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種族:人間ではじまるクソゲー攻略! ~レベルとスキルで終末世界をクリアする~  作者: 灰島シゲル
【第一部】 緑の古王とプレイヤーズギルド

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六日目・深夜 木人

 


 ――俺の中の時間が引き延ばされる。


 視界に映るそのすべてを脳が急速に処理を始める。



 【集中強化】を使用する以前では何となくでしか分からなかった、動く無数の枝の正確な位置と距離が【空間識強化】によって補強をされて頭に入ってくる。


 新宿の時よりもステータスが上昇し、【雷走】によって強化された俺の身体は、以前にも増して【集中強化】によってフィードバックされた情報に的確に対応していく。



「――――ッ!」



 迫る枝を打ち落とし、打ち払い、叩きつけて蹴り払い、掴んでへし折って、拳で打ち砕く。

 数瞬で数十の枝を捌き、俺たちへと襲い来る枝にすぐさま対応する。

 それでも対応できないものは、ミコトが【遅延】を細かく発動させながら一瞬の動きを止めてくれる。


 だが、この動きが出来るのも俺のMPが尽きるまでだ。

 彼らを守るため、いつも以上に大きく動き続けるために【雷走】を切ることも出来ず、やがてその限界はやってくる。



 まるで元の速さを思い出したかのように動きが落ちた自らの身体に、俺は自分のMP切れを悟った。



「くっ!」



 だがそれでも、俺は動きを止めることは出来ない。

 ここで動きを止めれば彼ら――浦野さん達は確実に死ぬ。

 俺に言われた通り、地面に這いつくばるようにして頭を下げ続ける彼らを、俺は何としてでも守らねばならない。



「くっ、そぉおおおお!!」



 声を出して、自らを鼓舞する。

 動きは落ちたがまだ見える。俺の目は、脳は、今なおエルダートレントの攻撃を見極めてくれている。


 だとすれば後は俺の気持ちの問題だ。


 【雷走】がなくても、俺の身体はまだ動く。動き続けることが出来る!



 ――そんな時だ。

 バキリ、というエルダートレントの身体が砕ける音とともに、俺たちを襲う攻撃の手が止まった。


 ……どうやら、クロエが無事にエルダートレントへと攻撃することが出来たらしい。


 すぐにその事実を察した俺は、浦野さんに向けて声を張り上げる。



「一度ここから離れろ!! 態勢を整えるんだ!」

「わ、分かりました!」


 こくり、と浦野さんが頷いた。



 彼らは互いを支え合うように立ち上がると、震える足を抑えつけるようにその場から離れていく。

 その途中で、浦野さんがくるりと振り返り、その手に持った棍棒を俺に投げつけてきた。


 慌ててそれを掴み取ると、浦野さんが声を張り上げてくる。


「使ってください! あなたの武器は、その背中のリュックに刺さった小刀でしょう!? それじゃあ、あのモンスターを傷つけることも難しいはず。だからあなたは小刀を使わず、拳や蹴りによる攻撃をしているようですが……。あなたなら素手でも十分でしょうが、武器があった方が楽なはず!! 良ければ使って下さい!!」


「――助かる!」



 刀剣ではないから【一閃】が発動しないが、素手で殴るよりも断然マシだ。

 俺は具合を確かめるように一度、二度素振りをしてから、小太刀を使うようにその棍棒を腰だめに構えた。



「ふー……」



 息を吐いて、呼吸を整える。

 エルダートレントを見据えて、腰を落として両足に力を込める。



 ≫≫システム:種族同化率が上昇しています。あなたの同化率は現在38%です。



 再び、ポケットからアナウンスが鳴った。

 ……時間がない。

 いち早く、あのモンスターを殺さなければならない。



「――ッ!」



 地面を蹴って、駆ける。

 飛び込んでくる俺に気が付いたエルダートレントが、ひと際大きな枝を振るってきた。


「【遅延】、五秒」


 だがその枝はミコトによって動きを阻害され、俺が走り抜けた後に何もない空間を叩いた。



「~~~~ッ!」



 怒りにエルダートレントの身体が震えて、さらにもう一度枝を掲げて打ち落としてきた。



「我のことを忘れてもらっては困るの」


 とクロエが言って、俺が殴りつけて無数の凹みが出来たその場所へと向けて全力の拳を叩きつけた。



「~~~~~~~~ッッ!!」



 何度も同じ箇所を殴られたからだろうか。

 その大きな幹に小さなヒビ割れが生じる。

 その痛みで、エルダートレントの動きが一瞬だけ止まり、俺はその巨木の根本に辿り着いた。



「――ふっ!」



 腰に溜めた棍棒を、両手で持って横薙ぎに打ち付ける。

 ドンッという音と共に、その幹の表面が木片を飛ばして大きく凹む。

 棍棒はエルダートレントの身体に大きなヒビを入れた。


 これまで激しく動いていたエルダートレントの動きがピタリと止まったのはその時だ。



「……なんじゃ?」



 急に動きを止めたエルダートレントに、クロエが怪訝な表情を浮かべる。

 俺も、急に静かになったエルダートレントに対して眉根を寄せた。


 ……まさか、死んだのか?


 いや、それはありえない。

 死んだのだとすれば、コイツの姿は崩れて空気に溶けて消えるはずだ。

 それが無いってことは、コイツはまだ生きている。



「――よく分かんねぇけど、敵を目の前に動きを止めるのは随分と余裕だな!」


 言って、俺は棍棒を両手で構えた。



 浦野さんがしていたように、バッタースタイルで棍棒を掲げたその時だ。




「~~~~~~~~~~~~~~ッッッ!!」




 これまでとは比べ物にならないほど大きな、甲高い音が周囲に響いた。


 びりびりと空気が震えて、その音の波状に俺とクロエは思わず耳を抑える。

 これは……マズい。まるで音の爆弾だ。近くに居れば、それだけで鼓膜が破けてしまう。


「――――!!」


 俺はありったけの声でクロエに退却を提案した。

 だが、俺の言葉はエルダートレントによってかき消されてしまう。

 それでも、クロエは、俺の視線に言いたいことを察してくれたようで、はっきりとした頷きを返してくれた。


 俺たちは、すぐにその音から――エルダートレントから離れるべく身体を反転させた。


 異変が起きたのはその時だ。


 俺たちの足元が、まるで地面のその下を何かの生き物が這っているかのように蠢き始めたのだ。



「ッ!?」



 慌てて、俺とクロエはその蠢く地面から飛び退る。


 ――その瞬間。蠢いていた地面を割るように、無数の巨大な根がその寸前にまで居た俺たちを突き刺すように地面を割って空へと伸びた。



「――っ!」



 驚愕に目を大きくしたクロエが声を漏らす。

 コンマ数秒でも離れるのが遅ければ、俺たちは間違いなく串刺しにされていたことだろう。

 その事実に、背中に冷たい汗を流していると今度は地面が激しく揺れ動いた。



「ッ!?」



 間違いなく、この揺れはエルダートレントが引き起こしているものだ。

 揺れる地面に体勢が崩れないよう必死に足を踏ん張っていると、空気を震わせるほど響いていた音がゆっくりと止まった。


 耳を抑えていた手を下ろすと、キーンとした耳鳴りが聴覚を支配する。

 その不快感に思わず顔を顰めていると、唐突に全身へとぞわりとした感覚が広がった。


「――――これは」


 何度も味わった感覚だ。

 ただ、これまでと違うのは本能が恐怖をしていないこと。

 それでも全身の毛が逆立つほどの圧倒的威圧感が――まるで、その揺れが契機となったかのように周囲へと解き放たれていた。



「ッ、クロエッ!! 早くミコトの元へ戻るぞ!」



 何かよくないことが起きようとしている。

 そして、その予感は大抵当たるものだ。

 俺たちが大丈夫でも、このままではミコトも、ギルドの彼らも無事ではない気がする。


「うむ、了解じゃ!!」


 クロエもすぐにその危険を悟ったのだろう。

 俺の言葉にすぐさま頷くと、両足に力を入れてミコトの元へと駆けた。



 ミコト達の元へとまっすぐに戻ると、先程よりもさらに顔を青くした浦野さん達と、慌てた様子のミコトが出迎えてくる。



「何が起きたんですかっ! 急に威圧感が増しましたけど!?」


 と、ミコトが直槍を握り締めながら言った。



 浦野さんを始めとするギルドの彼らは、声が出ないほどの恐怖に押しつぶされている。

 足が震え、瞳孔が恐怖に揺れて、腰が抜けている。

 これはもう……。戦闘続行は無理だろう。


「浦野さん、俺たちは良いから一度戻ったほうが――」


 そう口に出したその時だ。



 地面の揺れがピタリと収まった。

 周囲を支配する静けさに、俺たちは緊張で身体を固くする。


 じっと、何が起きてもいいようにエルダートレントを観察する。



 ――数秒、数十秒、一分と静かな時間が流れる。



 だが、何も起きない。

 俺たちの表情に緊張と不審、怪訝が混じり始め、張り詰めていた緊張が微かに緩む。……緩んでしまう。

 その、瞬間だった。



 ――ぼこり、とまるで俺たちの緊張の糸が切れるのを待っていたかのように、地面から大きな根が顔を出した。



 顔を出した根っこは、まるで地面に埋まっていた身体を引き上げるように、地面を踏みしめて、エルダートレントのその巨体を持ち上げる。



「ぁ、ぁぁ、ぁっ、ぁああ!!」



 その悲鳴は誰のものだったか。

 言葉を失くす俺たちの目の前で、エルダートレントはまるで眠りから覚めるように、地面の中に埋まっていたその巨体を俺たちの前へとさらけ出した。



「何じゃ、あれは……。巨大な木人、か?」


 とクロエが絞り出すように言う。



 足が生えたその巨大樹は、確かに巨大な木人と言われれば間違いがない。

 全長が二十メートルにもなるであろうその巨体は、森の天井を突き破って立ち上がるダイダラボッチのようだった。



「……なるほど、それが本気の姿、というわけか」



 俺はその巨人を見上げて、頬を引きつらせながら言った。

 今までのアイツは、単純に俺たちを舐めていた。

 その本来の姿を隠し、地面の中で胡坐をかいて、ただ腕を動かして片手間で俺たちの相手をしていたにすぎないのだ。


 だが、それでも追い払えない俺たちに痺れを切らして、アイツはようやく重い腰を上げた。

 本来の姿を現したアイツと、俺たちの大きさは比べるまでもない。



 ――まさに、巨象と蟻の戦いだ。



 だがそれでも、俺とアイツのステータスに開きはない。

 本能は――魂はまだ恐怖していない。

 であれば、攻撃を当てさえすればアイツに勝てるということだ。


「――ああ、本当に気持ち悪い」


 俺は改めてその巨人を見て呟く。

 この現実ではありえないその存在に嫌悪する。


 攻撃を当てさえすれば勝てる。

 であれば、今すぐに攻撃をするしかない。

 あの巨体を……。あの存在を今すぐに消し去らねばならない。

 すぐに俺の目の前からあの存在を――。


「――ッ!」


 ハッとして、俺は首を横に振った。

 そして、必死に自分の中に芽生えたその思考を抑え込む。

 ダメだ。ダメだダメだダメだ!

 これじゃあ、新宿の二の舞になる。

 このままその思考に身を委ねれば、俺はあっという間に『人間』へと成り代わってしまう。


「ユウマさん……」


 とミコトが俺の名前を呼んだ。

 目を向けると、ミコトが心配そうに俺を見つめていた。


「大丈夫ですか?」


 その言葉は、いろいろな意味を含んだ言葉だった。

 俺はその言葉に小さく笑って、息を吐く。


「なんとか、な……。でも、限界が近い。早くボスを討伐しよう。じゃないと、暴走してしまいそうだ」


 言って、俺は二人へと目を向ける。


「ミコト、残りのMPはいくつだ?」


「残りMPは78です。それに【聖域展開】も使用可能になってます。いざとなれば、三十秒だけですが全ての攻撃を防ぐことが出来ます」


「……俺のMPはもうない。さっきの攻撃を防ぐために、【雷走】を発動し続けた。クロエ、お前の【暗闇同化】はあとどのぐらい発動できる?」


「……バックパックの中に2Lが一本、これまで飲んだ血が4Lぐらいか。さっきのスキルで2Lは消費しておる。バックパックの中にある血を飲んでも、四十秒ほどしか発動できぬ」


「そうか……」


 俺は眉間に皺を寄せて唸り声を上げる。


 ――厳しい状況だ。

 俺たちだけなら何とかなりそうだが、ここにはギルドのプレイヤーも一緒にいる。


 ボスの姿が変わった以上、今のギルドの彼らは攻撃をすることも出来ないだろう。

 そもそも、増幅した威圧感に耐えることが出来ていない。

 ボスの手数が多いと分かった以上、彼らを守りながらボスを討伐することは不可能だ。

 彼らを守りつつ、ボスを討伐するには――彼らには後ろで見ていてもらう他に方法がない。



「浦野さん」


 と俺はもう一度浦野さんの名前を呼んだ。



「一度、退いてくれ。今の俺は、あんた達が傍にいると無条件であんた達を()()()()()()。俺たちとギルドの人たちの間にある戦力差と、このボスの攻撃方法は相性が最悪だ。普通なら自分の身は自分で守るのが当たり前なんだろうが、如何せん()()()()()()()()()()。あんた達がいることで、今の俺にはデバフと等しい結果になる」



 〈救世〉と〈幻想の否定〉。

 その二つが今の俺を苦しめる。


 思考を冷静に保とうにも、戦闘によって同化率は上昇する。上昇した同化率は思考を侵し、弱きを助けようと、この場における弱者である彼ら――プレイヤーズギルドを助けてしまう。


 俺が俺でいられる同化率は残り12%。


 その間に、彼らにはこの場から離れてもらわなければ、俺は自らを省みることなく彼らを全力で守りながら、ボスの討伐を開始してしまう。



 浦野さんは、じっと俺の言葉に耳を傾けていた。

 それから、恐怖に揺れる瞳をぎゅっと閉じると、ゆっくりと息を吐いた。



「…………ッ! っ、撤退、します。あなた方に、任せます」

「ああ、そうしてくれ」


 俺は浦野さんに向けて言った。


 浦野さんは目を開けて、俺に向けて小さく頭を下げると、腰を抜かしたギルドメンバーを助け起こし、俺たちに背中を向ける。



「……私たちはこのまま、遊撃隊と合流します。棍棒はそのまま、あなたに預けます。ですからっ、必ずっ!! ボスの討伐を、よろしくお願いいたします!!」


 それは、胸の内に渦巻く様々な感情を抑えた、男が心から発した言葉だった。



「ああ、任せろ」


 しっかりと、俺はその言葉に頷きを返す。



 浦野さん達は恐怖で震える足を引きずるようにして森の中へと消えていった。



 その後ろ姿を視界の端で捉えながら、俺は心の中で嘆息をする。


 自分一人が生きることでも精一杯なこの世界で、人々を助けることなんて不可能だ。

 ブレーキがぶっ壊れた暴走するトロッコの分岐点の先に、それぞれ価値の違う人間がいるなら、どちらを助けるのか――自分にとってどちらが価値のある人間なのかを選ぶしかない。

 この世界は、そんな選択を繰り返して自分にとって最良の未来を掴んでいくのが賢い生き方のはずだ。


 それなのに、俺の種族は――侵された俺の思考は、その最良のその先を望んでしまう。


 走り出したトロッコが止まらないなら、そのトロッコに身投げをして――自分の身体をブレーキの代わりにしてまで、トロッコの先にいる全ての人々を救いにかかる。



 それが、俺の種族『人間』。

 自己犠牲という歪んだ英雄を作り出す種族の本質。



「……俺は。俺は(人間)、レイド戦には向かないな」



 誰にも聞こえることのない声で、俺は言った。


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