五日目・夜 人間という名の化け物
クロエは、ぽかんとした表情でその血を見つめていた。
やがて、小さく喉を鳴らすと俺へと視線を向ける。
「……まさか、我に血を渡す奴がいるとはの。お主、我が恐ろしくないのか?」
「恐ろしい? 何が?」
「我は吸血鬼じゃ。食事は血液で、お主らプレイヤーと全く違うものを身体の糧としておる」
「それがどうした。飲まなきゃ飢えるし、喉が渇くんだろ? このクソみたいな世界で、飲まなきゃ死んでしまうなら、仕方がないと思うが」
「そうじゃ。我はこの世界では血を飲まねばならぬ。……じゃがの、飲む血は必ずしもモンスターのモノである必要はないのじゃぞ?」
クロエはそう言うと、俺の肩を掴んできた。
押し倒すように力を入れられ、俺は体勢を整える暇もないまま尻もちをつく。
クロエは、尻餅をついた俺の肩口へと顔を近づけながら呟く。
「こうして、そのままお主の血を飲めば……。我はモンスターの血を飲むことなく、飢えも喉の渇きも経験せずに済む。これでも、お主は我が恐ろしくないのか?」
「……ああ。俺の血を飲むことでお前の飢えと渇きが収まるなら、俺は俺の血を差し出す」
「……本気で言っておるのか?」
「もちろんだ」
「…………」
クロエは何も言わなかった。
それから、俺から身体を離すと呆れたように息を吐き出す。
「お主をからかうのはつまらんの。『人間』の影響なのかどうかは知らぬが、本気で言っている分たちが悪い」
「血を飲む種族なんだ、仕方ねぇだろ」
「だとしてもじゃ。血液を飲むという行為は本来、忌避されるべき行動じゃ。その行動を取るがゆえに、人間は心から恐れを抱く。吸血鬼という種族は、人間の忌避から生まれた正真正銘の化け物なのじゃ」
「……昼間も、お前は自分のことを化け物と呼んでいたが、俺からすればお前なんて可愛いもんだよ」
「お主が? お主は『人間』じゃろ。我のような化け物とは違う」
「そうじゃない。見てろ」
言って、俺は座り込んだ態勢のままポケットから跳弾用の小石を取り出す。
そして俺は【集中強化】を発動した。
極限にまで高められた集中力で、【空間識強化】によって目に見える範囲の情報を――物体の位置、方向、角度、その全てを正確に把握し、情報を計算する。
「ふっ」
と短く息を吐いて俺は小石を投げた。
小石は目にも止まらぬ速さで飛んでいくと、苔生したベンチの一角に当たり跳ねる。
跳ねた小石はあるいは別のベンチに当たって、あるいは地面のコンクリートを介しながらベンチへと向かって、カンカンカンッと甲高い音を発しながら客席の間を跳ね回る。
そして、最後にカンッと甲高い音を立ててベンチに当たると俺の方向へと戻ってきた。
俺は【集中強化】を解除しながらその小石を受け止めて、クロエへと目を向ける。
クロエは、唖然とした顔で俺を見つめていた。
そんなクロエに向けて、俺は言う。
「跳弾の練習をしていて気づいたことだ。【集中強化】を一瞬だけ発動させて、跳弾の精度を限界にまで高める。長時間発動しないから反動もほとんどない。こんなことが出来る人間が、化け物じゃなくて何になる?」
俺は手の中にある小石を仕舞う。
それから、今なお言葉を失くしているクロエに向けて、言葉を重ねた。
「俺の種族、『人間』の特徴はLUKの高さと初期スキル――いわゆる、最初に貰ったスキルの効果で様々なスキルを習得しやすい。スキルは、超常の力だって『極夜の街』でお前は言っただろ? 早い話が、俺はどの種族よりも超常の力――人間の範疇を超えた人外の力を身に付けやすい種族ということになる。それに――」
そう言って、俺はスマホを取り出した。
画面を操作して、自らのステータス画面を表示させる。
「このゲームのステータスが、俺たちのステータスだってことはお前も知っているだろ? ゲームのステータスが俺たちの現実に影響を及ぼすこの世界では、ステータスの高さはそれだけ元の俺たちからかけ離れた力を発揮できる証拠にもなる」
俺はクロエへとスマホの画面を見せた。
そこにはこれまで隠していた【曙光】の存在が表示されているが、この際もう構わなかった。
それよりも俺は、自らを化け物と卑下するこの少女に、それ以上の化け物が居るという事実を教えてやりたかった。
「これは……」
クロエが俺のステータスを見つめて、目を丸くする。
食い入るようにその画面を見つめて、やがて大きな息を吐く。
「たった五日で、このレベルとステータス……。さらに、SPが30も残っておる。なんじゃ、このステータスは。バグか?」
「バグじゃねぇ。正真正銘、俺のステータスだよ」
そう言って、俺はスマホの画面を閉じる。
それから、クロエの顔を見つめると口を開く。
「これで分かっただろ。俺はな、この世界で生きるプレイヤーにとって、化け物なんだよ。誰よりも圧倒的な力で、誰よりも多くのスキルで、誰よりも優位にこの世界で生きることが出来る。…………俺はな。この世界では、人間という名前の付いた、化け物なんだ」
だから、と俺は言う。
「お前が自分自身を化け物と呼んで卑下するなら、俺はお前以上の化け物になってお前の前に立つ。だから、血を飲む自分を卑下するな。俺はお前が血を飲んでいても、怖がったりしねぇよ」
クロエは何も言わなかった。
ただ、ジッと俺の目を見つめ続けた。
それから、口元にふっと笑みを浮かべると、ゆっくりと口を開く。
「……お主が、やたらと強い理由に納得は出来た。じゃがの、お主が我以上の化け物になるというのは、そう簡単なことではないぞ?」
そう言って、クロエは自分のスマホを取り出すと画面を操作し、俺へとスマホを渡してきた。
画面に目を落とすと、そこにはクロエのステータスが表示されていた。
クロエ・フォン・アルムホルト Lv16 SP:0
HP:120/120
MP:24/24
STR:46
DEF:60
DEX:42
AGI:53
INT:25
VIT:60
LUK:44
所持スキル:暗夜の支配者 吸血転化 身体変化 暗闇同化 夜目 免疫強化 格闘術
まず、真っ先に飛び込んでくる俺やミコトよりも低いレベル。
にもかかわらず、レベルに不釣り合いな高いステータス。
そして、スキルに並んだ文字はどれも見慣れぬスキルばかりだった。
「驚いたか?」
とクロエが俺に問いかけてくる。
「当たり前だ……」
と俺は言い返して、クロエへと目を向ける。
「レベルとステータスが不釣り合いだ。レベルが高いのは、まあいい。極夜の街で延々とスタンピードのモンスターを狩り続けていたとお前は言っていたからな。だが、それとステータスの高さは別だ。……まさか、SPを多く貰うスキルを持っているのか?」
俺の言葉に、クロエは首を横に振った。
「そんな便利なものではない。【吸血転化】というスキルの説明文を見てみろ」
言われて、俺はそのスキルの説明文を開く。
≫【吸血転化】
≫その血は、夜に生きる者の身体に流れる血となり肉となる。
≫吸血した相手のステータスの3%を自分の力へ転化とする。吸血転化できる対象は、一つの種族に対して一回のみ。
「これは、ステータス吸収スキルか」
「その通りじゃ。我がこの世界で初めてモンスターを倒した際に与えられた、〝種族内初討伐ボーナススキル〟じゃ。そのあたりの雑魚ではステータスが1から2ぐらいしか上がらぬが、積み重ねればその上昇も大きくなる。ほれ、日本の諺でなんかあったじゃろ。塵も積もればなんとやらってやつじゃ」
クロエはそう言うと、小さく笑う。
「さらに、ボスモンスターを相手に吸血をすれば、雑魚よりも多くステータスは上昇する。そして、この効果はモンスターだけではない。全ての種族に効果が及ぶのじゃ。それはつまり、プレイヤーのステータスも吸収できるということじゃよ」
「ということは、俺の血をお前が飲めば、俺のステータスはお前の一部になるのか?」
「そのうちの3%だけじゃがの」
クロエはそう言って、小さく笑った。
「これでも、お主は我以上の化け物であり続けると言うのか?」
「当たり前だ。お前が血を飲めば飲むほど強くなる化け物だっていうのなら、俺はお前が血を飲む以上に強くなるだけだ。それなら、お前は化け物なんかじゃねぇだろ?」
「……なんじゃ、その理屈は。まるで子供ではないか」
クロエは俺の言葉に笑った。
見た目が八歳児になっている今のクロエには言われたくない言葉だ。
そんなことを思っていると、クロエが口を開いた。
「じゃが、まあ……。そう言ってくれるのは嬉しい。我を化け物と呼ばず、恐れないだけで本当に嬉しい」
呟くように言ったその言葉は、本当に小さなものだった。
その言葉に、クロエの顔をまじまじと見つめると、クロエが照れたように小さく鼻を鳴らした。
「な、なんじゃその顔は! それよりも、早く帰るぞ。いつまで座り込んでおるのじゃ」
そう言って、クロエが俺を立ち上がらせようと、俺の手を掴み引っ張り上げたその時だった。
≫≫プレイヤー間における友好関係を確認しました。
≫≫友好関係を築いたプレイヤー同士でパーティを組むことができます。
ゆしゅ様よりレビューを頂きました!!
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