六日目・深夜 使えるスキル
「先に行くぞ」
そう言って、真っ先に飛び出したのはクロエだ。
クロエはエルダートレントへと向けて真っすぐに駆けつける。
途中でスキルを解除したのか、その身体が大きくなり、伸びた足の長さの分さらに地面を駆ける速度が上がる。
「――ッ」
それを見て、俺はクロエの後ろを追いかけるようにボスへ向けて全力で駆け出した。
弾丸のように地面を駆けた俺たちは、すぐさまボスモンスターの元へ辿り着く。
エルダートレントは俺たちに気が付いていないのか、それとも余裕を見せているのか動く様子がない。
ならば好都合とばかりに、俺とクロエは顔を見合わせてアイコンタクトを交わすと、飛び出した勢いを殺すことなく足を踏み込んで、腰を回した。
「「ぉおおおお!!」
俺とクロエの声が重なる。
俺は右足を、クロエは左足を、それぞれその巨大な幹に向けて挟み込むように振り抜いた。
豪速で振り抜かれた足が、必殺の一撃となってその幹に衝突する。バキリと音を響かせながら木片が宙に舞った。
「~~~~!!」
声にもならない音が周囲に響く。
おそらく、エルダートレントの悲鳴だろう。
俺たちの蹴りはエルダートレントにとっての確実な有効打となったようで、その巨木は身じろぎをするかのように揺れ動いた。
「~~!」
また、音が響く。
その音と同時に、まるで周囲を飛ぶ羽虫を払うかのように、大きな枝の一つが動き出し俺たちを横薙ぎに打ち払ってきた。
「っ、任せるのじゃ!」
そう言って、クロエがすぐさまその枝の前に立つ。
「ッ、っつ!」
――ドンッという衝撃と共に、クロエはその枝を受け止めた。
エルダートレントはクロエごと俺たちを打ち払おうとしてくるが、クロエは足元に電車道を作りながらも必死にその攻撃を耐え抜いた。
クロエは、エルダートレントの攻撃の勢いがなくなったことを確認するとその枝を掴み声を上げる。
「攻撃は我が防ぐ! ユウマ、お主は全力でエルダートレントを攻撃しろ!!」
「ああ、分かった!」
クロエの声に応えて、俺は改めて意識をエルダートレントへと向ける。
「ふー……」
息を吐いて、集中する。
このボスを倒すためだけに、意識を高めていく。
その瞬間、俺のスマホからアナウンスが流れる。
≫≫システム:種族同化率が上昇しています。あなたの同化率は現在35%です。
これまで流れなかったアナウンスだ。
おそらく、リッチの戦いで流れていたアナウンスはこれだろう。
種族同化率が上昇したことを知らせるアナウンスのようだが、アナウンスがなくても俺の同化率は上昇している。
だとすれば、このシステムアナウンスは一定の同化率を超えた時に流れるものに違いない。
「――まあ、だとしても。これでビビッてボス討伐を止めることなんて出来ねぇけどな」
言って、俺は笑う。
視界の端ではクロエがエルダートレントの攻撃を受け、捌き、時には反撃をしながらヘイトを稼いでいた。
視線を動かすと、俺たちに遅れてギルドの人たちがこちらへと向かってきている。
トレントよりも強いが、俺とクロエが間に入れば問題なく戦うことが出来るだろう。
俺はエルダートレントへと目を向けて、両手の拳を顔の前に構えた。
いつかのテレビで見たボクサーのように、軽くステップを踏んでリズムを取る。
ステータスによる『模倣』を行い、イメージ通りの身体の動きを作っていく。
そして、イメージ通りのボクサースタイルとなった俺は、握りしめた拳をまっすぐにその身体に向けて放った。
「シッ!」
体重を乗せた右のストレートがその幹を穿つ。
――バキリ、と音を響かせながら幹の表面が砕け、クレーターのように拳を打ち込んだ箇所が凹んだ。
「~~~~ッ!」
エルダートレントが痛みで震えた。
俺はすぐさま右の拳を引くと、今度は左でフックを放つ。
「ッ、ふっ!」
フックがぶつかり、さらに表面が凹んだ。
左を引いて、今度は右を。右を打ち込んだらもう一度左を。
一撃、二撃と拳を放ちながら徐々に回転数を上げる。
AGIに身を任せて、俺は拳の乱打を放つ。
「ぉおおおッらァァア!!」
ジャブ、ストレート、フック、アッパー。
この攻撃でその幹をへし折る勢いで、俺は怒涛の猛撃を行う。
ラッシュの衝撃で巨木が大きく揺れて、いくつものクレーターがその表面に出来上がる。
煩わしそうにエルダートレントの枝が、俺を払い除けようとしてくるが、そのすべてをクロエによって防がれていた。
「簡単に攻撃できると思わぬことじゃな」
と、クロエは両手を組み合わせた拳で、エルダートレントの枝を地面に叩きつけながらニヤリと笑った。
「加勢します!」
そんな時だ。ようやく追いついたのか、浦野さん達が俺の横に並んだ。
彼らはそれぞれの武器を手に、俺と同じようにその巨木へと向き合う。
「【筋力強化】」
と浦野さんは呟いて、自身の筋力を強化した。
浦野さん以外のプレイヤーは、戦闘に使える強化系のスキルを持っていないようでスキルを発動する様子がない。
浦野さんを筆頭に、彼らギルドのプレイヤーは一斉に武器をエルダートレントへと振るう。
彼らが攻撃をするたびにエルダートレントの表面が削れて、細かな木片が辺りに飛び散る。
小さいけれど、確実に積み重なっていくそのダメージに、エルダートレントが怒りを露わにするかのように揺れた。
「~~~~~~ッッ!!」
甲高い音と共に、空を覆うように伸びていた枯れ枝の天井が一気に動き出す。
「ッ、マズい!」
すぐに俺はその攻撃の危険性に気が付いた。
「クロエ、こっちに来いッ! 全力でエルダートレントの攻撃を捌けッ!」
言いながら、俺は浦野さん達の傍に駆け寄る。
「ッ、わ、分かったのじゃ!」
俺の声に反応して、すぐさまクロエが近寄ってきた。
「【雷走】!」
その言葉を口に出して、俺は自身のAGIを向上させて、ミコトへと向けて叫んだ。
「ミコト! 【遅延】だ!! 俺たちが防ぎきれない攻撃にだけ発動させろ!!」
ミコトへと叫びながら、俺は素早く浦野さん達の頭を次々と地面に押し付けた。
俺の突然のその行動に、浦野さん達が慌てふためき、口を開きかけるがそれを視線で黙らせた。
「死にたくなければ、しゃがんでろ! 来るぞッ!!」
その瞬間だった。
天井を覆い尽くしていた枯れ枝――数にすれば数百にも及ぶその枝、一つ一つがまるで意思を持ったかのように一斉に動き出した。
【視覚強化】によってその枝一つ一つの動きが手に取るように目に見える。
【雷走】によってその目に見えた攻撃、すべてに対処が追いつく。
上下左右、無数に襲い掛かってくるその枝を、俺は一つ一つ確実に捌いていく。
隣へと視線を動かせば、AGIに差があるからだろうか。やや遅れるようにして、クロエも俺と同じ様に攻撃を捌き始めていた。
――だが、たった二人で全てを捌き切るのは無理だ。
少しずつ、身体を掠め始めるその腕に、ギルドのプレイヤーの一人が悲鳴を上げた。
「ひっ、い、嫌だぁあああああ!!」
「うるせぇ、黙ってろ!!」
叫び返しながら、俺は唇を噛む。
これまで出会った、リッチやホブゴブリンとはまた違う。
圧倒的な力量で相手を叩き潰すのではなく、コイツは手数で攻めてくるタイプのモンスターだ。
まさに数は暴力という言葉を体現したかのようなその攻撃に、俺は舌打ちをするしかなかった。
そんなことを考えて、エルダートレントの攻撃に対する迎撃への意識がブレたからだろう。
俺の意識の隙を突くように、一本の枝が悲鳴を上げたプレイヤーへと伸びた。
「しまっ――」
「【遅延】! 三秒!」
俺の言葉と、ミコトの言葉が同時に響く。
すると粘性の壁に突っ込んだかのように動きを遅くするその枝に、俺はすぐさま飛び掛かると、全力で枝を蹴り上げてへし折った。
「えっ、あ、え?」
状況が把握できていないのか、悲鳴を上げたプレイヤーが呆けた声を出す。
俺はすぐに体勢を整えて、また襲い掛かってくる無数の枝を捌きながら言った。
「死にたくなければ、口を閉じてしゃがんでろ!! こっちも余裕がねぇんだよ!」
視界の端で、そのプレイヤーがこくこくと何度も頷くのが見えた。
俺は攻撃を捌きながらどうしたものかと考える。
エルダートレントの攻撃に対応は出来ているが埒が明かない。ミコトやクロエが居れば、確実にこの攻撃を捌き切れるが攻撃に転ずることは出来ない。
かといって、俺が抜ければギルドの彼らは死ぬだろうし、クロエも攻撃を受けるだろう。
――だったら、クロエを攻撃に向かわせるか?
現実的に考えれば、それが一番妥当だろうか。
俺にはまだ、使えるスキルが残っている。
それを使えば、俺とミコトで彼らを守ることだってできるだろう。
「クロエ」
と俺は隣で攻撃を捌き続ける彼女に声を掛けた。
「何じゃっ! 今、お喋りする余裕は正直ないぞ!」
とクロエが襲い掛かる枝を払い落しながら言った。
「【暗闇同化】でここを抜け出せ。エルダートレントの死角に入って、全力で攻撃するんだ。ここは俺とミコトが引き受ける」
「ッ、馬鹿を言うな! 我が抜ければ、お主一人でこの無数の攻撃を捌くことになるんじゃぞ!?」
「限界突破を使う。それでどうにかする。現状を変えるには、それしかない」
「お主、またそうやって――――。はぁ……。いや、もう今さらじゃ。お主が自分を犠牲にする人間じゃと、今さら言ったところで何の意味もない。ああ、分かった。分かったのじゃ。ここで言い合いをする余裕もない。現状を変えるには、確かにそれが一番じゃろうな」
クロエはため息と共にそう言うと、身近に迫る枝を落として口を開いた。
「ユウマ。絶対に死ぬなよ」
そう言って、クロエはスキルを発動させる。
「【暗闇同化】」
ゆっくりと、クロエの姿が闇に溶け消える。
その姿を確認してから、俺はミコトに向けて叫んだ。
「ミコト! 回数は気にしなくていい。【遅延】で俺を支えてくれ!」
「――――分かりました!!」
クロエが消え、俺がそう叫んだことですぐに察したのだろう。
ミコトの決意を含んだその言葉を聞いて、俺はゆっくりと息を吐く。
そして、俺は……。新宿ぶりとなるそのスキルの名前を口に出した。
「【集中強化】」




