五日目・夜 ギルドの作戦
俺と浦野さんは地下街へと進み、昼間に顔を合わせた歪な瓦礫の机が置かれた一画で顔を合わせた。
「さっそくだけど、どんな作戦だ?」
と俺はすぐに話題を切り出す。
浦野さんも、そんな俺の様子に合わせるかのようにすぐに口を開いた。
「まず、現状のことを。私たちプレイヤーズギルドの全員が、『緑の古王』のストーリークエストを受けています。ですが、先程も言った通りギルドメンバーの中では私が一番高いレベルとステータスを持っています。レベル8を超えているプレイヤーは約半分ほど。もう半分のギルドメンバーの平均レベルは6となっています」
その言葉に、俺は頷いた。
事前にクロエ達と話していた内容だ。
彼ら――ギルドのプレイヤーが、戦力に乏しいことは重々分かっている。
浦野さんは、どこかから取ってきたのであろう樹木の皮に、削られて先が尖った石でガリガリと絵を描きながら言葉を続けた。
「つまり、現時点でデスグリズリーの居る森に足を踏み入れ、互いの足を引っ張ることなく戦闘が出来るのが約四十名。この中から、遊撃隊、ボスモンスター本体へ攻撃を行う主戦力隊、退路を確保する予備部隊の三つの部隊で構成したプレイヤーで、今回のストーリークエストの攻略に当たろうと考えています」
そう言って、浦野さんは樹木の皮を俺へと見せるように差し出してきた。
目を向ければ、それは簡素な地図のようだった。
「この二日間、私たちが把握した森の地形です。ボスモンスターが居るのは、ここです」
そう言って、浦野さんは地図の一点を指さした。ちょうど、森の中央に当たる部分だ。
「問題はデスグリズリーですが、これを森に先行して入った遊撃隊が引き寄せます。その後から主戦力隊がボスモンスターへ直行し、それと同時に予備部隊が遊撃隊の補佐と主戦力隊の補佐に回ります。主戦力隊がボスモンスターを撃破し次第、すぐに撤退。補佐に回っていた予備部隊が傷ついた主戦力隊を支えながら遊撃隊と共に確保していた退路で東京駅へと戻る。これが一連の流れです」
「……各部隊の人数はどうなっている?」
「遊撃隊が十五名、主戦力隊が十五名、予備部隊十名を考えてます」
「なるほど」
今回、浦野さんたちにとって難しいのはデスグリズリーとボスモンスターという確実に自分たちよりも格上のモンスターを相手にしなくてはならないことだろう。
トレントという俺たちが出会っていないモンスターもいるが、浦野さんの口ぶりからしてトレントはデスグリズリーよりも弱い可能性が高い。
目下、注意すべきモンスターはデスグリズリーとボスモンスターになる。
「遊撃隊と主戦力隊、どちらかにギルドの戦力を偏らせるべきだ。遊撃隊が崩れれば、ボスモンスターを相手している時にデスグリズリーからバックアタックを受ける可能性があるし、主戦力隊の戦力が乏しければストーリークエストのクリア自体が不可能になる。ギルドの戦力が乏しい現状、今の振り分けだとどちらも決定打がない」
「……確かに、そうですね」
浦野さんはそう呟くと、俺の顔を見つめた。
「正直に言って、今回の作戦はあなた方に掛かっていると言っても過言ではない現状です。あなた方が、遊撃か主戦力隊のどちらに与するのかで戦力の振り分けを行いたいと思います。遊撃と主戦力隊、どちらを担当しますか?」
「それだったら、ボスモンスターと直接戦わせてくれ。出来るだけ早くボスモンスターを討伐すれば、それだけ遊撃隊の負担も減るだろ」
「分かりました。では、あなた方がボスモンスターの討伐に入るのであれば、ギルドの戦力を遊撃隊に多く回します。ボスモンスターを相手にするのは、あなた方三人を含めて十名でどうでしょうか?」
「ああ、構わない」
レベルやステータス差があれば、それだけお互いの連携は難しくなる。
俺やミコトの種族命題を考えると、一緒に戦うプレイヤーは絞った方がいいだろう。
多くなれば多くなるほど、種族による影響が出てくるとも限らないしな。
「それと、クエスト開始は明日の昼にしようかと思います」
「……なに?」
その言葉に、俺はすぐさま反応した。
「明日の昼? どうしてだ。俺たちがクエストを受けて、それが『緑の古王』だったらすぐに出発すればいいだろ」
「いえ、『緑の古王』のボスモンスターはエルダートレントです。つまり、木のモンスターである以上、火が有効なのです。あいつらは火に怯えます。それは、これまで偵察に出て何度か試しているので間違いありません」
「火を何度か試してる? それなのにクエストのクリアが出来ていないのか?」
「ダメージは与えますが、決定打にはならないようで、身体に火が点くとアイツらは土を被って火を消すんですよ」
なるほど。つまりダメージの発生源にはなるが一撃が乏しいということか。
「ですから、明日の昼にしたいのです。今日は大雨でした。今でもまだ雨は降り続いています。火が使えない以上、今日ではなく明日の昼が望ましい」
俺は浦野さんの言葉に、どう答えるべきか考えた。
……浦野さんの言葉は、間違っちゃいない。
ダメージを与えることが出来る火を使いたい理由も、納得が出来るものだ。
だが、ストーリークエストを受けてそこにボスモンスターがいると分かった『人間』が、果たして大人しくしているだろうか。
……アイツのことだ。俺の思考を誘導し、たった一人でもボスモンスターへと向かわせようとしてくるに違いない。
加えて、昼間になればクロエが動けない。
クロエが全力を出せないともなれば、俺たち自身の戦力も落ちてしまう。
ボスモンスターとの早期決着をつけることも難しくなるだろう。
「……火を使えれば確かにダメージソースにはなるだろうな。でも、昼間に今のボスモンスターを討伐すると、休む暇なく次のストーリークエストが発生する。その方が大変だろ?」
「ストーリークエストを受けたからと言って、すぐにクリアする必要はないです。受けたとしても、一度ギルドの態勢を整えて、偵察を行いながら情報を集める時間を作ればいいだけなのではないでしょうか?」
……それは、確かにそうだ。その通りだ。
こんな世界だからこそ、浦野さんのやり方が正しいだろう。時間を掛けてでも確実に一歩ずつクリアをしていくのが正しいことは分かっている。
だが、それは俺には出来ないやり方だ。
何せ、ストーリークエストが発生し、そこにボスモンスターが居ると分かったその時から俺の同化率が加速度的に上昇していく。
思考は歪み、理性は崩壊し、ただクエストをクリアするための――そこに居るボスモンスターを倒すためだけの化け物となる。
個人的に……。それだけは、絶対に避けたい。
「それでも――」
と俺は言って、浦野さんを見た。
「それでも、俺はクエストを受けてすぐに動きたい。昼間にまで時間を置くことは出来ない」
浦野さんは俺をじっと見つめた。
腹の底を探るかのようなその視線を、俺は正面から受け止める。
だが、やがて浦野さんは小さく息を吐き出すと額を押さえながら口を開いた。
「この世界に、電気という文明は存在していません。月が出ていれば少しくらいならば明るくなりますが、今日は雲に覆われています。つまり、真っ暗です。そんな暗闇で、まともに戦闘を行うことが出来ないことも分かってて言ってますか? 私は、八十七人のプレイヤーを纏める立場です。つまり、私の決断には八十七人の命が掛かっています。ただでさえ命懸けのクエストに、さらに悪条件を上乗せすることは認められませんね」
「【夜目】は持っていないのか」
「【夜目】……。暗闇でも目がはっきりと見えるようになるスキルですね? 持っている方はいますが、それも少数です。全員ではありません。これからスキルを取得しようにも、時間までに全員が獲得できるとは限らないでしょう」
――やっぱり、無理か。
仕方がない。夜に攻略が出来ないのであれば最悪、俺たちだけでストーリークエストをクリアすることになるか。
そんなことを考えた時だった。
浦野さんがゆっくりと言葉を続けた。
「ですが、あなた方が居なければこのままストーリークエストをクリア出来ないことも事実です。このまま、ここでデスグリズリーが倒せるレベルになるまで延々とモンスターを狩り続けられるだけの、組織的な体力が今のプレイヤーズギルドにないのも事実。……少し、時間をください。一度、みんなと話し合います。あなた方がクエストを受けるであろう、日付が変わる前には必ず答えを出します」
「……分かった」
俺は浦野さんにそう答えて、席を立ってその場を後にする。
あとは、このギルドの選択次第だ。
現状で言えば、俺たちに頼らざるを得ない状況であることは確実。だとすれば、彼らの選択はきっと悪いことにはならないだろう。
「……あとは、俺たちがきっちりと仕事を果たせるか、だな」
ストーリークエストのクリアの有無は俺たちに掛かっていると言っても過言ではない。
俺はこの話し合いの結果を伝えるため、二人の姿を探したのだった。




