五日目・昼 八重洲地下街の決闘2
「まだじゃ」
その時、クロエはニヤリとした笑みを浮かべた。
クロエは手刀で俺の拳を叩き落とすと、反対の手で拳を握り俺の顎先を打ち抜いた。
「が……、な……」
二度目の衝撃に頭が揺れて、視界が暗転する。
耐えられず身体をふらつかせると、視界の端でクロエが身体を反転させたのが見えた。
「ぉおおおお!」
気合の言葉を吐き出しながら、クロエは踏み込みと同時に背中で体当たりをぶつけてくる。
まともにその衝撃を受けた俺は、タイル床を転がり八重洲地下街に並ぶかつての店舗の扉を崩すと、その中まで衝撃で吹き飛ばされた。
「ぅ、く、そ……」
瓦礫に埋もれて、立ち上がるべく全身に力を入れると目の前に黒い影が踊った。
その影が、追撃をしてきたクロエだとすぐに気が付く。
「ふっ!」
という短い気合の声と共に、クロエは俺の腹へと拳を放ってくる。
俺は、その拳を両手で受け取めた。
「やっぱり、レベルが2つ上がった動きじゃねぇよ。お前、何か隠してるだろ?」
「……だったらどうするのじゃ?」
「そうだな。後学のためにも、どうやったらそこまで強くなれるのか知りたいよ」
「…………お主には、無理なことじゃよ」
クロエは皮肉を言うかのように口元を歪めて笑うと、拳を引いた。
クロエの右足が地面を蹴って、空高く振り上がる。
「ッ!?」
慌てて避けようとするが、姿勢が悪い。
半分ほど瓦礫に埋まった自分の身体に、俺は舌打ちをしてから、行動を切り替える。
すぐさま両腕を腹に持ってきて、クロエの攻撃を受け止める態勢を整えた。
「これで、終いじゃ!」
そう言って、クロエは長い脚をまっすぐに俺の腹へと落とした。
「――――ッ」
痺れるような衝撃が腕に響く。
反撃に転じようと腹から腕を動かそうとすると、再び衝撃が腕を襲った。
見れば、足を振り下ろしたクロエが俺へと馬乗りになって、俺の腹に向けて拳を振り下ろしたところだった。
少しでも腕を動かせば、確実に俺の腹へと一撃が届く態勢だ。
俺は唇を噛んで、その攻撃を必死に凌ぐ。
「――どうやったらそこまで強くなれるのか知りたいと、お主は言ったな?」
拳を振り下ろしながら、クロエが呟くように言った。
「我からすれば、こんな力……。手に入れたくなかった」
「……どういうことだ」
クロエの言葉に言い返しながら、俺は必死に打開策を探す。
だが俺の身体は未だに瓦礫に埋もれており、マウントポジションを取られた以上、今は防御を続けるしかない。
それがクロエも分かっているのだろう。
一方的に絶え間なく攻撃を続けながら、言葉を続ける。
「我の力は呪いのようなものじゃよ。この世界で生きるために、人が忌避する行為を行って得た力じゃ。生きるため、飲みたくもないものを飲んで、我自身への力へと変える呪いのような力じゃ」
クロエはそう言うと、また唇を歪める。
「おそらく、お主の力は純粋なものじゃろ? だが、我は違う。お主とは全く違う方法で、身体を強化しているにすぎん。強化をすればするほど、我は自分の手で自らを、化け物へと近づけておるのじゃ」
「……それって」
これまでの会話から、クロエの言っていることの予想がついた。
その瞬間だった。
「隙が出来とるぞ」
クロエがそう言うと、衝撃が腹を襲う。
「がっ――――」
口から息が抜けて、一瞬息が詰まる。
どうやら、クロエの会話に気を取られて防御が緩んでいたらしい。
クロエは俺の腹に打ち込んでいた拳を緩めると、ニヤリとした笑みを浮かべた。
「我の勝ちじゃの」
俺は、その笑みを見ながらゆっくりと息を吐き出す。
「……ああ、負けた。完敗だよ」
鈍い鈍痛が鳩尾のあたりに渦巻いている。
だが、その痛みよりも。クロエとの勝敗よりも。
俺は、先ほどのクロエの言葉の方が気になって仕方がなかった。
「クロエ、さっきの言葉は――」
そう言って、俺はクロエの目を見つめた。
すると、血に濡れたような真っ赤な瞳が俺を見つめ返してくる。
「……さぁの。化け物の戯言じゃ。気にするな」
「なあ、クロエ。お前は自分を化け物と言うが――」
「ユウマさん! 大丈夫ですか?」
俺の言葉を遮るように、ミコトの声が俺たちの間に割り入った。
目を向ければ、吹き飛ばされ穴の空いた扉からミコトが覗き込んでいる。
クロエはミコトへと視線を向けると、小さな笑みを浮かべた。
「……ほれ、心配しとるぞ。お主が無事を知らせねば、あ奴のことじゃ。何が何でもお主を救おうとしてくるぞ?」
そう言うと、クロエは手を差し出してくる。
その手を握り返すと、クロエは俺を一気に瓦礫の中から引き上げた。
瓦礫から引き上げられた俺は、ミコトへと無事を知らせるように手を挙げてひらひらと振って、ゆっくりと立ち上がる。
「なんともないよ」
その言葉に、ミコトも俺の無事を確認したのだろう。
明らかにほっとした笑みが顔に浮かんだ。
「良かった……。お二人とも、大丈夫ですか?」
そう言って、ミコトが俺たちの元へと近づいてくる。
「ああ、なんともない。多少打撲が出来てるけど、平気だ」
そう言うと、俺はスマホを取り出してHPを確認する。
ステータス画面では、俺のHPが8ほど減っていた。
最大HPが120を超えていることを考えれば、掠り傷といっても差し支えない数値だ。
俺はスマホを閉じてクロエへと目を向ける。
「お前は大丈夫か?」
「我は……。まあ、HPが多少減っておるがなんともない」
そう言って、クロエもスマホを閉じる。
それから、クロエはゆっくりと大きな息を吐いた。
「……それにしても。お主との戦闘は、下手なモンスターとの戦闘よりも疲れるの。お主の動きを目で追うのがやっとじゃった」
追えるのがおかしいんだけどな、と俺は思う。
俺のAGIは50を超えている。【視覚強化】も無しに俺の動きを捉えるならば、クロエ自身のAGIも少なからず高くなければならないのだ。
今の時点で、俺のレベル帯にいるプレイヤーはβテスターを除けばまずいないだろう。
だとすれば、そのステータスの高さの謎はきっと。
クロエが先程言った、言葉に関わることなのだろう。
「これでスキル無しじゃもんなぁ……。お主、本当にありえぬ強さじゃの。スキルありのルールじゃったら勝てなかったかも知れぬな」
と、クロエは喉をくくっと鳴らして笑った。
【視覚強化】や【雷走】といった戦闘で役立つスキルを今回は使用していない。
だがそれは、クロエも同じだ。
クロエは、【暗闇同化】という強力なスキルを持っている。
昼間であろうが、この地下街のように日の当たらない空間ともなればクロエは全力のパフォーマンスを発揮することが出来るのだ。
スキルを使用していたとしても、姿も気配もない相手に攻撃を加えることは困難だ。
正直に言って、スキルを使用していたとしても結果は変わらないかも知れない。
「クロエ、さっきの話だが」
と口にしたところで、クロエが人差し指を立てて唇へと当てた。
ちらりと視線が動き、その視線を追うとミコトの姿が目に入る。
……なぜかは分からないが、どうやらクロエは、ミコトの居るところでこの話をしたくないらしい。
俺は小さく頷いて、口を噤む。
言いたいことや聞きたいことはある。
だが、それは後で時間を見つけて、二人の時に聞くことにしよう。
「勝ったのはどちらですか?」
とミコトは言った。
「我じゃ。我がお主の修行に付き合おう。ユウマは一人でレベルでも上げておれ」
クロエはそう言うと、くくっと喉を鳴らした。
俺はその言葉に言い返す言葉もなく、ただ大きな息を吐く。
クロエの言葉に気を取られたとはいえ、勝負の結果は負けだ。
約束通り、ミコトの修行には勝者であるクロエが付き合い、俺は一人でせこせことレベルを上げることになる。
――けれど、一人でレベルを上げようにも現状で言えば、俺は跳弾でしかモンスターを倒すことが出来ない。
これまでと比べれば効率は非常に悪くなるだろう。
……けどまあ、新しく身に付けた技術だ。
この際、しっかりと練習をして戦闘で使えるようにしておこう。
そう思って、俺は前向きに気持ちを切り替えた。
俺たちは八重洲地下街から東京駅の地下街へと戻る。
クロエとミコトは準備を整えると――とは言っても、クロエが血液を飲んで二人とも武器の確認をした簡単なものだったが――、揃って千代田区の街へと出掛けて行った。
俺はその後ろ姿を見送って、浦野さんにレベル上げをしてくるとだけ伝えてから、バックパックを背負って東京駅を出る。
相変わらず降り続ける雨を見上げながら、どこに向かおうかと考えを巡らせる。
レベルを上げるなら、倒すべきモンスターはデスグリズリーだ。けれど、跳弾を用いて倒すのは難しい。
「まあ、適当に街をぶらつくか」
適当にぶらついて、モンスターと出会えば倒していけばいい。
もし仮に、デスグリズリーと出会った時には、その時に逃げるか倒すかを考えよう。
そんな軽い考えで、久しぶりの一人での狩りに少しのわくわくした心を抱えながら。
俺はいつも手に持つ小太刀をバックパックへと差して、空手で街へと出掛けたのだった。




