう呟いて土煙の中へと姿を消した。
「ふぅぅうう…………」
ゆっくりと、息を吐く。
右手に持つ小太刀を正眼に構えて、集中力を高める。
――土煙の先から、木材を割ったかのような音が響いてきた。
どうやら、クロエがボスの気を引くために攻撃し始めたらしい。
その音を聞きながら、俺はボスを討伐するために――ただそれだけの意識へと自らを持っていく。
≫≫システム:種族同化率が上昇しています。あなたの同化率は現在46%です。
アナウンスが聞こえた。
ミコトが息を飲む気配が伝わる。
だが、それでも俺は集中力を切らすことなく持続する。
ゆっくりと土煙が晴れて、地面に崩れたその巨体が露わになってきた。
もう一度、その巨体から音が響き、何かが割れる音が響いた。
「――――ッ」
その音を合図として、俺は一気に両足に溜めていた力を解放した。
弾丸のように駆けながら、俺はどこかにいるであろうクロエに向けて大声で呼び掛ける。
「クロエ!! 離れてろ!」
「っ!? 了解じゃ!」
どこかからか声が聞こえた。
薄くなる土煙の中からクロエが飛び退り、俺と入れ替わる。
俺は真っすぐに、先程エルダートレントを攻撃していたその幹の部分へと駆けつけた。
クロエが攻撃をしていたのだろうか。その部分は、先程よりも大きく凹み、割れている。
足を踏みしめ、俺は小太刀を両手で持って眼前に構える。
――よく視ろ。これが最後のチャンスだ。
あの割れた部分こそが俺たちが作った攻撃の糸口。
あそこならば、小太刀であろうと確実に刃がその中身へと入る。
「【瞬間筋力増大】」
呟き、俺は二度目の肉体の限界を超える。
両手で小太刀の柄を握り締め、筋肉が断裂する音を聞きながら、この戦闘で初めてとなる【一閃】を使う。
≫≫システム:種族同化率が上昇しています。あなたの同化率は現在49%です。
遠くから再びアナウンスが知らせる。
「割れろォオオオオオオオオオオッッ!!」
そのアナウンスをかき消すように叫び、俺の全身全霊を掛けて小太刀を振るった。
小太刀は限界を超えた筋力によって後押しされて、【一閃】の効果で切れ味を増す。
刃は硬い幹に衝突するが、その手ごたえとともに幹の身体を切り裂く。
スキルによって威力が増した斬撃は衝撃となって、刀身以上の斬撃をエルダートレントへとぶつけた。
――轟音と共に、幹が割れる。
直径十メートルの巨大な幹を、刀身が一メートルにも満たない小さな刃が真っすぐに断ち切った。
その威力に、小太刀自身が耐えきれずにエルダートレントの身体を断ち切ると同時に刀身は粉々に砕け散った。
「~~~~―――――」
エルダートレントの断末魔が響き、途切れる。
音が消えて、辺りは再び静寂に包まれる。
やがて、割れたその幹が地面を揺らしながら倒れて、エルダートレントが色を失い消えていくのを見て、俺はその場に座り込みながらようやく胸に残った息を吐き出した。
≫≫エルダートレントの討伐を確認しました。
……遠くから勝利を知らせるアナウンスが鳴った。
≫≫ストーリークエスト:緑の古王 が完了しました。
≫≫ストーリークエスト:緑の古王 の報酬を獲得します。
≫≫ストーリークエストのクリア回数が規定回数に達しました。
≫≫クリア報酬がアップグレードされます。
≫≫クリア報酬が選択式となりました。クリア報酬を選択してください。




