六日目・深夜 トレント
音もなく静まりかえったその森は、まるで俺たちの動きを息を潜めてじっと観察しているかのようだった。
エルダートレントは、かつての江戸城跡にいるらしい。
遊撃隊は、俺たち主戦力隊よりも先行して森の中へと入って行った。
遊撃隊が先に入り、モンスターの相手をしている隙に俺たち主戦力隊が突入し、ボスモンスターを撃破する流れだ。
撤退を補佐する予備部隊は、遊撃隊と俺たち主戦力隊と少し離れた位置で、つかず離れずの距離でついてきている。
俺たちは、遊撃隊が森へ入って数分後に、息を殺して森へと入る。
以前は舗装されていたのであろう足元は、今や全てのコンクリートが剥がれて土の地面へと変わり、木々の根っこが這って至る所で瘤をつくっている。
遊撃隊がある程度のモンスターを引き付けているからか、ボスモンスターへと進む俺たちの前に、モンスターが現れることは少ない。
ギルドの主戦力隊は【夜目】のスキルを保有している戦力の高い者が中心となっているようで、俺たちの歩みに対して遅れる様子はなかった。
森の中を進みながら、時折出てくる数匹の一角狼をスキル無しで瞬殺していると、浦野さんが固まっていることに気が付いた。
「どうした?」
「あっ、いえ……。今、あなたが倒したモンスターは、この辺りでもかなり強い狼モンスターで、私たちが数人掛かりでようやく倒せるモンスターだったんですけど……。その狼が出た、と思ったらもうすでに倒されていたので。……それに、私の目には、あなたの姿が消えたように見えましたが……。何か、特別なスキルでも使ったんですか?」
「いや、普通に走っただけだが」
土の地面では跳弾が使えない。
元々、森の中では跳弾が使えないことは事前に分かっていたことだ。
モンスターが出てくると同時に、俺は駆けだして小太刀で斬りつけたに過ぎない。
浦野さんは俺の言葉を聞くと、
「走っただけ……。もしや、他のお二人もあなたと同じ様に動けるんですか?」
とそう言って俺たちの顔を見た。
俺はその言葉に答える。
「いや、俺が一番速いと思うけど、二人もそれなりに動けるぞ」
一番AGIが低いミコトでも、そのAGIは50弱ある。
俺と一緒に戦っていても、少なくとも足を引っ張ることはないステータスだ。
浦野さんは、俺の言葉にまた目を丸くすると、
「いやぁー、ははっ……。モンスターも大概ですけど、あなた方だけは相手にしたくないですね」
と引きつった笑みを浮かべていた。
そんな会話をしながら森の中を進んでいると、クロエがふと立ち止まった。
「……ユウマよ」
「どうした?」
「この場所、さっきも通らんかったか?」
言われて、俺は周囲へと目を向ける。
行く手を阻むかのように枝を伸ばした木々。泥の足元に隆起する根っこ、空を覆う木の葉の天井。
一見すれば、先程から変わることがない光景だ。
だが、よくよく目を凝らしてみれば、泥の地面にいくつもの足跡が付いている。
その足跡は、俺たちがつい先ほどこの道を通ったことを示していた。
「……確かに、通ったみたいだな。道を間違えたか?」
「間違えるも何も、我らは真っすぐに道を進んでいただけじゃろ。間違えようがない」
「どうなってるんだ?」
「お主の【地図】ではどうなっとる?」
クロエに聞かれて、俺はスマホを開く。
「【地図】」
スキルを発動して画面を確認すると、緑の中にいくつもの白く細い道が絡まり合って伸びていた。
中心にある自分の位置から考えるに、確かにこの道は先へと続いている。
【地図】に表示された道は、迷う要素のない一本道だ。
その画面に、俺が眉根を寄せていると浦野さんが口を開いた。
「どうやら〝迷い道〟に出たようですね」
「迷い道?」
と俺はスマホの画面から視線を上げて聞き返す。
浦野さんは俺の言葉に頷くと、出発からその手に持っていた鉄の棍棒を掲げた。
「私たちが勝手に呼んでいる道のことです」
そう言って、浦野さんは主戦力隊に入っていたギルドメンバーへと目を向けた。
浦野さんの視線に、ギルドメンバー達が頷く。
彼らは、浦野さんと同じ様にそれぞれ自分の武器を手に構えた。
「皆さんも、戦闘の準備を」
真剣なその表情に促されて、俺たちは状況が分からないままに武器を構える。
浦野さんは俺たちが武器を構えたのを確認すると、身近な樹木へと近づいた。
「事前に話したモンスターに、トレントがいると言いましたよね? トレントは、ボスモンスターを守るように密集しています。ボスモンスターへ至る道を自らの身体を使って塞ぎ、あるはずのない道を、そこにあるかのように作り出す。厄介なモンスターです」
「……それは、つまり。迷い道っていう言葉の意味は」
「ええ、そうです。トレントによって迷わされる道。ボスモンスターへと至る道を、コイツらは隠しているんです」
俺の言葉に浦野さんはそう答えると、手に持つ棍棒をまるでバットを構えるかのように両手で持って、片足を上げた。
「【筋力強化】」
浦野さんが呟いたその言葉と共に、浦野さんの両腕と肩が膨れ上がり、いくつもの筋が浮かぶ。
ぱんぱんに膨れ上がったその両腕のまま、浦野さんはタイミングを計るかのように棍棒を揺らすと、
「シッ!」
と短く息を吐きながら目の前の木に叩きつけた。
――バキッ。
という短い音と共に、木の幹が割れて木片を辺りへと飛ばす。
その瞬間に、まるで命を吹き込まれたかのようにその木は大きく身体を揺らした。
「~~~~~~ッ!」
人の声とも思えない悲鳴が周囲に響く。
ハッとして俺たちが身構えるのと、周囲の木々が悲鳴を上げた木と同じ様に身体を揺らし始めるのは、ほぼ同時だった。
「な、なんですか!?」
突然揺れ始めた木々に、ミコトが直槍を構えながらも慌てた声を出す。
「落ち着いて! 皆さん、すぐに来ますよ!!」
浦野さんが周囲に檄を飛ばし、自らも棍棒を構え直した。
揺れていた周囲の木々はすぐにその動きを止めると、ゆっくりと――まるで人が立ち上がるように根っこを足として――地面からのそりと起き上がった。
「……なるほど、コイツらがトレントか」
と俺は呟く。
動き出した木々は全部で二十を超えている。
浦野さんはその数に、唇を噛みしめた。
「以前よりも数が多いッ!」
「前はまだ少なかったのか?」
「ええ、そうです。前は十匹程度でした。それなのに、今はこの数……! 気をつけてくださいッ! コイツらは根っこを使ってこちらの動きを邪魔してくるか、枝を腕のようにしならせて叩きつけてきます!! 幹を折ればコイツらは死にますので、集中して幹を攻撃してください!」
「ああ、分かった」
浦野さんの言葉に頷き、姿勢を低く落とす。
斧のように幅広の刃なら有効だろうが、小太刀だと刃が薄く短すぎる。刃毀れし始めた小太刀で斬りつければ、確実に折れるだろう。
となれば、俺がトレントにできる攻撃は現状打撃のみだ。
「来ます!」
という浦野さんの叫びを皮切りに、俺は襲い掛かってくるトレントに向けて足を踏み出す。
「ふっ!」
短く息を吐いて、一番近いトレントへと飛び掛かる。
トレントがすぐに反応して、枝をしならせ俺の身体を叩きに掛かるが、俺はその枝を掴んでその攻撃を防いだ。
「……?」
違和感を覚える。
あまりにも、トレントの攻撃が遅い。
なんなら、一角狼の方が明らかに動きは早いと言ってもいいぐらいだ。
トレントの攻撃は単調で、一直線。
一発一発に威力はあるだろうが、その動きが遅すぎて見極めもしやすい。
トレントのこの攻撃に当たる方が難しいと言ってもいいだろう。
「それなら、防御力はどうなん、だッ!!」
言いながら、俺は拳を握って腰を捻る。
「っ、らァッ!」
気合の声とともに、まっすぐに打ち込んだその拳は、バキリと音を響かせてトレントのその身体を貫通した。
「――は?」
あまりにもあっけないその手ごたえに、思わず目を大きくする。
思ったよりも――いや、思った以上にトレントのDEFが低い。
新宿の街で、ゾンビを相手にしていたことを思い出してしまう。
明らかにコイツら――トレントは、東京駅の周囲で出会ったモンスターの中でも弱い分類に入る。
おそらくギルドの彼らが、トレントよりもデスグリズリーを警戒するのもこれが理由なのだろう。
見れば、浦野さんを筆頭とするギルドの面々は必死にトレントの攻撃を掻い潜ると、その懐に飛び込んで、複数人でそれぞれ手に持った武器をトレントの身体に叩きこんでいる。
浦野さんに至っては、バッタースタイルで次々とトレントの幹に棍棒を叩きこんでは、ゆっくりと――けれど着実に、トレントを空気へと換えていた。
ミコトやクロエも、余裕を思わせる表情でトレントの攻撃を躱すと、その懐に飛び込んでは拳や蹴りを放ってトレントをなぎ倒している。
俺たちの周囲に居たトレントの群れはあっという間に経験値へと変わっていき、やがて数分もすると周囲のトレントは消え去り隠されていた道が俺たちの前に現れていた。
「……終わった、のでしょうか」
とミコトが状況を確かめるように周囲を見ながら言った。
「そうみたいだ」
と俺はミコトの言葉に声を返す。
「思っているよりも弱いモンスターでした。DEFも低いし、攻撃も単調だし……。もしかして、ボスモンスターのエルダートレントも、これぐらいのDEFなのでしょうか?」
「いや、それはないだろ。周囲のモンスターよりも一回り、二回り以上格が違うのがボスモンスターだ。トレントが弱いからといって、エルダートレントが弱いとは限らない」
そもそもボスモンスターが弱ければ、浦野さん達は俺たちを頼ることなんてしない。ギルドのメンバーでとっくの前に討伐しているはずなのだ。
周囲のモンスターが弱いからといって、油断は出来ない。
そんなことを思っていると、俺はふとクロエが渋面を作っていることに気が付いた。
「クロエ? どうしたんだ、そんな渋い顔をして」
「……どうもこうもない」
とクロエは渋い顔のまま、盛大に息を吐いた。
「我のスキルのことは話したじゃろ。トレントは初めて出会ったモンスターじゃった」
「……えっと、つまり、あれか。飲んだのか?」
「…………そうじゃ」
たっぷりと間が空いて、クロエは小さく頷いた。




